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駄目親父としっかり娘の珍道中

作者:sibugaki
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第61話 親子の絆は死んでも続く

 
前書き
前回のあらすじ

銀さん父親らしい事を言う。

今回で芙蓉編のラストとなります。 

 
 ターミナルの中枢部。其処は江戸中のエネルギーが一箇所に集められたコントロール室であった。そのコントロールパネルの前で、伍丸弐號は手早くキーボードを叩いていた。
 彼の顔には相変わらず表情は見られない。無表情。冷たい氷の様な風貌が其処にあった。
 そんな顔を食い入るような顔で新八は睨んでいた。だが、彼は動けなかった。
 両腕を縛られてるだけでなく、その背後には二体の殺人メイドが控えいていたからだ。
 下手な動きをすれば即座に新八を殺せるようにとの配慮であろう。

「コントロール室を占拠して、今度は一体何をする気なんだ?」
「プロジェクトを進めていくうちに私は理解した。芙蓉を生き返らせる事は不可能だと。唯一完成体に近いこの私でさえ、自分で言うのはなんだかからくりに侵食され始めているのだ。最早、プロジェクトは破綻したも同然と言っても良いだろう」
「それだったら、何故!?」
「簡単な事だ。芙蓉は確かに死んだが、その種子が生きている。零號の中にな」
「たまさんの……中に?」

 新八の問いに答えつつも伍丸弐號はキーボードを叩く指を止めなかった。

「プロジェクトの発動と同時に生み出されたプロトタイプ。最も性能の劣る零號に種子の開花など期待していなかったが、彼女は私の予想を遥かに上回る結果をもたらしてくれた。分かるかね? 零號に、からくりである彼女の中に少しずつではあるが感情が芽生え始めているのだ。私には分かる。芙蓉の父親である私にはそれがはっきりと分かるのだ」

 突如、キーボードを叩くのを止める。伍丸弐號の肩が小刻みに震えているのが見える。泣いているのではない。嬉しさの余りに狂喜していたのだ。

「そう、いまや零號は芙蓉自身。嫌、芙蓉の生まれ変わりと言っても良いだろう! そして、芙蓉は父である私の元へ帰って来る。その時にまた芙蓉が寂しがらないように、この国を私達からくりだけの国に作り変えてしまわねばならないのだ。そうだ、それが父である私が出来るたった一つの事なのだから!」

 両手を広げて伍丸弐號は声高々に語る。まるで独裁者の考え方だった。こいつは地上に居る人間を全て排除し、からくりだけの国家を作るつもりなのだ。
 たった一人の、愛する娘の為だけに。

「随分ご大層な事を言うじゃねぇか。お父さんよぉ」

 声と共に気配が感じられた。一同の視線がその声と気配のした方を振り向く。それは中枢の周囲を密集していたパイプ。その一本の上に銀時とたま、そしてなのはの三人の姿があった。

「ぎ、銀さん!」

 新八が声を挙げる。

「ちょっとぉ! 私やたまさんは無視しないでよぉ!」

 新八が銀時の名前しか言わなかった事が心底気に食わなかったのか不満そうに頬を膨らませるなのはの姿があった。
 本人は相当怒っているようなのだが、何故かその仕草が可愛らしく見えてしまうのは一生の疑問であろう。

「え? あ、御免なさい」

 そんななのはを前にして流石に新八も場の空気を読んで謝って見せた。別に謝る必要はないと思うのだが其処は空気を読める男子。略してKY男子の異名を持つ志村新八だからこそなのであろう。

「確かに、折角私達が助けに来たのに銀時様の名前だけを出すのは不満ですね。新八様。其処は【たま様と他二名】に改めて下さい」
「そうだそうだぁ!【なのはちゃんと愉快な仲間達】に訂正する事を要求するぅ!」
「あぁ、はい……ってか面倒臭ぇよあんたら! 何しに来たの? わざわざ敵のど真ん中に来てまでボケないで下さいよ!」

 流石は銀魂きってのツッコミキャラとの定評がある新八だ。ツッコミにキレがある。彼の居る居ないで物語に大きく影響してしまうのだから溜まった物じゃない。

「おぉい、そろそろ本題に戻って良いか?」

 これ以上ギャグ展開をやられても面倒なので銀時が無理やり路線を戻そうとする。

「だってさぁ、どうするぅ? たまさん」
「銀時様の言う通りにすれば宜しいのではないでしょうか? 所詮私達は新八様から見ればただのモブキャラなのでしょうから」

 銀時の目の前でなのはとたまはその場でしゃがみこみ不貞腐れてしまった。全く以って面倒臭い。早い所話を進めたいのだがこの二人は相当なまでの空気を読まない体質ならしい。
 世間ではこれをKYと言う。

「芙蓉。待ちわびたぞ。それに、どうやら私が思っている以上にお前の種子は成長しているようだな。人間達に会わせてまるで生きた人間の様にその場でボケるなど、我等からくりには到底出来ない事だ。私は嬉しいぞ」

 回りでボケまくる中、伍丸弐號だけは平常運転の様子だった。それどころかボケまくるたまを見て喜んでいたりする。

「え? 其処は喜ぶところなんですか? 普通は悲しむところじゃないの?」
「貴様達には分からないだろう。芙蓉は今や人間に相違ない成長を遂げている。これが父親である私にとっては何よりの喜びなのだよ」

 子の成長は親としてはとても喜ばしい事だ。子供がハイハイの状態から二本足で立つようになっただけで一喜一憂する時もあれば膝を擦り剥いただけで慌てふためく親も居たりする。
 子供のする仕草の一つ一つが親にとっては壮大なドラマの演出なのだ。
 そして、伍丸弐號にとってもそれはまた一つの壮大なドラマとなっていたようだ。

「父親だぁ? てめぇがそんな言葉を使うたぁ世も末だなぁ」

 そんな伍丸弐號の言葉を一蹴するかの様に銀時は鼻で笑って見せた。

「どう言う意味だ?」
「てめぇが父親って言葉を使ってる事が俺にはおかしく聞こえるんだよ」
「なんだと? どう言う意味だ。私には貴様の言っている言葉の意味が理解出来ない」

 表情には出していないが、近くに居た新八には分かった。伍丸弐號は少し不機嫌になっている。恐らく銀時に自分の言った言葉を否定された事に苛立ちを感じたのだろう。

「分からないってんなら分かり易く教えてやるよ。てめぇは娘の為だとか言ってるようだが、実際はてめぇの為に全部やってる
に過ぎねぇって事だよ!」
「銀時様の言う通りです」

 銀時の後に続くたま。

「貴方が私を作ったのも、数多くのからくり家政婦を作り出したのも、全ては娘の芙蓉様の為などではなく、全ては自分自身の寂しさを紛らわす為、違いますか?」

 たま、芙蓉の鋭い視線が伍丸弐號を見下ろす。その視線は何処か冷たく、そして何処か悲しみに満ちた目をしていた。まるで、本当に人間の目をしているかの様に。

「なる程、全ては私自身の自己満足の為に行った事。だと言いたいのだな? 私がプロジェクトを立ち上げ、お前達からくり家政婦を作り出し、それらを用いて地上に攻め入ったのも、全ては私の自己満足だと。仮にそうだとして、どうしたいのだ? お前はこの私を倒してこの私の愚行を止めると言うのか? 実の父であるこの私を―――」

 伍丸弐號の歪んだ目線が向けられる。機械的で狂気的な目が芙蓉達に向けられる。彼は芙蓉の言葉を否定はしなかった。寧ろ、その事実を真っ向から受け止めた上でそう言って来たのだ。彼自身自覚をしているのだ。自分自身が狂い、今こうして自分が行っているのが愚行に他ならないと言う事を。

「私の中で芙蓉様は言っています。貴方は既に、林博士ではないと。既に父は、林博士はこの世にいないと。今、私の目の前に居る貴方は林博士が生み出した愚かな夢の残骸。貴方が残っていては林博士は眠る事が出来ない。だから、同じ夢の残骸である私がすべき事は只一つ。伍丸弐號、私は貴方を破壊します! それが、私が今は亡き芙蓉様に、林博士に出来る只一つの恩返しなのです」
「この私を破壊すると言うか、よかろう。出来る物ならやってみるが良い。この私を破壊できると言うのなら破壊してみるが良い!」

 言葉はそこで終わった。三人は跳躍し、伍丸弐號と同じ場所へと降り立つ。降り立った一同の下へ一斉に襲い掛かってきた殺人メイド達を蹴散らし、破壊する。今の銀時や芙蓉にとって強化型のメイドなど相手にならなかった。

