その魂に祝福を
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魔石の時代
第三章
世界が終わるまで、あと――4
前書き
探し物あるある編。あるいは、覚悟完了編その1
1
混乱の続く新世界において、秘密結社アヴァロンの復権は、世界にある程度の秩序をもたらした。それに関してはさすがのサンクチュアリも否定はできなかった。魔物化はともかく、暴走する魔法使いの数は明らかに減ったのだから。もちろん、アヴァロンの刺客により『減らされた』という事もあるだろうが。
とはいえ、アヴァロンの復権に伴い、当然のように両組織の対立も復活した。それは世界の復興が進むにつれ顕著になっていく。分が悪いのはアヴァロンの方だった。当然だろう。滅んだ世界を守ってきたのはサンクチュアリだ。傷を癒し、魔物を退け、堕ちた人間を赦す。それに対して、徹底して殺しに特化するアヴァロンはどうしても恐怖と嫌悪の対象となる事は避けられない事である。とはいえ、少なからず混乱の続く世界では、その恐怖こそが抑止力として機能しているのも事実だった。
殺すのか。救うのか――結局のところ、両者の対立は新旧世界をまたいで続く事になる。とはいえ、それがかつてのように血みどろの殺し合いにまで発展したかと言われれば……必ずしもそうとは言い難い。少なくとも、両者が並び立ってしばらくの間は。
というのも、新生アヴァロンの掟が、旧世界のものと少しばかり変化していたからだ。当然といえば当然の結果である。かつての『アヴァロン』を参考にしてはいるが、元々はサンクチュアリの思想の元に育った魔法使い達の手によって結成されたのだから。
滅んだ世界の中で唯一の希望であったゴルロイスの思想。それを汚さぬために、あえて破門され――彼らの代わりに必要悪として自らの手を汚す。そう誓った魔法使い達によって結成されたそれは、最期まで二代目ゴルロイスを守り抜いた異端の救済者モルドレットの生き様が強く影響している。もっとも、それはアヴァロンへの復讐を望んだモルドレットにとっては甚だ不本意な結果だったに違いない。ただ、それでも……例え理解は示さずとも否定もしなかったのではないか。新生アヴァロンの生き様を見て、そう考えた事がない訳ではない。
世界を守り抜く。その志を同じくしながら、両者の思想がついに混ざり合う事はなかった。当然だ。サンクチュアリにとってその組織の存在は、己の無力を突きつけてくるものでしかないのだから。その感情が、サンクチュアリの発展を支えたのは間違いないだろう。彼らはより精力的に救済を行っていった。彼らの理想が輝けば輝くほど、新生アヴァロンもまたその理想を汚さぬよう、より多くの闇を吸い集めていった。さらに時代が進み、両者の関係性が変化していっても、構造そのものは大きく変わらなかった。
結局のところ、理性と欲望の間を彷徨うのが人間なのだろう。例え『奴ら』がいなくなろうが――いや、だからこそ。我々はその間を彷徨い続ける。それこそが人間だ。
サンクチュアリが掲げる全てを救いたいという理想も、ある意味では傲慢な欲望だ。
アヴァロンが掲げる必要悪もあるいは献身的な理性と呼べるだろう。
両者が交わる事はない。だが、それを分け隔てる事もまたできはしない。彼らを支えるその願いは――根幹にある覚悟はどちらも同じなのだから。
例え互いに傷つけあう事でしか、それを伝える術を持たないとしても。
2
「やれやれ。さすがに分が悪いな」
また一つ、未回収のジュエルシードが管理局の手に渡ったらしい。まぁ、厳密に言えば封印したのは例によってなのはだが。心眼で見渡しても周囲にクロノらしき気配はない。当然と言えば当然か。空間転移技術が確立している向こうにとって、わざわざ近くに身を潜めている必要もないか。しかし、それにしても、
「さすがに組織の規模が違いすぎる。どうしたものかな?」
空間転移もそうだが、捜索に使用する機材の精度でもこちらを上回っている。自動車と自転車の競争のようなものだ。まともな方法では端から勝ち目がない。せめて異境か――あるいはリブロムがいてくれればもう少し喰い下がれるはずだが……。
「まいったな……」
大して気のない様子で呟く。フェイトにはとても言えないが……正直に言えば、今さら慌ててジュエルシードを回収する気はすでに失せていた。元々俺個人としてはジュエルシードに興味はない。管理局相手に勝ち目のない争奪戦を挑むより、焦れたプレシアが何かしらの行動に出てくるのを狙った方がいくらか現実的だろう。もっとも、
(プレシアが手の届くところに出てきてくれるとは限らないか)
