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相棒は妹

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志乃「納豆ってさ、人類の神秘だよね」

 志乃と動画を作るという最高な計画がスタートしてから数日。とはいえ、日々の学校生活はともかく、動画作りにはいろいろ準備が必要なので、この数日の間で進展した事と言えば、課題曲をずっと聴いている事とか、課題曲の小説を志乃と買いに行ったりしたぐらいだった。

 その課題曲は、ガヤガヤ動画のジャンルの一つである『ボーカロイド』で有名な曲で、投稿後すぐに話題が沸騰し、ついにメディアミックスが展開された『作品』である。

 俺も何度かガヤガヤ動画でその曲やシリーズ系統の曲を聴いていたので、全く無知な曲ではなかった。けど、その曲は本来機械の女の子が歌っていたものであり、とてもプロでも難しそうな音程が所々に存在している。志乃からの注文は、あまり見本通りに作り上げるのが簡単なものとは言い難かった。

 でも、それを言い訳に辞めるなどあり得ない。あの日から俺は課題曲を聴き続けている。今では曲の歌詞とテンポは確実に掴んでいる。あとはちゃんと歌えるかどうかだ。試しに部屋で曲に合わせて歌ってみたけど、小声では高い音がマトモに出る筈も無く、結局カラオケで実際歌ってみるのが一番だという結論に至った。

 「兄貴、曲の進捗はどう」

 その時、俺の横で朝飯の納豆をかき混ぜている志乃が、俺と目を合わせないまま尋ねてきた。どんだけ納豆混ぜんのに夢中なんだよ。

 「歌詞とテンポは覚えた。でも完全に歌えるかは分からん」

 「そう」

 会話が止まるのと同時に、志乃は納豆をご飯の上に乗せ、ネギと醤油をトッピングした。うお、志乃が目輝かせてる。あぁそっか、こいつ納豆大好物なんだっけな。

 「兄貴」

 「なに?」

 「納豆ってさ、人類の神秘だよね。何で皆嫌がるのかな」

 神秘って……納豆にすごい思い入れあるのな。

 「何でだろうなー。給食で出された時のクラスメイトの苦々しい顔を思い出すな」

 「私の所にいつも大量の納豆が詰まれてた」

 「お前虐められてたの?」

 「私が納豆集めてたの。そしたら皆に『給食界の彦摩呂』って言われるようになった」

 「それ、意味違くね?」

 給食界って……。つか、納豆は宝石箱じゃねぇぞ。

 俺と志乃は朝飯を胃にかきこみ、制服に着替え、いつも通りに家を出る。一緒に登校するのはもはや自然になっていた。あっちも何も言わないし、俺も文句など一つも無い。いつも志乃が遅れる形で出発する事になる。

 こうして二人で学校に向かっていると、当然の如くクラスメイトやそれ以外の知り合いに会うわけで、その度に微笑ましい顔をする。あれがちょっと嫌だったりする。

 「私達って、変?」

 「全然変なんかじゃないぞ。むしろおかしいのはあいつらの頭ん中だ」

 志乃がそう質問してくると俺はいつも同じ言葉で返す。あいつら、まるで俺と志乃が恋人みたいな目で見てきやがる。こっちは兄妹だっての。しかも、俺達って基本的に曲聴きながら登校してるから会話だってそこまで多くないぞ。

 今日は音楽プレイヤーが電池切れだったので持ってきていない。志乃はいつも通りヘッドフォンを装着しているが、それを耳に付ける様子は無い。よって珍しく会話が成立していた。

 「ねえ、頼みがあるんだけど」

 「なんだ、藪から棒に」

 「私に缶コーヒー奢って」

 「理由は?」

 「眠いから」

 「ま、理由の有無にしろ奢る気はないけどな」

 「兄貴のケチ」

 「お前がもっと早く寝ればいいだけじゃん」

 「ピアノの練習してるの」

 「それを少し早めるのは出来ないのかよ」

 「無理。小説読む時間だから」

 「勉強してるって言えば奢ってやったんだけどなー」

 「ウザ」

 「素でウザとか言われたわ……」

 一応会話として成り立っているとはいえ、内容は極めてどうでもいい。俺が持ちかける事もあれば、たまにだけ志乃から話題を振ってくる場合もある。妹と自然に会話するのも、なんだか新鮮だった。

