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イデアの魔王

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第三話:奇妙な再開

 「桜花ー!ちょっと私の荷物持ってきてくれる?」
 「あいよ……っておめーこれ随分重いな、何入ってんだ」
 「内緒ー」

 夕方、あの後入学式を終えた俺達新入生は、そのまま教室へ向かう事なくホール前で散り散りになった。 校長が言うには今日は荷物の整理整頓等もあるだろうし、この場で解散とすると言う事だ(ちなみに寮制なのだ)。 辺りには俺達と同じように荷物を運び込む男女の姿や、それももう終えてしまったのか友人と大騒ぎする生徒達の姿がちらほらと目に入る。

 ……しかし、それら以上に俺の視界にちらつくのは、時折俺達の部屋を覗き込んではこちらの視線に気付くなりどこかへすっ飛んで行ってしまう、好奇心旺盛と言うべきなのかそれとも単にバカと呼んでやるべきなのかわからない連中だ。

 「なんか、予想はしてたけど初日から思いっ切り目立っちゃったね……」
 「まぁ……挨拶辞退してもどの道バレてただろ、考えてみれば俺らの顔なんて全国ネットで知れ渡ってるレベルだろうしさ、隠したって何の意味もねーよ」

 コソコソとやって結局バレるよりは、まだ初めから正体を明かしておいた方が気が楽だ。 俺は異様な重量感を持つ荷物を小望に手渡すと(小望は何の事はないと言わんばかりにひょいと持ち上げた、何この子怖い)自分のトランクを開き、中の荷物を整理する事にした。

 途中何度か生徒達が俺の部屋を覗き込みに来たが、やはりこちらと目が合うなりそそくさとどこかへ行ってしまう。 別に俺は威圧するような目で睨んでいるわけでもないんだが。 俺は逃げて行く生徒達の後ろ姿を見ながら、少しだけ渋い顔で笑った。  

 (やっぱもう、人並みな生活なんて送れねーのかもな)

 それは、もう二年前には理解したつもりでいた事だった。 しかし今回王居を出て新しい学校へと入学すれば……と言う希望がほんの少しくらいはあったのかも知れない。

 そんな事を考えながら少しだけ沈んだ顔で、荷物整理の続きへととりかかろうとする俺。 しかし次の瞬間、唐突にドタドタと言う荒い足音が室外の通路から響き渡った。
 俺はこの年になってまだ廊下で暴れる奴がいるのか……等としばらく呆れていたが、足音はだんだん大きく……と言うかどんどんと俺達の部屋へと近付いて来て、そして丁度部屋の真ん前で足音が止まった次の瞬間。

 「桜花―!!」
 「はぁ!?」

 突然開かれた扉に俺は思わず素っ頓狂な声を上げ、普段マイペースな小望ですら呆気に取られていた。 何だ、何が起こった!? 俺が震撼しながら開かれた扉へと目をやると、そこでは伊達メガネをかけた茶髪の男……俺と同じ新入生が息を切らせてそこに立っていた、俺はこんな奴知らんぞ。

 「ど、どちら様っすか?」
 「は?わかんねーのかよ桜花、俺だよ!」

 俺だよ、などと言われても俺には茶髪メガネの知り合いなどいないし、そもそもがこの三年間ずっと狭苦しい王居(俗語では魔王城と呼ばれているらしい)で暮らして来たのだ、知り合いなどいるはずもない。

 「桜花―、何この人……知り合い?」
 「いや、それが……」

 小望の問いに俺は『全く知らん』と言いそうになって……しかしそこで急に言葉を詰まらせてしまった。
 茶髪にもメガネも間違いなく見覚えはないが、その下の表情にはどこか見覚えがあるような気がしたのだ。 茶髪の男はそんな俺の怪訝な表情を見ながらどこか楽しむようににやにやとしているが、この軽薄な笑いにも見覚えがある。

 「ん、んん……?」

 じーっとメガネ男の顔を凝視しながら数秒考え込んだ後……俺の脳裏に一人の人物が思い浮かんだ。それは俺が魔王となる以前、小学校時代の友人であり、また家を隣にする幼馴染であった男だ。