管理局という名の余計な障害が伴うとしても、ジュエルシードを集めて手土産とした方が接触できる可能性は高い。それに、
(そうでなくても危険物だからな)
ジュエルシードがこの街に残っている限り、桃子達や他の知人も危険に曝されているという状況は変わらないのだ。対処しない訳にはいかない。それに、
(素直にクロノが前線に立っているなら放っておくんだが……)
なのはに負担をかけるのは望むところではない。それに、管理局の思惑が分からない以上、預けきりにしておく気にはとてもなれない。
(仕方がない。このまま続けるか)
なのはを巻き込んで何がしたいかは知らないが、こちらの行動を狭めるという意味では充分な効果を発揮していると言えた。
(結局のところ、どちらの選択にも一長一短あるからな)
苛立ちを誤魔化すべく、自分に言い聞かせる。こうして捜索を続ける事にも意味があるだろう。例えばこうしてなのはを見守る事も出来る。それに、運が良ければいつぞやのように先に回収できる可能性もある。回収を続けているという様子は……プレシアからフェイトへの心証を多少は良くするかもしれない。もっとも、その分管理局にはなおさら目の敵にされるだろうが。
(それに、もう一度リブロムと接触したいからな)
管理局の思惑を知るには、もう一度リブロムと接触する必要がある。その時にはおそらく、なのはに関する一件にも決着がつくだろう。それがどのような形であれ、だ。
「……ねぇ、光。訊いてもいい?」
ため息をついていると、フェイトがどことなく怯えたような声で言った。彼女の問いかけの内容よりも、その様子が気になった。
「どうかしたか?」
「何で光は私に協力してくれるの? 私達のせいでその衝動っていうのが目覚めちゃったのに。それに――」
珍しく矢継ぎ早にフェイトが言葉を連ねる。
「妹さんが心配じゃないの?」
その目は不安に揺れていた。それはそうだろう。楽観視できる状況ではない。
「なのはが心配かどうかなら、そりゃもちろん心配だよ」
フェイトを苛む不安を取り除く事は、今の状況では不可能だ。だが、せめて不要な気苦労くらいは取り除いてやれるはずだ。
「それなら、今からでも管理局に――」
「投降しようって? それで、お前達はどうなる?」
それで俺が殺戮衝動から解放される事はあり得ない。それに、例え殺戮衝動がなくとも、今さらこの子を見捨てるつもりなどなかった。
「でも!」
なのはとフェイトを天秤にかけてどちらかを選ぶ。そんなつもりはなかった。
「何でお前に協力しているかだが――」
フェイトの言葉を遮って、笑って見せる。
「俺が守れるとすればそれはこの距離までだからかな」
ポンと頭に手を載せて告げる。傍にいれば全てを守れるか?――その問いかけは否定するより他にない。例え目の前に広がる敵全てを殲滅できたとして、それが何になる。別動隊がいればそれまでだ。例えどれほどの力があっても個人である以上、一度に守れる数には限界がある。そして、俺の不死性は俺しか守ってくれない。息絶える前に血を与えれば復活させられるかもしれないが――
(一度や二度くらいならどうってことはないが……)
それでも、その呪血を浴びる事は人から外れる事を意味する。ほんの少しずつでも人ではいられなくなる。それでも、死ななければ守れた事になるのだろうか。悩ましい問題だ。未だに答えは見えない。だが、
「なのはにはリブロムがついている。それにまぁ、アイツに言いくるめられたらしいユーノも。それに、いざとなればウチのチャンバラ馬鹿どももいい加減止めるだろうさ」
なのはを『守る』には俺の手はいくらか小さすぎた。なのはを守るにはあの子を取り巻く暖かな世界全てを守らなければならない。残念ながら、今も昔も自分にそんな力はない。精々それに仇なすものが近づく前に迎え撃てるかどうかといったところだ。
そもそも本来であればそれこそが俺の仕事であり、なのはを直接守るのは士郎達の仕事だ。……少なくともそういう約束を交わしていたはずなのだが。ついため息をつきそうになったが、つけばフェイトが余計不安を感じるだろう。飲み込んでから続ける。
「だから、俺は俺のできる事をするだけだ。お前一人くらいなら俺にも何とか守れるさ」
手が届くところにいてくれればな――フェイトに笑いかける。
「うん。その、ありがとう……」
少し照れたように――少し安心した様子でフェイトが微笑んだように見えた。
だが、俺が言ったのは酷い言葉だった。フェイトの世界は酷く狭い。自分の手に収まってしまうほどに。そう言ったも同然なのだから。
(その状況が気に入らないんだろ?)