「なのは、お前は新八のところに行け! 奴は俺とたまでぶちのめす!」
「ラジャー!」

 敬礼のポーズを取り、一人新八の下へと駆け寄るなのはは、まず新八の両腕の拘束を取り外した。晴れて自由になった両腕を前に回して手首を数回回す。相当きつかったのだろう。

「有り難うなのはちゃん。助かったよ」
「どういたしまして。新八君が無事で安心したよ」

 互いに言葉を交わす。これで目的の一つは達成した。後はこの事件の元凶でもある伍丸弐號を破壊し、ターミナルの占拠を解けばこの長い夜は終わりを迎える。そして、再び朝日が昇り、明日が訪れるのだ。
 だが、此処で銀時達が負ければ明日は来ない。江戸はからくり達に蹂躙され、人間の明日は永遠に訪れなくなる。それだけはさせる訳にはいかない。明日を手に入れる為にも此処で絶対に勝たねばならないのだ。
 足音が響いた。こちらに向い更に大勢の殺人メイド達がやってきているのが見えた。
 四方から怒涛の如く押し寄せて来る。うんざりするほどの数だ。

「くそっ、まだこんなに戦力があったなんて!」

 愚痴をこぼしつつも、先ほどまで殺人メイドが持っていたモップを拾い、それを新八は構えた。殺人メイド達を銀時達の元へ行かせてはならない。なんとしても此処で食い止めなければならないのだ。
 
「なのはちゃんは僕の後ろに隠れてて。なんとしても此処で食い止めないと!」
「大丈夫だよ。私だって戦えるから心配しなくて良いよ」
「え?」
「さっきだって私凄く強いからくりメイドをやっつけたばかりだからね。寧ろ私が新八君を助けてあげられる位だよ」

 自信たっぷりになのはは言う。だが、それを聞いた新八の脳裏に不安が過ぎった。それはつまり、なのはの失われた記憶が蘇った事を意味する事だと錯覚したからだ。
 そんな不安がっている新八を他所になのはは勇み足で歩み出て、両腕を前に突き出す構えを取った。

「出ろ! 光の剣!」
「え? マジで!? まさか本当に出せちゃうの!」

 驚愕する新八。そして訪れる静寂。新八の耳に何故か【シ~ン】と言う音が聞こえて来る位に静けさが訪れていた。

「あれ、出ない? さっきはちゃんと出たのに……」
「うん、予想通りと言うか何と言うか。とにかくある意味で安心したよ」

 予想通りとは失礼な物言いだと思われるだろうが、とにかく出なくて一安心だったりする。此処で下手に魔力なんて出してたら最悪な事になる。何せ此処には江戸の全エネルギーが集まっているのだ。
 そんな場所で高火力の武器や範囲の広い武器を用いればどうなるかなど火を見るよりも明らかな事だと言えた。
 そして、当然なのはが用いている例の光は広範囲攻撃に分類される。下手するとこの場所一体を吹き飛ばしかねない。大量の殺人メイド達を相手にしなければならないと言うのは些か痛手ではあったが江戸が吹き飛ぶよりは遥かにマシだと言えた。

「う~ん、おかしいなぁ? さっきはちゃんと出たのに」
「ま、まぁ出ないのはしょうがないから、とにかくなのはちゃんは下っててね」
「ぶぅ……何か邪険に扱ってない? 私の事」
「してないから、とにかく下ってて。お願いだから」

 本当にこの子はわが道を行くと言うか、子は親に似ると言うか、とにかく扱い辛さは銀時並と言えた。下手にヘソを曲げられると立ち直らせるだけでも一苦労であろう。そんななのはをとりあえず下らせて、新八は身構えた。




 新八が殺人メイド達との激闘を開始したのとほぼ同じ頃、銀時とたまは二人で伍丸弐號に攻撃を開始していた。互いに双方から同時に切り掛る。それをさも当然の如く両腕を翳し、手の平から防御結界を張り自身への直撃を回避してきた。
 ちっ、やっぱりこいつも使えるのか! まぁ、そうだろうとは思ったけどよ。
 内心予想はしていたが、実際にやられるとかなり面倒だった。何しろ、こいつが相手の場合世界の垣根が全く通用しないのだから。

「無駄な事だ。この世界でしか戦えない貴様に私を傷つける事など出来はしない。只の侍にこの私を傷つける事など不可能に等しい」
「御託は良いんだよ。一回斬って駄目だってんなら十回斬ってやらぁ! それでも駄目ならてめぇを切り倒すまで何度でも切り掛ってやらぁ!」
「それが貴様の言う侍とやらか?」

 蔑むかの様に伍丸弐號が銀時を見入った。明らかに無駄としか言いようのない行い。負けると分かっていながらも果敢に戦い挑むその様は、あまりにも滑稽でいて、あまりにも無様としか言いようがなかった。

「貴様が私を十回斬る前に私ならば貴様を一息の元に殺せる事が出来る。だから貴様が私を倒すことは無理に等しい事なのだ」
「たかが結界を張ってるだけで勝ったつもりか? 守るだけで勝てる戦いなんざこの世にねぇぜ。それとも、何か隠し玉でもあるってか?」
「私の性能が貴様達の倒してきたのと同型と思っているのならば、その思い上がりを後悔させてやろう」

 突如、伍丸弐號が両腕を目の前で折り畳むように構える。そして、両肘の角から勢い良く薬莢が左右に1発ずつ、計2発飛び出したのが見えた。初めて見るその光景に銀時の首筋の後ろ側がジンとした。
 こいつ、何かしでかすつもりだ―――!

「銀時様!」

 傍で芙蓉の声が響いた。まさに一瞬の内の出来事だった。伍丸弐號の両肘から薬莢が飛び出したのを目視したその刹那、突如として伍丸弐號の両腕がまるで鞭のように長く撓り、銀時目掛けて襲い掛かって来たのだ。最初に右腕が、それをかわした後に続けて今度は左腕がしなって襲い掛かって来た。
 どちらの腕も木刀で辛うじて防いだ為に直撃こそなかったもののその威力は防いだ自身の腕が物語っていた。

「無事ですか? 銀時様」
「何とかな。しかし何て馬鹿力だ! 腕が痺れてプルプル震えてやがらぁ」
「お気を付け下さい銀時様。林博士は自身をからくり化した際に両腕に特殊な何かを仕込んだ様なのです。あの薬莢を使用する度に、腕の力は倍以上に膨れ上がるみたいです」
「とんだ隠し玉を持ってやがったな」

 悪態をつきながら、銀時は震える腕を振るって再度木刀を握り直す。あれが隠し玉となれば攻撃があれだけではないだろうと思えたからだ。面倒事になる前に片付けねば厄介な事になりかねない。
 焦りが脳裏を掠めた銀時の目の前で、再度伍丸弐號が両肘から薬莢を飛び出させた。すると、今度は伍丸弐號の両腕にある十本の指が怪しく光り出す。その光る十本の指を銀時達に向けて突き出す。指の先で怪しく輝く光が一斉に襲い掛かって来た。最初こそ指と同じ数の光であったそれは瞬く間に数を増し、指から離れ少し経った後にはその光の数は幾千、幾万と膨れ上がっていた

「今度は魔力弾と来たか。しかも何だこの数は―――」
「気を付けてください。あれは数もそうですが威力も今までの比ではありません。一発でもあれに当たれば体が粉々にされてしまいます!」
「嬉しくねぇ出血大サービスだな。あの野郎、娘共々吹き飛ばすつもりかってかよ?」

 明らかにそこには娘に対するてかげんなど一切感じられなかった。確実にどちらも葬り去る。そう考えての事のようだった。
 その銀時の予想の通り、幾万の怪しき光は怒涛の如く銀時と芙蓉目がけて襲い掛かって来た。ダムの決壊と言えば良いか、それとも雪崩と例えれば良いか? とにもかくにもそれの如く大量の怪しき光が迫り来る。銀時はそれを時にかわし、時に木刀で砕き体に当たる事を防ぐ。
 芙蓉もまた同じように体をかわし、手に持っていたほうきで叩き落とす。はじめはそれで何とか凌げただろうが、徐々にやってくる光の数が増してくる。このままではいずれ対応出来なくなる事は明白に見えた。
 必至に光をかわしていた刹那、銀時の真横を例の伍丸弐號の伸びる腕が横ぎった。その腕で不意打ちをするかと思われたが、腕の矛先は銀時ではなかった。