 「お前……京介か!?」
 「遅えよ!本当に今まで忘れてたのかこの野郎!」

 そうしてメガネ男……京介は俺に向かってラリアットを放った。 小学校時代のラリアットを食らい慣れた俺ならば避ける事もできたのだろうが……長年のブランクで完全に無防備となっていた俺はなすすべもなくその腕に叩き伏せられ、背後のベッドへと投げ出された。

 「な、何で?何でここにいんの?」
 「そりゃこっちの台詞だ、合格者発表ん時は驚いたぜ、まさか偉大なる魔王サマが俺達庶民と同じ学校に通うなんてよ」
 「……自分以外の名前なんて全然気にしてなかったわ、俺」

 無様に転がる俺を俺を見下ろしながら、からかうように笑う京介。 俺はベッドから身を起こすと、何が何だかわからないと言った様子で部屋の片隅に立ち、ぽかんと俺達を見つめている小望に声をかけた。

 「俺の幼馴染だよ、小学校に入る前からずっと一緒だったんだ」
 「へぇ、その娘が例の婚約者(・・・)か」

 そう言って京介は俺の肩越しに小望を見やり、へらりと笑う。 俺と小望は京介の言葉に二人揃って顔を赤くしてしまったが、幸運な事に京介がそこに気付く事はなかった。

 「あーえっと、十六夜小望です……桜花のお友達、なんですよね?」
 「笠松京介(かさまつきょうすけ)な、同学年なんだしタメでいいよ」

 軽く小望に会釈をすると勝手に部屋の椅子をひっぱり出し、そこへ腰かける京介。 うん、この遠慮のえの字も知らない態度は間違いなく京介のそれだ。

 「つーかお前その髪とメガネどうしたんだよ、最早別人だぞ」
 「アレだよ、高校デビュー?」
 「似合ってねーな、特にメガネ」

 京介は「余計なお世話だ!」と言いながら割と本気でラリアットを放ってきたが、俺はさっと体をずらしてそれを避け、逆に奴の尻を蹴っ飛ばしてやった。

 「いてぇ!」
 「この俺に同じ技は二度通用せん!」

 そんな下らないやりとりをし、狭い部屋で暴れる俺達二人。 ふと傍らからクスクスと笑い声が聞こえて来たかと思えば、そこでは小望が俺と京介を見ながらくすくすと笑っており、俺は京介から手を放して小望へと問い掛けた。

 「……何笑ってんだよ?」
 「桜花にも友達なんていたんだなーと思ってさ」
 「んだそりゃ、お前だって元々外にいたんだから腐れ縁の一人や二人いるだろ?」
 「いや、そうじゃなくて桜花の人格的な問題で」
 「それどーいう意味!?」

 何、俺はそんなに絡み辛い性格をしてますか!?

 「まぁ実際俺くらいしか遊び相手いなかったけどな、お前」
 「うるせーし!B組の吉崎君とかいたじゃん!」
 「吉崎、お前がいなくなってから数週間後にはお前の事忘れてたぞ」

 泣いてもいいですか?

 「大丈夫だよ、私は桜花がどんな人間でも嫌いになったりしないから」
 「だってよ、良かったなぁ桜花」
 「だからちげーって言ってるだろ、何か人を悲しい人間みたいに言うな!」

              ◆

 ……波乱の入学初日、俺はその後も異様に意気投合した京介と小望にいじり倒され、夜1時を超える頃にはもう精神的疲労でへとへとになってベッドへと倒れ込んだ。 小望は既に二段ベッドの上ですぅすぅと寝息を立てており、俺は電気の消えた部屋で一人「はぁ」とため息をついた(ちなみに京介は別部屋だ)。

 ――何と言うか、誰かとバカ騒ぎしたり、いじり合いをするのなんて随分と久しぶりの事だった。

 まさかこんな所で知り合いに会うなんて思ってもなかったし、外見は随分と変わっていたが京介は相変わらずで、小望も珍しく俺にいじりを入れてきた(これまで散々からかってきた報復だろうか?)。

 上で眠る小望の寝息を聞きながら今日一日で起きた事を思い返し、そして小さく笑って布団へ潜り込む俺の胸の内からは、昼間渋い顔で荷物整理をしていた時の気持ちなどどこか遠くへ吹き飛んでしまっていた。 
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