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歳の差なんて

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第九章


第九章

「大盛りでね」
「トッピングは天麩羅ですか?」
「そう、それよ」
 これしかなかった。勿論海老天である。
「で、デザートが」
「ういろうですね」
「完璧でしょ、これで」
「そうですね。まさかこんな場所で名古屋の味を楽しめるなんて」
「お店の親父さんが名古屋人なのよ」
 この辺りは実に面白い縁であった。こうした縁は本当に何時何処で見つかるかわからない。偶然により導かれる場合もあるし今回がまさにそれであった。些細なことだが。
「それでなのよ」
「名古屋の人だからですか」
「そういうことよ。これでわかったかしら」
「それでですか」
「面白いでしょ。関西で名古屋の食べ物が食べられるなんて」
 その名古屋人のおばさんが言う。今彼女達のいる神戸は言うまでもなく関西にある。関西の中では国際色豊かな港町として知られている。
「だから。あんたを誘ったのよ」
「成程」
「じゃあ。いいわね」
「はい」
 こうしてこの店のことを知った美香だった。おばさんの勧め通りこの店の味は見事なものだった。ういろうもまたよかった。この店がすぐに気に入った美香はそれからも度々お昼に店に行ききし麺や味噌、ういろうの味を楽しんだ。それはこの日もそうできし麺での天麩羅うどんを食べていた。その時だった。
「相席いいでしょうか」
 店の人から美香に声がかかってきた。それまで食べることに夢中だった美香はこの声で周囲のことに気付き顔を上げたのだった。
「はい?」
「相席宜しいでしょうか」
「あっ、はい」
 その声に特に断ることなく頷いた。見れば店が結構繁盛していて客で一杯になってきている。美香もそれを見て店の人の言葉に頷くのだった。
「どうぞ」
「わかりました。それではお客様」
 お店の人は次に彼の隣にいるスーツの人に声をかけた。
「どうぞ。こちらの部屋に」
「はい。有り難うございます」
「あっ」
 ここで美香はそのスーツの人を見てまた声をあげた。
「貴方は」
「おや、奇遇ですね」
 にこりと笑って美香の言葉に頷いてきたその人は。何と桐谷先生だった。あの紳士的で落ち着いた優しい笑みを美香に対して向けてきていた。
「貴女もこのお店にですか」
「はい、そうなんです」
 うどんを飲み込んでから先生に答えた。見ればうどんの中の天麩羅は半分食べてしまっている。本当に食べかけのままであった。
「会社の人に紹介されて。それで」
「そうだったのですか。あっ、失礼」
「はい」
 先生はここで席に着いた。美香もそれに頷く。
「そうだったんですか。会社の人の紹介を受けて」
「そうなんですよ。先生は」
「私も勧められまして」
「そうだったんですか」
「妻のね。兄の」
 ここで寂しい顔になる先生だった。
「私にとっては義理の兄の。もう縁はない筈ですが親しくしてくれていまして」
「はあ」
「あっ、もう妻はいないんです」
 前に奈緒から聞いたことを自分から話してきた。
「事故で。もう随分経ちます」
「そうだったんですか」
「今は妻の忘れ形見の娘と二人暮しです」
「娘さんとですか」
「ええ。ですから寂しくはないですが」
 そうは言っても物足りないものを感じているのがわかる顔であった。
「妻はいません」
「そうでしたか」
「その死んだ妻の兄に教えてもらったものです」
 またこのことを美香に言ってきた。
「このお店は。きし麺がいいですよね」
「はい、これを教えてもらったんです」 
 こくりと頷いてここで丁度横に来たお店の人に注文する。
「天麩羅きし麺を。御願いします」
「わかりました」
「いえね、実はですね」
 注文が終わってから美香に顔を戻してまた言ってきた。
「生粋の関西人なのできし麺には疎かったのですよ」
「そうだったんですか」
「けれど。食べてみると美味しいですね」
 それまで寂しさを漂わせた顔が変わっていた。にこやかなものになっている。
「きし麺というものも」
「そうですよね。赤味噌も」
「はい」
 それも知っている先生だった。
「とても。妻の兄には感謝しています」
「お義兄さんにですか」
「ええ。これだけではありませんかしら」
 先生はこのことも話す。
「色々と。してもらっています」
「いい人なんですね」
「そうです。そして私に」
「先生に?」
「いえ、それはいいです」
 ここではこれについての話は止めるのだった。
「何でもありません」
「そうですか」
「それよりもですね。ここの和菓子は」
「ういろうですね」
「それもですよね」
 またにこりとした笑みに戻っていた。
「ういろうも。いいものですよね」
「はい。上品な甘さで」
「そうです。ですからここでも」
「どうされますか」
「勿論頼みます」
 笑顔で美香に答えてみせた。
「そうでなければ食べた気がしません」
「ういろうまでですか」
「新川さんでしたね」
 先生は美香の姓を呼んできた。
「確か」
「はい、そうです」
 美香は彼のその言葉に笑顔で返した。
「新川美香です」 
「そうでしたね、それで新川さん」
「はい」
「貴女もそうでしょうか?」
 ここでも穏やかで優しい笑みを浮かべるのだった。
「やはり。最後はういろうでしょうか」
「はい、今日はコーヒーを頼もうかと思っています」
「あれもいいですよね」
 コーヒーのういろうと聞いてまた顔を綻ばせる先生だった。
「では私も。それにしますか」
「先生もですか」
「はい、実は正直迷っていたのです」
 こう美香に話してきた。
「どれにするか。ですがこれで決まりました」
「コーヒーのういろうですね」
「そうです。それを」
「では。一緒に」
「はい、食べましょう」
 二人で頷き合ってそのうえでうどんとういろうを食べる。それからもこの店でよく会うようになった。一度縁が出来てしまえばそれからは不思議なもので度々会った。そうしてよく会ううちに二人の仲はいいものになってきた。美香はこのことをある日奈緒に対して話すのだった。
 
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