ちょっと違うZEROの使い魔の世界で貴族?生活します
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外伝・閑話
外伝・閑話2話 ルイズの魔法修行
こんにちわ。私はルイズよ。ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。本当は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと言う名前があるけど、何かしらの式典でもなければ使わないわね。長いし。
長い? 以前の私だったら、こんな事絶対に考えなかったわ。名前の長さは、貴族としての格に繋がるから。でも今は、そう言った事があんまり気にならなくなって来たの。兄さまが言うには「余裕が出て来たんだろう」と言う事らしいけど、当時の私はそれが良く分からなかったわ。
でもそれは、ある事が切っ掛けで良い事だと思い知らされたの。
メイド達が話しているのを聞いてしまったのだけど、私の事を「最近のルイズ様は、物腰が柔らかくなってカトレア様に似て来たわね。以前はエレオノール様に似て、厳しい方だったのに……」と言ってたの。これを聞いた時の私は、天にも昇る様な気持だったわ。尊敬するちぃ姉さまに似て来たと言われて、嬉しくないはずがないじゃない。……その後、以前の自分がどう見られていたか分かって落ち込んだけど。
まあ、それは置いておくとして、今日からまたドリュアス家にお邪魔するの。……そう。“また”なのよ。
ドリュアス家の別荘は、温泉や豊かな自然だけでなく、オペラやミュージカル、競馬等の賭け事を始めとした娯楽、狩りやフリスピードッグ等のスポーツ関係も充実して来たの。紙や染物・漆器等の美術品も認知されて来たし、何よりも食事が美味しい!!(←ここ重要!!)
独特の生産体制を取っている所為か、牛、羊、豚、鳥……お肉類は、生産量も多く王家御用達になる程の品質よ。卵やミルクとその加工品(チーズやバター・クリーム等)も大人気。魚介類も淡水・海水問わず良質な物が獲れているみたいだし、野菜や麦等の穀物はハルケギニアでトップの品質と生産量を誇っているわ。他に塩や砂糖もトリステイン一国を十分賄える生産量だし、何と言ってもフルーツ類は王家でも口に出来なかった物が普通に口に出来る様になったの。(一部料理人からは、食の聖地と言われるまでになっているみたい)
そのおかげか、マリアンヌ様やアンリエッタ姫様までも静養に訪れる様になったわ。結果としてドリュアス家の別荘は、王都に次ぐ社交の場になっているの。
貴族としてそう言った社交の場に出るのは当然で、母さまは毎月の様にドリュアス領へ顔を出すようになったわ。そこまでは理解できるの。でも、ちいねえさまが学院を卒業して(事実上)嫁いだら、毎月10日以上滞在する様になったわ。いくら何でもやり過ぎだと思うの。
最初は温泉目的で、先方へご迷惑になるのではないか心配だったけど、そうではない事がだんだん分かって来たわ。
ヴァリエール家……私の家は、王党派に属しているの。母さまとマリアンヌ様が懇意にしているからよ。だけど、その理由は私も大まかにしか知らない。突っ込んだ事を聞こうとすると、何故か母さまの口が重くなるから。
私が知っているのは……
6千年と言う長大な時間が貴族を腐らせ、一部の者達が好き勝手をし始めた。国費の横領、平民・下級貴族への恐喝、賄賂……等々。国内の貴族がそんな事を続けていれば、国力が低下し王家の名声も地に落ちるのは子供でも分かる。それを如何にかしようと立ちあがったのがエスターシュ大公だった。実際に彼は政治・経済・外交を一手に引き受け、次々と改革を進めてトリステインにかつての栄華を取り戻した。しかし彼は野心家で、王家の名声を回復するのではなく、更に貶め国のトップに着こうとしたのだ。その野望を阻止し、先王とマリアンヌ様を救ったのが父さまと母さまだった。
そう言った縁があったお陰で、父さま達とマリアンヌ様は懇意になった。そしてそれが、今日の王家との友好関係に繋がっている。
……何でそんな事を知っているかですって?
兄さまに言われて、興味を持ったから調べたに決まっているでしょ。
兄さまが言うには「貴族が自国の王家に忠誠を誓うのは当たり前。だけど、その忠誠を強くするも弱くするのも個人の繋がりによるんだ」って、教えてくれたの。そして「家だけでなく人……個人にも歴史があるんだ。例えば、マリアンヌ様とカリーヌ様の出会いとかね」と言っていたから。興味が出て来るのも仕方がないでしょ。(この時の兄さまが、もの凄く良い笑顔だったのは何故かしら? ちぃ姉さまは苦笑いしていたし)
まぁ「王家と貴族の関係は、貴族と平民の関係と同じだね。そしてその関係を維持するには、王族なら王族としての……貴族なら貴族としての立ち振る舞いが必要になる。だから、そんなに怒ってちゃダメだよ」と、続かなければ良かったのだけど。魔法の練習が上手く行かなくて、侍女に八つ当たりしそうになっていた時だったから耳が痛かったわ。それにアンリエッタ姫に色々と取り上げられた事を思い出して、自己嫌悪に陥ったのは私だけの秘密よ。
……話しが逸れたわ。
とにかく、私の家とドリュアス家は共に王党派……そのトップに位置する家なの。両家の関係が良好である事をアピールして、他の王党派貴族に安心感を与え貴族派には、付け入るスキがないと思わせる事が目的みたい。
そう言う理由もあって、ドリュアス家とは家族ぐるみで親しくさせてもらってるの。そしてそれは、私にとってとても幸運なことだと思ってる。
その最たる理由は、私が魔法を使える様になった事よ。系統魔法は未だに使えないけど、コモン・マジックは普通に発動できるようになったわ。
……そして私は、あの時の恐怖を決して忘れない。私が敬愛するギルバート兄様が、絶対に敵に回してはいけない人間であると。
