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機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア

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第一部 刻の鼓動
第二章 クワトロ・バジーナ
  第一節 旅立 第三話 (通算第23話)

 そのとき、レコアは深い紫に塗られた《ザクⅡ》のコクピットにいた。僚機たちも同じ色で塗装されている。両肩がスパイクアーマーになっており、スパイクシールドを左手に持っていた。キシリア・ザビ中将直属の海兵隊である。
「〈ビューティ〉、戦列から離れるな!」
「ですが、これは……」
 ひときわ目立つ赤紫に塗られた《ザクⅡ》には隊長機の証であるアンテナブレードがある。大隊長機だ。
「〈レディー〉より各機へ。これは命令である。速やかに任務を全うせよ」
 声で判る。作戦を本意としていない悔しさに満ちあふれた声だった。レコアは『ハニービー』中隊に所属する新米士官だった。サイド2からジオニズムに心酔した父母につれられ、移民してきたのだが、当時、ジオン公国は移民受け入れをしてはいたものの、国籍を与えず、準国民として遇していたのである。
 軍人になれば功績によって国籍を与える――それが、移民担当官の説明だった。レコアは一人娘であり、父母が年を取ってからの子供であったから、父や母を戦争に行かせる訳にはいかなかった。志願して士官学校を受けた。成績は良好であり、特にモビルスーツ適性が高いとされ、キシリア・ザビ中将配下の第七機動歩兵師団に編入され、外人部隊であるシーマ・ガラハウ少佐率いる海兵隊に配属された。
 戦場はかつての故郷――サイド2。
 自分が住んでいたコロニーではない。しかし、全く同じコロニーであった。
(私たち外人部隊は、こうして常に忠誠を試されるというの……?)
 まだ、幼さの残る顔に後悔と後ろめたさと激しい反発の感情が綯い交ぜになって刻まれる。
「〈ビューティ〉お前は私の後ろにいろっ!」
 ガラハウ少佐は己に怒っているのだろう。そう、レコアには聞こえた。呪っているのかもしれない――己の運命を。私だってそうだ。同じ自治区に住んでいた同朋をこの手で殺したのだ……。

 軽いショックがあり、レコアは現実に引き戻された。
(夢……ね。)
 あれ以来、眠るたびに見る、忌まわしい一年戦争の記憶。上官だったシーマ・ガラハウも今はいない。『デラーズの乱』の最中命を落としたのだと連邦軍への斡旋を受けてくれた紹介屋がいっていた。
(結局生き残ったのは私だけ……か)
 窓の外を見ると、グラナダが既に後方で小さくなっていた。時間は左程たっていない。前後左右にSPがそれとは判らない恰好でついている。クワトロ・バジーナはエゥーゴにとっても、ジオン共和国にとっても重要な人物である。そして、レコアはその正体を知っていた。

 海兵隊を率いていたシーマ・ガラハウは〈GGガス〉の注入の責任を問われて、A級戦犯の宣告をされると予想していた。大隊に所属する全員を集め、脱走を告げた。
「アタシに付いてきたい奴はついてきな。お前らが責任を問われることはないんだ、親兄弟なんかがいる奴は国に帰るんだよ!」
 全員が、シーマに付くことになった。レコアも気持ちとしてはシーマに付いていきたかった。だが、シーマはそれを赦さなかった。
「レコア、アンタは来ちゃいけないよ。両親がいるんだろう、帰っておあげ……。そりゃ、アンタがいなくなっちゃこの荒くれ共の中に女はたった一人になっちまうがねぇ……」
 普段の兵を率いている時の相貌とは違う、優しくそして家族に向ける様な笑顔を向けながら、寂しそうに言ったのだ。
「シーマ姉さま……」
 レコアは、シーマに憧れていた。
 力強く、そして何処までも女でありながら、男たちを従わせる風格。自分にはないものを沢山持っていたからだ。涙を浮かべたレコアを、シーマが胸で抱きとめた。
「生きていたら、また逢おう。グラナダはいい街だったからねぇ……」
 そう言って、旗艦ザンジバル級機動巡洋艦《リリーマルレーン》に消えた。
 横を見るとクワトロ・バジーナが眠っている。
 だが、レコアにとって、クワトロはクワトロ・バジーナではない。シャア・アズナブル以外何者でもなかった。ジオン公国の輝けるエースパイロット《赤い彗星》のシャア。戦後流れた噂では、ザビ家の復讐のためにジオン公国軍に入ったとのことだったが、レコアがみたシャアは親しくガルマと談笑する祝賀パーティーの席上だった。
(この人が赤い彗星のシャア……)
 憧れていた英雄が自分の傍らで眠っている。そのことが、レコアの気を晴らした。生きていることを実感できたからだ。
(私の選択は間違っていない。主義者とかそうじゃないとか、そういうことでエゥーゴに参加した訳じゃないんだから……)
 父母は既に亡くなっている。戦争で荒んだ娘に何を思いながら死んでいったのだろうか。父母の介護と戦争に蝕まれた心との疲れで、レコアは押しつぶされそうになった時、父母は唐突に亡くなった。
 自由になった時、レコアは自分が犯した一年戦争での罪を贖って死のうとした。だが、できなかった。自分で望んだ訳ではないにせよ、人を殺しておいて、自分は生きたいなどと言っていいとは思えなかった。
 何ができるとは言えない、しかし、何かを為さねば自分を赦せなかった。 
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