【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
闖入劇場
番外編 「リメンバー・ウルフ 前編」
前書き
お気に入り登録200突破記念にちょっと番外編。1周年記念の番外編とか忘れてたから今回のこれで許してね。
ここは天下のIS学園警備室。IS学園内の警備関連の事柄はすべてこの部屋から指示が飛ばされ、客人の接待からレーダー監視まで外からの侵入が起きないよう監視し、内部でも産業スパイが潜り込んだりしていないかこまめに目を光らせている。日曜日と手休みは無い・・・が、実際には機能の半分くらいは有事の際にしか使わないし監視網も自動化されている部分が多いため多忙を極める訳ではない。
「それに連中相手じゃ意味ないし、迷惑兎相手だともっと意味ないんだから困りものなんだよなぁ・・・」
「迷惑兎?ああ、篠ノ之博士のことですか・・・一瞬私の事かと。ほら、私は野兎ですからね」
「迷惑かけてる自覚アリかよっ!!」
自慢げにシュヴァルツェア・ハーゼの部隊章―――機関銃を抱えた隻眼の兎を見せつける教え子にため息が漏れた。今が忙しければ追い出すのだが、現在は多忙を極める訳ではないが故にこうして教え子に構ってやる暇もあるのだ。残念ながら。
ドイツ時代から何かと甘えたがるこの問題児・ラウラは素知らぬ顔で人の膝の上に座って御機嫌だ。鼻歌交じりに体をリズミカルに揺らす姿はとてもではないが軍属には見えない。というか正直重い。こいつ筋肉の密度が常人と違うから外見の割に体重はあるのだ。ドイツ軍め、余計な技術に手ぇ出しやがって・・・
とはいえ独身の俺にとって教え子は自分の子供みたいなもんだ。面倒に思うことはあっても世話を焼いてやることは吝かじゃない。だからこそこうして人の膝の上に座っているラウラを蹴っ飛ばしたりはしない訳だ。しかし・・・俺の膝なんぞ座っても面白くないと思うのだが。
「ラウラよ、俺の膝の上はそんなに心地いのか?」
「いえ、座り心地は最悪です。筋肉でごつごつしてます」
「悪いのかよ!」
即答でちょっと傷つく。お世辞でも何か言うのかと思ったらまさかの何も言わなかった。こいつひょっとして俺をおちょくりに来ているのか?遊びに来ているという意味では間違っていないような気もする。
「じゃあ降りろよ!」
「でも何というか・・・こうしていると教官と体温を共有している感じがして・・・ぽっ」
「ぽっ、じゃねえって・・・ほら、チョコバーあげるから椅子に座りなさい」
「ふん、幾ら教官の頼みとはいえそんな餌で―――」
「ほれ、ぽーいっと」
「釣られクマー!!」
釣れるんだな、これが。すっかり餌付けの域に達してしまったラウラのチョコバー好きも元はと言えば俺が原因を作ったのだが、今ではいい思い出である。薙げたチョコバーを空中でキャッチしてはぐはぐと齧る我が教え子。幸せそうな顔をするラウラの小動物的可愛さは昔から変わっていないなぁ、などと思いつつ足を組んでラウラが座れないように対策しておく。
暫くチョコバーの余韻に浸っていたラウラははっと後ろを振り返り、自分が敗北したことを悟って露骨にショックを受けていた。うむ、からかわれた猫みたいなそのリアクションが欲しかったのだ。教え子弄りは楽しいなぁ。
「・・・はっ!?嵌められた!?おのれ教官、この卑怯者ぉー!」
「ふふふ、相も変わらず詰めが甘い奴め。あとお口の周りにチョコついてるから拭きなさい」
ハンカチを渡してやると自分の口元をふきふきと拭きはじめた。素直でよろしい。
学園に来るまでいろんな連中に戦い方を教えて来た身ではあるが、こんな小動物でも磨けば光るセンスがある。そのセンスを目に見えるところまで磨いてやり、磨き方を教えてやる。そこまでが教官の仕事であり、そこから先は本人の問題だ。だから教え子は全員が巣立ちすることを前提としている。