 思えば志乃との仲が薄くなったのは中学二年の頃だったかな。確か全国大会みたいなやつの後からだっけ。……自分に嘘吐いてたけど、わりと寂しかったな。今こうして喋っているのが不思議なぐらいだ。

 やがて学校が見えてきて、俺達は時間に気にする事無くのんびりと正門をくぐる。そこには朝練に精を出している運動部がグラウンドにいたり、風紀委員が登校してくる生徒達に挨拶をしていたりと、どこにでもあるような学校の雰囲気が広がっていた。

 これまでの俺は朝がとても早かったので、こうした風景を見るのは新鮮だった。きっと中学三年の部活引退以来だ。

 「おはよう葉山君!葉山さん!」

 俺が学校ならではの風景に耽っていると、横から元気の良い挨拶が飛び込んでくる。誰もが嫌でも振り向くぐらいに大きな声にわざとらしい呼び方。勿論あいつしかいない。ここは嫌味で返してやろう。

 「おはよう林葉先輩」

 「……」

 「え、志乃ちゃん無視?無視なの?」

 「ああ、綾乃。おはよう」

 「うん!今日もとびっきりに可愛いね!!」

 「……志乃、こいつに嫌味は通じないぞ」

 俺がそう声を掛けると、志乃は少し溜息を吐いた。分かってるならやらなきゃいいのに。

 一方、そんな俺達に斟酌する様子の無い綾乃は、まるでマシンガンを連射しているかのように言葉を連ねまくる。

 「にしても、朝から二人で登校なんてラブラブだねぇ。この前まで全然話したりしてなかったのに。どういう風の吹き回し?この間お泊りした時から気になってたんだよね!伊月ぃ教えてよーどうやって志乃ちゃんを言い包めたの!?」

 「包めてねぇよ。つかラブラブじゃねぇよ。変な誤解生むからそんなバカでかい声で言うな」

「大丈夫大丈夫!二人は兄妹なんだから、そんな気色悪い妄想する人いないって!」

 いやぁ、それがいるんだなー。つか、お前が妄想の輪を広げてることに気付けや。

 「まぁとにかく、お前のせいで遅刻するの嫌だからもう行くぞ、林葉先輩」

 「あっ、逃げた!まぁいいや、今度聞かせてもらうからね!」

 こいつに構ってたら一生会話の渦から抜け出せなくなる。早々に切り上げるのが一番の正攻法だ。最後に脱出する時も嫌味たらしく言うのは忘れない。

 そして、俺達はやっとの事で校舎に入り、自分の教室へと向かうのだった。朝ってのは、本当に清々しいやら騒々しいやら。まぁ、騒々しいのは特定の連中だけだけどな。

 *****

 そういや、入学式を迎えてから一週間が経った。あの時は俺の人生が完全にぶっ壊れたとか思ってたけど、こうして特に問題を抱えるわけでも無く生活出来て本当に安心した。一応クラスの奴らとは普通に話せるしな。

 五十嵐以外にも、クラスメイトには敬語を使わないようには言ってある。そのため、相手もフレンドリーに接してくる。その方が俺としてもやりやすいし、何より自然で良い。ぎこちない敬語使われても嫌味にしか聞こえないんだよ。

 昨日から通常日課がスタートし、後々面倒くさくなる学校生活が本格的に始まった。周りの奴らは高校生活が初めてなわけだから楽しみなんだろうが、俺にその感情が湧く気配は無い。なにせ、一度体験しちゃってるんだしな。