事の起こりは、ドリュアス家の別荘から家へ帰ろうとして居た時の事だったわ。
兄さまがこんな事を言ったの。
「次に来られた時に、ルイズの魔法をもう一度見てもよろしいですか?」
それは母さまに向けた言葉だったの。この場合の“見る”とは、指導しても良いか? と言う事なのは私にも分かったわ。でも母さまは、視線を兄さまと私を何度か往復した後、難しい顔をして考え込んでしまう。
そう言えば以前の母さまは、例え無駄かもしれなくても、私が魔法を使えるようになる手だてを惜しみなく講じてくれていたわ。その期待に応えられなくて、凄く申し訳ない気持ちになっていたけど。
けれど、最近は……
嫌な考えが頭をよぎる。
「カリーヌ様」
兄様が母さまに近づき、何か耳打ちをする。すると母さまは、顔を顰めて……
「分かりました。ギルバートに任せます」
そして何故か私に向き直って……
「ルイズ。ごめんなさいね」
私に謝ったの。一瞬何が起こっているのか分からなかったわ。
「ど どうして?」
そう言うのが精いっぱいだったわ。
「始めてこの別荘に来た時だったわね。……カトレアの治療法を提示された時からだから。カトレアの方ばかり気を取られて、あなたの事を放ったらかしにしてしまったわ。それだけならまだしも、カトレアが完治した後も……子供のサポートを怠るなんて、私は親として失格ね」
あの母さまが、すごく悲しそうな顔をしている。私がどんな失敗した時でも、ちぃ姉さまの治療が上手く行かない時だってこんな顔をしなかったのに。
「カリーヌ様ばかりのせいではありませんよ」
そこに兄さまが割り込んで来たけど、兄さまも何処か申し訳なさそうな表情をしてる。
「私がカトレアの治療法を提示した時に、ルイズの魔法を“如何にか出来る可能性”を示唆してしまいましたから。私が言うのも気が引けますが、カトレアの病気は公爵家が総力を挙げても原因さえ分からない程の難病でした。その治療法を見つけた私が、ルイズが魔法を使える可能性を示唆すれば、気を抜いてしまうのも仕方がないのでしょう」
兄さまが母さまをフォローしてる。そんな事をしても意味がないのに。何故なら、私は全く怒っていないから。
その一番の原因は、劣等感を感じていないからだと思う。
それは兄さまに頼まれ、ドリュアス領の街道工事の手伝いをしたのが切っ掛けね。邪魔な大岩を私の魔法で吹き飛ばし、ドリュアス家の領軍の人達に一目置かれたから。それから爆発と言う“破壊に特化したメイジ”として、周囲に知られる様になったわ。
更に私を一番見下して来る人種、私が魔法を使える様に父さまと母さまが雇う高位メイジ達も居なくなったの。彼等はプライドだけは無駄に高いので、父さま達にばれない様に陰で私をなじる事しか出来なかったから。そして貴族の態度が変われば、使用人達の態度も変わる。
そう言った意味では、母さまが私のサポートを怠っていた事で私は平穏だったと言えるの。……母さまには、口が裂けても言えないけど。
「母さま。気にしないで。私も気にしないから」
私がそう言うと、母さまは黙って私を抱きしめてくれたの。物凄く後ろめたいのは何故かしら? まぁ、それは置いておくとして、その日は父さま宛の手紙を預かって家へと帰ったわ。家に帰った後に、何故か父さまと母さまが口論してたみたい。
口論を目撃したメイドが、すごく心配していたわ。主に父さまを……
次にドリュアス家に訪れたのは、僅か三日後の事だったの。正直に言って、そんなに早く来る事になるとは思わなかったわ。父さまと母さまが仲直りして、物凄い勢いで領地の仕事を片づけていたから。
仕事中は、鬼気迫る物があって怖かったわ。誰かに相談したかったけど、誰も居ないって辛い。
えっと……こう言う時はなんて言うんだっけ? 兄さまに教えてもらったけど……
そうだ。ボッチ言うな!! だ。
……何故だろう。物凄く泣きたくなって来たわ。
「どんなに“厳しく”てもかまいません。ルイズに魔法を使える様にしてあげてください」
私が考え事をしている内に、母さまが兄さまに私の事を頼んだの。母さまの口から“厳しく”と言う言葉が出ていたけど、この時に私は“どんなに厳しくても耐えてみせる”と意気込んでいたわ。
その意気が……と言うか、認識がどれだけ甘いか知ったのはそのすぐ後だったの。昼食を食べ(厳しい訓練を想定して、断腸の思いで食べる量を抑えたわ)兄さまから貰った訓練着に着替えると、中庭に向かって歩く……その途中で……
「最近ギルバート様とカトレア様って上手く行って無いの?」
ドリュアス家のメイドがそんな話をしていれば、気にするなって言う方が無理だと思うの。
「そんな事無いわよ」
「でも最近は、一緒に居る所を全く見なくなってしまったわよ」
「ギルバート様もカトレア様もお忙しいから。でも、何だかんだ言って時間を作ってお会いになっているわよ」
「そうなんだ。多忙の中でも時間を作って愛を育むのか~。憧れちゃうわ」
「でも、妹君のルイズ様の訓練で、その僅かな時間も吹き飛んだけどね」
「うわぁ。それ言っちゃうの? 一言多いわ~。お二人はルイズ様の魔法を如何にかしようと、今まで多くの時間を割いて来たのよ。むしろ“ようやく本懐が遂げられる”んじゃない。お二人の時間も、これから増えて行くわ。……上手く行けばだけど」
「一言多いのはアンタじゃない」
そう言いながら、メイド達は居なくなったの。でも私は、そんな事を気にする余裕は無かったわ。
「如何しよう。絶対に失敗できない」
ちぃ姉さまが、兄さまとの時間を何よりも大切にしているのは知っている。……嫌という程。その時間を削ってまで、私の為に頑張ってくれていた。その事実が喜びと同時に、新たなプレッシャーとなって私にのしかかる。いや、それでも失敗するだけならまだいい。兄さまと姉さまは、きっと笑って許してくれるだろう。
……でも、もし手を抜いているとか、やる気がないと感じられたら?
思えば最近の私は、以前と比べてたるんでなかっただろうか?
