銀河英雄伝説〜ラインハルトに負けません
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第百八十一話 異常なる姫
前書き
お待たせしました。
次回ぐらいから第6次イゼルローン要塞攻防戦に入れるかな。
宇宙暦794年 帝国暦485年12月27日
■銀河帝国イゼルローン回廊 イゼルローン要塞
二日間に及んだ捕虜交換が終わると、自由惑星同盟代表団はテレーゼ達の見送りで要塞から出立する事に成った。
「ロボス元帥、このまま平穏な新年が迎えられますように」
テレーゼの一言にこの後の行動が読まれたのかと一瞬目が泳ぐロボスであったが其処は百戦錬磨の男であるが故、何食わぬ顔で返答する。
「殿下のお陰を持って無事彼等を連れ帰る事が出来、感謝します」
「お土産と言っては何だが、GIO48の無期限握手券付き立体アルバムの引換券を百万枚ほど渡そうぞ」
GIO48と言われても歌謡界に詳しくないロボスは困惑する中、すかさず情報参謀コーネフ少将がフォローした。
「閣下、GIO48とは昨夜多くの兵が鑑賞した音楽グループのことです」
やっと納得したロボスは何故そんなものをと思いながらも丁重に辞退する。
「お土産の件ですが、我々は公務で来ております故、お心遣いだけで結構です」
断る事は確り断る事が出来るロボスで有ったが、この時はあまり賢い答えとは言えなかった。
「残念じゃ、今GIO48は帝国、フェザーンは元より其方でも大人気でな。尤も其方で売られている物はフェザーンで作られた海賊版なのじゃ、其処には握手券が無くての、明年予定しているフェザーン公演で使える握手券なのじゃがな」
「む?」
テレーゼにそう言われても価値が判らないロボスにとっては馬の耳に念仏状態で有った。
結局の所、全てのお土産を断って帰路に着く所は同盟軍最高司令官の面目躍如と言えたのであるが、呑兵衛からは酒を持って帰れなかった恨みを、ミーハーからは握手券を手に入れられなかった恨みを買うはめになったのである。
ロボスとの話の後、テレーゼは将官全てに声をかけた。
「グリーンヒル大将、御苦労でしたわ」
「丁重な対応ありがとうございました」
テレーゼの労いに顔色も変えずに応対するが心中は複雑であった。何故なら昨日、特別会談でテレーゼの話が頭に残っていたからである。
それは和気藹々とは言えないが、調印式も終わりホッと一息したときのことであった。
「グリーンヒル総参謀長」
「此は、殿下」
「此で帝国も其方も皆を家に帰してやることが出来ますわ」
「そうですな、帝国側の配慮に感謝しています」
「それは良かったですわ、所でエル・ファシルでは後一歩で御令嬢が拉致される所でしたわね」
殆ど知る者が居ないはずの事をサラッと言われ、グリーンヒルは驚愕する。
「それを何処で?」
「まあ、世の中には知らない事を知っている人もいると言う事ですわ。けどヤン准将の機転で逃亡できて良かったですわね」
「良かったとは?」
「お恥ずかしい限りなのですけど、あの艦隊には其方の地方政府高官や軍上層部ととぐるになってサイオキシン麻薬密売を手がけていた参謀長が乗っていたのですよ。あんな連中の捕虜になっていたらお美しい御令嬢ですから、今頃はサイオキシン麻薬漬けにされた上に何処ぞの貴族かその高官の愛奴にでもされていたかも知れませんわ」
サラッと驚愕の真実を告げるテレーゼにグリーンヒルの顔が強ばる。
「それは事実なのでしょうか?」
「ええ、此処の証拠がありますわ、帝国政府としては“一部の不逞の輩が起こした行為でも誠に遺憾の意である”との考えですので、関係者は処刑を含めて厳しく処罰致しましたわ。その者達が其方の地方政府高官と警備隊高官の関与を示す供述をした上で、証拠まで手に入れましたのでお渡ししますわ」
あの事件にそれほどの事が有ったのかと、グリーンヒルは驚愕しながらも顔に出さずに謝意を述べる。
「資料の提供ありがとうございます。早速調べさせてましょう」
「老婆心ながらご忠告するのだが、情報漏洩にはくれぐれも気を付ける事ですね」
「ご配慮感謝します」
「それと、勘違いして貰っては困りますが、帝国は其方に悪魔の薬などを蔓延させることは決してありません、元はと言えば同じ臣民同士、皇帝と言えば親同然、臣民と言えば子同然、親が子に麻薬を渡す訳がありませんから。現在其方で流通しているサイオキシン麻薬は帝国が製造している物では有りませんので」
そう言われても、グリーンヒルとしては信用できないと言う感覚ではあったが此処で事を起こすことも出来ないと考え再度謝意を述べた。
「殿下のお言葉を真摯に受け取りましょう」
グリーンヒルの答えに満足したのか、テレーゼはにこやかに話す。
「それは良かったですわ」
その夜に資料の照査を行った結果、ほぼ事実である可能性が高いと言う結果が出た為に、複雑な思いでテレーゼに挨拶していたのである。
同じ様に、ヤンも複雑な表情で応対していた。此方はグリーンヒル総参謀長より遙かに人間が出来ていないので、テレーゼに対して言いようのない恐怖を抱いている事が在り在りと滲み出ていた。
グリーンヒル総参謀長、キャゼルヌ准将と共に話をしたのであるが、グリーンヒル総参謀長とテレーゼの話で驚愕した上に、パーテーでの辛辣な話で恐怖を抱いているにもかかわらず、更に辛辣な言葉が述べられた。
