相棒は妹
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志乃「兄貴は学校のヒーローだね」
俺と志乃が学校の校門をダッシュで潜ったと同時に、朝のHRを伝えるチャイムが学校周辺に響き渡る。聴き慣れたと言ってもいいその音を外で聞く事になるとは……これはやっぱり……
「遅刻、なの?」
自分のだいぶ前を走っていた奴らも、チャイムを聞いて苦笑いを浮かべているのが分かる。おいおい、入学二日目で遅刻ってヤバいだろ。
「とりあえず足動かして」
志乃が俺の顔を見ないままそう言ってくる。気付くと俺と志乃の間は五メートルぐらい開いていた。ここまで堂々と出来るのも逆に凄いな。俺が脆いだけか?
校舎に入り下駄箱で靴を履き替える。以前は生徒用の下駄箱じゃなくて道場に直行してたから、わりと新鮮に感じる。
俺と志乃は、人がいない空虚な階段を一段一段踏みしめながら歩く。ここは走るべきところなのでは?と内心思うが、前を歩く志乃が全身でそれを否定しているような錯覚を感じ、それに逆らえず結局後ろを歩いている。妹より権力弱い兄ってどうよ。
互いに何も発さないまま、一年生のいる最上階に辿り着く。俺達のクラスは階段を左に行って、端から二番目。一年七組だという事は入学式の日のHRで知った。
妹はスタスタとクラスの方に歩いていく。遅刻したってのに、何でそんなに普通にしてんの?
「兄貴何してるの。早く来てよ」
志乃はやはり普通の態度で俺を促す。俺もこれ以上時間を潰すわけにはいかないのでその言葉に素直に従う。
そして、俺達は後ろのドアから入室する。先頭は志乃、その後ろに俺がいる。
クラスの連中が皆こちらに振り返る。そして何故かニヤニヤし始めた。なんだこのクラス。変人しかいないのかよ。
「すいません、遅刻してしまいました」
俺が愛想笑いを浮かべながら担任に向かって報告する。ちなみに志乃は軽くお辞儀した程度。
担任は、俺の言葉でこちらに振り向き、溜息を吐きながら、席に着けという合図を出してくる。俺らってやっぱり目立ってるよな?
とはいえ、俺達はムードメーカー的存在では無いので、これ以上は目立たないようにさっさと席に着く。
だが、クラスの奴から感じるねっとりした視線は、いつまで続いていた。
*****
HR終了後、一時的に休み時間に入る。今日は学校についてのオリエンテーションを行った後、そのまま下校らしい。俺はその足で警察署に行く予定なので、午後が無いというのはとてもありがたかった。
そして、携帯を取り出してゲームでもやろうかと思った時、俺の肩がとんとんと軽く叩かれた。
どうせ俺が年上の事についての質問なんだろうな、と思いながらそちらに振り返ってみると、そこにはこの間話したあいつがいた。
「おはよ、葉山君」
「ああ、おはよう」
座る俺の横に立っているのは五十嵐蘭子。出席番号一番のわりと美少女なやつだ。土曜日にはカラオケ店で出会い、そのまま事件に巻き込まれる形となった。
そういや、あの後あいつはどうしたんだっけ。川島さんの話によれば皆怪我は無くて無事に帰宅したって聞いたけど。
「この間は大丈夫だったか?怪我は無いみたいだけど」
「うん、大丈夫。でも君こそ大丈夫?まだほっぺちょっとだけ腫れてない?」
あの時、俺は二発殴られた。一発は腹だったから誰にも見えないだろうけど、頬はやっぱりわかるか。まぁ一発だったからそこまで被害は大きくなかったかな。
「まぁ、そこまで問題は無いよ。ちょっとズキズキするぐらい。ていうか、さ」
そこで俺は五十嵐に質問してみる。当然クラスの連中についてだ。今もなお、時折視線を感じる。やっぱり俺が年上で兄妹が同じクラスにいるからかも。
だが、俺がそれについて聞いてみると、五十嵐は苦虫を潰したような顔をする。どこか心当たりのあるような感じだった。なんか、俺に言えない事なのか?
