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真鉄のその艦、日の本に

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第十話 本音と建前と

第十話 本音と建前と



また、女の体に大太刀を叩き込む。
叩き込むというより、女が自分から太刀の一閃を体で受け止めようとしているようにも見える。
深く太刀がその体に食い込んでしまうと、断続的な剣撃を食らわせるには少々、刀が抜けにくい。次の動きに移れず、その一撃だけで攻撃が終わってしまう。本来ならばしかし、その一閃が、マトモに食らうその一撃が致命傷になるのだが、その常識が通用しない相手なのだからややこしい。
そうして断続的な斬撃を防いでおいて、女も脇差で自分の首を狙ってくる。捨て身の戦法かと思ったのだが、これはこれで一つの戦い方のようである。先ほど、間合いの感覚が噛み合わなかったのは、どうやらこの女、手足や体が伸縮しているらしい。間合いの外から切りつけたつもりでも相手の脇差が自分に届いたのはその為だ。再生能力と、自分の体を変形させる能力というのが、この女の能力のようだ。接近戦にはそれなりに強いと言っていい。女の脇差は、その動きがそう速い訳では無く、そういう攻撃がくるものだと知っていれば避けられないものではないが、しかし、このままだらだらと遅延戦闘を続けるのは、戦略的に見れば得策ではない。こちらは倒されないが、相手も倒れてくれない。時間を引き延ばされると、目的を達成できない。このままでは撤退するほかなくなる。

瀧は、思いのほかしぶとい徳富に、少し焦り始めていた。古本がこの女に自分を任せた理由が分かる気がした。自分一人だけでは、できる事など知れている、という事を見透かされているようだ。それを見透かしたのは、やはり後方に居るであろう、あの女だ。東機関にとっては、自分を足止めするだけで戦略的には勝利できる。

必死にやらねばなるまい。余力を残していては、先に進めない。

瀧は後ろに跳躍して間合いをとった。軽く跳んだだけでも、10m近くの間合いができる。徳富は追わず、その場に膝をついて荒い息を整える。幾度となく大太刀で斬られ、服はビリビリに破け、血がべっとりと付着していないところがない。裂けた服の隙間に覗く傷が、消し炭になった組織をパラパラと分離しながら再生していく。幼い顔にははっきりと疲労の色が浮かんでいるが、しかしその目は意地らしく、まだ闘志を伴って瀧を睨みつけていた。


瀧はため息をついた。

「状況を考えれば、分からんか?自分が時間稼ぎの囮として使われている事を。お前は死んでもいいという扱われ方をしてるんだ。その事に何も感じないのか?何でそこまで一途に組織に尽くそうと思えるんだ?」
「手詰まりになって懐柔ですか?情けない」

徳富はペッと口の中の血を吐き出した。

「もともと死んだ身です。誰かの役に立って死ぬなら本望です。」
「誰かって、誰の事だよ?」

瀧は大太刀を煌めかせて、眉間に皺を寄せる。

「そうやって何も疑わずに生きていければ楽だ。俺もそうして生きていければよかったよ。その一途さは、殺すには惜しい。が、許してくれ。」

次の瞬間、徳富には瀧が消えたように見えた。そんなはずはない、疲労で集中力が失せているのか?徳富が思った時には、その体を衝撃が襲う。大太刀を叩きつけられた徳富は宙に舞う。そしてまたどこからか、大太刀が体に叩き込まれる。いや、その前に、いつの間にさっき体に食い込んだ大太刀を抜き去ったのだろう?そう考えた時には、4回目の斬撃が徳富を襲った。やっと、痛みが感じられるようになった時には6回目。隙間なく宙にバウンドし続け、肉を削ぎ落とされていく状況に陥った徳富は悟った。