右腕に問いかける。この衝動が何故目覚めたのか、きっかけも理由もいい加減見当がついていた。それが間違っていない限り、フェイトを救う事こそが俺が衝動から逃れる唯一の手段となる。だが、それは果たして実現可能だろうか。この子を救うためにはある意味、管理局を皆殺しにする事など比べ物にならないほど困難な事に挑まなければならない。
(そればかりはな)
どれほど悩んでも、考えを張り巡らせても意味がない。どんな小細工も力も――それこそ世界を滅ぼせるほどの力であったとしても等しく無意味だ。それでも挑まなければならない。まったく、厄介なことだ。
「ところでアタシは?」
守ってくんないの?――アルフがそんな事を言った。
「……まぁ、手が届くところいればな」
真顔でそんな事を言われるとさすがに返事に困るが――まぁ、見捨てるつもりはない。それこそフェイトの傍にいてくれれば纏めて庇うくらいの甲斐性はあるつもりだ。
(アルフに何かあればフェイトだって無事とは言い難いだろうしな)
相棒を失う辛さを理解できない訳がない。フェイトにそんな思いをさせるつもりはなかった。そう……させるつもりはない。
「さ、そろそろ帰るぞ。ここに留まっても捕捉される危険が増えるだけだ」
監視機械の注意が他所に向いたのを確認してから、二人を促す。二度も目の前でジュエルシードを横取りされたせいだろう。渋々と言った様子で二人が動き出す。
それからしばらくして。
「で、何でアタシ達は荷物持ちしてんのさ?」
「何でって、そろそろ食糧が底をつくって言っただろ?」
不死の怪物だろうが魔法使いだろうが、補給もなしに戦い続けられる訳がない。
「ついこの前、缶詰とかたくさん買い込んだだろ!」
「あれは緊急用だ。補給する余裕があるのに、いきなり備蓄を崩してどうする」
いつもと違う細い路地を歩きながら、肩をすくめる。いつもの道は、あの監視機械が見張っていた。とはいえ、こちらの生活圏を把握している訳ではないらしい。少しばかり回り道するだけで、簡単に回避する事が出来る。さらに、その監視網の緩さはここ数日で全く変化がなかった。いや、緩さというのは語弊がある。自らの意思で動き、警戒し、対処できる存在であれば、すり抜けるのは容易だと言う程度の事である。
(つまり、俺達を始末するよりも、ジュエルシードの回収を優先しているってことか)
そのおかげで、包囲網――監視機械の動きには、法則性がある。それを理解し、魔力さえ抑え込んでおけば、連中の監視網をすり抜けるのは簡単だった。もっとも、
(こんな状況が、いつまでも続く訳じゃあない。どうせ、俺への対策が思いつかずに動けないって程度の話だろ)
正攻法で挑んでくる限り、クロノだけでは勝ち目がない事は分かっているはずだ。しかし、向こうとて素人ではない。このまま俺達を放置することなどあり得ない。始末する方法が思いつきでもすれば、すぐにでも仕掛けてくるだろう。それまでに、フェイトに関係する厄介事に決着をつけておきたいところだ。その方法になのはが利用される可能性は決して低くないのだから。
「でも、ちょっと安心したよ」
「うん?」
微かに、だが。フェイトが笑っていた。久しぶりに見たその笑顔に俺もホッとする。
(フェイトが傍にいるのに気付かなかったってのも情けない話だ)
この子の不安には殺戮衝動も入っているだろう。やれやれ、やはり後始末をアルフに依頼したのは失敗だったと言わざるを得ない。無様なものだ。やはり昔の自分のようにはいかないらしい。……いや、それは言い訳か。詰めの甘さは今も昔も変わらないだろう。
「何か今日は、光も調子がよさそうだから」
ともあれ、フェイトはホッとした様子でそんな事を言った。
「ああ、それは確かに」
その言葉に、アルフも頷く。正直あまり差はないのだが……ほんの僅かに――そして、あくまで一時的なものだが――鎮静魔法が効果を発揮しているのは事実だった。
「まぁな。恩人が遺してくれた特効法だって言ったろ?」
エレイン――二代目ゴルロイス自身が永劫回帰に抗う方法として遺した魔法は、『マーリン』に対する鎮静である。だが、それ自体は未完成だった。いや、厳密に言えば本当に効果があるとエレイン自身が確信を持つ事はなかった。さらに言えば、今さら検証のしようもない。何故なら、かつての自分はついに『マーリン』にはならなかったのだから。
(いや、効果はあったのかもな)
自分にとってそれはある種の保険の――お守りのようなものだった。『マーリン』から受け継いだその右腕を見ればどうしても不安に苛まれる事はある。そんな時には、彼女が遺してくれた魔法を唱えたものだ。それだけで心が落ち着いた。もっとも、今回はその恩恵ではない。
(なるほど、どうりで侵蝕が早い訳だ)
そもそも今自分を蝕む殺戮衝動は、恩師の記憶と照らし合わせるといくつかの違和感がある。調子がよさそうに見えると言うなら、それはその違和感の正体を確かめるべく施した小細工が功を奏した結果にすぎない。
(やれやれ、ようやく事態が思った通りに動いてくれたか)
だが、こうして効果が出たというのなら、自分の推論はそうそう見当外れではなさそうだ。ジュエルシードにまつわる一件が起こってから、初めて何かが上手くいったように思える。いや、そう考えると気が滅入るが――ともあれ、残り時間はもう少ない。このまま巻き返していきたいところだ。とはいえ、疑問の全てが解決したわけではない。
(しかし、それならこれは一体どういう訳だ?)
右腕は今も血を求めている。意識を蝕む殺意は間違いなく殺戮衝動の影響だった。それに関しては疑う余地はなく、また意味もない。だが、本当にそれだけか? 自分の中で燻ぶる殺意は、本当にそれだけが理由か?