「芙蓉!」

 腕の矛先は銀時ではなく芙蓉であった。腕を長く伸ばし芙蓉を捕え、手元へと引き寄せてしまった。
 
「芙蓉は返して貰うぞ」
「てめぇ!」

 駆け寄ろうとするが、激しい弾幕で一向に前に進めない。防ぐだけでも手一杯の状態であった。

「貴様には感謝しているぞ。からくりの体となってしまい感情の一切を失ったと思われた芙蓉に此処まで人間に近い感情を植え付けてくれた事に。少々反抗期の様だが、私が手を加えればすぐに元通りになる。親子とは所詮そう言うものだ。子は親には絶対に逆らわない。例え逆らったとしても、それは例えるならば一時的なバグに過ぎない事。驚く事などない」
「何が親子だ。てめぇみてぇな親が居るかよ。逆上せ上るのも大概にしろや」

 粗方攻撃を凌ぎ、銀時は伍丸弐號を睨んだ。ギラギラと輝きを放つその目を惜しげもなく奴にぶつけるかの様に見せつける。

「良いか、子供ってのは親の玩具じゃねぇんだ。親に逆らう時もあれば暴力を振るう時もある。酷い時なんざ親の事を血だるまにするガキだって居んだよ。例え親がハイハイも出来ない赤子の頃から丹精込めて育ててやったとしたって子供ってなぁ簡単に裏切ったりするんだよ。それを一時的なバグだぁ? すぐに元通りになるだぁ? 妄想に浸るのも其処まで来たら滑稽過ぎらぁ」
「貴様、知った風な口を聞くが、子を育てた事が貴様にあるのか?」
「さぁな、てめぇも父親の端くれなら分かるんじゃねぇのか? それとも、それすらも分からなくなったかぁ? 何なら一遍てめぇの脳みそ取り出して見て貰おうかぁ? 丁度腕利きのからくり技師もついてる事だしよぉ」
「何?」

 突如意味深な言葉を聞き、伍丸弐號は一瞬判断が遅れた。その一瞬の隙を突くかの様に、突如風がふいた。
 風と共に聞こえるは機械の配線が千切れ装甲が砕かれる音。それは伍丸弐號の腕から、芙蓉を捕えている方の手から聞こえてきた。

「娘の事だけ見続けてロリコンに目覚めちまったかぁ? エロ親父になったせいで視野も狭くなったみてぇだな。そんなんだから娘がぐれちまうんだよ」

 意地悪そうな笑みを浮かべながら銀時は言う。その表情には以前までの様な緊張感は欠片も感じられなかった。
 その後続けてもう片方の手も切断されてしまう。今伍丸弐號は両腕を切り落とされ一切反撃の出来ないだるま状態にさせられてしまった。
 両腕を切られた時点で伍丸弐號は見る事が出来た。自分の両腕を切り落とした不届き者の姿を。
 其処には、何時戻ってきたのか知れない此処に来る前に逸れてしまった筈のフェイとの姿があった。
 彼女の手には黄金色に輝く刃をちらつかせているバルディッシュが握られているが、その容姿は何時ものそれとは違い、メイド服その物を着ている状態であった。

「これで二度目ね。私に命を救われるのは」
「はぁ? 全然俺ピンチじゃねぇし。寧ろ俺一人でも全然余裕で行けたしぃ。って言うかお前が勝手に助けに来ただけであってぇ、俺は全然ピンチになってませぇん」

 そして、お約束とも言うべき銀時とフェイとの醜い口論が始まっていた。どうやら、フェイト自身は自分が銀時の窮地を救ったと思っているようだが、当の銀時は全くそのつもりがないらしい。その為、借りを作らないようにと僅かな可能性に賭けて全力で否定し続けているのだ。
 はっきり言ってあまりにも醜い争いだと言えた。

「ちょっとちょっと銀さんもフェイトちゃんもいい加減にして下さいよ。何で二人とも顔を合わせた途端喧嘩するんですか?」
「しょうがないネ。二人とも所詮は似た者同志アルよ。似てる奴らほど良く喧嘩するって昔パピーが言ってたネ」

 心配になって駆けつけてくる新八の隣には、これまた何故かメイド服を着ている神楽の姿もあった。

「ちょっと神楽ぁ。それじゃ私のご主人様があの銀髪馬鹿と同類って事になるんじゃないの? それはちょっと勘弁して欲しいんだけどさぁ」

 更に続いて現れたのはフェイトの使い魔として名高い自称狼(本当は狼なんだけど犬の方が定着している)のアルフであった。勿論彼女も他の二人と一緒にメイド服を着用していた。
 更に言えばフェイト、神楽とは違い大人な背丈とスタイルを持っている為にこちらの方が目の保養にはなったと言える。

「お父さん見てよ! フェイトちゃんも神楽ちゃんも定春もアルフさんも皆無事だよ! お父さんの言った通り皆元気だよぉ!」
「ってかお前ら、何時の間に揃ったんだよ。さっきはちょっと格好つけるつもりで言ってみたけど、まさか全員集合するたぁ思わなかったぜ」

 集合した仲間たちを見てうれしさのあまり声を挙げまくるなのはと、それとは別に突然の仲間たちの集合に呆れ果てる銀時。その後ろからもぞろぞろとメイド服が現れるが、そのどれもが見れば皆無骨でドラム缶体型なやぼったいからくりばかりであった。
 あんな形のからくりを作る輩と言えば一人しかいない。

「よぉ、随分派手にやってるようじゃねぇか銀の字」

 大勢のからくりメイド(♂)の群れを掻き分けるようにして現れたのはそれらの生みの親でもある平賀源外その人であった。

「何だよじじぃ。くたばったんじゃなかったんだな」
「当たり前だ。そう簡単に死ねるかよ。その辺に転がってたやつらの残骸をかき集めて再利用するのにちと手間取っちまってな」

 何とも経済的な男であった。どうやら先の戦闘にて破損したからくりメイド達の残骸を拾い集め、自分なりにカスタマイズして戦力にしてしまったようだ。つくづくめざといと言うべきか何と言うべきか、であった。

「まぁ、良いや。それより爺さん、芙蓉……たまの方はどうだ?」
「問題ねぇ。どうやら大事にゃ至ってねぇようだな。これなら俺が手を出すまでもねぇ。直に自己修復して起き上がるだろうよ」

 源外が倒れて動かないままの芙蓉を見てそう言葉を発する。思っていたよりも酷い状態じゃないので一安心だったと言える。
 これで残るは暴走した伍丸弐號、林博士のみであった。

「さて、これでどうやら俺たちの勝ちは確定したみてぇだな、お父さんよぉ」
「勝っただと? 何を根拠にそんな事を言っているのだ?」
「この期に及んで負け惜しみかぁ? 見て分かるだろうが。多勢に無勢。それにてめぇは隠し玉を仕込んだ両腕を失った。これで十分だと思うが、それとも今度は足でも千切って欲しいのか? それともいっその事頭だけになった方が良いか?」
「どうやら、貴様らは何か大きな勘違いをしているようだな。私にとってこの程度の人数など物の数ではない。それに、腕などすぐに元通りに出来る」
「!!!」

 伍丸弐號の言葉に銀時は戦慄を感じた。そして、その言葉は現実となった。突如として千切れたコードだけであった筈の両腕から無数の配線やらが伸び、それらが腕の形をなして行き、やがて二本の腕が元通りになってしまったのだ。

「ちっ!」

 一気に片をつけねばならない。銀時は一刀の元に伍丸弐號の頭部を木刀で吹き飛ばした。上半分が宙を舞い、遥か後方の地面へと落ちる。

「残念だったな。私の中枢は其処にはないぞ」

 伍丸弐號の言葉に焦りを覚える。そのままカウンターの如く銀時の鳩尾に拳が叩き込まれた。まるで大砲の弾が直に命中した様な衝撃を鳩尾を中心にして体全体に感じた。
 そしてその一撃はその威力が指し示すかの如く銀時を後方へと跳ね飛ばす。
 後方へと跳ね飛ばされた銀時に皆の視線が一斉に向けられる。其処に一瞬の油断と隙が生じた。それだけあれば伍丸弐號には十分であった。
 まず周囲に居たからくりメイド(♂)を先ほど放った光で貫通し破壊し、その後続けざまに周囲に居た仲間達にも銀時と同様の一撃を与え跳ね飛ばす。
 突然の出来事に誰もが反応する事が出来ず、皆伍丸弐號の一撃を受けて遠くへと跳ね飛ばされてしまった。
 
