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Ball Driver

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第十話 雑用

第十話



高校野球選手権東東京大会。
真夏の日差しの中での、球児たちの夢を駆けた熱い戦い。


カーン!

良い音が響く。打球は外野の間に落ち、ランナーが進塁する。打ったバッターは笑顔でガッツポーズ。



その脇で全力疾走を続けるのは権城。
まずはバッターが打った後のバットを拾う。
そして次は、ランナーコーチが受け取った防具の回収。そしてランナーコーチから受け取った後は、今度はベンチに向けて全力疾走。

(ちょっと待て!これ、かなりしんどいじゃねぇか!)

盛り上がるグランドと観客席の雰囲気とは全く離れた所で、“控え”権城は別の戦いを強いられている。1年生がベンチにたった2人だけ、そしてジャガーはだいたいブルペン捕手としてブルペンに居るとなると、バット引き、防具回収、ファウルボールの回収まで、全部権城が受け持つ羽目になった。いや、上級生だろうと、ベンチに居る控えで分担すれば良いのだが、南十字学園の野球部にそんな物分りの良い先輩など居ない。ベンチの隅では、2年生の坊が居眠りこいているくらいだ。
よって、権城はかなりのペースで球場のファウルゾーンを走り回る羽目になった。

やっと権城がベンチに帰ってくると、ちょうど打席には3番センター雅礼二。夏の大会に入って、361日ぶりに野球部に顔を出して以降、形代からの熱い寵愛に乗っかって試合に出場している。そんな自分のゴミっぷりを一切気にする事もなく、無駄に大物感を出した余裕のある態度で打席に君臨する。

「デッドボール!」

しかし、結果は初球デッドボール。
礼二はため息をつきながら、打席にバットを置いた。その目の端に、ベンチから飛び出してきた権城と、その縋るような目線が映った。

(頼む!防具はそこに置いていってくれ!)

バットと同じく、フットガードとエルボーガードを打席に置いていってくれれば、回収係りの権城は打席とベンチの往復だけで済む。
礼二はフッと笑うと、そのまま防具を外す事なく一塁へと駆け出した。

(うぜぇえええええ!ふざけんなよ!わざわざ俺を走らせる為に!)

権城の殺意のこもった目線も何のその、礼二は一塁ベース上で口笛を吹いていた。

(くそっ!あの野郎、結局俺差し置いてスタメンだし、活躍もしない癖に細かい所でくそ陰湿だし、本当にゴミ野郎だ!)

心の中で散々に悪態をつきながら一塁からベンチまでの往復を終えた権城は、椅子に腰掛けて息をつく。

「おーい、権城!これもー!」

一塁ランナーコーチからの声に権城が目線を上げると、ランナーコーチは礼二のバッティンググラブをヒラヒラさせていた。
さっき回収に行ったタイミングではランナーコーチに渡さず、権城がベンチに戻ったタイミングを見計らって、ランナーコーチに預けたらしい。
権城を走らせる為に。

「しねぇええええ!」

もう隠すことなく声に出しながら、権城は再びファウルゾーンを駆けていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー



「南十字ぃーーー⤴︎野球団⤵︎、ミーティングを始める。それでは主将の、みぃーーやびぃーーれぇーーいじ!」
「あ、ああ」

試合後のミーティングで、形代に水を向けられた礼二は円陣の中心にどっかと腰を下ろして話し始める。

「んー、野球はやっぱり、良いもんだねぇ。この夏の日差しの中、若い男女が一つの球を追いかけて汗を流す……」
「………」

部員一同、礼二の言うことを「何をまたしょうもない事を……」という感じで半目で聞いていた。試合後の反省ミーティングで、何で高校野球ファンのジジイのような感慨を語っているのか。

「……おっと」

礼二が円陣の外に目を向けた。そこには、彼がサカナちゃんと呼ぶ、あのモデルの少女が日傘を差して立っていた。

「諸君、すまないがサカナちゃんを待たしてるんでね。僕からは以上だよ。次も頑張ろう。」
「うむ」

形代が頷き、礼二は颯爽と立ち上がると、ツカツカとサカナちゃんの下へと行ってしまった。もう周りは何も言わない。しかし、礼二が遠くに行った後で、散々に言い散らかす。

「はぁ!?何しょーもない事だけ言ってバイバイしちゃうわけ!?」
「宿舎も俺らとは別々、球場入りも別々だし!」
「女侍らしてんじゃないわよ優男!」
「女といちゃこく暇あったらバットでも振ってろよボケ!」
「女相手にバットは振ってるでしょバットは」
「やかましいわ!」