が、目の前で自分の口を拭くラウラはそこまで至りながらも巣からいつまで経っても離れようとしない。困った甘えん坊だ。俺に父性を見出したという奴はそれなりにいるらしいがここまで露骨についてくるのはラウラが初めてだった。
「まったく、少佐の地位まで手に入れたんならさっさと自立すればいいのに・・・何をそこまで俺に拘るかね?」
「拘りますよ!何故ならば、教官は自分の父のような存在!自分が甘えられるのも父性を感じるのも心の底から一緒にいたいと思えるのも教官だけなのです!いわばこれは運命!!絶対に教官の養子のポジションを・・・許されるなら嫁の座を!」
「歳の差19歳で内心それ狙ってたのかこのマセガキ!?というか女は作らんと言った!!」
何故か誇らしげに俺=父親説を語るラウラだが、こんなちんちくりんに手を出せばロリコン確定であることは想像に難くない。本社の連中にいい話のネタにされてしまう。もう直視するのが眩しいほど純真な笑顔をしているが、可愛いだけでは許されないことが世の中にはあるのだ。俺には子供の世話をする時間など本当は無いし、独り身の方が気が楽だって言うのにこの教え子は・・・どうしてこんなに甘えん坊になってしまったのか。
「2年前にお前を兵士に仕立て上げたのがそこまで特別か?」
「・・・それは違いますよ、教官」
ふと、ラウラの顔から幼さが消えた。
「私は・・・いえ、私を含む当時のメンバーは皆あなたに“人間にしてもらった”んです。教官はそこまで意識してなさらなかったかもしれませんが、皆貴方の事を父親だと思っています」
「―――それは、また。正直身に余るな、ただの派遣社員としては」
思わず一瞬黙りこくってしまった。何故なら、その“人間にしてもらった”という言葉はあながち間違ってはいないからだ。
当時のドイツ軍にとってラウラ達、遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)はどこまで行っても試験体でしかなかった。研究所で作られたがゆえに戸籍など存在せず、徹底した守秘義務によって外の情報もあまり漏れない。おまけにISの登場でアドヴァンスドの強化を続けるメリットは減り、ISの適合率が低い連中は次々に邪魔者扱いされていったと聞く。遺伝子の異常で3歳まで生きられなかった検体は、闇に葬られている。つまりはそういう存在だったのだ。
―――そんな折に、俺はドイツに呼ばれたのだ。そしてこいつらが“閉じられた世界”で生きてきたことに可能性を見出した。「ガイレンキルヒェンの戦い」なんてその副産物に過ぎない。俺の隣の席に座ったラウラが俺の顔を見上げる。とても優しく、人の心の暖かさを感じる笑顔だった。それを与えたのも俺だというのか、ラウラ。
「教官は、お父さんです」
「そうか・・・俺はそんな暖かさを持った人間を育んだのか。俺が心の光を見せる側に・・・」
あの時の出会いがこの子の心を育むきっかけになった。そう聞くと、昔を―――ラウラと初めて会った時のことが思い起こされた。
= = =
それは2年前のこと―――
何でこんなところにいるんだか。と自問し、依頼だからの一言でバッサリ切り捨てる。
今、俺ことクラースはドイツの国際空港に着き、コーヒーを飲んで一息ついている。ビールだのソーセージだのポテトだのチーズだのを楽しむ暇があれば重畳なのだが・・・仕事で来ているので望み薄だろう。
全く以て嫌がらせみたいな依頼だ。取り敢えず状況を整理しよう。
俺はPMC、簡単に言えば傭兵の会社である「マークウルフ」というところに勤めている。設立当初からここにいるし、割と重鎮と言ってもいいくらいの人間だ。んで、そんなうちの会社にある日ドイツ軍のお偉いさんから依頼が来る。