「お父さん! 皆!」
「流山、お前!」

 今、伍丸弐號の近くに居るのは源外となのは、そして微動だにしない芙蓉と戦闘力のない者だけだった。

「貴様らは大きな誤解をしている。私は他のからくりとは違い、頭部に中枢はない。私の中枢はマイクロサイズ程度の大きさしかない。これさえ無事なら例え頭だけになろうと即座に復元が可能だ。更にもう一つ教えてやろう。お前が先ほど見たあの薬莢。あれはカートリッジと言い、其処に居る魔導師や使い魔と同じ世界の技術が使われている」
「同じ世界の技術……」
「お前たちの世界で言うならば私の使っているこれは古代ベルカ式と呼ばれている代物の様だな。近接戦闘に特化した術式で一対一での戦いであれば私を倒す事はほぼ不可能であろう。例え、この技術と同じ魔導師が相手だとしてもな―――」

 一通り説明を終えると、伍丸弐號は傍に倒れている芙蓉に目をやる。そして再び手を伸ばした。

「もう止せ、流山! これ以上たまの人格データを弄れば本当にたまが死ぬ事になっちまうぞ!」
「問題ない。私がそんなヘマをする事はない。芙蓉のデータの中から余分なデータを処分するだけだ。そうすればまた元の私に忠実で従順な芙蓉に戻るだろう。そして、私は再び立ち上がる。立ち上がり、今度こそ芙蓉が寂しくならないような世界を創造する」

 源外の言葉など既に伍丸弐號の耳には届かない。徐々にその手が芙蓉の元へと延びる。そうはさせまいと銀時達が起き上がろうとするが、何故か体に力が入らず、全く身を起こす事が出来ない。

「無駄だ。貴様らに一撃当てる際に全身がマヒする毒を流し込んだ。並の人間ならば1時間は指一本動かすことは出来ない。其処で大人しくしているが良い」

 今度は逆に伍丸弐號が勝ち誇った顔をしていた。確かに言う通りだった。銀時は勿論伍丸弐號に攻撃を食らった者全員が全く起き上がれずに居たのだ。皆同じ様に毒を体内に流し込まれてしまい身動きが取れなくなってしまっていたようだ。
 このままでは再び芙蓉が奴らの手に渡ってしまう。だが、現状でそれを阻止出来る人間は誰もいなかった。

「流山!」
「五月蠅いぞ!」

 溜まらず止めに入った源外にも同じように拳と毒をお見舞いする。双方を食らった源外が頭から地面に倒れこみ悶絶しだす。ご老体にはからくりの一撃はかなり堪えたようだ。
 これで邪魔者は居なくなった。そう言うかの様に再度伍丸弐號の手が芙蓉に伸びる。すると、今度はその伸びた手になのはがしがみついてきた。小さな体でその腕にしがみつき、これ以上芙蓉に近づかせまいと懸命な努力をしたのだ。

「何の真似だ? 自ら望んで死地に飛び込むと言うのか?」
「嫌だよ! もうこれ以上たまさんを苦しめないでよ! あなたはたまさんのお父さんなんでしょ? だったら何でたまさんを苦しめるの? 何でたまさんを悲しめるの? そんなの、そんなの本当のお父さんのする事じゃないよ!」
「………成程、お前が奴の言う子と言う訳か」

 なのはが言ったその言葉で理解したのか、突如として伍丸弐號の顔が邪悪な色一色に染まって行く。その邪悪な表情は例え遠くに居たとしても充分見て取れた。

「て、てめぇ………何する気だ!?」
「貴様も父親を名乗ると言うのならば、教えてやらねばなるまい。私が芙蓉を失った際に受けた悲しみと絶望を」

 その言葉が全てを物語っていた。伍丸弐號が次に何をするのか、それは火を見るより明らかと言えた。
 一斉に身を振るって起き上がろうと切磋琢磨する。だが、それらも無駄な努力でしかなかった。幾ら体を揺すっても、幾らジタバタもがきあがこうとも、体を縛る痺れを取り払う事は出来なかった。

「無駄なあがきだ。其処でじっと見ているが良い。貴様が手塩をかけて育ててきた子が無残にも骸へと化す様を、其処で目を凝らしてなぁ」

 勝ち誇るように言葉を述べたのち、唐突にそれは行われた。未だに必至に腕にしがみついているなのはに対し、思い切り腕を振るい地面へと叩きつける。幾ら必至にしがみついていようと子供の力で大人、しかもからくりで強化された輩に対抗出来る筈がなく、あっさりと背中から地面に叩きつけられてしまった。

「あぐっ! い、痛っ……」

 相当な衝撃で叩きつけられたのだろう。なのはの顔に苦痛の表情が浮かび上がる。歯をめいっぱい食いしばり、冷や汗が流れている。あの痛み方から見て、最悪骨をやられてる危険性が見受けられた。
 
「痛むか? だが、すぐに済む」

 そっと告げるように伍丸弐號が囁く。右肘から薬莢を一発排出し、腕の形状を長く鋭利な棒状へと変化させる。そのような姿に変える意図は一つしか考えられなかった。

「そんな、ダメ! アルフ、お願い! なのはを助けて!」
「ご、御免フェイト。体が……体が動かないんだよ……くそぉ!」
「新八! 神楽!」
「僕も……うご……けない!」
「動け、動けよゴラァ! どうしてこんな時に私の言う事利かないアルかぁ!」

 今にも泣き出しそうな声を挙げながらフェイトは周囲に居る仲間達の声を叫んだ。だが、どんなに叫ぼうと、どんなにあがこうと、誰一人その場から動ける者は居なかった。それは、銀時とて例外ではなかったのだ。

「止めろ、てめぇの相手は俺だろうが! そいつは無関係だ!」
「いいや、関係はある。こいつは貴様が人生をかけて育てた大切な子。私にとって芙蓉と同じ存在だ。そして、私は芙蓉を失った。貴様にもあの時の私と同じ胸の痛みを味わって貰うぞ」
「やめろおおぉぉぉ―――――!!!」

 腹の底から銀時は叫んだ。銀時は柄にもなく願った。娘の命を救ってくれと。必至に願った。天に直談判するかの如く精一杯願った。
 だが、その願いが届く事はなかった。鞭の用に変異させた腕を撓らせ、ボウガンから放たれた矢のごとき速さで鋭利な先端は一瞬の内になのはの胸に深く食い込み、背中を貫通し、地面に突き刺さった。
 痛みと言うより寧ろ衝撃が彼女を襲った。目は大きく見開かれ、口は何かを訴えてるかの様に開閉し続け、霧を掴むかの様に弱弱しく片手を伸ばす。
 刺し貫かれた鋭利な腕を伝って赤い滴が零れ落ち、地面を赤く染め上げていく。伍丸弐號が腕を戻したのとほぼ同時に、なのはの手は地面に落ち、口は閉じ瞼はゆっくりと閉ざされてしまった。

「な、なのは………なのはぁ!」
「無駄だ、幾ら名を叫ぼうがもうこの娘は目を開かない。口も聞かない。心の臓を的確に狙った。かつて父親であった私なりの情けだ。有難く思って貰いたいな」

 信じられなかった。その一言が皆の脳裏に打ち付けられた。目の前で無残にも少女が殺されたのだ。まだ年端も行かぬ子供が、無残にも胸を貫かれ、命を奪われてしまった。
 その現実が無情にも突きつけられた。その光景にフェイトはただ、涙を流し、アルフは声もなく苦渋の叫びを挙げ、新八と神楽は呆然となっていた。そんな中、銀時だけは違った。
 銀時の中で今、確実にある変化が起こり始めていた。全身の血流が活発化し、心臓の音が徐々に早くなっていく。全身の筋肉の繊維一本一本がまるで銀時の本能で目覚めるかの如く動き始める。
 そう、銀時は一人立ち上がったのだ。ヨロヨロとおぼつかない状態ではあるが、ゆっくりとその身を起こし、二本の脚で大地を踏みしめ立ち上がった。

「ほぉ、まだ時間はあった筈だが、どうやら自分の子を殺され頭に血でも昇ったようだな」
「あぁ………てめぇのお陰でプッツン行っちまったみてぇだよ」

 言葉を返すが、未だに俯いたまま、まるで風に揺られる草木の如く不安定な状態の銀時が其処にあった。これでは格好の的でしかない。しかも、周りに居る者たちは未だ呪縛から立ち直れずに居る。無論それは銀時も例外ではない。本来なら銀時とて指一本動かせる状態ではないのだ。
 そんな銀時に向かい伍丸弐號は再度腕を変異させ鋭利な棒状へと変異させる。なのはの時と同じように銀時の心の臓を射抜く腹積もりだったようだ。
 真っ直ぐその腕が銀時に迫る。だが、放った筈の腕は突如一瞬の内に粉々に破壊されてしまった。
 唐突に起こったが為に伍丸弐號は驚いた。そんな驚く伍丸弐號の目の前に突如銀時の姿が現れる。だが、其処に居たのは人ならざる者であった。
 言うなれば、其処に居たのは地獄に住む鬼の様な目をした銀時であった。眼光鋭く赤く輝いている。その視線からは恐ろしい程の殺気が感じ取れた。

(な、何て殺気だ。これだけの殺気を人間が放てる筈がない。こいつはまるで獣、いやケダモノ、悪鬼のそれの様だ!)

