勝負
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第一章
第一章
勝負
「あのな」
若松冬樹はクラスメイトであり親友の須藤充に呆れた顔で言われた。
「もう皆わかってるんだよ」
「わかっている!?何にだ」
「とぼけても無駄だよ」
彼はその茶色に染めて短く刈った髪の下にある少し猿に似た顔を歪ませて冬樹に言う。完全に冬樹がとぼけていると認識しての言葉であった。
「御前が彼女のことを好きだってことはな」
「さて」
冬樹は充のその言葉に眼鏡の奥の黒い目を涼しくさせた。
「何のことだか」
「しらばっくれても無駄だぜ」
「随分しつこいな」
冬樹は充のその言葉に顔を顰めさせた。髪を奇麗に纏めている眼鏡の少年である。背は高くその眼鏡のせいか随分と生真面目な印象を受ける。実際にかなり生真面目な性格であり少林寺部で部長を務めクラス委員でもある。そうした何かと真面目な男だ。
「僕にはわからない話だ」
「じゃあ山口美麗ちゃんのことはいいんだな」
「だから知らないと言っている」
彼はここでもとぼけるのであった。
「何のことか」
「わかったよ、しらばっくてれるのならそれでもいいさ」
充もここは引き下がるのであった。
「またな」
「何度言っても無駄だ」
冬樹は充に対して言い切った。
「わかったな」
「わかったぜ。またな」
こう言って冬樹の前から一旦消える。そうして姿を消した後で携帯を入れる。携帯を入れた相手は何と女であった。しかしそれはかなり怪しいやり取りであった。
「おい」
物陰に隠れてコソコソと電話をする。
「俺だけれどな」
「何かしら」
女の声が出て来た。充は彼女に対してまた囁く。
「こっちは駄目だったぜ、今はな」
「そう、やっぱりね」
女はそれを聞いても驚くことはないようであった。平然とした声であった。
「こっちもそうだったわ」
「そっちもか」
「けれどこれも予想していたことよ」
彼女はそう電話で充に告げるのだった。
「だから驚くには値しないわ」
「そうか」
「そうよ。策は仕掛けてあるから」
「あいつにか?」
「両方よ」
クールに充に言ってきた。
「だから安心していいの」
「何かわからないけれどわかったぜ」
充は何を企んでいるのかと思ったがそれは言葉には出さなかった。
「そこは任せるな」
「ええ、御願い」
ここまで話して電話を切る。充はその後で呟くのであった。
「一体どうなるやら」
彼は首を傾げる。何はともあれ彼は何かをしようとはしていた。
充が冬樹に話を出したのは山口美麗であった。彼女は背の高いモデル並のスタイルの女の子だった。黒髪を肩のところで切り揃え大きな目で明るい表情のはっきりとした顔立ちをしていた。やけに目立つ美人として学校でも評判の女の子である。その彼女に彼女よりは少し低いショートヘアの女の子が話し掛けていた。クールな印象で醒めた目で表情がない。だが白い肌で人形のように整った美貌を持っていた。目に表情がないのがやけに印象的であった。
「今日だけれど」
「何だよ」
美麗はその少女鈴木由佳に少し目を顰めさせて声をかけていた。
「時間あるかしら」
「そりゃ今日はやることやったしさ」
美麗は少し考える顔になって由佳に答えた。
「あるけれど」
「じゃあ付き合って」
「付き合うってあんたにか」
「ええ」
由佳は声だけで美麗に答えるのであった。
「いいかしら」
「変な話題じゃなければいいぞ」
美麗はそう前置きしてきた。
「別にそうじゃないよな」
「さあ」
「さあっておい」
今の由佳の言葉にはすかさず突っ込みを入れる。
「何なんだよ今のは」
「とにかくいいのね」
また前置きしてきた。美麗の言葉は置いておいて。
「今日」
「ああ。じゃあ場所は何処なんだ?」
「喫茶店よ。駅前の」
そう美麗に告げる。
「そこでいいわね」
「そこでいいぜ、あたしもあの店好きだしな」
「わかったわ」
こうして二人は喫茶店に入ることにした。店はやたらとおばさんが多い。何かやたらと乙女チックな内装の店で色はピンクを基調としている。店員さんもピンクハウス調のメイド服だ。ただしマスターはスキンヘッドのいかつい大男である。しかもグラサンまでかけているという実にアンバランスな店であった。
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