同級生下級生を問わない散々な言われようだが、形代は聞こえない振りをしていた。

「…………」

最も礼二に不満があるはずの権城はというと、虚ろな目を泳がせるばかり。試合中のダッシュですっかり疲れ切っていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー


宿舎に帰っても、1年生の仕事は終わらない。
先輩のユニフォームの洗濯などが待っている。

「ジャガー、洗濯機空いた?」
「いえ、まだですね。これくらいなら、部屋のお風呂場を使って手洗いしますよ」

洗濯カゴいっぱいの洗い物を両手に、権城とジャガーはホテルのロビーをウロウロしていた。
ジャガーはホテルの洗濯機を諦めて、自室で手洗いしようとする。さすがメイド、洗濯には慣れてるのだろう。これほどの洗い物を目の前にして頭がクラクラした権城とは違い、「これくらいならすぐできる」と言い切った猛者なのだ。

「!」

権城はふと、ホテルのロビーに来ている人に目を留めた。白のポロシャツに、ジャージの下。ポロシャツには「帝東」の文字。逞しい体。日焼けした顔。

「ジャガー、先に部屋行っといて」
「え?」
「俺の知り合いがここに来てるんだ」
「あぁ」

ジャガーは「ごゆっくり」と微笑んでその場を離れていった。


ーーーーーーーーーーーーーー


「お久しぶりです、大友さん」
「おぉー、髪伸びたなお前ー!高校球児には見えねぇわー!」
「南十字、みんなこんなもんですよ。スポーツマンじゃないんすよねみんな」
「はっはっは、やはり聞きしに勝るふざけっぷりだなぁ」

大友は、権城の武蔵中央シニア時代の一つ上の先輩だ。東東京の名門・帝東に進学した実力者で、また一つ下の権城の実力を最も買っていた先輩でもあった。

「サザンクロス(※南十字学園の都内での通称)、すげー強いじゃん。3試合で5HR、40得点だろ?すげーじゃんか」
「いやいや、本当適当ですよ。今日なんか、サイン無視が四つもあったんですよ。本当適当で、みんな」
「適当な癖にこんだけ強いってのがまた、怖いんじゃねぇかよ」

大友の言葉通り、南十字学園の3回戦までの勝ち上がりは凄まじい。圧倒的破壊力を擁する打線で豪快に相手を叩き潰してきた。特筆すべきは3番、主将の礼二で、3本塁打を放っている。
ほぼ1年ぶりに野球して、いきなり本塁打を打てるという事に権城の野球の常識は大いに揺るがされた。まぁ、そうは言っても練習不足なので、本塁打以外はほぼ三振、打てる球だけをただ待ち続けているようなバッティングなのだが。
そして、東東京大会も4回戦にもなると、そろそろシード校との対戦が出てくる。
南十字学園の次の相手は、大友の居る名門、Aシードの帝東だった。

「ウチの先輩らも、結構焦ってるぜ?次はサザンクロスに食われるかもしんないって」
「いやぁー、さすがにそれは無いと僕は思いますけど」

権城のそれは、お世辞ではない本心だった。
さすがに、こんな適当な南十字学園が真っ当な名門の帝東には勝てないだろう。
いや、むしろ勝ってはいけない気がする。
勝ってしまうと、それは世の中の努力一般に対する大いなる挑戦だ。

「まぁ、全力でやるだけなんだけどな、お互い。じゃあな権城、試合に出れなくても腐んなよ」
「あっ、はい」
「お前が雑用に走り回ってるの、先輩のスコアラー達が感心してたぜ。あの権城がこんなに健気に雑用してるってな。」
「………」

権城が手を振って、笑顔で大友はホテルのロビーを出て行く。その背中に権城はお辞儀しながら、頭の中で考えていた。

もしかしたら、大友さん、最後の言葉を言いに来てくれたのじゃないだろうか。自分が腐ってないか、気を遣って。

ありがてぇなぁ……
胸の奥で呟くはずだったのに、その言葉は自然と口を付いて出ていた。

 
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