 余りの殺気に押され、溜まらず伍丸弐號は距離を置く為一旦引き下がった。だが、それを追うかの如く銀時が一瞬で距離を詰める。そして鋭い眼光で伍丸弐號を睨みつけてくるのだ。まるで伍丸弐號に今の自分の中にある殺気をぶつけるかの様に。
 溜まらず伍丸弐號は残った腕を振り上げた。早くこの薄気味悪い殺気から逃れたい。そう思う一心で腕を振り上げたのだ。だが、振り上げた腕が振り下ろされるよりも前に残っていた腕もまた粉々に壊されてしまった。いや、正確には砕かれたのではない。見れば、銀時の腕には残っていた伍丸弐號の腕が持たれていたのだ。そう、伍丸弐號の腕を破壊したのは銀時であり、破壊したのではなく引き千切ってしまったのだ。

「てめぇは言ったよな。中枢が無事なら何度でも蘇生が出来るってなぁ………なら、それを見つけるまで徹底的にぶっ叩いて行くだけだな」

 静かに、銀時はそう告げた。だが、声色とは裏腹にその言葉の一言一言に恐ろしいまでの気迫が込められていた。激しいまでの憤怒に満ちた感情が体全体から伝わってきた。その気迫を感じ取った誰もが凍りついた。肝を握り潰されたような面持ちだった。
 その気迫を放ったまま、無言のまま銀時の木刀が襲い掛かった。例え中枢を狙わなくても、幾ら再生を行った所で無意味だった。再生を行った場所もすぐさま砕かれ、引き千切られてしまう。
 反撃する暇すらなく、ただただ銀時の激しい怒りの連撃を浴び続ける事しかできなかった。

(な、何故だ! 何故、この男の攻撃を私は回避する事が出来ないのだ。私の性能ならばこの男の攻撃に対処し、反撃に転ずる事など造作もない。なのに何故だ。何故私の体は反応出来ないのだ!)

 銀時の攻撃を受けながら、伍丸弐號は己の体が動かない理由に疑念を抱き続けていた。身体機能に問題は見受けられない。もしあったとしても瞬時に修復、対応が可能だ。とすれば身体機能の問題ではない。では何故なのか?

(いったい、この男の何処にそんな力があると言うのだ。この男も其処で動けないでいる人間たちと同じ筈。いったい何が違うと言うのだ、何が―――)

 ふと、伍丸弐號の目線が銀時から逸れた。其処には倒れたまま動かない芙蓉となのはの姿があった。
 芙蓉、私の大事な娘であり私が心血を注ぎ死の淵から連れて来た私の生き甲斐。そして、私はその芙蓉の父親。では、その隣で動かなくなった人間は何だ。奴と芙蓉の間に、同じ何か繋がりがあると言うのだろうか?
 いったい何が、この男を突き動かしているのか。

(そうか、そう言う事か………この男もまた、私と同じ………父親だったのだな)

 合点がいった。何故銀時がこうまで怒り、伍丸弐號に向かって来るのかが。それは、自分がこの男にとって最も大切なものを奪ったからだ。かつて、自分が無情にも奪われたのと同じように、私もまたこの男の大事なものを無情にも奪ってしまった。その時の私は計り知れない悲しみと絶望で心が黒く染まってしまった。だが、この男は違う。この男の心は激しい怒りで真っ赤に染まっている。その心がこの男に計り知れない力を与えているのだ。
 
(そうだ、私は何と愚かな事をしたのだろうか。これでは、私が芙蓉を殺したのと同じ事ではないか。私は父親でありながら愛する娘を殺した。では、私の今までの行いは何だったのか? 愛する芙蓉の為に自身の体すら捨て、世界を変えようとした私の今までは、一体何だったと言うのか? あぁ、すべてが空しくなっていく。すべてが無駄に終わってしまう)

 伍丸弐號の脳裏に蘇ってくる記憶。それは、彼が生きた人間であった頃、林流山であった頃の記憶からだった。愛する娘の為に始めたからくり。始まりは娘に笑顔をと始めた筈なのに、一体何処から道を違えたと言うのか。
 いつしか、からくりは愛する芙蓉を殺し、自分を殺し、果てには江戸に住むすべての人間を殺そうとし、今では……この男の娘を殺してしまった。
 伍丸弐號の中に最早戦意は欠片もなかった。自らの行いの為に起こったこの惨劇。それは芙蓉を喜ばせる事では断じてない。仮にこのままその道を進み、芙蓉と出会った所で、芙蓉はきっと笑顔を見せてはくれないだろう。そう思うと、伍丸弐號の膝が折れた。
 ガクリと地面に膝をつき、顔を落とす。後はこの男にひたすら切り刻まれ、いずれ中枢を破壊されて惨めな機械の残骸となるだけだろう。だが、それが愛する芙蓉と、そして其処で物言わぬ骸となったこの男の娘への手向けとなるのならそれでも良い。そう思っていた。
 
「ちっ!」

 聞こえてきたのは銀時の舌打ちする声。そして、銀時は伍丸弐號の思惑とは違い、目の前で木刀を腰に挿して攻撃を止めてしまった。

「何故、攻撃の手を止めたのだ?」
「止めだ止めだ。やる気が失せちまった。今のてめぇのその情けねぇ面を見ちまってな。とてもてめぇをぶちのめす気にならねぇや」

 そう言っていた銀時の体からは、何時しか先ほどまで感じられた殺気が嘘の様に消え失せてしまっていた。まるでいつも通りの銀時に戻ってしまったかの様に。その銀時は、項垂れている伍丸弐號になど目も暮れず、背中を向けて歩いて行ってしまう。銀時が向かったのは伍丸弐號が殺したなのはの近くであった。其処でこの男はそっと彼女を抱き抱える。

「何故だ。何故私に怒りをぶつけない。何故私を破壊しない? 私は貴様の娘を殺したのだぞ!? なのに何故だ!」
「てめぇをぶちのめせば、なのはは返ってくるってのか?」
「・・・・・・・・・」
「ま、仮にそうして戻ってくるとしても、俺はやらないだろうけどな。そんな事してこいつが生きて戻ってきても空しいだけだ」
「空しい? 何故だ、愛する娘が返ってくるのだぞ。喜ぶことあっても空しくなる事などある筈がない!」
「そいつはどうかな? てめぇの勝手で死人を生き返らせるなんざ死人に対する冒涜になっちまうだろう。それじゃ死んだ奴があまりにも不憫だ。それに、生きてる奴には死んだ奴にやらなきゃならない事が他にもあるだろうが」
「生きている者が死んだ者に出来る事。それは何だ?」
「そいつが眠ってる場所を守る事だよ」

 簡潔に銀時はそう述べた。その言葉は伍丸弐號の胸に深く突き刺さる。つい今の今までであればそんな言葉に耳を貸す事などなかっただろう。だが、今は違う。今ならば分かる気がする。この男のその言葉の指す意味と重さが。

「死んだ者の眠る場所を守る……それが生きている者の成すべき事」
「そんなに悩む必要はねぇよ。ただ、死んだ奴の墓に毎日花をやったり手入れをしてやったり、うんざりする位の愚痴を小一時間聞かせてやりゃ良い。簡単な事だろうが」

 何とも銀時らしい言い分であった。生きている者が死人に出来る唯一の事。それは死人が眠っている墓の世話だ。その墓が荒らされないように毎日手入れをし、綺麗な花を添えてやり、鬱陶しいと思われる位なまでに愚痴を聞かせてやる。それが銀時の言う死人に対して出来る唯一の事なのであった。

「悪いが俺はお前ほど頭の出来が良くないんでな。死んだ奴を蘇らせようなんて御大層な考えには至らねぇ。それに、そんな事を考えたらそれこそ星の数ほどの人間を生き返らせなきゃならない事になっちまう。そんな事してたらこっちが先に逝っちまうだろうが」
「………惜しいな。私がもう少し早くお前に出会って、今の言葉を聞けたなら……私はこんな愚かな事はしなかっただろうに―――」
「だろうな。だが、曲がっちゃいるがお前のやっていた事も根っこは娘の為だ。同じ親父としちゃ同情はするぜ。まぁ、その為にこんな大騒ぎになっちまったら本末転倒だがな」