以前の私は、とにかく必死だった。父さまや母さま姉さま達に“見捨てられるかもしれない”と言う、強迫観念に縛られていたと思う。だからメイジらしくあろう……貴族らしくあろうと、私がやれる事はとにかくやっていたわ。
この時の私は、かなり無理をしていたと思う。……今ならそう思えるだけの余裕があるけど、当時の私はそれに気付く事が出来なかったわ。気付く事が出来たのは、兄さまやドリュアス領の人達のお陰で、自分の価値を少なからず見出せたおかげだと思う。
だけどそれは、努力を怠って良い理由にはならない。もし気の抜けた態度を少しでも取ったら、兄さまは大丈夫でも、ちぃ姉さまは絶対にキレるわ。
……冷や汗が出て来たけど、いつまでもここに立ち尽くしている訳には行かない。集合場所である本邸の中庭に移動しなきゃ。
現場に到着すると、そこには既に全員集まってた。
教師役のギルバート兄さま。そのサポートをするちぃ姉さま。そしてもう一人の生徒で、何年か前にドリュアス家の養子となったジョゼット。
「遅くなりました」
私が謝ると、兄さまが気にするなと手でジェスチャーする。
「さて、全員そろったので訓練を始めます」
手をパンパンとたたき、注目を集めながらの宣言したの。こうする事で兄さまは、自身の頭の中を切り替えるそうよ。そしてこの状態の兄さまには、余り逆らわない方が良いとアナスタシアに言われているわ。
「では、初日は午後一杯を使って、座学をします」
「へっ?(何で座学? 動きやすい格好に着替えたのに? それに座学なら、クックベリーパイをもう一つくらい……)」
つい、そんな雑念を抱いてしまうのも仕方がないと思うの。でも兄さまは、そんな私に目を合わせニッコリと微笑むだけ。
……それなのに、なんでこんなに怖いの?
私が態度を改める(正確には委縮して固まっている)と、兄さまが一度大きく頷いたの。
「ほら。ルイズ。何時までもボーっとしていないで、席に着いてください」
兄さまのセリフが、凄く理不尽に感じるのは気のせいかしら? と言うか、先程侍女の話を聞いて持った緊張感が吹っ飛んだわ。それより座学をするなら、ノート(ドリュアス領産のメモ帳)や筆記用具が無いのは……
「これからする座学は、ノートも筆記用具も必要ありません。むしろ記録は残さないでください。更に言えば口外は固く禁じます。もし破ったら……」
兄さまそこで言葉を止めてしまう。お願いだから、最後まで言って欲しい。……いや、やっぱり言わないで。怖いから。
「分かってもらえたようですね。では、風の系統から始めましょう。ルイズは復習になると思いますが、ドリュアス家の考えとして理解していてください」
そう言って私達の前に出されたのは、一枚の袋だったの。
「さて、この袋に……」
兄さまは袋の口を開けて、そのまま腕を振ると素早く袋の口を結んでしまったの。でもその袋は、中身が無いはずなのに、まるで中に荷物が一杯入っているみたいに膨れていたわ。
「さて、今この袋の中に何が入っていると思いますか?」
そう言いながら、パンパンに膨れた袋を私に渡して来たわ。そして同じ物をもう一つ作り、そちらはジョゼットの方へ。中身を確認しようと袋の口を開いても、当然中身は空っぽ……それ所か袋はしぼんでしまったわ。まあ、当然だけど。
「袋の中には空気と呼ばれる物が入っていたのです。当たり前過ぎて認識し辛いですが、この空気は常に私達の周りにあります。……息をする時、吸って吐いているのはこの空気です。今後意識すれば、空気の存在を認識できるでしょう」
なるほど。湯船に顔を半分沈め息を吐くとポコポコするのも、この空気があるからか。
「さて、空気の存在を認識出来た所で、自分の手に息を吹きかけてみてください」
素直に言われたとおりにする。これが如何したと言うのだろう?
「手に風を感じましたね」
あっ
「つまり風とは、この空気が動く……もしくは流れる事を言うのです」
如何しよう? 何か凄い事を聞いている気がする。
「と言う事は、この空気の特性を学べば、風の系統について理解を深められると言う事です」
その後一時間程は、空気の特性を学ぶ為に費やされたの。穴が開いた四角い箱(空気砲と言うらしい)を撃って、煙で色付けされた砲弾を観察したのは衝撃だったわ。空気抵抗って、風の奥義か何かじゃないの? シリンダーとか言うのを使い、空気の伸び縮みを見せられたのも衝撃だった。これを意識すれば、風の魔法の攻撃力は格段に上がるでしょう。下手な風のメイジより、風系統の特性に詳しくなってしまったのは気のせいなのかな?
「10分程休憩したら、次は水の系統について学びますよ」
休み時間になり、手持無沙汰になった私はジョゼットと話をしようとしたの。兄さまとちぃ姉さまは、次の授業の準備で忙しそうにしていたから、彼女以外に話しかける人が居なかったと言うのもあるわ。
「ねぇ。ジョゼット」
「ん。なに? ルイズ」
私とジョゼットは、かなり仲が良い方だと思う。だけど、最初は決してそうでは無かったわ。
彼女が養子に来た当初、私は“こんな暗い子と仲良く出来ない”と考えていたの。皆が家に慣れてもらおうと気を使っているのに、一歩引いた態度を取っていたのも気に入らなかったわ。兄さまに協力を頼まれても、とても乗り気にはなれなかったの。
たけど後に“ドリュアス家に引き取られる前に辛い事があった”と思い至ってからは、私から積極的に話しかける様になったの。私が“四六時中一緒に居るドリュアス家の人間”では無かったのが良かったのだと思う。今まで私の周りに年下って居なかったから、新鮮だったと言うのもあるかな?
ふと気がつけば、私が一番ジョゼットと仲良くなっていたの。(アナスタシアが、やたらと悔しがってた)そしてその頃には、ジョゼットの一歩引いた態度も改められ、本当の意味でドリュアス家の一員となっていたわ。
「今の授業。如何だった?」
私にも今の授業がどれだけ凄い物か分かる。でも、魔法を使えない私では、実際にどれだけ応用できるか分からないのだ。
「凄いよ」
そう言いながら、風の基本となるウインド《風》のルーンを唱える。そしてジョゼットの杖先には、10サント位の歪みが出来ていた。それは、肉眼でも確認できる程の圧縮された風の塊。多くの精神力と高い制御力がなければ、絶対にこうはならない。流石は風のメイジと言った所かしら。
「今朝までは、こんな事できなかったもん。兄さまの知識が、それだけ凄いって事ね」
誇らしげに、そう口にするジョゼット。……羨ましい。
「それより、ルイズも大変ね」
? 何を言っているんだろう?