 とりあえず初回の授業ってのは基本的に教科についての説明とか教材の説明、後は教師の無駄話とか自己紹介で終わる。今日も一日中それだけで終わった。来週から通常授業が始まると言う。実際、高校なんて個人の動きが少し自由になっただけで、やる事は変わらないんだよね。

 でもそれを他の奴らにわざわざ言うつもりは無い。そんなのは、クリスマスの日に貰えるであろうサンタクロースからのプレゼントに期待と希望と不安を混じらせている子供に『この世界にサンタクロースはいない』と教えるようなものだ。高校ってのは、青春真っ盛りのイメージばかりで塗り固められているんだからな。


 帰りのHRを終え、俺はロッカーに行って教材を全て詰め込んでいた。いちいち持って帰るなどしたことがない。

 すると、突然後ろから俺の名を呼ぶ声が聞こえてきた。

 「葉山君」

 その声に振り返ってみると、そこには俺を上から見ている(バカにはしていない)五十嵐がいた。その顔はどこかぎこちなく、くりくりした目は左右をうろうろとしていた。

 「どした?」

 「あのさ、今日カラオケ行かない?」

 五十嵐の言葉はかなり唐突だった。いや、口ごもったり遠まわしに表現しない辺り、こいつのハキハキした性格が十分に表れていると言える。

 だが、いきなりカラオケに誘ってくるとはどういった理由があるんだ?もしかして理由も無かったりして。

 とか思っていたら、理由はすぐに五十嵐の口から語られた。

 「この間、他の人に事件の事話しちゃって迷惑かけちゃったでしょ?結果オーライだったかもしれないけど、やっぱり申し訳なくてさ……。だから一緒にカラオケどうかな~なんて思って」

 そこで五十嵐は少し恥ずかしそうにはにかんだ。なんだこいつ、めっちゃ可愛いじゃん。そう素直に思えたのは年上であるが故だろうか。

 「いや、全然気にしなくて良いよ。ここの奴らとのやりづらい雰囲気も取れたわけだし。でもそうだな、たまには他の奴と行くのもありだな」

 「ホント?じゃあ葉山さんと三人で行こうよ!」

 五十嵐が顔に満面の笑みを張り付ける。少し前までの緊張して強張った顔はどこにも見受けられない。きっと断られたら、それこそ本気でしょげた顔をしたんだろうな。

 「んじゃ、志乃にも聞いてみるか」

 俺はロッカーのドアを閉め、五十嵐を連れて掃除をしている志乃に声を掛けた。

 「志乃、これから五十嵐とカラオケに行くんだけど、お前もどう?」

 「私はいい」

 出ました即答。こういう時は食い下がらないで終わらせておくのが妥当だろ。

 「了解。んじゃ、ちょっと帰り遅くなるから、母さんに伝えといてくれよ」

 その言葉に志乃はこくりと頷き、それ以降は黙々と箒でほこりや消しカスを集めていた。不機嫌、じゃないよな?そうだと思いたい。

 「じゃ、行くか」

 「え、本当に良いの?」

 「おう。それに、いても一曲も歌わないから」

 俺と一緒に行く時も、ずっとジュース飲んでるだけだからな。でも、それでも一人よりは気分が良いのは事実だ。

 だが、今回は妹や友達ではなく、一つ年下の女の子とカラオケに行く事になった。これってある意味充実してんじゃね?

 *****

 野球部の掛け声や吹奏楽部の練習がBGMとなって各々の放課後をリズムよく彩っている。近くにある道場からは、柔道部の野太い声や剣道部特有の奇声が漏れており、俺の中学時代を彷彿させた。