その時点で嫌な予感はしたんだ。正規軍を抱えてる先進国からPMCに依頼を持ってくるなんて普通は無い。ましてやISなんてものが幅を利かせている今、俺たち傭兵の仕事場は専らISを持つだけの金がない新興国や途上国からの依頼だ。要するに、お偉いさんがわざわざ来る時点で胡散臭い。
そして案の定依頼はろくでもないものだった。
「新しいIS教官である織斑千冬の当て馬・・・ってことだよな、これ」
実際には「ISの運用において従来の兵士指導と実際にISを動かした人間の指導を比較しより効率的な指導法を模索するために、教官として適切な人材を送ってほしい」というものである。
しかし実際の事情はだいぶ違う。
まず、織斑千冬というのは第1回IS世界大会(モンド・グロッソ)の総合優勝者だ。そして第2回大会の最中に弟さんが誘拐されて途中棄権した。んで、誘拐された弟さんを救出するのにドイツ軍が動いたために「その恩を返せ」と彼女を教官にしているわけだ。何とも厚かましいというか恩着せがましいというか・・・そもそも弟さんを攫ったのはドイツ軍だという噂だってあるし?まぁそれは置いておいて。
第1回、そして第2回も棄権こそしたが圧倒的な実力で決勝まで上り詰めていた彼女は、実質世界一の実力を持ったISパイロットとして世界に認識されている。そして、「マークウルフ」はPMCとしてはかなり名が売れている。主に軍事教育の分野では右に出るものなしとまで言われているほどだ。そんな会社の敏腕教官が育てた部隊と世界最強が育てた部隊とを模擬戦で抜付ければどうなるか。
大方ドイツ側は「曲がりなりにも名のある傭兵会社が指導した部隊相手に、圧倒的な差を見せて打ち負かしたうちのIS部隊は世界最高の練度である」というイメージと、ついでに織斑千冬=ドイツと繋がりがあるというイメージを流してIS分野のアドバンテージを得たいとか考えているんだろう。実際問題俺は男なのでISの勝手など資料で見た以上の事はさっぱりわからん。いわゆる門外漢。どう考えても結果は見えている。
(これは後に知ったことだが、当初ドイツ軍はちゃんとしたIS教官を用意するはずだったがどうしても都合が合わず、苦し紛れにうちの会社を指名したらしい。)
当然こんな舐めた依頼断るものと俺は思っていた。が、何故か社長はOKサインを出し、「クラース行ってきて?」と俺を単身ドイツに送り込みやがった。本人曰く「ISの教導なんてPMCの仕事じゃない。でもこの件で少しでも実績を出せればIS関連で他のPMCより優位に立てる」んだそうだ。
長い付き合いだけど、どうもうちの社長は考えてることが常人とずれている。確かにこんな結果の見えた勝負なら負けても会社のマイナスイメージには繋がりにくい。だが手を出したことのない分野というのは得てして失敗をやらかすものだ。どうしてうちの社長はそういう面倒そうな依頼を受けるかね?
「そしていつも俺の所に回してきやがる!クソッ、この件が終わったら有給とって南の島でバカンスしてやる!!」
「失礼します。民間軍事会社「マークウルフ」所属のクラース・ウル・ダービシェス様で間違いありませんか?」
「・・・ん?」
ストレスに頭を掻きむしっていると、不意に声がかけられる。その視線の先に居たのは――
「本日付で貴方の部下、兼補佐役を務めさせていただきます、ラウラ・ボーデヴィッヒと申します」
(・・・小っちゃいな)
綺麗な銀髪に似合わない眼帯の少女。恐らく特注であろうドイツの軍服に身を包んだこの小柄な少女との出会いが後に二人の運命を微妙に変えていくとは、この時まだ誰も気づいていなかった。
後書き
後半へ続く
ページ上へ戻る