「今回の講義が上手く行かなかったら、カトレア姉さまのご機嫌がすごい事になるじゃない」
「へっ?」
「カトレア姉さまは、失敗するとは微塵も思っていないよ。兄さまの理論は完璧だと思っているから。それなのに失敗すれば……」
「でも、成功する確率は、良くて半々だって……」
「兄さまはそう思ってるけど、姉さまはそう思って無い。って事よ」
とにかく、真面目に真剣に必死にやれば、結果がついて来なくても大丈夫だと思ってた。それなのに、如何しよう? 認識が甘かったわ。私、死ぬかもしれない。そんな事を考えていると、ちぃ姉さまと兄さまが準備を終えて戻って来たの。
「休憩は終わりですよ。? ルイズ。どうかしたのですか?」
「い いえ。なんでもないわ。兄さま」
いけない。頭を切り替えて集中しないと。と言うか、ちぃ姉さまの視線が怖い。
「次は、水の系統をやりますよ」
兄さまがそう宣言すると、ちぃ姉さまが二つのシャーレ(ガラス製の平皿。別名ペトリ皿)と20サント位のガラスケースを目の前に置いたの。シャーレの一つには氷が、もう一つには透明な液体(おそらく水)が入っていたわ。ガラスケースの中は、一見何も入っていない様に見える。
「この二つのシャーレとガラスケースの中には、ほぼ同量の水が入っています」
「へっ? でも……」
「ガラスケースの中は……」
兄さまは私達の反応を楽しむ様に頷くと、固体(氷)・液体(水)・気体(水蒸気)について(それを証明する実験付きで)説明を始める。空気に水が解けるなんて、普通は思いつかないと思う。そして水のメイジは「水蒸気等の水を、如何に効率よく集められるかにかかっている」と括られたの。
最後に「水の系統(氷は風と水の混合属性だからここでは別物扱い)は、他の系統属性と比べると攻撃力に欠けると思われますが、そんな事は決してありません」と言われ、見せられたウォーター・カッター《水斬》とウォーター・ブレッド《水弾》は、風系統と比べ射程に劣るけど威力は格段に上だったのには驚いたわ。鋼鉄製の案山子に穴をあけたり、切り裂いたりするってどんだけよ。
続く土の系統は、《錬金》の“理解”“分解”“再構築”の概念を教わったわ。そして目の前に、腕の取れた鉄人形を二体用意されたの。片方は《錬金》で腕を接着され、もう片方は腕と本体を完全に分解され、元の鉄人形に《錬金》されたの。どちらの方が効率が良いは、誰にでもわかるわ。そして効率を考えるなら、対象物の成分・形状の“理解”が最も重要であると説明されたの。
……土系統に関してジョゼットは、私と同じで理解は出来ても実感は出来なかったみたい。彼女は土の系統属性が、一番苦手みたいだから。
そして最後の火系統は……
火の点いたロウソクのスケッチから始まったわ。兄さま特製の色鉛筆で、可能な限り色分けする様に言われたの。そしてスケッチが終わると、火の色により温度が違って来ると教えられたわ。そこからロウソクが燃える仕組みを教えてもらったの。
……この時点で嫌な予感がしたのよね。
そして火系統の武器は温度だと断言し、光は温度を発生させるうえでの無駄だと切り捨てたわ。そして次に兄さまが出したのは、ゴムホースで繋がったタンクと金属の筒(ガスバーナーと言うらしい)だったの。兄さまがこのガスバーナーに火を付けると、大きな黄色い火がゆらゆらと立たったわ。
その黄色い火で、木の枝の先を焼いてみるけどなかなか火が点かなかったの。次に兄さまがガスバーナーを操作すると、安定し青く暗い火に変わったわ。同じように枝の逆側を青い火で焼くと、あっと言う間に枝に火が点いたの。これで青い火の方が温度が高いと分かるわ。
「こうして熱効率を突詰ると、火の色は暗くなって行くんですよ」
そう言いながら兄さまが《発火》のルーンを唱えると、杖の先には青い火が灯っていたの。それって俗に言う、静かな炎といわれる静炎 転じて聖炎と呼ばれる炎の魔法なんだけど。兄さまは自覚していないのだろうか? 火系統の家なら、どんな手を使っても欲する秘中の秘よ。
横で事態を理解せずに「兄さま凄い」なんて言っているジョゼットがうらやましい。
「これは覚えなくても良いのですが、燃える物によっても火の色は変わります。これを炎色反応と言いますが、魔法で再現すると……」
兄さまの杖先の火が、赤、青、緑、黄、紫、オレンジ、金、銀と、次々に色を変えて行ったの。そのさまは凄くきれいで……
不覚にも少し陶酔してしまったわ。それよりもこの事を火の名門と言える家系のメイジが知れば、兄さまが持つ秘技を是が非でも手に入れようとするでしょうね。特に心配なのは、火の名門ツェルプストーかな? 私の家との因縁、そしてちぃ姉さまの事を考えれば……戦争ね。
そう心配になってちぃ姉さまを見ると、コロコロと笑っているだけ……。これはこれで“怖い”と思った私は変なのかしら? とりあえず、この事は誰にも言わないと改めて固く固く誓ったわ。
それはそれとして、体を動かす実験もあった所為で、思ったより汚れと汗がすごい事になってる。わざわざ訓練着に着替えた理由が、良く分かったわ。気持悪いから、早くお風呂に入りたい。
「明日からの訓練についてですが、ジョゼットは今までどおりの訓練です。今日習った学科の知識を、どう応用するか自分で考えて訓練して下さい。それとルイズの方は、魔法の矯正に入ります。以前にも言いましたが、上手く行くかは半々なので、気負わずにいてください。では、解散です」
「「はい」」
今更何と言われても、気負わずにいるって無理だから。……それより兄さまの座学は、本当に“基本的な知識だけ”ね。優れた基礎知識を武器に、応用は生徒自身の考えさせる。そしてこの“考えさせる”と言うのが、生徒を成長させる事に繋がる……らしいわ。
兄さまって、年齢が年齢だし教育に関しては素人よね?(実際に“自分はまだまだ”とか言っていたし)それなのに、こんな高度な思想の下に授業が出来るなんて……。教育のプロが居る魔法学院って、どんな凄い所なんだろうと心配になって来たわ。
そんな事を考えていると、そこに二人の人間が割り込んで来たの。確か兄さまの護衛のクリフとドナだったかな?