「それが、その……」
「俺が一つ年上だから気になるとか」
「それもあるかもしれない。でも、それだけじゃないんだよ」
「どういうこと?」
「ううん、ちょっとこっち来てくれない?」
そう言うと五十嵐はドアの方に歩き、俺を手招きしてくる。なんだ、ここでは言えないような事なのかよ。
そして、俺が教室から出る際も、クラスメイトの視線は絶える事無く続いた。全く、何が何だってんだか。
*****
五十嵐と俺は階段の踊り場近くにやって来た。勿論多数の生徒がうろついているが、これ以上離れるとオリエンテーションの流れを把握出来なくなるので、あえてここにした。
そして、最初に話を切り出したのは五十嵐だった。
「あのね葉山君、最初に言っておきたいんだけど……」
五十嵐は俺と目を合わせず、下の方を見てモジモジしている。その目も一点を直視しているわけではなく左右を行ったり来たりしている。いつもの元気さがどこか遠くの彼方だ。なんかやりにくい。
だが、五十嵐は決心したように顔を上げて俺を見る。その顔にふざけた雰囲気は無く、これが本当に真面目な話なんだという事がひしひしと伝わってくる。
のだったが……。
次の瞬間、真剣そのものだった表情は崩れ去り、照れるように頭を掻きながら申し訳なさそうな笑みを浮かべる。そして、やや遠回し気味に言葉を紡ぎ出す。
「えっと、この間の土曜日私達事件に巻き込まれちゃったでしょ?それで、葉山君が流れを断ち切ってくれてさ」
「ああ、そうだった、な……」
……話の意図が読めてきた。同時に、こいつに捌きの鉄槌を下してやりたいと思えてきた。
「あの時私、凄い怖くってね。こりゃお金出さないとダメだなぁ、って思ってたの。でも、葉山君のおかげで全員無事で助かった。それがとっても感動して……」
「……思わず他の奴らに話した、と」
「……そういうわけです」
ああ、こりゃ参ったな。全てに合点はいったけど、だから何だって話だし。
てっきり俺は、入学式の自己紹介の件で俺達に視線が向いているのかと思っていた。だが、それだけでは答えとしては十分では無かった。
あいつらは、俺が強盗グループと戦ったという出来事をすでに知っているのだ。これについては全く考えなかった。あの時すぐにでも五十嵐を見つけ出して事実を他の奴らに喋らないように口止めしておくべきだった。今更ながら後悔する。
とはいえ、俺がここで五十嵐を怒っても状況は変わらない。むしろ評価はもっと下がる事だろう。なにせ今の俺は、強盗グループとやり合った問題児みたいな目で見られてるんだろうから。
だが、聞きたい事はあった。
「五十嵐、お前どこまで喋った?」
「葉山君が強盗グループに刺又で対抗したことぐらいだよ」
「本当は?」
「いやいや本当も何もそれが事実でしょ」
「俺が発した台詞、とか」
「……ごめんなさい」
やっぱりか。俺は問題児な上にシスコンの烙印まで押されるのか。この先学校やっていけるか不安すぎるわ。
「まぁしょうがない。言っちゃったもんは元に変えられないしな」
「私に怒らないの?てっきりお金か身体要求されるかもって覚悟してたのに」
「五十嵐の中で俺ってどういう設定になってるんだ……?」
その後二言三言話して、俺達は再び教室に戻った。
そして、入った直後に待ち構えていたのはクラスメイトからの怒涛の質問ラッシュだった。
「兄貴は学校のヒーローだね」
それだけ言って、首元のヘッドフォンを耳に付けて自分の世界に閉じこもった志乃を、俺は恨めしい気持ちで見ていた。
*****
今日の学校はこれで終わった。いやー、長かった。長すぎて死ぬところだった。
オリエンテーションが終わり、帰りのHRも終わって下校になった正午ちょっと過ぎ、俺は再びクラスの奴らに幾度となく質問攻めに遭った。
警察署に行くのが午後三時頃だったので、この後は家に帰って一度シャツ取り換えようと思ったんだけど、これじゃ無理っぽいな。しょうがないので付き合う事にした。
クラスメイトの質問は、俺が年上である事も含まれていた。これについては本当の事を言ったら確実に軽蔑されるので、あえて勉強面という理由にしておいた。
一番多かったのが、俺と志乃の関係だった。俺は何度も兄妹なだけだと言っているのに、あいつら(特に女子)は聞きたいのはその答えじゃないとばかりに何度も聞いてくる。多分、入学式の自己紹介での志乃が原因なんだろう。あの時「好きな人」の項目で俺が年上である事を言わなけりゃ、こんな変な誤解を受けずに済んだのかもしれない。
勿論、五十嵐のせいでもあるけどな。あいつが余計な事を言ったのも、女子の熱をヒートアップさせる要因となったに違いない。
一方、男子からは「志乃さん可愛すぎる」だとか「すっぴん美人」だとか、俺に言っても困るような事を言ってきた。近いうちに『葉山志乃ファンクラブ』とか出来そうな勢いだった。
ちなみに当人の志乃は、ずっと話しかけるなオーラを醸し出しており、それが他の連中にも伝わるのか、話しかける奴はほとんどいなかった。そのため、問い詰められるのは基本的に俺だった。あいつ、全部俺に押し付けたな?