 項垂れたままの伍丸弐號は未だに立ち上がろうとはしていない。既に銀時に痛めつけられた傷は粗方直っている。今なら無防備な銀時を倒す事など訳ないだろう。だが、何故かそれをする気にはなれなかった。
 既にバグの影響のせいで流山であった頃の記憶や感情の粗方が消えている状態にもかかわらず、動けなかった。
 あの男も、自分と同じ一児の父親だからか? それとも、自分の考えを理解した上で否定したからなのか?
 真相は分からない。誰にも、伍丸弐號本人にも―――。

「この私をどうするつもりだ? 私を破壊し、この騒ぎを納めるか?」
「前にも言っただろ。やる気が失せちまったってよ。今のてめぇをぶちのめしたって返って気分が悪くなる。だったら上に居るからくりメイド達を一体残らずぶちのめす方がまだ良いって思えただけだ」
「……」
「だが、お前がまだやろうってんなら……そん時は容赦しねぇ。徹底的に叩き潰してスクラップの欠片一つ残さず消し飛ばす!」

 振り返り、睨みを利かせる銀時の目から只ならぬ殺気を感じた。この男は本気だ。もし、いたずら半分に戦いを挑めばその時はこの男に完全に破壊されるのがオチだ。それに、今は何もする気になれなかった。言い表せないほどの虚無感が伍丸弐號を押さえつけている感じであった。

「どうやら、お前もあの銀の字に教えられたみてぇだな」
「源外」

 隣にはいつの間にか起き上がり、伍丸弐號を見ている源外が居た。

「何故動ける。貴様にも毒を打ち込んだ筈だ」
「舐めるんじゃねぇ。江戸一番のからくり技師と呼ばれる平賀源外が、そう簡単にぶっ倒れるかよ。おめぇのする事なんざお見通しよ」

 そう言って源外が懐から取り出したのは分厚い鉄板であった。しかも、その鉄板の中央が丁度拳の形で凹んでいる。

「こいつを腹ん中に仕込ませておいたのさ。最も、拳の威力までは殺せなかったらしくてな。ついさっきまで目ぇ回してたんだけどな」
「相変わらずの様だな……お前は」
「お前の方こそ、相変わらず尻の小さい女ばっかり作りやがって。尻のでかい女の方が安産だって何度も言ってるだろうが」
「お前の女に対する発想は相変わらず古いようだな。それだからお前の作るからくりは無骨でやぼったい出来になってしまうんだ」
「やかましい。お前の作るひょろい女に比べりゃ俺の方がなぁ―――」

 所変わり、今度は源外と伍丸弐號との間で女の尻に対する熱意やからくりの出来に対してで激しい揉め事が起こっていた。どうやら源外が言う腐れ縁と言うのは間違いではないようだ。

「おい爺さん。何時までも尻好みの喧嘩してねぇでさっさと帰ろうぜ。床で何時までも痺れてる奴らを引っ張ってかなきゃなんねぇんだからちったぁ手伝え」
「ったく、ちったぁ老人を労わりやがれってんだ」

 ぶつくさ言いながらも重い腰を上げ、源外は歩き出す。まわりでは未だに毒が抜けていないのか身動き一つ出来ない仲間達が顔だけ銀時の方を向いている。

「銀さん、良いんですか?」
「何がだよ」
「その、あいつを倒さなくて……」
「良いんだよ。今のあいつにゃもうこれ以上騒ぎを大きくする気なんかねぇだろうからな。表で暴れてるメイド達もその内大人しくなるだろう」
「でも……なのはちゃんは―――」

 新八の言葉に銀時が視線を落とす。今、彼の腕には物言わぬ骸となってしまったなのはが抱き抱えられている。胸に空いた穴が何とも痛々しく映り………

「あれ?」

 ふと、銀時は其処で気づいた。穴が開いているのが服だけだったのだ。確かに銀時の目の前でなのはは胸を貫かれた筈。なのにその貫かれたと思われる個所は服に穴が開いているだけで中に傷は一切ついていないのだ。
 気づけば出血も納まっている。急所を貫かれた筈なのに何故。

「どうしたんですか?」
「傷が、なくなってる」
「ゑ!?」

 驚き、ざわつく中、銀時はそっとなのはの胸元に耳を近づけた。とても弱弱しい音だが、かすかに心音が聞こえてくる。

「心臓の音が……聞こえる……」
「マジアルかぁ!? なのは、生きてるアルかぁ!?」
「あ、あぁ……物凄い弱い音だったけどな。しかし傷口が綺麗に塞がってやがる。どうなってんだこりゃ?」

 首を傾げる銀時、新八、神楽の三人。そう、彼らは知らなかったのだ。彼女の身に起こった事を。

「銀時」
「何だよ、お前から俺に言葉を掛けるなんざ」

 フェイトの言葉に少々、いやかなり嫌そうに銀時が応じる。

「たぶん、母さんとの戦いの時と同じ現象が起こったんだと思う」
「プレシアとやりあった時の? どう言う事だ」
「あの時、なのはは母さんの魔力砲を受けて致命傷を負った。でも、庭園内を照らしてた光を吸収して、あっと言う間に傷が治った。もしかしたら、あの時と同じ現象が此処でも起こったんだと思う」

 フェイトは知っていた。何しろ目の前で見ていたのだから。それは、なのはが持っていた異常とも言える治癒能力だった。以前、時の庭園での戦いの時もそうだった。あの時のなのはは激戦のせいで瀕死の状態だったにも関わらず、周囲の光を吸収しただけで全ての傷を一瞬の内に完治させてしまったのだ。
 これは他の魔導師ではまず真似出来ないだろう。何しろ、致命傷を負ったところで体内の魔力が自動的に傷を修復してくれるのだから。

「そうか、あの時か……そん時の場面だけ俺は見てなかったから分かる筈ぁねぇわな」

 真相が分かった途端だった。銀時の顔が暗くなる。

「どうしたの?」
「出来る事なら、あんましこいつに魔力は持たせたくねぇし、魔法も使わせたくねぇ。こいつの中にある異常とも言える力を他の奴が知りゃどうなるか―――」

 銀時が気に掛けている事、それはなのはの持つ異常とも言える魔法に対する素質だった。彼女の持つ素質は明らかにフェイトやクロノらを遥かに凌駕している。恐らく、二人が協力して掛かっても勝てるかどうか怪しいだろう。
 それは、ジュエルシード事件を経験している銀時達ならば分かる事だ。その上、なのははフェイトらとは違い周囲の魔力を集める必要はない。ただ光をその身に浴び続けているだけで無限に戦える。どんな致命傷も完全に治せる。それだけでもかなりいんちきな話にも聞こえた。
 唯一の欠点があるとすれば彼女自身がその素質に気づいておらず、更に使い方も知らない事だ。
 もし、なのはに魔法の知識を教え込み、自在に使いこなせるようにしたらどうなるか……考えただけでも恐ろしい。
 そして、それが銀時の恐れている事であった。
 そんな恐ろしい才能を持つ人間を管理局が放っておく筈がない。是が非にでも戦力に加えようと手を伸ばすだろう。今でこそなのはの中にジュエルシード事件の記憶がなくなったのを良い事に隠れ蓑として言い訳してきたが、そのメッキが徐々にはがれ始めている。
 もし、管理局がこの事を嗅ぎ付ければどうなるかなど一目瞭然の事だった。

「銀時……」
「やらねぇよ。俺がこいつの親父である限り、誰にもやらねぇ。誰にも渡さねぇ。こいつを、薄汚ねぇ大人共の野望の道具になんざ絶対にさせねぇ!」
「銀時が、なのはの父親である限り?」
「あぁ、俺が生きている限りなのはは俺の娘だ。つまり、侍の娘だ。侍に魔法なんざ必要ねぇ。江戸に生きる以上こいつが魔法を持つ必要はない。こいつの才能は目覚めさせない。永遠にこいつの中で眠ってて貰う。それが、俺に出来る事だ」

 なのはは元はフェイトらと同じ魔法世界の生まれだ。だが、何の不運か、彼女は単身赤子のまま全く無縁の江戸の世界へと流れ着いた。そして、其処で銀時と出会った。この時からなのはは銀時の子、即ち侍の子となったのだ。なのはが侍の子である以上彼女の魔法など必要はない。持つ必要も使う必要もない。
 そうなれば、否応なく彼女を戦乱の渦へ誘う事となってしまうのだ。そんな事は絶対にさせない。
 もし、なのはを魔導師として目覚めさせようとする者が居るなら、その者を銀時は打ち倒すだろう。なのはの力を求めて襲い来る者たちが居るのなら、銀時はそれを叩きのめし、打ち滅ぼすだろう。
 それが、銀時が父親として出来る事だから。