ああ、これが瀧の本気なんだ。さっきまでは、手加減されてたんだ。

どんどん自分の体が軽くなっていくのを徳富は感じた。再生が追いつかない。呪禁道の侵食を避けて、細胞を分離していくが、この分では、身体中全ての細胞を殺すまで、瀧は攻撃を止めないだろう。
死ぬ。このままでは、死ぬ。
誰かの為にって、誰の為?さっき瀧に言われた言葉がふと頭をよぎった。
意地悪な事を言う。実のところは、任務を無視して、組織を裏切るのが怖かった。それをやると、どうなってしまうんだろう。不安だったから、考えようともしなかった。東機関に入ってからというもの、ずっとそうしてきた。多少不自由があろうと、疑問があろうと、気づかないふりをして、それらについて考えようなんてしてこなかった。これが自分の生き方だから。それ以外にない。そういう風に納得して。いや、納得したふりをして。生まれた時から、工作員になんてなりたかったわけがないじゃないか。幼い時はそれこそ、女の子らしい夢のひとつやふたつあった。気がついたら身寄りも居らず、施設に入れられ、勝手に注射されて、壮絶な苦しみの後におかしな能力まで身について…


遠くで、銃声が聞こえたような気がした。
徳富の体はしばらくぶりに、地に落ちた。どさっと音がして、斬撃に比べて鈍い衝撃を徳富は感じた。
見上げると、瀧が居た。瀧は、自分ではなく、遠くを見ている。そちらに目をやると、小綺麗にスーツを着込んだ色白で細面な女が、古本と同じ対物ライフルを瀧に向けていた。

「久しぶりね、瀧くん。18歳の娘をいたぶる気分はどうだったかしら?」

厚い唇が開き、よく通る高い声が響く。
徳富はその声を聞いた瞬間、何とも言えない感情がこみ上げた。

「き、局長…」

徳富は、遠くに佇む上戸の方へと向かおうとする。手も足もズタズタで、既に原型をとどめていない。まともに形をとどめているのは頭くらいで、徳富自体、もう「肉塊」に近い。それでも、体の動く部分を必死に動かして、ジリジリと遠くの上戸を目指して這っていった。

「た、す、けて…」

そんな徳富を瀧は追いかけ叩き斬るという事をしなかった。徳富は必死に瀧を逃れ、上戸を目指す。上戸はゆっくりと徳富に歩み寄る。

「た、す、け、て…上…戸さん…」

上戸の前まで血の跡をつけながら這って進み、その顔を見上げながら蚊の泣くような声で徳富が言うと、上戸は細面に優しい表情を作り、徳富を抱き上げた。

「遅くなってごめんなさい。もう大丈夫よ。」

徳富は幼い丸顔を弛緩させ、一筋の涙を流して失神した。上戸に担架を抱えた東機関の構成員が駆け寄り、ボロボロの徳富を担架に載せて後ろに下がっていく。後には、徳富の血でスーツを汚した上戸が残る。


これらを、瀧は微動だにせずに見ていた。

「さらに、できるようになったものね、瀧くん」

突然の上戸からの賞賛に、瀧はまた眉間に皺を寄せる。

「見ていたなら、なぜもっと早く出てこなかったんだ?あの娘が嬲られる前に。俺が本気を出すまでは、ずっと見ているつもりだったんだろう、物真似師。」
「それがあのコの任務だったんだもの。それをあのコはやりとげた。立派だわ、とても。」

いつも通りの涼しげな顔をしている上戸に、瀧はさらに苛ついた様子を見せる。

「貴様ら東機関のそういう所が気に入らないんだ。目的優先人命軽視の'人でなし'共、貴様らも、貴様らの事を喜んで使役するこの日本も、狂ってる。一度滅んだ方が良い。」
「あなた自身も'人でなし'の癖に、何を言うのかしら。東機関で叛乱分子を殺しまくったあげく、この騒ぎを起こして、数十万人を犠牲にして、自己矛盾も良いところよ。要するに瀧くん、あなたユイちゃんの件が恨めしいだけなんでしょ。」

瀧の口元がピクリと歪んだように見えた。

「…彼女は、確かに俺に、ある事に気づかせてくれたよ。」
「気づかせてくれた?こうやって国に逆らい組織に逆らい身勝手に自分の役目から逃げて枠組みに守られていた事も忘れたあげくに盛大に巻き添えを食わせながら“復讐”することが即ち‘人間らしさ”だって事を?」
「ッ!!」