 そんな中、俺は生まれて初めて妹と幼馴染以外の女子と一緒に下校を共にしていた。まさかこんな日が来ようとは思ってもいなかった。ひとまず万歳。

 だが、俺はそこで一つの疑問を感じ、それを五十嵐に聞いてみた。

 「そういや、この辺ってカラオケ店そんなにある?俺達が会ったあそこは使えないんじゃないのか?」

 「ううん、使えるよ。今日から営業再開するんだって」

 なるほど。だから今日にしたのか。前もって情報収集してくれるなんて嬉しい限りだ。

 「あそこの店員、俺の分の料金今日だけタダにしてくれないかな」

 「あ、そうだ。今日は私の奢りだから好きなだけ歌ってね。私もいっぱい歌うし」

 いやいや、それはダメだろ。男だったら話は別だけど、女の子にカラオケの料金奢ってもらうのは無しだろ。平日でもカラオケは高いぞ。

 俺がそう言うと、五十嵐は仕方なくといった感じに了承してくれた。こいつ、本当は律儀な性格なんだな。口の軽さだけ直せば完璧なのに。

 その後、俺達は学校の事とか互いの趣味とか話しながら街に向かい、やがて因縁深いカラオケ店までやって来た。確かに営業しており、まるで事件が起きたとは思えない程に自然としていた。

 中に入ると、その自然さは余計に伝わってきた。辺り隅々まで掃除されており、清潔感が伊達じゃなかった。

 「いらっしゃいませ。……あっ!」

 店員よ、客の顔を見て「あっ!」はかなり失礼だぞ。

 しかし、そんな細かいところを指摘するのも面倒なので、店員には軽く会釈しておいた。

 すると、店員は俺に対して深々と頭を下げ、感謝の言葉を紡ぎだした。

 「お客様に怪我を負わせる事になってしまいまして、誠に申し訳ございませんでした……。こうしてまたご来店していただけるとは思いませんでした。これからもどうぞ当店をよろしくお願いします」

 「じゃあ、今日の料金タダにしてくれませんか?」

 もののついでに店員に尋ねてみた。

 店員は少し困ったような顔をしたが、やがて意を決したように勢いよく顔を上げて、

 「分かりました。例外として、お二人様の今日の料金は無料とさせていただきます!」

 「マジで?」

 「え、私も?」

 まさか本当にタダにしてくれるとは思っていなかった。なにせ、あの時はカラオケ店のために行動したんじゃなくて、妹のために動いたんだから。今になって少しだけ罪悪感が湧いてきたが、時既に遅し。

 結局、五十嵐まで無料キャンペーン対象に選ばれ、俺達はプラスチックのバスケットを持って、指定された部屋へと向かう事になった。

 「本当に良いのかな?赤字で潰れたりしたらどうしよ」

 「次からはちゃんと払うんだし、大丈夫だろ」

 五十嵐の言葉に胸がチクっとしたので、あえて前向きな発言をしておく。そうでもしいないと、あの店員の優しさに申し訳なくなってきてしまう。ごめん、眼鏡の店員さん。

 「まぁ、今日は許される限り歌うか」

 「うん、そうだね!でも、なんかお詫びした感じになってないけどね」

 「気にすんなって。今度割り勘で来ればいいだけだし」

 「お、その手があった!」

 それ以降は歌う事に集中した。互いにカラオケが好きという点から、全国採点の点数は始まってからすぐに白熱していた。

 まず最初に、五十嵐は歌がかなり上手い。さすが、受験シーズンにも来ていただけはある。原曲に近いビブラートへの転換、女性ならではの聞こえの良い声、ほとんどブレない音程……どれを取ってもアマチュア以上のものだった。点数、順位共に好成績であり、なかなかに手強い。

 曲のジャンルは主にJポップで、最近話題の曲からドラマや映画の主題歌まで、いろいろな曲を歌い上げていた。まさに俺とは反対だった。

 でも、俺がアニソンやボカロを歌っていると、「神曲じゃん……」とか言っていたりと、少しだけ興味を示していた。

 ここで、俺は課題曲を歌ってみた。だが、思うように上手くいかず、採点では八九点だった。もっと練習する必要があるな、これは。

 それにしても、ジャンルは違えど、カラオケを一番の趣味とする友達同士で歌うというのがこんなにも楽しい事なのだと知れたのは良かった。

 だって、互いを認め合える仲間なんだからな。 
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