「ギルバート様」
「如何しましたか?」
「少々問題が……」
そう言って頭が白い(銀髪です。byクリフ)方が、兄さまに耳打ちするとその顔を顰める。
「少々用事が出来ました。カトレアはルイズの面倒を見てあげていてください」
「ギル。でも……」
「埋め合わせはしますから」
あっ!? まさか兄さま、ちぃ姉さまと何か約束してるんじゃ……。いや、絶対にしてる。渋々頷いているけど、姉さまの落胆ぶりがすごい。
「はっ!! そうだ。私も一緒に……」
「カトレアは、ルイズについていてあげてください」
姉さまが名案とばかりに口にした言葉も、兄さまが即座に否定したの。笑顔のまま固まるちぃ姉さま。そしてそのまま「それでは」と、挨拶をして兄さまは行ってしまったの。
残されたちぃ姉さまは、……怖いから逃げても良いかな?
そんな私の想いを無視して、姉さまは私の襟首をつかむと……
「ルイズ。付き合いなさい」
「はい」
逆らえない。絶対に。そして姉さまは私を引きずり……
「あの……。ちぃ姉さま。何処へ?(お風呂に行きたいんだけど)」
「良い所よ」
連れて行かれたのは、ドリュアス家の離れにある厨房だったの。
「試作品を全部持って来て」
試作品? 私が不思議に思っていると、たくさんの料理が運ばれて来たの。一つ一つの量は一口サイズで小さいけど、とにかく数が多くて全ての皿に羊毛紙が添えられていたわ。
「姉さま。これは?」
「良いから黙って食べなさい。感想もちゃんと書くのよ」
そう言いながら姉さまは、一皿目を口に放り込みガリガリと乱暴に感想を書き込む。そして口を水で漱ぐと、次の皿に手を伸ばす。
私もそれに倣い、次々に皿を片づけたの。そして残り二皿となった時……
「お待たせしました~」
皿の数が、食べ始める前に逆戻りしたの。この時はまだ余裕があったけど……
「次お持ちしました~」
もうお腹いっぱいね。これで終わりだと良いけど。
「次で~す」
ちぃ姉さまは、平然と食べ続けているけど……私は限界です。何と言っても、微妙に味が違う同じ料理が3~5皿あるのが辛いの。感想もどれが好みかぐらいしか書けないし。
「……ちぃ姉さま。もう入りません」
素直にギブアップする。
「何? 私だけ食べて肥えろと?」
何時の間にか共犯にされてる? 一緒に食べて、一緒に太れと? って言うか、目が据わっているんですけど?
「冗談よ」
本当ですか? ちぃ姉さま?
「ヤケ食いである事は否定しないわ。と言っても、この程度では太り様がないけど」
そんな会話をしながらも、姉さまの手は止まっていない。軽く殺意がわいたのは気のせいかしら? そんな私の視線に気付いた姉さまは、何処か疲れた様な顔をして……
「ドリュアス家の激務を経験すれば、羨ましいなんて口が裂けても言えないわよ」
何故だろう? 殺意があっと言う間に同情に変わったわ。
「ルイズは無理してでも食べた方が良いわ。明日には、そのドリュアス家の人間が“厳しい”と言う訓練を受けるのだから」
如何しよう。行き成り他人事じゃなくなっちゃったわ。
「ちなみにどれが一番おいしかった?」
「しおばたーらーめん。とか言うスープスパゲティかな?」
「あぁ。それはね、下処理した鳥の骨……“鶏がら”と言うのだけど。それと幾つかの野菜と海藻を乾燥させた物を、丁寧に灰汁を取りながら10時間以上煮込んだ濃厚スープに……」
何故かちぃ姉さまが、調理の詳しい説明を始めたの。
「味付けは塩バター以外にも色々な味が有ったでしょう。基本となる醤油、応用の味噌、シンプルな塩、中でも大成功と言えるのは、ルイズの挙げた塩バター味ね。私も大好きよ。でもギルは、醤油が好きなの。人の好みって難しいわ」
長々と何故こんな話をと思ったら、答えは直ぐに知れたわ。
「でもね。ギルが美味しいって言ってくれると、とっても幸せな気持ちになれるの。ギルがね……」
ちぃ姉さまは、これらの料理の開発にも関わっているみたい。そして何時の間にか、兄さまとの惚気話になりかけてる。
「ちぃ姉さま。わたしはそろそろ……」
席を立ち逃げようとしたけど、次の瞬間には両肩を掴まれ椅子に戻されたの。
「まあ、ちょっと位付き合ってくれても良いじゃない」
明日の訓練が厳しいって言ったの姉さまじゃない。なのに話の流れは、惚気と愚痴を交互に繰り返すエンドレスパターン……しかも、何時も止めてくれる兄さまが居ない。
……今夜は寝れないかも。
翌朝。メイドに起こされて、身支度を整えると朝食をとる。その場には兄さま達も居るけど、普段と全く変わらない様子なのは何故だろう?