今度は瀧の顔に明らかに怒りが浮かび、鞘に収めていた大太刀を素早く抜き放って構えた。
一方の上戸は涼しげな顔でゆっくりと、腰の鞘からサーベルを抜き放つ。

「"人もどき"と"人でなし'、さあて勝つのはどっちかしら?」

次の瞬間、二人の姿は消えた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


派手に轟音が響き渡る。遠沢に体をひっつかまれて、横っ飛びさせられる。さっきまで自分が居た所が薙ぎ払われる。耳がバカになりそうだ。

「とっととくたばりやがれェ!んの分からず屋どもがァ!」

辻の声が爆音に重ねて艦内に響き渡る。
発令所から送り込まれた連中は、グレネードランチャーや重機関銃など、狭い艦内で使うにはおよそ相応しくないような装備で、長岡と遠沢を殺しにかかってきた。辻など、恐らく雷電改の機首のバルカンのスペアを持ち出してきている。そんなもんを自在に扱えるとは、やはりこいつらは人間ではない。

撃つしかない、と覚悟を決めて拳銃を握りしめていたが、覚悟があろうとなかろうと長岡には関係がなかった。撃ち返す余裕なんかない。遠沢に半分引きずられるようにして何とか回避するので精一杯だ。

「お、おい!まずいぞ!こっちは袋小路だ!」
「!?」

攻撃を避けて退却を繰り返しているうち、長岡は自分達の退路がもうない事に気づいた。
艦内構造に関しては長岡の方が遠沢より詳しい。2人は自ら追い込まれてしまった。
2人の装備が拳銃程度で貧弱な事を分かっている辻達は、物陰に隠れる事もなく、正面から突撃してくる。

「これで終いヨォ!」

辻の喝采と共に、いくつもの銃口が向けられる。
反撃の術もない。
長岡は体の力が抜けた。
やはり機関室で覚悟を決めて、エンジンを吹っ飛ばせば良かったんだ。人生最後の瞬間においても、情けない後悔が浮かんでくる自分に苦笑いが出た。
次の瞬間、視界が一瞬で暗くなった。



「…………あ?」

頭でも撃たれたのかと思ったが、一向に体の感覚がなくならない。両手で自分の体をまさぐっても、血一つついていない。ここがあの世かと、周囲に手を伸ばすと、硬い感触があった。パイプの浮き出た、艦内の壁だ。あの世ではないらしい。

「どうしちまったんだ、こりゃ?」

すると、光がその闇に差し込んだ。
開けた視界に、口をあんぐり開けた間抜けな辻達の姿があった。
頭上に、何か膜のようなものがヒラヒラ波打っていた。この膜に包まれて、自分は助かったらしい。

それを長岡が知覚した時には、その膜は姿を変え、無数の触手となって辻達に殺到した。目にも止まらぬ速さで銃を持ったその手に絡みつき、それを引きちぎった。今まで見た事も無い量の血が弾け飛び、長岡にも血の赤がかかる。悲鳴を上げてのたうつ辻らに対して触手は手を緩める事もなく襲いかかり、引き裂かれた彼らは一瞬にして「肉の塊」へと姿を変えた。

突然の出来事に、長岡は腰が抜けて立てない。
化物。この触手、この物体はそう呼ぶに相応しい。

「……遠沢?」

このタイミングでようやく、長岡は遠沢の姿が無い事に気づいた。床を見ると、血の海と化した床に、血の赤に浸った遠沢の青の繋ぎだけがあった。

触手が、その繋ぎの中に収まっていく。
不定形の物体が変形に変形を重ね、そこに遠沢が現れた。

長岡は言葉も出なかった。
拳銃で撃たれた程度では死なない、化物みたいな連中を相手に戦っていたつもりだが

共に戦う仲間の遠沢が、本物の化物だった。

「…そんな顔、しないで下さい」

遠沢は、悲しそうだった。
表情が殆どないはずなのに、何故かそれははっきりと分かった。

「……だからあなたには、見せたくなかった」

遠沢は長岡に背を向けて歩き始める。
長岡はしばらく立てなかった。

「置いて行きますよ」

遠沢に言われて、長岡はようやく腰を上げる。化け物だろうが、何だろうが。
ここに味方は遠沢しか居なかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーー


「ねぇ、どうしたん浮かない顔して」

そう“ユイ”が話しかけてきた時、瀧は戸惑った。東機関でずっと過ごしていると、幼い女の声など、滅多に聞く機会もない。殺伐とした人でなしの巣窟に、余りにも相応しくない。