(何かまだあるな)
まだ何かを見落としている。だが、元凶が殺戮衝動である事は疑いない。さらに言えば、違和感の正体に対する予想も大筋から外れているとは思えない。それなら、これからやるべきとは決まっていた。
(最後の――いや、最後の一歩前だが。ともあれ、次の課題はやはりどうやってプレシア・テスタロッサと接触するか、だな)
招待状となるジュエルシードの回収が捗っているとは言えないが……どんな形であれ、接触さえ出来ればあとは例えなし崩しにでも解決を見るだろう。ただ、最善の形を望むなら――最低限俺が俺のまま接触する必要がある。そのためには、あと数日以内に決着をつけなればならない。
――世界が終わるまで、あと八日
3
「調子はどう?」
「いいえ。ダメです、艦長。ジュエルシードの反応も光君達の反応もありません」
ジュエルシードはともかくとして。御神光の消息は未だに掴めない。確かに、目下アースラはジュエルシードの捜索を中心にしているが、それでもここまで完全に姿を隠せるとは、予想以上の難敵だった。いや、ただ単に予想が甘すぎたと言うべきか。
(それとも、もうこの世界にはいない?)
その可能性は低いだろう。自分の考えを即座に否定する。未回収のジュエルシードが残っているという事もあるが――何より、高町なのはが私達管理局の手の内にいるからだ。それに気付いていないとは思えない。彼は明らかに私達を敵視し、最大限に警戒している。それならば、彼女を『助け』に必ずやってくる。
(それが根拠というのは、かなりの皮肉ね)
御神光と敵対するか否か。その判断は今もつかないでいる。クロノ……管理局員への攻撃やジュエルシードの違法回収に関しては、管理局を知らない以上、御神光の責任を問う事は出来ない。つまり、それを理由に捕縛する事は出来ない……が、私達にとって未知のものであったとしても、魔法の力によってこの世界が脅かされると言うのであれば、超法規的処置だろうが越権行為だろうが、とにかく対処するしかない。
(正気の時に収容――せめて対話に持ちこむ事が出来れば、別の選択肢を見つけられるかもしれないけれど)
目下、御神光は第九七管理外世界における脅威として数えるより他にない。彼が単体で世界を滅ぼせるとまではさすがに考えていないが、下手にジュエルシードの力を取り込もうものなら話は変わってくる。現時点ですらクロノ一人では御せない相手だ。もしもそんな事になったら、専門の大部隊でも編成してもらわなければ対処できそうになかった。
(とはいえ……)
現実的に考えて、そんな部隊が編成されるまでには呆れるほどの時間がかかる。それを待つ間にどれだけの被害が出るか知れたものではない。
(こういう時、管理局内のしがらみにはうんざりさせられるわね)
とはいえ、腐っていても仕方がない。それに、そもそもそんな事態にならようにするのが私の役目だ。今はその役目に集中しよう。
「あの子――金髪の子達については何か分かった?」
御神光と行動を共にしている金髪の魔導師。彼女の魔法は明らかにミッド式だった。しかも、あれほどの才能の持ち主。そんな人物が、管理局のデータベースにないと言うのは考え辛いのだが……。
「いえ、ダメです。せめて名前が分かればとっかかりができるんですが……」
偶然なのか、意図的なのか。ともあれ、あの少女は徹底して名前を隠している。お陰で目下あてになるのは、魔力値と魔力波動。あとは外見だけ。彼女の身元を割り出すのは難航していると言わざるを得ない。
(魔力波動で引っ掛からないというのもおかしな話なのだけれどね)
とはいえ。例えリンカーコアが活性化していたとしても、魔導師として登録されていない場合、当然魔力波動も登録されない。クラスが極端に低い――つまり、ろくに魔法が使えない――場合なら、そういったケースが全くないという訳ではない。……が、もそれがAAAクラスの魔導師となれば話は別だ。何しろ、事は治安維持に関わるのだから。
「御神光の魔力波動は?」
「ありません。というより、彼の魔力は明らかに異質です。ミッド式の理論では説明がつかない特徴がいくつもあります。一応私達の基準に当てはめるならクAAクラスだと考えられますが……暴走状態ではAAAクラスにまで跳ね上がっていますから、断言はできません」
クラスはともかくとして。魔力の異質さは、実際に交戦したクロノも言っていた。
『何と言うか……『魔力そのもの』に意思があって防御を喰い破ってくるような不気味な感触がしました』
それが何を意味するか分からないものの――彼の扱う魔法は、私達にとって未知である事は明らかだった。それはもう分かっていた事であり、目新しい情報ではないが。
「彼に対しては、やはり別のアプローチが必要ね。……あの子の素性が分かれば、別
のアプローチ方法も見つかるかもしれないのだけれど」
「そうですね……。あ、あの子に関してですがもう一つ。おそらくですが、雷の魔力変換資質を持っていると考えられます」
言いながら、エイミィはいくつかのデータを示した。
「魔力変換資質持ち、ね。なおさら未登録というのはおかしい話だけれど……」
魔力変換資質持ちは血縁者にも同じ資質持ちがいる傾向がある。もちろん、突発的に発生し、一代限りという場合もあるが――何であれとっかかりが欲しい。まずはその線で洗ってみるべきか。
