フロリロール
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1部分:第一章
第一章
フロリロール
ルーマニアに伝わる古い話である。この国がダキアと呼ばれていた古い時代だ。ある村に優雅な物腰に愛らしい顔立ちをした娘がいた。娘は黄金色の透き通るような髪と澄んだ青い目を持っていた。そんな彼女のことを人々は花の貴婦人、フロリロールと呼んだのである。
彼女は美しいだけでなくこの上なく奇麗な心の持ち主であった。慎ましやかで心優しくそうしたところも愛されていた。しかし彼女に声をかける者はいなかった。
あまりにも美しく声をかけられなかったのだ。それは太陽の神であるアポロンも同じであった。彼は彼女の美しさを太陽を曳いている時に見てから心を奪われてしまった。しかしその気持ちをどうしても伝えることができないでいたのである。
「困ったことだ」
オリンポスにある自身の宮殿の中で一人呟いていた。
「あれだけ素晴らしい娘はいないというのにどうして」
「言えないのですか?」
彼の従者である烏が彼に問うてきた。ト、ト、ト、と彼の足元に来て尋ねる。
「言える筈がないんだ」
憂いに満ちた顔で烏に答える。普段は輝かしい太陽神の顔が完全に憂いで沈んでしまっていた。神々しい金髪も今では弱い光しか放ってはいない。
「とても」
「それは困りましたね」
烏はそれを聞いて溜息をついた。
「御自身から言えないのでは何もなりませんよ」
「それはわかっているさ」
烏に顔を向けて答える。
「けれど。それでも」
「そうですか」
「ねえ烏」
信頼している従者に対して問う。
「私は一体どうすればいいと思う?この場合は」
「結構難しい話ですね」
烏は首を傾げて言ってきた。賢さでは評判の彼もこれには少し困ってしまった。
「御言葉ですがゼウス様ならあれです」
「牛に化けたり雨に化けたりしてだね」
「そう、それで想いを遂げられますが」
実際にゼウスはそうやって多くの浮名を流している。しかしアポロンはゼウスとは違う。とてもそんな気にはなれない。こうしたことではゼウス程積極的ではないのである。
「それは無理ですよね」
「できれば悩んだりしないさ」
首を横に振って述べる。
「とてもね」
「そうですか。お困りなんですね」
「それも否定しないよ」
アポロンはまた言った。
「どうすればいいのかわからないよ、実際に」
「それではアポロン様」
ここで烏は主に言ってきた。
「何だい?」
「他の神様に相談されてはどうでしょうか。申し訳ありませんが私ではあまり力になれそうにありませんし」
「他の、だね」
「そうです」
烏はそう提案するのだった。真面目な顔で。
「ここは。如何でしょうか」
「そうだなあ」
それを聞いて今まで頭を抱えていた手を組む方に変えた。そのうえでまた言うのだった。
「それじゃあこういう場合はアフロディーテかな」
言わずと知れた愛の女神である。彼女に相談してみようと考えた。
「やっぱり」
「そうですね、アフロディーテ様ならこの場合は間違いはないと思います」
「うん」
アポロンもその言葉に笑顔で頷く。顔が明るくなってきた。
「じゃあ決まりだ。そうしよう」
「そうです。では」
「今から行こう、思い立ったが吉日だ」
こうして彼はアフロディーテのところに向かうことになった。このとき彼女は花園の中で一人花々を見て楽しんでいた。アポロンはそこにやって来て彼女に声をかけるのだった。
「あら、アポロン」
アフロディーテはこの時見事な金髪を風にたなびかせてその色香漂う顔にうっとりとした笑みを浮かべて花々を見ていた。アポロンに声をかけると彼に顔を向けてきた。
「どうしたのかしら、ここに来て」
「うん、実はね」
「あっ、待って」
言おうとしたところでアフロディーテに一旦止められた。彼女は身体は花に向け、顔はアポロンに顔を向けて話をしていたのだった。
「当ててみるわ。私のところに来て」
次にアポロンの顔を見る。それからまた言う。
「その思い詰めた顔は。誰か好きな人ができたのね」
「うん」
アポロンとてその為に相談しに来たのだ。隠しはしなかった。
「そうなんだ、実はね」
その思い詰めた顔でアフロディーテに言った。
「いいかな、それで」
「ええ。それで相手は誰なの?」
今度はその相手が誰なのか尋ねた。そうやって巧みに話を聞いていっていた。
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