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仮面の下の恋路

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第二章


第二章

「様々な色があるからな。人の心は」
「聖なるものでもあり同時に邪なものでもある」
 当時の教会の腐敗がこの言葉の根底にあるのは言うまでもない。ローマカトリック教会の腐敗は結局は続いていたのである。ロココの時代にもだ。
「確かにその通りだ」
「彼はこうしたことには純粋で同時に臆病だがさて」
 言葉がまた出される。
「どうなるかな」
「僕達には彼を見守るしかできない」
 冷たいようだが現実的な言葉が出された。
「そして万が一のことがあれば」
「慰めるしかね」
 またしてもそうした言葉が出される。
「できそうにもないね」
「うん。まあ吉報を待とう」
 不幸になった場合と幸福になった場合両方を想定することは決して悪いことではない。むしろそうした方があらゆる事態に対して対処できていいものである。
「ゆっくりとね」
「さあ、僕達も遊ぶか」
 また言葉が発せられた。だが今度は明るい声であった。
「深刻ぶったインテリゲンチャな話は止めてね」
「そうだね。じゃあ遊ぶか」
「よしっ」
 皆めいめいの仮面を取り出してきた。それを身に着けてすぐに宴の中に入る。
 彼等は遊びながら伯爵をちらちらと見ていた。そうして彼がどうなるか見守っていたのである。決して興味本位ではなく、である。
 伯爵は緊張した様子で中を見回っていた。当然ながら想い人を探しているのである。
「何処だ?」
 いささか焦っていた。
「何処にいるんだ?」
 彼女を探すが皆が皆仮面を被っているので容易には見つかりはしない。彼もまた仮面を被っているのだしこれは当然のことと言えばそうであった。
「彼女は。一体何処に」
 一応特徴は見て頭の中に入れてある。それは白いドレスである。
 しかし白いドレスというのは誰もが着ている。次に覚えていたのは髪型だがこれは案外大人しく白くさせていた。この時代白髪が流行り小麦粉で白くしていたのだ。
 大人しい髪型が重要だった。この時代の髪型は異常なものになっていた。やたらと高く上にあげてそこに田園の模型を置いたものもあった程である。
 その大人しい髪型の女性を探す。暫くして見つかった。
「いたっ」
 思わず声をあげた。小声であるが。
「やっといた。間違いない」
 見れば中国風の仮面を着けている。銀色で何処か笑っているように見える。その仮面を見ているとどうにも冷たいものも感じられるが伯爵には気付かなかった。
「それじゃあ」
 仮面を修整してすぐに向かう。そうして彼女の側に来た。
 彼女は踊りから離れて一人酒を楽しんでいた。酒のせいか雰囲気がかなりアンニュイなものに見えていた。そのけだるさが余計に彼女を魅惑的にさせているようであった。
 その彼女に向かう。そうして声をかける。
「あの」
「はい」
 彼女はすぐに彼に顔を向けてきた。その中国風の仮面を。
「何でしょうか、私に」
「実はですね」
 彼は仮面を着けていることに勇気を見出していた。そうしてそれを素顔にして彼女に話すのだった。
「踊りを踊りたいのですが」
「あら、では私をそのパートナーにですか」
「いけませんか?」
 そう彼女に問うた。
「宜しければですが」
「いえ」
 その言葉に首を横に振ってきた。
「私も。丁度パートナーがいませんし」
「そうなのですか」
「ええ。寂しい一人身ですわ」
 声が微かに笑っていた。仮面は笑ってはいないが声は笑っているのがわかった。
「それがいいのか悪いのかは別にして」
「左様ですか」
「では旦那様」
 また声で笑っていた。その声と共にすっと右手を伯爵に差し出す。白い絹の手袋で肩の辺りまで覆われていた。
「宜しく御願いします」
「ええ」 
 伯爵は声だけに微かな笑みを浮かべてそれに応えた。その声と共に手を受け取る。
「御受け頂き有り難うございます」
「だって。当然ですわ」
 彼女の声の笑みがさらに増した。
「貴方ですから」
「貴方とは」
 今の言葉の意味がわからなかった。
「どういうことでしょうか」
「ソワソン伯爵」
 彼女は彼の名を口にしてきた。
「そうですわね」
「えっ、いや」
 誤魔化そうとする。だがそれは適わなかった。
「名前は」
「こうした場所では野暮ですが。おわかりでしたから」
「わかっておられたのですか」
「はい」
 彼女の返答はまたしても笑っていた。笑みのままで述べるのだった。
「私も。見ていましたから」
「貴女もですか」
「はい。そうですわね」
 その銀色の中国風の仮面が辺りを見回す。それまでは冷淡に見えた仮面が何故か口も目も笑っているように見えた。それはこの中国風の仮面のつくりなのか彼女の心が仮面にまで出ているのかは誰にもわからなかった。少なくとも彼にはわからなかった。
「ここでは何ですわ」
 また彼に言う。
「ですから。場所を変えませんこと?」
「では。外に」
 伯爵はそう述べてきた。今は夜だ。このベルサイユはあまりにも広く人と人がこっそり密会する場所は嫌になる程あった。中には逢引を楽しむ者達もいたのは言うまでもない。またそれを咎める者もいなかった。この時代のフランス貴族達は後の革命後には腐敗の極みだったと言われているがこれは彼等にとっては普通だったのである。極端に清廉潔白なロベスピエールだからこそそう考えたのかも知れない。後にナポレオンの第一帝政時外相を務めたタレーランはかなり派手な女性関係を誇っていた。さらに後のオルレアン朝や第二帝政期にはブルジョワジーは若い娘を囲うのが一種のステータスであった。ミミにしろマノンにしろプッチーニ好みの娘達も今から見れば娼婦の様な存在だがこの当時ではこれもまた普通であった。価値観も女性のあり方も恋愛も時代によって変わるものだ。
「宜しいでしょうか」
「はい。それでは」
 彼女は仮面に笑みを含ませて答えた。そうして二人でそっと宴の場を出た。伯爵の友人達はそれを見ていたがあえて見ていないふりをした。それが当時のエチケットでもあった。
 二人はベルサイユの中庭に出た。木陰では男女の影がちらちらと見えるがそれはあえて無視していた。そうした中で話をするのであった。
 
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