「エイミィ。雷の魔力変換資質持ちやその血縁者の中で、彼女の魔力波動に近い人物を探してちょうだい」
「分かりました。ちょっと待っててください」
すぐさまエイミィが検索を開始する。もっとも、彼女の能力を持ってしても膨大なデータから該当者を見つけ出すには時間がかかるだろう。
(それだけの時間があればいいのだけれど……)
懸念を声に出さないまま呻く。
リブロムの宣言はひとまず置いておくとして。ここ数日、御神光達はジェルシードを回収できずにいる。未回収のジュエルシードも残り少なく、向こうは焦っているはずだ。追いつめられた人間というのは思わぬ行動に出る。より一層の警戒が必要となるだろう。
「強硬な手段に出られると、さすがに分が悪いわね……」
AAAクラスの魔導師とAAクラスの魔導師。いや、最悪はAAAクラスの魔導師が二人。しかも、片方は実戦においてクロノすら凌駕する魔導師である。アースラの戦力だけでどこまで抑え込めるかは未知数だ。
「なのはさんの様子は?」
「相変わらずですね。むしろ、もっと思いつめちゃってます」
「そう……」
それは仕方がない事だろう。とはいえ、御神光と最も安全に接触できるのは彼女だ。戦闘を回避するなら彼女の協力は必須である。それに、
「もう一度、リブロム君に情報提供に応じる様に頼んでもらった方がいいわね」
彼女は御神光の情報を持つであろうリブロムを説得できる可能性も最も高い。もちろん、私自身も何度もリブロムに直接頼んでいるが――その全てを鎧袖一触で無視された。それを考えれば、今さら口を開くとも思えなかったが。
(それでも、やれる事は全てやっておかなければ)
ロストロギアの暴走は深刻な悲劇を引き起こす。それは痛いほどよく知っている。思い知っている。だからこそ、そんな思いをする人を一人でも減らさなければならない。一人でも多く救うと誓ったのだ。
(このまま彼を止められないなら――)
怨まれる覚悟も決めなければならないのだろう。必要とあれば決められるはずだ。それが私の仕事だ。けれど、
(なのはさんに同じ気分を味あわせるのは嫌よね)
私自身が怨まれるだけなら耐えられる。でも、あの子は酷く悲しむだろう。その悲しみを見るのは多分耐えられない。偽善だと言われればそれまでだ。無駄な足掻きかもしれない。それでも、最悪の決断を下すその時まではあの子の味方でいたいと思う。だから、最悪の結末を回避する努力を惜しむ訳にはいかなかった。
――世界が終わるまで、あと七日
4
「大丈夫、なのは?」
馬鹿げた質問である事くらい分かっていた。ベッドに沈み込むようにして寝転がるその姿を見れば、訊くまでもない事だ。もっと気のきいた言葉をかけられればいいのに。そう思う。
「うん。……大丈夫だよ、ユーノ君」
なのはの憔悴が激しい。ジュエルシードの封印で消耗した訳ではない。そもそも今日は見つかってもいないし――見つかっていたとしても関係ない。理由はもっと深刻だ。
「光お兄ちゃん……」
光は今日も姿を現さなかった。未回収のジュエルシードはあと六つ。目的の見えない光はともかくとして、あの少女達は焦っているはずだが。
(何で姿を見せないんだろう?)
彼女達は現時点で七つ、彼女達が登場する前に光が回収したはずの三つを合わせて一〇保有しているはずだ。つまり、およそ半分。それだけでも相当な力が出るはずである。
(目的を果たした……とは思えない)
なのは――ではなく、彼女が抱える本……つまり、リブロムを見やる。なのは程に露骨には現さないが、彼も焦りを覚えているらしい。御神光はまだ解放されていない。そう判断すべきだ。そのうえで、何故沈黙を保つ?
(あの人の目的が分からない。一体何を望んでいるんだ?)
最初は僕の事を排除しようとした。その次に、ジュエルシードの回収に協力してくれると言った。その理由はどちらもなのはだ。彼女の――彼女達の安全を確保するためだった。そう。元々彼はジュエルシードなど求めていなかった。つまり、
(求めているのは、あの二人……)
そう考えていいだろう。そして、光はいつだってなのはの安全を最優先で確保しようとしている。得体の知れない衝動に蝕まれながらも、彼が心変わりしていない事は言動の節々から伝わってくる。だが、それなら――
(あの二人に協力するのは……いや、自分でなのはを守らなくなった理由は何なんだ?)
光が僕や管理局にいい感情を抱いているとはとても思えない。今すぐに得体の知れない組織から妹を取り返したいと思っているはずだ。なのに、何故姿を現さない?
(自分に暴走の可能性があるから?)
それはあるかもしれない。実際に、暴走してしまえば光はかなり凶暴になる。それなら、いっそ管理局に預けておく方が安全だと考えていたとしても不思議ではない。
(いや、でもあの人がそんな事をするかな?)
光は管理局が安全だとは思っていないはず。それなら、もっと安全な方法を選択肢しそうな気がする。まぁ、それが例えばどんなものかと言われると困るが。
(いや、リブロムさんは光さんと同じ魔法が使えるんだ。なのはを守るための手段が全くないと言う事でもないんじゃないか?)