「ま、とにかくだ。俺が居る以上はこいつが魔導師として覚醒なんざさせねぇ。こいつは今まで通り馬鹿やって俺に毎朝熱湯をぶっ掛けて日が暮れるまで遊び呆けてる。そんな風に居させてぇ」
「うん、私もその方が良いよ。確かになのはの力は凄まじいけど、それを自在に使いこなせないんじゃ何時かその力で身を滅ぼす事になる。それなら、いっその事力を使わせない方が良い」
「そう言うこった。さてと、んじゃ帰るとすっか」

 そう言うと銀時は近くに止めてあった源外の万能戦車の上になのはをそっと乗せ、その後でフェイトを担ぎ上げた。

「うぅ、あんたなんかに抱き抱えられるなんて……」
「うっせぇ、動けねぇてめぇが悪いんだろうが。文句言うなら置いてくぞ」
「あんた、前世はきっと鬼か悪魔でしょ?」
「さぁてな」

 とぼけた顔をしながらフェイトを半ば無造作に車両の上に乗せる。それに対しフェイトが不満を投げつけていたが当の銀時は全く気に留める様子もなく続々と仲間達を乗せていく。その間に源外は戦車の点検をし、何時でも発進可能状態にしておいてくれていた。

「うっし、これで粗方積み終わったな。後は―――」

 銀時は最後に残っていた芙蓉と伍丸弐號を見る。

「銀ちゃん。あいつらも乗せて行く気アルかぁ?」
「まぁな。此処に置いて行っても邪魔んなるだけだろうし、一応あいつはこの騒ぎの首謀者だからな。外に出て真選組にでも引き渡せば良いだろうよ」

 気楽にそう言いながら銀時は二人の元へと歩み寄っていく。突如、銀時の耳に異様な音が聞こえた。ガラスに亀裂が走るような音だった。
 こんなところで何でそんな場違いな音が響くのか?
 そう思い、銀時は視線を二人からその奥にある装置に移す。

「!!!!!」

 銀時は言葉を失った。目の前では江戸全体のエネルギーとも言えるターミナルの中心部であるエネルギータンクに亀裂が走っている所だった。亀裂はみるみる内に広大になっていき。亀裂が全体に行き渡ったと同時に、ケースは崩壊し、膨大なエネルギーがあふれだし始めた。

「何てこった! さっきの騒ぎのせいで中枢が暴走しやがったぞ!」
「マジかよ、おい爺さん。このままだとどうなんだ?」
「江戸中のエネルギーが集まってんだ。暴走でもすりゃそれこそ江戸が吹っ飛ぶ事んなるぞ」
「冗談じゃねぇ、此処まで来て爆発オチなんざ洒落んなんねぇぞ!」

 急いで暴走を止めねばならない。だが、肝心のコントロールパネルに行くには暴走するエネルギーの波を越えなければならない。だが、そのエネルギーの波はとても強力であり、生身の人間が受ければバラバラにされてしまうのは必至だった。

「今すぐ止めるぞ!」
「しゃぁねぇ、こうなりゃ腕づくで止めるっきゃねぇか!」

 すぐさま銀時は木刀を抜き放ち、源外も戦車から飛び降りて来た。このまま座して見ていても結果は同じ。ならば一か八かの賭けに出るまでの事だ。どの道今まともに動けるのは二人しか居ない。泣いても笑ってもこの一回きりに賭けるしかないのだ。

「来るな! お前達は来るんじゃない!」
「な、流山!」

 そんな二人の前で、よろよろとだが、伍丸弐號が折れていた膝を起こした。よろよろとした動きでコントロールパネルへと向かう。だが、そんな伍丸弐號に強烈なエネルギーの波が襲い掛かる。

「ぐっ!」

 強烈な衝撃波でもあるエネルギーは伍丸弐號の右腕を吹き飛ばし、続けて両足を引き千切った。
 無情にも地面に倒れ伏す伍丸弐號。だが、諦めず地を這いながら近づいていく。

「どうやら伝達系がやられたか。体の再生が出来ないか、まぁ良い。腕一本あればそれで十分だからな」
「もう止せ、流山! お前、死ぬ気か?」
「何を今更。私は既に死人だ。今更死など恐れん」

 源外の静止を振り切り、伍丸弐號はひたすら突き進む。だが、そんな伍丸弐號に更にエネルギーの波が押し寄せる。その波は容赦なく伍丸弐號の体を傷つけ、ズタズタにしていく。

「流山、お前―――」
「生きている者が死んでいる者に出来る事。どうやらもう一つあったようだな」
「何!?」
「死んだ者の眠る地を守る。それは生きている者にしか出来ない事だ。そうだろう?」
「あぁ、そうだな」
「なら、私が今行っている事もまた、芙蓉の為に出来る数少ない事なのだろうな」

 ズリズリと、地を這いながら近づいていく伍丸弐號。彼の顔に微かだが笑みが浮かんでいた。今、自分は芙蓉の為、愛する娘の為に必死になっている。そんな自分に今、伍丸弐號は、林流山は満足していたのだ。
 突如襲い掛かる波が残っていた腕も吹き飛ばした。両手両足を失った伍丸弐號はまるでダルマその物と言える状態だった。
 最早今の彼に身動き一つする事は出来ない。

「残っていた腕も亡くなったか……どうやら私は娘の為に何かをすると言う事は出来ないようだな」

 止める手立てを失った伍丸弐號は無念そうに頭を地面に擦り付けた。無念だった。その一言しか浮かばなかった。何の為に自らをからくりに作り替えたのだろうか?
 何の為に大勢のからくりを作り上げて来たのか。
 何の為に……何の……
 フワリ、誰かが動けなくなった伍丸弐號を持ち上げた。五体を失った伍丸弐號はそんな自分を持ち上げる人物を見た。
 それは、つい今しがた目を覚ました芙蓉その人であった。

「ふ、芙蓉……」
「父が娘に出来る事をする様に、娘もまた、父の為に出来る事があります」
「芙蓉、お前……私を父と見てくれるのか? バグにより生前の頃の感情の大半を失い、今や醜い残骸と化したこの私を」
「はい、貴方は間違いなく私の父です。今、私の中にある種子が貴方の事をお父さんだと言っています。だから、貴方は私のお父さんなんです」
「芙蓉……ありがとう」

 芙蓉から聞けたその言葉。それを聞くと伍丸弐號は静かに目を閉じた。その言葉を聞けただけで伍丸弐號も、その中にある林流山も満足だった。
 今、彼の心はとても満ち足りた気持ちでいっぱいだった。愛する娘とまたこうして出会える。それが出来ただけでもこのプロジェクトを行って良かったと、心底そう思えた。
 すると、伍丸弐號の体が少しずつ崩壊し始めた。徐々に彼の体が小さくなっていく。やがて、伍丸弐號の体は欠片一つ残さず芙蓉の、たまの目の前から消え去ってしまった。

「たま……」
「父の遺志を継ぎ、暴走は私が止めて見せます。銀時様達は急ぎ此処から離れて下さい」
「………任せたぞ、たま。そして、芙蓉」

 銀時は一言、そう言葉を残し、源外とともに戦車に乗り込む。

「銀ちゃん! すぐにたまを助けないと。あのままじゃたままで粉々になるアルよ」
「あそこへは俺たちは入っちゃいけないんだよ。今、あそこは芙蓉と流山が親子水入らずやってんだ。俺たちよそ者が入る余地はねぇよ」
「でも!」
「流山の、芙蓉の気持ちを無駄にしない為にも……ここはあいつらに任せるんだ。爺さん、頼む」

 銀時達を乗せた源外の万能戦車が宙を浮いてターミナル中枢から離れて行く。皆が離れた後、芙蓉は一人残り、コントロールパネルに向かった。そんな芙蓉にも容赦なくエネルギーの波が襲い掛かる。体中が傷だらけになりながらも、芙蓉はコンソールへと到達出来た。後はパネルを操作し、暴走を食い止めるだけだった。

