ミッション=トラップ
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第三章
第三章
「瑠璃って女の子知らないかな」
「瑠璃ちゃんですか?」
呆れる程運がよかった。何とその瑠璃という女の子の知り合いだったのだ。しかも彼女は不審者に見える信次に対して普通に応対してきたのだ。
「うん、今何処にいるのかな」
「あそこですよ」
指差すとかなり前にいた。もう学校からかなり離れている。
「あれっ、何時の間に」
「清心は正門だけじゃないんです。瑠璃ちゃんはいつも別の校門使って下校していますから」
「何てこった」
それを聞いて慌てて彼女を追いかける。聯達も彼女を追う。信次は並木道のところで瑠璃に追いついた。
しかし。ここで異変が起こった。その瑠璃の目の前にコートを着た卑しい顔立ちの男が現われたのだ。
「!?」
瑠璃は彼に気付いて目を向ける。信次も同じだった。
「何だ、あいつ」
「ねえお嬢ちゃん」
見れば痩せて下卑た笑いを浮かべている。目は変質者的であり歯は黄色く汚い。その男が今瑠璃に近寄ってきていた。
「えへへへへへへ」
「おい、何するつもりだ」
信次は無意識のうちに出て来ていた。すぐに彼女の前に出て守りに入った。
「何だ、御前は」
「ただの通りすがりの人間だ。しかしな」
「関係ないだろ。俺はその娘に用があるんだよ」
信次を馬鹿にした目で見ながらさらに近寄る。懐からナイフを出して襲い掛かろうとしてきた。
「えっ!?」
瑠璃はナイフのその輝きを見て動きを止める。しかし信次は彼女の前にいて逃げはしない。それどころか男の前に飛び出て思いきり蹴りを放ってきた。
「サッカー部舐めるな!」
その言葉と共に男の股間を蹴った。彼はそれで悶絶し股間を抑えて気を失ったのであった。
「おいおい、勝っちゃったよ」
修一は彼の勝利を見て目を丸くして述べた。
「こりゃまた意外だな」
「変質者が出たのは意外だったな」
生樹がそれに応えて言う。彼もこれは占ってはいなかったのだ。
「そうだな。しかし」
聯はもまた一部始終を見ていた。男は惨めな程悶絶した顔を晒して蹲っている。
「あいつ、無碍意米輔だ」
「無碍意米輔!?」
生樹はその名前に声をあげた。
「そうだ、この辺りじゃ有名な痴漢と無銭飲食の常習犯だ。何度も警察に捕まっている」
「危ないところだったんだな」
彰もその米輔を見ていた。信次がいなければどうなっていたかわからない状況だったのは間違いない。少なくともあのコートの下にあるのは碌なものではない。
「そんなのが前に出たのか」
「そいつを倒したってのは大きいぞ」
聯は再び信次に顔を向けて述べる。
「どうなるかな」
「あの」
その信次は瑠璃に顔を向けていた。そのうえで彼女に声をかけている。
「怪我とかないですよね」
「はい」
瑠璃は信次の声に応える。何となく昔の漫画のような展開になっているが当人達はそれに気付くことなく話を続けていく。
「大丈夫です。あの」
「ええ」
「有り難うございます、おかげで」
信次を見上げて言う。まだおどおどしているがそれでも何とか気を確かに保っていた。信次はそんな彼女の顔を見てどぎまぎしていたがそれは何とか必死に抑えて話をしていた。
「助かりましたし」
「気をつけた方がいいですよ、やっぱりこんなのいますから」
「ですよね」
「これからは。またこんなことがあったら」
「その時はですね」
瑠璃が言ってきた。
「貴方が一緒にいれくれたら」
「えっ、俺って」
その言葉を聞いて最初は何があったのかわからなかった。それでも瑠璃は言う。その顔からは怯えが消えてにこりとした笑みになっていた。その顔で彼を見上げていたのだ。
「駄目ですか?」
「いや、その」
今度は信次も戸惑いを隠せなかった。目を白黒させて唖然としながら瑠璃に言うのであった。
「それって」
「それって?」
瑠璃もそういうことがわかっていないようであった。育ちがあまりにもいいせいであろうか。彼女は無邪気に微笑んで信次を見ているだけであった。