だからこそ、今もリブロムは――文句を言いながらも――彼女の傍を離れない。そう考えていい。いや、そう考えた方が自然だろう。とはいえ、なのはが危険に曝されていると言う事は変わらない。光はそう考えているはずだ。にも関わらず、一体何故連れ戻しに来ない? リブロムが傍にいれば、それで充分なのか?
(そもそも光さんにとってリブロムさんはどんな存在なんだ?)
リブロムにどのような事が記載されているのかは僕にも全く分からないが、それでもわざわざ本の形を取らせている以上何か重要な事が書かれているはずだ。それこそ内容次第では自分の急所を晒す事になるかもしれない。それを何故なのはに預けたままなのか。
(そんな事は決まってるじゃないか)
なのはが管理局にいる事を知りながら、預けたままにしておく理由。それは、リブロムに彼女を守らせるためだ。ジュエルシードの生み出す暴走体から。管理局から。そして、おそらくは僕からも。そして、リブロムもそれを理解している。ただそれだけの事だ。
(まぁ、相棒って言うのはそういうものなのかもね)
信頼できる相手が傍にいるから、なのはを連れ戻しに来ない。そう考えるのは有りかもしれない。けれど、やっぱり疑問は残る。何で、自分で守らない?
(ひょっとして――)
ふと閃くものがあった。光の中で変化したもの。それは――
(ひょっとして優先順位が変わった?)
声にせず――間違ってもなのはには聞こえないように呟く。だが、そうだとしたら――確かに説明はつく。つまり、こういう事ではないか。
(あの子は……今のなのはより危険な状態にある。そう考えれば――)
『正体不明の組織に捕まり、戦力とされている』なのはよりも、あの金髪の子は危険な状況にある。そんな彼女を守るためだというなら、多分辻褄はあう。ただ、
(何でその殺戮衝動って言うのは今さら目覚めたんだ?)
話をこじれさせているのは、やはりその衝動だと思う。その影響がある限り、冷静な話し合いと言うのは難しそうだった。では、その殺戮衝動は何故目覚めたのか?――ジュエルシードとの接触が理由だとは考え辛いように思う。僕と最初に出会った夜は、ジュエルシードに触れていたにも関わらず光は殺戮衝動になんて囚われていなかった。それどころかあの時、ジュエルシードは酷く安定していた。それこそ、レイジングハートの封印と同じか、それ以上に。それなら、
(あの子達と接触したこと?)
それがどう関係してくるのかは分からないが。あの二人と接触した際に何かあったと考えていいのではないだろうか。それこそ、彼女達との接触こそが原因だとしても。
もしも彼女達と出会ったせいだとして。そのうえで、行動を共にしている。それはつまり、彼女達は切っ掛けであって、殺害対象ではないのはないか。それなら――
(やっぱり、あの子達の素性が鍵になるんだよね……)
それに関しては、管理局も調べているらしい――が、結果はいまひとつのようだ。そして、管理局より効率的に彼女の身柄を調べる術を僕は持っていない。辿りついた結論に絶望的な徒労感を覚える。全く無力もいいところだった。
(ダメだ。これじゃあ、僕は本当に役立たずじゃないか)
ジュエルシードは僕が見つけた。なのはは僕が巻き込んだ。その結果、光は家に帰れないと言った。さらに、殺戮衝動に蝕まれ、怪物になろうとしている。場合によっては、なのはが……こんなにも光を慕っているこの少女がその怪物を殺さなければならない。
それを止める事が出来なければ、僕は何のためにここに来た?
(この世界を守りたかった。この世界の人を傷つけたくなかった……)
それなら。それを望むなら。この状況を好転させなければならない。誰も何も失わないように。それは僕がやらなければならない事だ。それが出来なければ、僕が来た意味などまるでないのだから。
(巻き込むだけ巻き込んで。傷つけるだけ傷つけて。今僕がした事はそれだけ。こんなんじゃ終われない! 終わる訳にはいかない!)
自分の無力さはもう嫌というほど思い知った。そのうえで。それでも。ベッドでうつせになっているなのはを見つめて、覚悟を決める。
なのは達をもう一度あの家に――平穏な日々に帰す。それが僕が果たすべき義務だ。
――世界が終わるまで、あと六日
5
明かりを落とした部屋の中。携帯電話の小さなディスプレイだけが無機質な光を放つ。
そんな中で、私はひたすらに映し出される時計を見つめていた。
(もうじき日が変わる……)
今の時刻は五月四日の二三時五八分。あと三分で今日が終わる。
『たくましい男の子に育てよ』
『も~! 私は女の子だよ!』
『なら、これは没収な』
『あああああっ! 何でそんな意地悪いうの!?』
五月五日。明日は光が作った柏餅を分けてもらって、毎年毎年飽きずにそんな事を言い合っていた。二三時五九分。あと一分で、その日が来る。来たとしても、光はいない。
(また一日が終わっちゃう……)
リブロムの言葉を信じるなら――本当にその言葉が正しいなら、もう時間がない。
五月一〇日。それが、光が光でなくなる日だった。その日を迎えれば、私か、恭也か、お父さんか――それともあの子達か。それが誰かは分からないが、光を殺さなければいけなくなってしまう。現実感がわかない。とても信じられない。信じたくない。
それなのに、何故か焦りだけが背中を突き動かす。何かをしなければならない。何をするのか、まだ分からないのに。決めなければならない。けれど、何をどう?
