イデアの魔王
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第五話:朝の食堂
朝の食堂。 学生寮に直接備え付けられ、ホームルーム前の生徒達が集うそこで俺は頭を抱えていた。 目の前では小望があれでもないこれでもないとぶつぶつ独り言を言いながら真剣な表情を作り出している。
「うーん、やっぱりこの半熟オムライス……でもこっちの海鮮丼も……」
「……おい」
「なに?」ときょとんとした表情で振り返る小望の目の前では、チケットデータの販売機に朝食のメニューがずらりと映し出されている。
「なに?じゃねーから!お前朝メシ選ぶのに何分かかってんだ!」
「ご、ごめん……でもさ、桜花」
「ンだよ」
気だるげに答える俺、その目の前で小望はほんの少しだけ表情を引き締めて俺を見返してきたが、いかんせん元の顔がふわふわしすぎているので緊迫感も糞もあったものではなかった。
「この半熟オムライスと特大海鮮丼、両方ともすごく美味しそうだよね」
「……まぁ、そうだな」
「このとろっと黄色い卵のオムライスと、海の幸が宝石のように輝く海鮮丼、両方ともすごく甲乙付け難いと思うの、だから……」
そうして何か言いたげに俺の顔を見上げる小望、俺はそんな小望の心の内をものの数秒で悟ると、まるで聖人のごとくにっこりと微笑み、小望もつられてえへへと笑った。
「だが断る」
「な、なぜにー!?」
「なぜにってアホかおめー、おごってやるとは言ったが一品限りに決まってんだろうが」
「桜花のケチ!」
「じゃあ俺はケチで外道な鬼畜魔王だからおごりの話はなしって事で」
それは無論ただの冗談で言った言葉だが、小望がワリと真剣に「こ、心優しく寛大な桜花さまー、どうかご慈悲を!」等と言い出してしまったので、俺は「わ、わかった、冗談からさっさと選べ」と半泣きの小望をなだめながら自分の食う茶漬けのチケットデータを購入し、小望はさらに数十秒悩んだ後オムライス、そして諦めきれなかったのか結局自腹で海鮮丼を購入した。
◆
個々の朝食を手に、俺と小望が食堂内で空いた席を探していると、ふと人ごみの中に京介の姿を見つけた。 近付いていくと向こうも俺達に気が付いたようで、口にパンをくわえたまま、ひらひらと手を振ってこちらに声をかけてきた。
「京介ー!」
「おー桜花!……と小望、ちゃん?」
俺、そして小望へと目をやり……そしてほんの少し驚いたような表情をする京介。 その視線は小望の持つオムライスと海鮮丼にくぎ付けになっている。 まぁ、間違ってない反応だろう。
「なぁ、もしかしてそれ小望ちゃん一人で食うの?」
「うん、京介君も食べる?」
「……いや、今日は遠慮しとくよ」
俺と小望は京介に向かい合うようにして椅子に腰かけると、それぞれ朝食を食べ始めた。 京介はもうほとんど食べ終えていたようで、最後に残ったゼリーをかきこんでしまうと俺達に向き直り、笑いながら話しかけてきた。
「そーいや桜花と小望ちゃんって、クラス一緒?」
「ああ、一緒ってか俺らは三年間ずっと同じクラスだって決まってるらしけど……つーかお前クラス分け表くらい見ろよ、ついさっき届いただろ?」
そう言って学生証を取り出し、京介にクラス分け表を見せてやった。 ちなみにこの学生証には連絡、個人認証など学校生活に必要とされる機能は一式付いており、クラス分けや急な時間割変更等は全てこの学生証を通して伝えられるのだ。
学生証の画面に映し出されたクラス分け表、俺の配属されるB組には小望、そして京介の名前がある。
「いや、メシ食ってて気づかなかったわ……つーか何だよ、結局皆同じクラスか」
「あはは、京介君ってばご飯に夢中になりすぎだよ」
しかしそう言う小望の顔は口いっぱいに頬張ったオムライスのせいでリスのようになっており、どの口が言うのだかわかったものではない。 俺が呆れ顔で「お前が言うな、お前が!」と言おうとした、丁度その時だ。
唐突に食堂の片隅からパリンと言う何かが割れるような音が聞こえたかと思えば、直後男の怒声が響き渡り、朝の食堂はあっと言う間に生徒達の悲鳴とざわめきで埋め尽くされた。
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