「ヤン准将、其方はルドルフ大帝を簒奪者と言うけれど、大帝を政治の世界へ引き入れたのは選挙で大帝を当選させた銀河連邦の有権者であり、終身執政官になったのも、皇帝になった事さえ、民衆の歓呼の中だったわ。言ってみれば民衆が大帝を求めたのであり、大帝が武力を持ってクーデターで政権を手に入れたのでは無い訳よね。ナポレオンしかり、ヒトラーしかりよね。彼等とルドルフ大帝がどう違うか、所詮主義主張は千差万別と言えるのではないかしらね?」
「しかし、民衆の弾圧を行った事は事実でしょう、それを肯定することは出来ないではないですか」
そう言われたテレーゼは不逞する事もせずに答える。
「そうね、大帝のやったことを否定はしないわ。けどスターリンも毛沢東もポルポトも皆やっている事だわ」
否定しないと言われる事でヤンも鉾先が鈍る。
「けどね、先ほども言ったけど、民主主義の名の下に徴兵を行い多くの市民を死地に追いやりながら自分達は汚職して贅沢三昧、選挙票欲しさに民衆に迎合し主戦論を言うだけの存在など果たして市民の為と言えるのかしら?」
「それは、為政者を選ぶ市民の問題でもあるんですが」
「そうでしょ、其方の選挙投票率は50パーセントを切るそうじゃない、権利を与えられながら行使しないで政治家が悪い政府が悪いと騒ぐだけ、そんな風に騒ぐなら率先して選挙へ行き反対票を投じれば良いのでは無いかしら?」
「それは……」
意外にもテレーゼが民主共和制の悪い点を指摘してくる為にヤンも驚きが隠せない。
「それを、どうせ自分が投票しても何も変わらない、自分一人ぐらい投票しなくても平気だと選挙に行かずに放置する。まあ尤も其方には憂国騎士団という政治屋とベッタリな組織が有るから、反対派の襲撃とかはお茶の子さいさいでしょうからね。焚書とかして言論の自由を暴力で押しとどめるなんて、何処が民主共和制なのかと疑うわね。嘸やアーレ・ハイネセンはあの世で嘆いているでしょうね」
グリーンヒルもヤンもキャゼルヌもあまりの事に驚愕し続けた。
「殿下は其処までお知りとは」
「ええ、敵を知り己を知れば百戦危うからずと言いますでしょう」
その様な事を言われたヤンは未だにテレーゼを恐ろしい存在と感じて居た。
テレーゼの挨拶が終わると、代表団は艦に戻り帝国側の嚮導艦の案内でイゼルローン要塞を離れ、20光秒離れた艦隊へと合流し一路ハイネセンへと向かうように見せかけヴァンフリート星域へ向かった。
宇宙暦794年 帝国暦485年12月27日
■銀河帝国イゼルローン回廊 イゼルローン要塞
「終わったようね」
「はっ、此で後は待つだけです」
テレーゼの言葉にケスラーが応える。
「殿下、あまり無茶を為さいますと問題が生じますぞ」
エッシェンバッハがルドルフ大帝や帝国貴族のことを比喩したことで後で大変な事になるのではと、心配する。
「元帥、あの話はオフレコだわ、したがって同盟側が私の意見だと言った所で誰も証人にはならないわ、何と言っても、殺人犯が警官を犯人だというような物でしょう。誰も信じないわよ」
此も謀略の一環と、あっけらかんとテレーゼは言うが、エッシェンバッハにしてみれば、陛下よりお預かりした皇女殿下の無茶振りに白髪が増える心境であった。
「まあそうでしょうが、殿下のお一人の御身ではございませんので、努々ご油断無きようにお願い致します」
「ええ判っているわ、あまり目立ちすぎると、フェザーンや地球教が暗殺者を送ってくるかも知れないわね。尤も先に暗殺者が来るとしたらアンネローゼにかも知れないけどね」
「殿下」
ほとほと困った顔のエッシェンバッハにテレーゼは真剣な表情で話す。
「敵は頻りにアルテナの裏側のツヴァイを観察しようと躍起になっていたわね」
「御意、殿下のご指示通りに超望遠レンズで観測可能な様に恒星から少々ずれた位置に静止させて置きましたので観測できたと思います」
「そう、細工は隆々仕上げをご覧あれね。何と言っても大分仕込んだから、まあ攻めてくるでしょうね」
そう言われてエッシェンバッハは無駄だと知りながらも待避を進める。
「殿下、今からでも遅くはありません、オーディンへご帰還なさってください」
エッシェンバッハの言葉にテレーゼは今まで見せて居た巫山戯た風の表情からキリリとした凛々しい表情に変わり応えた。
「元帥、それは出来ないわ。仮にも銀河帝国皇女が叛乱軍の襲来が怖くて逃げ帰ったと有っては、前線で働く将兵に示しが付きません。それにイゼルローンからアムリッツアの間に宇宙海賊が集まる予定だったのよね、フェザーン経由で同盟からの依頼で慌てて逃げる私を拉致する計画だったとか」
初耳の話にエッシェンバッハも驚く。
「それは由々しきことではありませんか」
「けどね、その海賊は父上の諜報部の隠れ蓑だった訳」
「陛下のでございますか」
皇帝直属の諜報部の話を噂程度しか知らなかったエッシェンバッハは事実を告げられ驚愕する。
「そう言う事、同盟軍はやる気よ。此処で卿等を信じるわ。思う存分やりなさい」
ここまでの覚悟を見せられた以上、エッシェンバッハも応えるしかなかった。
「御意」
後書き
テレーゼの嫌がらせは益々進む。
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