(そもそも、私は何を迷っているの?)
ユーノはこの世界にとって危険なジュエルシードを回収するために来た。リンディさん達はこの世界を守りに来たと言う。……光は私達が危険な目にあわないように、ジュエルシードを集めていたはずだ。なのに、何故争っているのだろう。それに、
(あの子は……どうしてジュエルシードを集めているの?)
金髪の魔法使い。私と同い年くらいのとても綺麗な女の子。ついに名前を教えてくれなかった。あの子は、何でジュエルシードを集めているのか。
分からない。分からないけれど――
(あの目……。あの哀しそうな眼……)
彼女の眼を見た時、ひょっとして恭也は光が何故あの子と一緒にいるかが分かったのではないだろうか。ディスプレイに反射する自分の顔を見ながら呟く。だって、
「あの子はきっと、昔の私と同じ……」
とても寂しくて、とても哀しくて。でも、誰もいない。誰もいてくれない。誰にも甘えてはいけない。寂しくて哀しくて辛くてたまらなかったあの頃の私と同じ。
「そうでしょ。リブロム君」
『……まぁ、そう言う事だろうな。だから相棒は一緒にいるんだろ』
私の問いかけに、リブロムはそう言った。私よりあの子が大切なの?――なんて、そんな事を全く思わなかったとは言わないけれど。
「あの子は、何でジュエルシードを集めているのかな?」
『さぁな。だが、管理局の連中が考えているような物騒な事じゃあねえだろ。でなけりゃ相棒が協力する訳がねえ。何せ、この世界にゃ可愛い可愛い大切な妹がいるんだからよ。ヒャハハハハハッ!』
きっと。あの子にとっては何よりも大切な何かがそこにあるのだろう。そして多分、昔の私のように――ひょっとしたら、もっと辛い思いをしている。だから、光は――
「あのね。少しだけ安心したって言ったら驚く?」
『ああん?』
怪訝そうにリブロムが言った。焦りはある。当然のように怖い。でも、少しだけ安心た事がある。
「本当はね。光お兄ちゃんの事が怖かったんだ。私が知らない光お兄ちゃんの事が」
魔法使いだとか。魔物退治だとか。掟破りだとか。色々と知らなかった光の姿。それはとても怖いものだった。でも、
「やっぱり変わらないんだなって。やっぱり光お兄ちゃんは優しいんだよ」
光は、あの子を助けようとしている。そう信じられる。
『……かもな。アイツはどうしようもないくらいお人よしなバカ野郎だよ』
今までになく邪気のない様子でリブロムが笑った。
『さぁ、早く寝ちまいな。寝不足でふらふらした状態じゃ相棒は捕まえられねえぞ』
「うん」
眠れない。寝てしまえば一日が終わってしまう事を認める事になる。それが怖い。
『なんなら子守唄でも歌ってやろうか?』
冗談なのか。それとも本気なのか。リブロムはどちらのつもりで言ったのか分からなかったし、私もよく分からないまま頷く。
『やれやれ……』
優しい――聞き慣れた歌が暗い部屋に響く。リブロムの独特の声だったが――それでも、光の歌声を思い出した。昔から、眠れない私をあやし寝かしつけてくれた時の歌。
たくさん傷ついて、少しだけ大人になった――そんな歌だ。決して優しい歌ではない。けれど、不思議と辛い気持にはならない。背中を押され、前向きな気持ちになれる。そんな歌だった。
(あの子にも歌っているのかな?)
かもしれない。今度会ったら聞いてみよう。ちゃんと名前を聞いて。いろんな事を話して。あの子の笑顔を見たい。そう思う。
何で、それができないんだろう。どうして、それができないの?
(そっか……。私が選びたいのは……)
そういう事なのだ。夢の縁で、確かに答えを見つけた気がした。
――世界が終わるまで、あと五日
6
「さて、と……。これはどうしたものかな」
管理局が動きを見せなくなってはや三日。それまで一日一個はジュエルシードを回収していたくせに、三日前から急に動きを見せなくなった。そして、
「せっかくのチャンスなのに……」
フェイトが悔しそうに言う。まぁ、つまり――三日前からジュエルシードらしき反応もどこにも見当たらなかった。
「ばら撒かれたジュエルシードは全部で二一。俺達が持っているのが、合わせて一〇。なのはが回収してるのは精々五つのはずなんだが……」
つまり、あと六つは残っていないとおかしい訳だが。
「誰かが持ってっちまったとか?」
「まぁ、見た目は綺麗な宝石だし可能性はあるが……」
アルフの言葉に、曖昧に頷く。
「だが、いずれにせよこの街にあるなら索敵に引っ掛かるはずだろ?」
「分かんないよ? 綺麗な宝石だし、誰かに売っ払っちまったかもしれないじゃないさ」
「いくら綺麗な宝石だって、加工もしないで売れるとは思えないな。ついでに、そこらの宝石工に加工できるような代物でもないだろう」
そもそも、まずこの世界に存在するものではない。正しい価値を見いだせるかどうかも怪しい。それこそ、ガラス玉と思われて廃棄され焼却炉か埋立地行きの可能性を疑った方が現実的なようにも思う。
「いや、それは笑えないんだけど……」
「うん。掘り返している暇はちょっとないよ……」
「けどな。こうも反応が無いとなると、本当にこの街に落ちてるかどうか――」
そこで、ふと何かが引っ掛かった。
(この『街』に落ちている?)
