優しさをずっと
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第三章
第三章
「何処に行ったんだ、あいつ等!」
「あの豚、また喚いてるよ」
「五月蝿いなあ」
生徒達は彼が竹刀を持って喚いているのを聞いてこう呟いた。
「くそっ、何処だ、何処に行った」
「おい、こっち来たぜ」
「どっか行こうぜ」
「そうだよな。会ったら何されるかな」
こんな調子で生徒達が彼を避けるので捜索は難航した。彼が部員達を見つけたのは丁度彼等が練習を終えたその時だった。阿部先生と親しく話しているその場に怒鳴り込んできたのである。
「貴様等!」
「あっ、来た!」
「どうしよう」
「大丈夫だよ」
不安に怯える生徒達の前に立って告げる先生だった。
「先生がいるから」
「けれど平生先生って」
「剣道四段ですし」
「それに柔道も段持ってるって」
「大丈夫」
武道の段が話に出ても先生は生徒達に告げた。
「そんなのでどうにもならないから」
「本当ですか?」
「そうだよ。先生に任せて」
「それじゃあ」
「先生、御願いします」
「阿倍先生、困りますなあ」
平生は市内を右肩に担いで先生の前にやって来た。肩をいからしゆすりガニ股だ。その歩き方は最早教師のそれではなく完全にチンピラヤクザの類である。
「勝手なことをされては」
「勝手なことといいますと」
「そうですよ。この連中の担任は俺ですよ」
こう言いながら先生の前に来た。
「それでどうして。この連中を教えているんですかな。説明して欲しいですな」
「それは決まっています」
毅然とした態度で答える先生だった。平生を見据えて目を背けることはない。平生はその粗暴な性根を隠そうともしない。
「この子達が困っていたからです」
「困っていた!?」
「そうです。怯えていました」
このことをはっきりと平生に言った。
「平生先生、貴方の暴力によってです」
「暴力!?心外ですな」
首を回すように動かし先生を睨んでの言葉だった。
「俺はちゃんと指導してやっているんですよ。この馬鹿共にね」
「馬鹿ですか」
先生は今の平生の言葉にこの男が生徒をどう思っているか見て取った。
「この子達は馬鹿ですか」
「生徒は馬鹿な生き物ですよ」
完全に見下した言葉だった。
「教師が教えてやっているんですよ。愛の鞭ですよ」
「愛の鞭は確かに必要です」
先生もそれは認める。
「しかし」
「しかし?」
「それは己もその痛みを知ることができなければいけません。平生先生」
平生から目を背けないまま言った。
「貴方は間違っています」
「はぁ!?」
「貴方は間違っていると言ったのです。貴方にこの子達は任せられません」
「何を御冗談を」
平生は先生の今の言葉を頭から嘲笑った。
「俺は剣道四段ですよ」
「それはわかっています」
「そして柔道二段です。俺より腕の立つ人間なんてこの学校にいませんよ」
「問題は腕っぷしの強さではありません」
先生は怯える生徒達の前に立ち続けていた。平生はこの段によっても彼等を支配させていたのである。所謂権威だ。つまり圧倒的な暴力と権威で生徒を服従させているのである。
「貴方には心がない」
「俺に心がない!?」
「少なくとも武道をする資格も人に教える資格もありません」
はっきりと言い切ってみせた。
「貴方には。一切ありません」
「言ってくれますなあ、先生」
「何度でも言いましょう」
やはり毅然として応える。
「貴方にこの子達は任せられません。私が責任を持って教えます」
「そんな理屈が通ると思っているのですか?」
「思っています」
このことを微塵も疑ってはいなかった。
「何があろうとも」
「こいつ等は俺の部員ですよ」
「違います」
今の平生の言葉も否定した。
「それは違います」
「違うと」
「この子達は剣道部員です」
こう言った。
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