ちぃ姉さまの惚気と愚痴は、延々と続き帰還した兄さまに止められる事でようやく終了したの。その時、時計の短針は12を回っていたわ。そこからお風呂に入ったりしてたら、あっという間に1時を回ってしまったの。しかもベッドに入ってからも(食べ過ぎで)お腹がきつくて寝付けず、気が付いたらもう朝って感じよ。
時間にすると、4時間も寝れなかったと思う。……つまり私は物凄く眠いの。
更に言うと、ちぃ姉さまを連行する兄さまが「今から始める書類作成を、手伝ってもらいます」とか言っていたはずだけど……
「兄さまとちぃ姉さまは眠くないんですか?」
思わずそう聞くと、兄さまと姉さまは不思議そうな顔をして……
「昨晩は3時間も眠れたので十分です。流石に毎日はキツイですが」
「ええ。そうね。一ヶ月以上続くのならともかく、一晩くらいならどうって事無いわ」
周りの人達は全員頷いている。……ドリュアス家の基準って。その内過労死するわよ。割と本気で。……そんな事を考えている内に、訓練の時間となったわ。
「さて、ルイズの魔法をどの様に矯正するかですが……」
そこで兄さまの説明が始まったの。時間にして一分位の短い説明だったけど、難しい専門用語が多過ぎて良く分からないわ。かろうじて分かる用語を繋ぎ合わせると……
「それって、自分の属性……属性基準を知る事が、とてつもなく重要って事ですか?」
「すばらしい。今の説明で、要点を確り理解した様ですね。専門用語の説明も含め、噛み砕きながら実践する過程を省略できます。よく勉強していましたね」
兄さまが嬉しそうに褒めてくれたけど、専門用語は全く理解できていないの。……今更言えないから、後で勉強しておこう。
「さて、先程の説明を踏まえて、ルイズの属性は何ですか?」
そう言われた私は、黙る以外の選択肢がなかったの。
「それを知るには、ルイズが使う爆発魔法を分析すれば良いのは分かりますか?」
ここで話しが、今までの指導員とは違った方向に変わったの。今までの指導員は、自分の理論を押し付けるばかりで、私の魔法は失敗と決めつけていたわ。
「爆発時に温度変化が発生していない事から、火系統ではない事が分かります。風や水が集まる気配もなかったので、風系統でも水系統でもありません。物理的変化も確認出来なかったので、土系統でもありません」
あっと言う間に、四つ系統を否定されてしまったの。それじゃ……
「残るは伝説の系統である“虚無”ですが、これもありません。その根拠は……」
兄さまは、始祖の伝説を引き合いに出して冷徹に比較し、私が虚無である事を否定したの。
「それじゃ。私は……」
「既存の四系統に加え、伝説の系統でもない。全く新しい系統と言う事なります。ですが、落ち込む事はありません。むしろ虚無ではなくて、良かったとさえ私は思っています」
「なぜ?」
「もしルイズが虚無なら、私達……ヴァリエール家やドリュアス家の敵となってしまいますから……」
その話を聞いて、私は固まってしまったの。そんなの嫌だ!!
「虚無の系統は、正当な王家の血筋に現れる。そう言いだす者が出て来ると言う事です。反王家……貴族派には、絶好の神輿となりますからね」
そう言われて理解したわ。もし事実に関係なく私が虚無とされれば、王家とヴァリエール家の対立を煽られる。兄さまは暗に、そう言っているのだ。実際に“基本の四系統では無い=虚無の系統”と言う図式は、私の中に全く無かった訳じゃない。もし調子に乗って、自分の系統を虚無だと言っていたらと思うと、背筋が寒くなるわ。
ガタガタと震える私を見た兄さまが、安堵の溜息を吐いている。
「ルイズも理解できたようですね。これで今回の訓練の目的は、半分達成出来ました」
兄さまの様子からして、相当危険な立場に立っていたのかもしれない。これから人前で魔法を使うのは控えよう。いえ。使わないようにしよう。怖いから。
「さて、ルイズ。本格的な魔法の矯正に入りましょう」
「え?」
「え じゃありません。え じゃ。始めますよ。まず初めに、ルイズの杖を貸してください」
「はい」
素直に杖を渡すと、兄さまは杖を持って私の後ろへ。そして私を後ろから抱きしめる様に立ち「私の手ごと杖を握って、《念力》を使ってください」と言ったの。
……ギリッ
ちぃ姉さまの方から、空気が軋む様な音がしたわ。恐い。恐い。恐い。恐い。本気で恐い。
「カトレア。落ち着いてください。ルイズが集中出来ません」
兄さまがたしなめると、姉さまから出てる怖い物が引っ込んだけど、代わりに「羨ましい」とか「覚えてなさい」とかうわ言の様に呟いてるの。あの……兄さま。恐さが倍増してます。
「大丈夫です。後で私が適当に相手してあげれば、カトレアの機嫌なんてすぐに直りますから」
私が疑問の目を向けると、兄さまは視線を逸らしボソッと「長引かせなければ」とか言ってるし。そして何かに気付くと、慌てて「いえ、出来るまで付き合いますよ」と訂正したの。そうじゃない。訂正の方向性が違うの。
「長々とくっ付いてると、冗談抜きでカトレアが恐いので、やる事やって早く離れますよ」
「はい」
異存は無いので、即座に頷いたわ。兄さまに指示された小石に《念力》を使うと……
――――チュドォーーーーン。
案の定、爆発が起こったわ。そして兄さまが自分の杖を抜くと私に持たせ、同じ様に私の手の上から杖を握り《念力》を使ったの。近くに転がっていた石が、少しの間浮かび上がり地に落ちたわ。
「力の流れは感じられましたか?」
私は素直に首を横に振る。
「今度はもっと集中して下さいね。もう一度やります」
「はい」
今度こそ集中……と思ったら、兄さまの手がお腹にまわされて抱き締められてしまったの。と同時に、ちぃ姉さまから噴き出す怖い物。
「カトレア。ルイズが集中出来ません。邪魔するならあっちに行っていてください」
兄さまーーーー!! ちぃ姉さまをこれ以上煽らないでーーーー!!
「ジャマシナイ」
何で片言なの!? 余計に怖いわ!!