「ですから。私の側にですね」
「俺がですか」
「ボディーガードとして。駄目でしょうか」
「あの、それって」
信次は戸惑いながら彼女に問うた。
「そのですね、つまり」
「何か?」
しかし彼女はわかってはいない。そもそも恋愛とか交際とかそうしたことがあまりわかってはいないようなのだ。やはり育ちのせいであろうか。
「いいんですか、それって」
「是非共」
何もわかっていないまま言う。
「当然御父様達や婆やにもお話しておかなければなりませんが」
「はあ」
婆やとかそうした言葉自体が信次にとっては現実にあるとは思えない言葉であった。八百屋の家の息子で自分も店で威勢よく野菜を売っている彼にとって使用人とかそうした言葉は唖然とするものだ。しかし瑠璃にとってはこうしたことも自然なのだ。にこりと笑ったまま話を続ける。
「お願いしますね」
「わかりました」
ぽかんとしたまま述べる。何はともあれ彼は瑠璃の側にいていいということになったのであった。
それから暫く経って。信次は教室で仲間達に話していた。困った感じが顔に出ているがそれ以上に楽しげな様子であった。
「それでよ、明日なんだ」
「明日なのか」
聯はそれを聞いて言ってきた。
「早いな」
「早いか?」
「知り合って二週間だろ?確か」
彼は早いかと問う信次に対して述べてきた。
「それだとかなり早いぞ」
「そうなのか」
「御前本当に何も知らねえな、おい」
修一は信次のその言葉に腕を組んで呆れ顔になっていた。信次のこうした話への疎さに呆れているのである。
「大体二週間で向こうの親御さんとか婆やさんに話が通ったってのが凄いぞ」
「かなり簡単にいったみたいだな」
生樹が述べる。どうやら彼は占ってそうしたこともチェックしたようである。
「運がいいことだ」
「こいつは一応は悪い奴じゃないからな」
彰はそれは認める。
「頭が悪いだけでな」
「おい、そう言うのかよ」
「大体御前はあのこと言ったのか?」
「あのことって?」
「どうして彼女のことを知ったかだ」
聯は彼に問う。
「言っていないな」
「いや、それは流石に言えないしよ」
今度は困った顔だけになる。下着を見て惚れ込んだなどと言っては変態と思われても仕方ないからだ。そうした分別というか常識は信次にもある。
だから答えるのだ。困った顔で。
「街で見て普通にって言ったよ」
「まあ本当だな」
「そうだな」
修一と生樹は一応はその言葉に頷く。
「そもそも下着のことは言ったら終わりだ」
彰は言い切る。
「そうだよ。もうここまできたら明日のデートは大成功させてやるぜ」
「まあ頑張れ」
聯が彼に声をかける。
「ああ。しかしよ」
信次はここで言ってきた。
「どうしたんだ?」
「いや、そもそもよ」
彼は最大の謎について気付いた。その最大の謎とは。
「何で黒だったんだ?」
彼は言う。
「あれ不思議なんだけれど」
「ああ、そうだよな」
修一がその言葉に頷く。言われてみればそうであった。
「そこだよな。何でだ」
彰も言う。彼もそれに気付いて考える顔になる。
「キリスト教の学校だからじゃないのか?」
「いや、それだと余計に白じゃねえのか?」
信次は生樹にそう突っ込みを入れる。
「清らかにってことで」
「そこじゃないのか」
聯が言ってきた。
「見えた時にな。それだ」
「見えたのがか」
「そうだな。白より黒の方が目についたりするだろ」
黒い下着の持つ色気である。それを言うとかなりの謀略をそこに感じる。信次はそのことに気付いた。
「だからかよ、黒は」
「かもな」
「清心って厳しい学校だったんじゃないのかよ」
「それも余計にだな」
聯がまた言う。
「隠すから罠なんだ」
「ミッションの大学だから。つまり」
信次は言われてふと呟く。
「ミッション=トラップってわけか」
覚えたての言葉を使う。どうやら清らかなものにも実は裏にあることがわかったのであった。
ミッション=トラップ 完
2007・3・1
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