それでも志乃も時折他の女子に話しかけられ、それに軽く答えていた。あいつは別に人付き合いが悪いわけじゃないから、特に心配する必要は無いだろうな。
ただ、中には入学直後からいきなり目立った俺と志乃をあまり良く思わない奴もいるだろうから、志乃が変に絡まれないように注意しないと。当然、俺もな。
「カラオケとか好きなん?」
まだ名前を覚えていない男子からそう聞かれる。ちなみに、最初の質問ラッシュで俺に敬語は使わなくて良いと言ってあるので、皆タメ語である。
「好きだよ。中学の時は週四ぐらいで通ってた」
「ガチ勢かよ!」
「いつから剣道やってるの?」
「もう辞めたけど、小二の頃から去年までやってた。でも運動はあんまり得意じゃないんだよ」
「へえ、意外だねー」
「意外といえば、葉山君って地味にかっこよくない?」
「それ分かるー。隠れイケメンみたいな?」
「そうそう!やっぱ一つ年上だからじゃない?」
「あー、あるねそれ」
勝手に話が進んでいる時は基本的に会話に加わらないようにしている。俺の目的はあくまでこの学校で静かに生活する事だ。入学式からそれはぶっ壊れたけど、この先静かにしていけばいい。この盛り上がりだって、どうせすぐに終わる。ていうか、入学したばっかりなのにこいつらこんなに仲良いんだ?
それだけはだいぶ気になったので聞いてみると、
「君達兄妹の話題で仲良くなったの」
俺達は人と人を繋ぐ役割を自然と担ったってわけか。今回のケースはかなりイレギュラーだけどね。
その後、クラスメイトとの他愛も無い会話(?)は一時間ほど続き、ある程度人が減ったところで俺は帰る事にした。それまでずっと自席に座って曲を聴いていた志乃を連れて。
帰り道。それまで無言を貫き通してきた志乃が俺に話しかけてきた。
「兄貴、この後警察署行くんだっけ」
「おう」
「何悪い事したの?」
「俺がいつ悪い事をしたんだよ」
「クラスの女子のパンツ覗いてた」
「バッ、それは女子が机の上に座ってたからチラッと見えちゃっただけで覗いたわけじゃ……ていうか何でそれを知ってる!」
絶対誰も気付いてないと思ってたのに。その女子も全く気付いてなかったぞ?
「兄貴の変態パラメーターが上昇してたから」
「そのネタ禁止!」
全く、戦闘値と変態度を一緒にしないでほしい。それと俺は変態じゃない。
「警察署の授賞式って何時頃終わるの」
「いやぁ、それは実際行かなきゃ分からない。もしかして何か用事あった?」
「大丈夫、急ぎじゃないから」
「そっか」
その言葉を機に、俺達の間に会話が無くなる。だが、別に気まずかったり重苦しかったりはしなかった。
結局、カラオケ店で志乃が怒った理由は分からずじまいだった。だが、少なからず意味のあるものなのだろう。
志乃は意味の無い事をしない人間だ。俺を罵倒するのもからかうのも、それが志乃のスキンシップの取り方なのだ、と俺は勝手に考えている。
でも、そう考える事が出来るようになったぐらいには、俺も志乃のことを分かりつつあるんだろうな。
だからこそ、俺と志乃の間に無言があっても別に気にならないんだと、心の底から思う。
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