「うん。じゃあ、続けますよ」
そしてこの状況を、ナチュラルスルーする兄さま。当然この状況で集中出来るはずもなく、この過程に多くの時間を割く羽目になったの。姉さまの感情が無い目が恐い。本当に怖いの。
「私とルイズの力の流れを比べれば、何が悪いかなんとなく分かって来ると思います」
私は頷くと、兄さまは嬉しそうに笑ったの。でも視界の隅に、物凄い形相の姉さまが……
「カトレア」
「はい」
恐い物が漏れると同時に、兄さまが姉さまを注意するの。姉さまが何時か破裂するんじゃないだろうか? そんな恐怖が頭をよぎる。
「要するにルイズは、力を籠め過ぎてるのです。と言っても、いきなり“調整しろ”と言われても戸惑うばかりでしょう。的確なアドバイスが出来れば良いのですが、良くも悪くもルイズは規格外と言う訳ですか。何か良い方法は……」
そう言って、悩み始める兄さま。私はそれを、黙って見てるしかなかったの。
……
…………
暫く黙って待っていたのだけど、答えはすぐに出せないみたい。ちぃ姉さまに誘われて、兄さまから離れた所で魔法の練習を始めたの。練習するのは、基本となる《念力》よ。練習場にターゲットの小石を投げ入れてもらい、静止したと同時に《念力》を唱える。
――――チュドォーーーーン。
――――ドォーーーーン。
――――チュドォーーーーン。
そして、響き渡る爆音。力の調整なんて、ただの一度も成功しない。如何すれば良いんだろう?
「良し。これで行こう」
私が泣きそうになった所で、兄さまがようやく声を上げたの。縋りつきたい気分だったけど、ちぃ姉さまが恐いから何とか耐えたわ。
「ルイズ。先程ルイズが“虚無系統では無い”と言った根拠を覚えていますか?」
虚無は非常に強力で、“高威力の魔法”“大規模な幻”“瞬間移動”と伝え聞くだけでも多くの種類が残っている。総じて莫大な精神力と長い長い詠唱を必要とする。それに反して私の魔法は、爆発と言う効果に限定されている物のワンスペルで発動できる。
……これだけ聞くと、私の魔法も捨てた物じゃないわね。
「ルイズの魔法の特徴は、虚無と対極と言っても良いでしょう。しかし唯一共通する事があります」
「?」
私が良く分からずに首をかしげると、兄さまは苦笑いをし説明を続けてくれたの。
「それは魔法を使う際に籠める力、ルイズの魔法も虚無もとてつもなく大きな力を籠めている事です。ルイズが全く新しい系統とするなら、いちから加減を覚えるのは、指針が全くない状態で暗闇を歩く様な物です。ならば、方向性だけでも虚無に倣うべきです」
言っている事は何となくわかるけど……
「と言う訳で、復唱してください」
「え?」
「虚無じゃないけど、虚無の心算で」
「えっ? えっ?」
「虚無じゃないけど、虚無の心算で」
「えっ? はい。虚無じゃないけど、虚無の心算で」
「もう一度」
「虚無じゃないけど、虚無の心算で」
意味が分からない。確かに方向性(籠める力を弱くする)は合っているけど、それは分かっている事なのに。別の系統を指針にしたら、返ってダメになるんじゃないだろうか?
「ルイズ。何か文句があるの?」
私の疑問は、ちぃ姉さまの声に封殺されました。
「では、やってみましょう」
指示されたとおり《念力》を使ってみるけど、結果は当然
――――ドォーーーーン。
となる訳で……
「うーーーーん。肩に力が入っているみたいですね。これでは成功する物も成功しません」
兄さま。それは違うと思うわ。
「少し運動して、体をほぐしましょう」
「私もそれが良いと思うわ」
喜んで兄さまに賛同するちぃ姉さま。運動って何をするんだろう?
「ちょっと走りましょうか」
「えっと。兄さま。ちょっとってどれ位走るの?」
「とりあえず別荘まで」
「ええ。そんな所ね」
兄さまと姉さまは何を言っているんだろう? 本邸から別荘までって、どんだけ距離があると思っていの。流石に無いと思って、抗議の声を上げようとしたけど、姉さまの一睨みで沈黙させられわ。
「さあ、行きますよ」「行くわよ」
「はい」
……
…………
「はぁ はぁ げほっ ごほっ うっ」
※ ここの表現は、自主規制させていただきます by作者
「うぅ う 」
「ルイズ。大丈夫?」
背中をさすってくれるちぃ姉さま。……ダメです。
兄さまは、私が出した物を《錬金》で無かった事にしてくれているわ。何も言わないでくれるのは、乙女としてありがたい。
「走り切れるなんて、頑張ったじゃない。凄いわ」
私はやり切ったわ。何か良く分からないけど、本当に頑張ったわ。呼吸も少し楽になって……
「さぁ、肩の力も抜けたでしょうし、早速魔法を使ってみましょう」
兄さま。空気を読んでよ。しかも……
――――チュドォーーーーン。
結果は変わらないし。
「肩の力は抜けたみたいですが、雑念は抜けていないみたいですね。私の予想では、今までの経験を忘れて、頭をまっさらにしないと上手く行かないはずです。……頭が空っぽになるまで追い込むしかないか」
兄さまは、何を言っているの? 追い込む?
「とりあえず走って本邸まで戻りましょう」
理解出来ない。帰るなら、せめて馬車で帰りたい。もう走るのは無理よ。
「ドリュアス家って、頭が良い割に脳筋な家系よ。最初は辛いけど、一ヶ月もあれば慣れるわ」
ちぃ姉さまは、何を言っているの? って言うか、この生活って一ヶ月以上続くの?