「そっちやないって。こっちこっち。」

瀧がキョロキョロと見回すが、戦いの日々に研ぎ澄まされた視覚をもってしても、その声の主を捉える事はできない。声はなおも、頭の中に響いてくる。

「えへへへ、分からんやろー?」

無邪気に自分をおちょくってくる声に、瀧は苛立った。苛立ったが、しかし、どこか楽しかった。ガキと戯れる事なんて、殆ど無かったから。


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「また今日も人を殺してきたん?」
「あぁ、たくさんな」
「何も思わんのん?」
「仕事だよ。」

気がついたら瀧は、東機関の本部に居る時は、頭の中の声と会話するのが日常になっていた。
最初は、新手の精神干渉か何かかと思い、東機関の医療部で検査も再三したが、何も異常は見られず、瀧はこの現象を気にせず楽しむようになっていた。

「ねぇ、人殺すのって楽しいん?」
「楽しい訳あるか。ヒヤヒヤしてるよ、相手も俺を殺す気だから。」
「へー、弱いんだ」
「バカ、弱いんじゃない。俺は毎度毎度圧倒的だ。それでも……恐怖と憎悪に駆られた人間の顔って奴は見ると怖いものなんだ」
「へー、ユイにはよく分かんないやー」

ユイは無邪気だった。
世間の事をさっぱり知らなかった。
しかし、世の事を“知りすぎた”ような連中しか居ないような東機関の中で生きていく瀧にとってはその無知こそがかけがえの無いものだった。
“普通の人間”との会話は、こんなものなのかな。
瀧はそう思った。

「瀧くん。さっきから、何をニヤニヤしてるの?」
「え、あ、いや……少し、思い出し笑いをな」

怪訝な顔をする上戸を、瀧は誤魔化した。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


「今日は台風やのに、また出動やったん?」
「この機に、中共の工作部隊が上陸してきていたからな。人でなしに休みは無いよ。普通の人が働けない時、普通の人間ができない事をするのが、俺たちの役目だ。」
「……それって、良いように使われてるだけとちゃうんー?」
「まぁ、そうとる事もできるかもな。でも、普通に生きられない俺たちが、それでも生きていこうとしたら……世に歯向かうクズになるか、クズなりに世の役に立つか、どちらかしか無いんだよ」
「……さっきから、人でなしとか、クズとか言ってるけど、それって誰が決めよる事なん?」
「え?」
「ユイからしたら、瀧くんは、普通の人間やし。クズちゃうんやけど。あんまし自分を卑下せんといてやー。ユイまで悲しくなってまうけん。」
「…………」
「あれー、何で泣いてんだお前ー?フられたかー?えー?」

気がついたら瀧は涙を流していた。古本が少しからかうような調子で、瀧の頭をポンポンと叩いた。瀧は、もっと泣いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ユイねー、何か白い部屋にずっとおるんよー」
「どこなんだよ。会いに行きたいのに。」
「ユイもよう分からんけんなー。」
「囚われの身か」
「久しぶりに散歩したいよー」

これが、ユイと瀧との最後の会話だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「テレパシー?」
「えぇ、複製人間のイレギュラーでね、そういう能力を持った個体が生まれたのよ」

淡々と書類を整理している上戸に対して、瀧は身を乗り出した。上戸はデスクに置いたコーヒーを啜りながら、パソコンのディスプレーを眺めていた。

「どんな奴だ?」
「え?どんなって?」
「名前。複製人間と言えど、試験管培養を終えた段階で名前をあてがうはずだ。」
「えー……どんなだったかしら……」

上戸が操作するパソコンのディスプレーを瀧は食い入るように見つめた。そして、画面は答えを映し出す。

「……上永唯……」

瀧は、そのプロフィールの顔写真に釘付けになった。やたらと唇が分厚くて、ハッキリ言って不細工だった。だが……何故かその画面から目が離せなかった。

「こいつ、今どこに居るんだ?」
「え?」
「興味が湧いたんだよ」
「まぁ、モノ好きな……」

上戸はコーヒーをまた啜った。

「死んだわよ。」
「えっ」
「死んだのよ。もうこの子、この世に居ないわ」
「なっ何故だっ」
「何故って……元々突然変異で生まれた子だから。そもそも長く生きられるものでも無かったのよ。よく頑張ったんじゃないかしら。」