ユーノもフェイトもそう言った――が、実際のところどこにどうばら撒かれたのか正確なところは分からないはず。つまり、
(前提が間違ってるんじゃないか?)
フェイトのデバイスが照射する海鳴市の見取り図に視線を下ろす。そこには、落下の予測範囲も記されているが――
「ひょっとして、もう少し手前なんじゃないか?」
今の範囲では一番手前――あくまでも俺がいる位置から見て、だが――は湾岸公園だ。
初日にユーノから聞き出した最初の一つが見つかった場所は、そこから道を一本挟んで広がる防風林だった。そして、
「すぐ近くにもう一つあったんだよな」
その湾岸公園にもジュエルシードが一つあった。それも、本当に海に面した一画に。となると、あくまでも可能性の問題だが――
「ひょっとして、残りは海の中とかそんなオチ?」
ぽつりとアルフが呟く。まぁ、そう言う事だろう。
「……あんまり深いところに散らばってない事でも祈っとくかな」
いくら不死の怪物だろうが魔法使いだろうが、そうそう簡単に深海まで潜れない。
「あ~…」
「あ~あ……」
さて。その予想に従って海――それもそれなりの外海に捜索をかけたところ。
「大当たり、だね」
今まで見つからなかったのが嘘のようにあっさりと見つかった。それも複数。
「っていうか、発動してないのにこの反応って。下手すりゃ全部揃ってるんじゃ……」
長距離からの捜索なので、あまり詳しい事は分からない。しかし、今までにないほど強い反応を示している事から、複数個がそこに存在しているのは間違いない。
(残りは六つ、か)
この反応なら、確かに全部あっても驚きはしない。
(しっかし、何だって探すのは諦めた頃に見つかるかな)
フェイト達の手前、そんな事は口が裂けても言えないが――正直に言えば、管理局が来た時点でジュエルシードの回収はほぼ諦めていた。それに、今となっては手元に一〇個もあるのだ。これだけあれば、大体の事は出来るはずである。……まともに使いこなせるなら、だが。しかし、それにしても、
(やはり供物に近いか……)
懐に忍ばせたままの魔石に意識を向け、声にせず呟く。
プレシア・テスタロッサがどこまで使いこなせるかは未知数だが、自分なら――かつての自分なら、かなりの精度で使いこなせたはずだ。……残念ながら今の様ではとても望めないが。もし暴走でもさせたら、それこそ世界滅亡の危機だ。
(せめてもう少し力を取り戻せれば話は変わってくるんだがな)
力を取り戻すには、それこそリブロムが傍にいてくれなければ話にならない。今の状況ではとても望めなかった。
「早く行かないと!」
そうこうしている間に、フェイトが勢いよく立ちあがる。
「いや、それはいいんだが……。どうやって拾うんだ?」
「大丈夫。考えならあるよ!」
具体的には?――そう問いかける前に、フェイトは部屋から文字通りに飛び出した。
「やれやれ……。今のあいつじゃ、管理局に捕まえてくれと言っているようなものだな」
冷静さが失われている。それこそ、今のフェイトではなのはにも出し抜かれかねない。
「呑気な事言ってないで行くよ!」
アルフの怒声が聞こえる。
(ったく、何か微妙に嫌な予感がするんだけどな……)
だが、フェイトが飛び出して行ってしまった以上、ここで座して待つという選択はあり得ない。探すのをやめた頃に出てくる。探し物なんて大体そんなものだろう。適当に納得してから、法衣を羽織って立ち上がった。それに、
(願ったり叶ったりと思っておくか)
正直に言えば、危険である以上に、またとない好機だった。ここですべて回収できれば、プレシア・テスタロッサと接触できる公算はかなり高くなるのだから。
(いつまでも不抜けている場合じゃなさそうだ)
鎮静魔法の効果も、そう長くは続かない。次に衝動に呑まれれば――最悪は丸一日以上正気に戻れない事も考えられる。今の状況ではそれだけでも致命的な事態に繋がりかねない。ここで逆転の切り札の一つも揃えておかなければならないだろう。
――世界が終わるまで、あと四日
後書き
先週は更新できず、申し訳ありません。実生活で用事が立て込んでいます。
時間さえ確保できれば、何とか更新できたのですが……。
おそらく来週には多少落ち付いているはずです。
それでは、今週はこれにて失礼します。
2014年10月26日:誤字修正
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