「お父さん……私を生み出してくれてありがとう。お陰で、いっぱい友達が出来たよ。変わり者だけど、とっても楽しい……愉快な人たち……だよ」




     ***




 ターミナルの暴走が停止したのと同時に地上で大暴れしていた大量のからくりメイド達は一斉に行動を停止した。それから暫くして、江戸に再び光が戻り、こうして江戸中を巻き込んだ芙蓉プロジェクトは終わりを告げたのであった。
 その後、真選組のメンバー達は事後処理に駆け回る羽目となるのだが、それはまた別の話にしておくとしよう。
 無事に地上へと戻る事が出来た銀時達はなるべく面倒事を避ける為に人ごみを避けて急ぎ大江戸病院へと駆け込んだ。
 新八達やフェイト等の中にある毒を取り除かなければならなかったし、なのはを寝かせたいと言うのもあった。
 幸いな事に皆の中にあった毒はそれほど強力な物ではなかったらしく、中和剤を打ちすぐに回復する事が出来た。
 なのはの方はと言えば暫く寝たきりになるらしい為入院する事になったようだが。とにもかくにも、後数日は慌ただしい日が続くであろうが、それが過ぎれば元の江戸の町に戻るだろう。
 今回のこの騒ぎもいずれは過去の話となり人々の記憶から忘れ去られてしまうのであろう。





「こんにちわ」

 騒動から暫く経った後、新八と神楽は源外の待つ工房へと足を運んだ。其処では一人からくりを弄り回す源外の姿があった。

「おう、あれからどうだ? 騒ぎの方は」
「もう大分納まってますね。今じゃ皆元の生活に戻ってますよ」
「そうか、まぁ腐っても江戸っ子だ。例え大火事があった所で何時までも塞ぎ込んでなんざいやしねぇよ」

 そう言いながら再び源外はからくりを弄り始めた。

「何を弄ってるアルかぁ?」
「なぁに、流山の残したからくりをちょいと弄ってるだけだよ。仲は悪かったが別に嫌いな奴って訳じゃなかったしな。こうして奴の作品も残ってる訳だし、それに半分興味もあるって奴でな」
「をいをい、年寄がからくりにお熱アルかぁ?」
「けっ、何抜かしやがる。元はと言えばてめぇらが俺ん所にこんなガラクタを持ち込んだのが原因じゃねぇか。お陰でこっちは転移装置を直す事も出来やしねぇや」

 ぶつくさ言いながらも手の方はしっかり動いている。そこ等辺りは流石からくり技師と言えた。

「それで、どうですか? 治り具合の方は」
「ま、何とか頭の方はどうにかなったな。記憶の方もこないだ繋いだテレビに辛うじて残ってた奴があったし、しかしまぁ仮に直ったとしても恐らく頭ん中はまっさらになるのがオチだろう」
「それでも良いですよ。またたまさんに会えるんだったら。僕たちはそれで良いですしね」
「やれやれ、これだから最近の若い奴らは手が掛かって困るぜ。ま、後2~3日は待ってくれや。そうすりゃどうにか頭だけは元通りにしてやれるからよ。ところで、銀の字はどうした?」

 今、源外の目の前には新八と神楽しかいない。何時もはその中に銀時を入れた三人メンバーなのだが今回はその銀時が居ないのだ。

「銀ちゃんなら今病院アル。なのはの見舞いをしてる所アルよ」
「やれやれ、なんだかんだ言ってあいつも一端の父親って訳か。微笑ましいじゃねぇかよ」

 



 所変わり、大江戸病院の一室では、ベットの上で静かに寝息を立てているなのはをただ黙って見つめている銀時とフェイトの二人が居た。

「医者の話じゃ暫くは安静だとよ。ま、命に別状がなかっただけでも良かったってところだろうな」
「良かった、本当に良かった……なのはが無事で」

 嬉しそうにフェイトが言う。言いながら目尻に溜まった滴をそっと指で拭い取っていた。

「やれやれ、使い魔も涙もろいんなら主も涙もろいみたいだな」
「何、また喧嘩売ってるの?」
「いいや、少しからかっただけだよ」

 そう言いながら銀時は笑った。普段だったらそんな銀時に即座にフェイトは食って掛かるのだろうが、今は止めにした。此処は病室だ。騒ぐのはナンセンスだし、第一目の前でなのはが寝ているのだ。
 
「ちょっとだけ、なのはが羨ましいな」
「何だよ、突然」
「私には、母さんの思いではあるけど、父さんの思いでがない。私の父さんって、どんな人だったんだろうって、時々考えるんだよね」
「ふぅん…ま、あんなマッドサイエンティストな女とくっついた程なんだ。よっぽどの奴なんじゃねぇの?」

 静かに会話をする両者。まるで風が囁いているような感じだった。

「何時か、裁判が終わったら母さんの墓参りに行きたいな」
「おう、行って来い。行って墓の手入れをしてやれ。それに花も添えて愚痴をたんまり聞かせてやれ」
「それ、前にも言ってたよね」
「あぁ、そうだったな」

 フェイトにツッコミを入れられ、銀時は一人額に手を置きしてやられたと言いたそうな顔をしてみせた。
 現在、フェイト達は此処江戸に滞在している。後からやってきた管理局メンバー共々暫くの間ではあるが真選組のお世話になっているのだ。
 アースラへ戻る転移の準備が出来次第また戻る事になる。まだフェイトの裁判が終わっていない為にそうそう江戸に長期滞在は出来ないのだ。

「そう言えば、クロノも今江戸に来てたんだよな。後で顔出しとくか」
「良いけど、あんまりクロノに変な事教えないでよね。私の兄さんになる人なんだから」
「へいへい、分かってま……今何て言った!」

 銀時の表情が一変した。顔中冷や汗をかきまくり、フェイトを凝視している。

「あれ? 言ってなかったけ。私、この裁判が終わったらハラオウン家の一員として迎えられる事になったのよ。つまり、クロノの妹になるって事ね」
「ま、マジで!? マジなの、それってマジなの? 本気と書いてマジなの!? 嘘だと言ってよ神様ああああぁぁぁぁ―――!!!」

 天井に向かい空しく叫ぶ銀時。それほどまでにフェイトがクロノの妹になる事がショックだったのだろう。
 その後、廊下から婦長が怒りの形相で飛んできて銀時をぼこぼこにしたのは記憶に新しい限りであり。




     ***




 一面が薄暗い部屋だった。中央にモニターがあり、それを囲むようにテーブルが設けられている。部屋を照らすのはモニターの映像のみと言う殺風景な部屋でその映像は流されていた。

「芙蓉プロジェクトは失敗に終わったか」

 モニターを見ていた男がそうつぶやいた。映像を凝視し、あまり残念そうな感じには見えない。

「プロジェクトは失敗に終わったが、我々には良い意味で収穫があったな」
「全くだ。機械を用いれば我々の世界の技術を用いる事が出来る。そうすれば世界の垣根を気にする必要もなくなると言う訳だ」

 続けて淡々と語る。彼らが言うには芙蓉プロジェクトの発動と失敗の末に何かしら得る物を見つけたと言うようだ。

「この技術を用いればアレの完成もそう難しくはあるまい」
「アレ? それは【戦闘機人】の事か?」
「時代遅れの世界だと思っていたが、中々良い収穫となったな」

 男達の口から出た言葉。それが何を意味するかは今の所定かではない。だが、それが後に禍となるのは明白の事であった。

「そう言えば、奉行所に仕込ませておいた我々の手勢はどうなったのだ?」
「あの騒ぎの為に全滅したよ。お陰でこの世界に流れ着いたとされるナンバーXの特定は未だ出来ていない状態だ」
「ナンバーX……あぁ、一昔前に行われていた【ロストチルドレン計画】の事か」
「誤報ではないのか? 確かナンバーXは死亡したとされていた筈だが」
「奇跡的に此処に流れ着いた可能性もある。無下にに否定は出来まい」

 男達はさらに会話を続けていた。その中にも意味深な単語はいくつか見受けられていた。

「まぁ良い。今はそれよりも前に進めるべき事がある」
「何だ?」
「これを見ろ」

 また別の男が映像を操作する。モニター一杯に映し出されたのは坂田銀時の戦っている姿であった。

「江戸に住む侍とか言う人種か、これがどうかしたのか?」
「坂田銀時、かつて攘夷戦争にて白夜叉と恐れられた鬼神。幾千もの敵をなぎ倒すその様は敵のみならず味方からも恐れられたと言う」
「だからどうしたと言うのだ。この男の詳細など何の意味も成さんだろうが」
「いいや、実は私はある計画を進めていてな。その計画にこいつが一枚噛んでいるのだよ」
「どう言う意味だ? 話が見えて来ないぞ」
「白と紅。攘夷戦争を戦った鬼は白夜叉一匹ではないと言う事さ」

 男のその言葉に当たりはどよめきだす。そのどよめきを前に男はにたりと笑みを浮かべていた。
 攘夷戦争、もう一人の鬼神、白と紅。これらの単語が何を意味するのか?
 それを知る術は今はない。ただ、この男の胸の内にのみその事実があるだけであった。




     芙蓉編 終 
 

 
後書き
次回、【テンションが上がるとその人の本性が見えたりする】

お楽しみに 
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