「さぁ、しゃべってないで行きますよ」
この瞬間から“マラソン無間地獄”にドップリ嵌まる事になったの。
……
…………
走る。走る。走る
意味も解らないまま、ただただ走り続けるのは苦痛でしか無いわ。逃げ出したいと思うのは、至極当たり前だと思う。でも、それは出来ない。とにかく、ちぃ姉さまが恐いから。それに訓練を終えると、満面の笑みをたたえた母さまが出迎えてくれるの。
「ルイズ。本日の訓練はどうでしたか?」
その期待に満ちた目は、何を意味するか言わずとも分かるわ。
「残念ながら、まだ成果は出て居ません」
「そう。ギルバートが、きっと何とかしてくれるわ。努力は怠らない様になさい」
「……はい」
逃げるなんて選択肢は、始めから存在しなかったのを思い出したわ。それは、久しく忘れていた重圧。期待に応えなければ、捨てられるかもしれないと言う強迫観念。あり得ないと分かっていても、如何しても考えてしまう事……。
……一日。
走る。走る。走る。そして、爆発。
(虚無じゃないけど、虚無の心算で)
再び走る。走る。走る。走る。そして、また爆発。
それが、……二日。
繰り返す。(虚無じゃない。虚無の心算)
……四日。
繰り返す。繰り返す。(虚無のつもり。きょむの心算)
……八日。(……キョム きょむ? キョ む)
繰り返す。繰り返す。繰り返す。ただただ、繰り返す。
そしていつもの通り、殆ど何も考えられない状態で杖を振る。今度は爆発さえ起こらない。
「ルイズ!!」
「はイ」
「合言葉以外にも、イメージは確りと持ちなさい。もう一度」
兄さまに怒られる。だけど“どうせ失敗する”と思いつつ、小石が浮かび上がる姿を思い浮かべ杖を振ったの。
今度も爆発は起こらなかったわ。代わりに小石が宙に浮いていたの。そう。私のイメージ通りに。
「えっ?」
余りの事態に、状況を飲み込む事が出来なかったわ。
「良し。その感覚を忘れない内に、もう一度です。魔法を解除して」
「は はい!!」
反射的に指示に従い、成功した魔法を解除する。始めて成功した魔法(《爆発》を除く)であると、考える余裕すらなかったわ。そして、もう一度《念力》を発動すると、今度もちゃんと発動する事が出来たの。
「ルイズ。念の為です。その感覚を忘れない様に、《念力》の発動と解除を繰り返しなさい」
「はい!!」
これまでが嘘のよう爆発しないの。小石も私のイメージ通りに動くの。まるで夢を見ている様な気分だったわ。
「や やったーーーー!!」
思わず声を上げ、両手を思いっきり挙げる。その勢いで杖が飛んで行ってしまったけど、気にしてなんかいられない。そう!! 気にしてなんか……
ふと気付いたら、ベッドの上で寝ていたの。
「えっ? まさか、今の全部……夢!?」
そんな事を口走るのも、仕方がないと思う。起き上がろうとたけど、節々と体の痛み(筋肉痛)で即ベッドに轟沈したの。
「……そんな。夢なんて酷いよ」
「何が酷いんですか?」
声を聞いて、初めて気付いたの。ベッドのすぐ脇で、兄さまが椅子に腰かけて本を読んでいたわ。
「何が酷いんですか?」
もう一度、兄さまが聞いて来る。お願いだから放っておいてほしい。
「仕方がないですね」
そう言うと兄さまは、杖を私に向けて突き出したの。間違いなく私の杖ね。
「《念力》で、あそこにあるリンゴを引き寄せてみてください」
「えっ!?」
兄さまが指差したテーブルには、バスケットに詰められた数種のフルーツがあったの。その中にリンゴは三つある。ひょっとしたら、夢じゃなかったのかも。そんな考えが頭をよぎる。
「ちゃんと最後の感覚は覚えていますか? 忘れていたら、訓練のやり直しですよ。ついでに食べ物を粗末にした事と部屋を汚した罰で、訓練のレベルが一段アップします」
何かとんでもない事を言ってる。夢とか現実とか、そんな如何でも良い事は頭から吹き飛んだわ。私は必死に感覚を思い出し、《念力》を発動させる。リンゴはゆっくりと浮かび上がり、私の手の中に収まったの。……成功した。
「そう言う事です。夢じゃありませんよ」
思わず泣き出してしまった私は悪くないと思うの。その後駆け付けてきた母さまとちぃ姉さまに、もみくちゃにされたわ。
兄さまには、とてもとても感謝しているわ。でも……
「ルイズの系統は特殊過ぎて、今まで習った知識が逆に正しいイメージを阻害していたのですよ。だから追い詰めて、頭を空っぽにする必要があったのです。肉体的に程良く追い詰めるのは、加減が分からずに苦労しました。危うく殺しちゃうところでしたね♪ 精神的に追い詰めるのは、カトレアやジョゼット、カリーヌ様やメイド達にも手伝ってもらったのに無駄になる所でした」
笑顔でこう言われた時は、心底兄さまが恐い……逃げたいと思ったわ。後半は冗談のハズなのに、震えが止まらなかったもの。……冗談よね? うん。冗談よ。冗談。
でも、コモン・マジックだけとはいえ、魔法を使える様になった事と比べれば些細な事ね。(そう思わないと、恐くて兄さまの顔をまともに見る事も出来ない)
それよりも別の問題が出て来たの。ちぃ姉さまを含むドリュアス家の人達が、私を訓練に誘う様になったのよ。正直に言わせてもらえば、昔は誘われない事に不満を感じていたわ。でも、訓練の実態を知った今は違う。
「仲間が増えるのは良い事ね」
アナスタシアがそんな事を言っていたけれど、仲間と言う言葉を道づれに置き換えた方がニュアンス的に正しいと思うの。その証拠となるのが、シルフィア様が訓練に参加する時は、あの手この手で強制的に参加させられる事ね。あれは訓練ではなく虐待よ。止めてくれると思った母さまも、これに関しては黙認してるし。
「普段からしっかり訓練しておかないと、いざ本番となった時に死にますよ」
すごく怖い事を、兄さまが言ったの。それにこの本番とは、命のやり取りとなる実戦の事なのか、シルフィア様の訓練なのか真剣に考えたのは私だけの秘密よ。前者である事を、願う……じゃなくて本番が来ない事を願うわ。切実に。
「まあ、大人しく仲間になりなさい。絶対に損はしないから」
ちぃ姉さまも、この件に関しては助けてくれないみたい。
こうして楽しい楽しいドリュアス家訪問は、楽しいだけのイベントでは無くなってしまったの。
後書き
まったく書けない状態から、何とか絞り出しました。
とりあえず外伝です。もう一話、ディーネの外伝を挟み本編に戻ります。
ご意見ご感想お待ちしております。
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