曇りの日に
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2.傘を持って行かない
「まあいいか」
彼は決めた。傘は持って行かないことにしたのだ。
傘に目はやったがそれだけでありそのままデートの待ち合わせ場所に向かった。先に進めば進む程天気が悪くなっていくのを感じる。
「これって何か」
不安が高まっていく。
「大丈夫かなあ」
何か今にも降りそうで心配になる。だが何とか待ち合わせ場所までは降りはしなかった。待ち合わせ場所に着くと同時に美輪もやって来た。
「いいタイミングね」
「そうだね」
二人は顔を見合わせて笑った。
「けれどねえ」
しかし美輪はここで不安げな顔で空を見上げてきた。
「大丈夫かしら」
「天気のこと?」
「ええ。何か今にも降りそうだけれど」
その眉を八の字にさせて言うのであった。それを見るだけでどれだけ不安であるのかがわかる。
「どうなのかしら」
「大丈夫だと思うよ」
とりあえず彼はこう言って彼女を安心させた。
「だからさ。行こうよ」
「そうね」
何はともあれ二人は並んで歩きはじめた。だが暫くすると雨がポツポツと降りはじめてきた。
「あっ」
「やっぱり」
強と美輪は思わず空を見上げた。美輪は露骨に嫌そうな顔であった。
「どうしよう」
「どうしようって言われてもね」
美輪に問われてもどうにも考えが浮かばない。傘がないからどうしようもないんじゃないかとさえ思えた。
「ううん」
考えている間にも雨は降ってくる。しかもそれは少しずつ強くなってきていた。
「とりあえずさ」
もう考えている余裕がなかった。彼も決断を下した。
「これ、着て」
「これって?」
彼が出してきたのは自分のコートであった。何と自分のを脱いで彼女に手渡してきたのであった。
「あの、強君」
「いいから」
彼は戸惑いを見せる美輪に対して言った。
「これ、雨合羽かわりにしても」
「いいの?」
美輪はそれを言われて思わず問い返した。
「そんなことしたら強君が」
「僕はいいよ」
彼はすっと笑って美輪にそう述べた。
「だって美輪ちゃんが風邪引いたら大変だからね」
「そうなの」
「そうだよ。だからさ」
「わかったわ」
美輪はその言葉を聞いて目を細めてきた。そして次にすっと笑った。
「有り難う」
「いや、御礼はいいよ」
強もそれに笑みを返した。その間に雨は本降りになってきた。強の肩にも雨が降り注ぐ。
「じゃあさ。デートに行く?」
「そうね。けれど」
「けれど?」
「雨が降ってるし」
「うん」
「ここでのデートは止めましょう」
美輪は笑って強に言ってきた。
「止めるってじゃあ何処で?」
「それでね」
そして美輪はさらに言うのであった。強は雨の中でその言葉を待っていた。
「私のアパートに来ない?」
「えっ」
強はその言葉を聞いた瞬間目が点になってしまった。
「あの、美輪ちゃん今何て」
「だから私の家に来ない?」
彼女はまたそう言うのであった。強に言い聞かせるかのように。
「それじゃあ駄目?」
「えっと、いいの?」
二度言われてようやく話が飲み込めてきた。それでやっとまともに問い返した。
「本当に」
「嘘でこんなの言わないじゃない。それにこのままだと本当に風邪引くわよ」
「ううん」
これは美輪の言う通りであった。このまま雨に打たれていては風邪を引くのは目に見えている。美輪はそのうえで強に選択を迫る形になっていた。
「どうするの?」
「それじゃあ」
強は戸惑いながらも美輪の言葉に応えた。恐る恐る尋ねるようにして問う。
「いい?」
「ええ、じゃあ」
「うん」
強は頷く。これで決まりであった。
「雨が強くなってきたから。すぐ行きましょう」
強の左手に自分の右手を回してきた。もう話は動いてきた。
「アパートに着いたらね」
「うん」
「何が飲みたいの?」
「何でもいいよ」
強は雨の中で顔を綻ばして言ってきた。
「美輪ちゃんが入れたものなら」
「もう、お世辞が上手いんだから」
そうは言っても悪い気はしない。美輪も気持ちを乗せてきていた。
「じゃあホットミルクね」
「うん、お願い」
二人はそのまま腕を組み合って雨の街の中を急いでいく。そして美輪のアパートの中でデートの続きをするのであった。強は咄嗟の優しさで思わぬ奇貨を手に入れたのであった。
曇りの日に 完
2006・12・24
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