奪われるなら。
何故与えたのか。
どうして、自分は。
そんな出来損ないと出会って。
それに心を惹かれてしまったのだろうか。

(…さっきから、人でなしとか、クズとか言ってるけど、それって誰が決めよる事なん?)
「…………」

瀧は何かに目が覚めた。




ーーーーーーーーーーーーーーーー



空中で、バシッ!ビシッ!
物がぶつかり合う音がするが、周りから見ると音だけが聞こえて、動いている者の姿は肉眼では捉え切れない。
人でなし同士の戦いは、常人には捉える事ができない。

上戸は、常人離れした瀧の動きにキッチリとついていく。それもそのはず、上戸の能力とは、この世の様々な能力の“模倣”。どんな能力でも、知ってさえいればそのまま“模倣”できる。瀧の呪禁道も、そっくりそのまま“模倣”できるのだから堪らない。呪禁道よりも、瀧の単純な身体的能力の高さの方が上戸にとっては脅威だった。瀧の動きが上戸の想像を上回ってしまうと、“知らないものは模倣できない”からだ。だから上戸は徳富を先にぶつけて、瀧に本気を出させた。瀧の本気を、まず知っておかねばならなかったからだ。

「また速くなった!戦いながら成長していく、あなた、やっぱり戦う為に生まれてきたような男ね!」

一瞬の気の緩みが命取りになる、そういう戦いをしてるのに関わらず、上戸の口は減らず、語り口にはいつも通りの余裕が透けて見える。



「うるさい!戦いを楽しみやがって!」
「楽しいだなんて!違うわ、嬉しいのよ!自分の才能!自分の能力!それを存分に引き出せる事に喜びを感じるのは、当たり前じゃないかしら!?そういうあなたも!本当に“殺し”が不本意なら、ここまで戦士として大成したかしらね!?あなた自身、戦いが自分の一部!戦場が自分の居場所!そう思ってるんじゃないの!?そして、頭で思ってなくても、体は、あなたの能力は、素質は正直ね!」


上戸の細面には、笑みが浮かんでいた。
上品な厚い唇が、今は少しだけ歪んでいた。


「正直に言いなさい!瀧くん!あなた、要するにユイちゃんを生み出した私達東機関が憎いだけなんでしょう!?私達が生み出さなければ、死んでいく事も無かった!つまりは、あなたも奪われずに済んだという事よ!生まれて初めて、心を寄せた女をねェ!」
「黙れ!問題を矮小化するな!確かにユイを失った事がきっかけではある!だが、それはただきっかけだ!貴様らの人を人と思わない外道な考え、汚れ仕事を一つ所に集めて他所では生きられない連中に押し付ける理不尽さは、例え俺個人を非難した所で消えて無くなる訳じゃないぞ!」
「矮小化ですって!?人は皆矮小なのよ、分からないの!?思想を語り、理想を語る、その根っこにはただ個人の人生がある!もっと国はこうあるべきだとか、人はこうあるべきだとか!そんなモノの根っこにはただ、個人の経験、個人の感想がある!人は自分1人以上の人生を生きられはしないのよ!この国をマシにする?一度滅ぼして浄化する?そんな立派な御託の根っこにはただ、あなた個人の喪失感!あなた個人の恨み、怒り!」


バシッ!!

呪いを帯びた日本刀とサーベルが一層激しくぶつかり合い、その一撃が堪えたのか、瀧と上戸は一旦距離を置いて、剣を構えたまま対峙した。
2人とも息が上がっていた。肩が激しく上下していた。


「………お前の言う通りだな。理屈をこねるのは、もう終わりだ」

しばらく続いた沈黙を、瀧が破った。
瀧の四角い顔は強張り、その目つきは今までとは違い、血走り、そして鋭かった。

「俺はお前らが憎い。俺を良いように使った東機関も、俺たちに助けられてる事も知らずぬくぬくと暮らしてる日本人も憎い。そして何より今は、上から目線で知ったような口ばかり叩いている、上戸!貴様が憎い!」
「……そうよ。あなた達は自由を欲しがって逃げた。なら、ゴチャゴチャと大義名分なんかで自分を縛らず!どこまでも自由に!自分自身の気持ちだけぶつけていらっしゃい!」
「ブッ殺してやる!」

瀧と上戸が大地を蹴ったのは同時だった。
人でなしの戦いは、まだ始まったばかり。



第十一話に続く。









 
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