イデアの魔王
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第一話:ヘンな二人組
――話には聞いてたけど、ここにいる全員がアナムネシスの生徒なのか……噂通りのマンモス校らしいな。
そんな事を考えながら、俺……十六夜桜花は大型バスのボックス座席に腰かけ、何をするわけでもなくぼーっと車内、そして列車の窓越しに移り込んでは消えて行く光景を見渡していた。
所狭しとバスの中にあふれ帰る人影は、時折スナック菓子や弁当を売りに来る売人を除いて皆一様に赤と黒のコントラストが特徴的な『制服』に身を包み、気の知れた友人と雑談をしたり、はたまた進学過程で中学までの友人とは離れ離れになってしまったのか無言のまま一人で窓の外を眺めたりなどそれぞれが入学前の自由な時を過ごしている。
そんな光景を見つめながら俺はふあと欠伸をし……そして無造作に自らの身体を見下ろした。
車内の人影の例に漏れず、真新しい赤と黒の制服を着込んだ俺の姿が目に移る。高尚さや気品と言うよりはどこかアングラ的な雰囲気を放つ制服は中々ダークでカッコいい、俺の好みである。
自分の制服姿を眺めながら一人ほくそ笑む俺、その背後から唐突にゆったりとした声がかけられた。
「桜花ー、さっきから何一人でにやにやしてるの?」
俺がその声に反応して振り向けば、俺と同じ赤と黒の制服に身を包み、片手にはビニールの買い物袋をぶら下げた桃色の髪の少女がボックス席の横に立ち、ちょっとだけ怪訝な顔で俺の瞳を見つめていた。
「何ってお前……そりゃ笑いたくもなるってもんだろ、ようやくあの半幽閉生活とオサラバして人並みな生活が送れるんだからよ」
「ま、それもそうかもねー……正直私もちょっとだけ楽しみかな」
十六夜小望
俺と同じ苗字を持つこの少女は、そう遠くない将来には俺の家族となる事が決められてこそいるが……しかし今はまだ俺の家族でも、血縁者と言う訳でもない。
「それよりメシの方はどうよ、ステーキ弁当売ってた?」
少しだけ身体を寄せて小望の座る空間を開けながらそう尋ねる俺に、小望は少しだけばつの悪そうな顔で手に持った袋から弁当を一つ取り出して差し出した。
「あーごめん、ステーキ弁当はなかったけどハンバーグ弁当ならあったから……」
「ちっ、使えねーな」
「酷い!使えないも何も売ってなかったんだから仕方ないよ!」
「バーカ冗談だよ、何ちょっと本気で泣きそうになってんだ」
小望は本当にからかい甲斐のある奴だ、学校にも行けない今までの三年間、俺の楽しみと言えばほとんどが小望をからかって遊ぶ事だった気がする。 俺は目尻に涙を浮かべる小望からハンバーグ弁当を受け取るとそのフタを開けた。 隣では小望が俺と同じように弁当のフタを開け、中のシャケ弁をつついている。
「お前、そんな病院食みてーなもんばっかよく食ってられるよな」
「桜花が味の濃いものばっか食べてるだけですー、そのうち身体壊しても知らないからね」
「へーへー、ったく健康ブームってのはどうしてこうも昔から廃れないもんかね、健康に気ィ使って好きなもんもろくに食えねーんじゃ世話ねーや」
本当、世の中潔癖主義者って連中は全然いなくなる気配がないもんだ。 やれ健康に気を遣えだの、やれ外面や世間体がどうのこうのだのと、そんなに清廉潔白である事が大事かね。
◆
その後、俺と小望が弁当を喰いながら他愛もない会話を交わしていると、唐突に鈍い衝撃と共にがたんと言う音が車内に響き渡った。 ふと外を見れば窓の外に移る光景はもう高速で流れて行く事はなく、そこに映るのは広大な敷地、そして今まで生きて来た中で一度も見た事がないほど巨大な建造物だった。
「うわー、話で聞いてたよりずっと大きいね」
「距離感覚がおかしくなりそうだな……」
感嘆の声を上げる俺達の傍らで、学生達は同じようにざわめきながらも一人、また一人と列車を降りて行く。 俺はしばらく席に座ったままその光景を眺めていたが……やがて人影がまばらになって来ると傍らに置いたトランクを持ち、席を立った。
「んじゃ、俺らも行くとしますかね」
「うん、でもその前に」
「あ?」
そう言って小望は制服のポケットに手を突っ込むと、その中から淡い桃色をした何かを取り出した。 見るとそれは小さな髪留め……とは言っても決して安っぽい印象は受けない、どこか上品な印象の漂うそれだった。
「はいコレ、桜花の入学祝い……入学おめでとう、桜花」
そう言ってにっこりと笑いながら俺の手に髪留めを握らせる小望。 俺はその笑顔に「う、うん、アリガトウ」と言葉を返すと、慌てて小望に背を向けトランクを開き中をまさぐったが……。
「……」
「べ、別にお礼がほしくてやったわけじゃないから……その、ね」
「ちげーし、何か忘れ物してないか不安になっただけだし、バーカバーカ」
……一段落ついたら、今度昼飯でもおごってやろう。
俺はそう心に決めるとトランクの蓋を閉め、何だか気まずそうな顔の小望と一緒にバスを降りた。
「小望」
「何ー?」
整えられたアスファルトの道、そこに一歩足を踏み出しながら、俺は短く小望に声をかけた。 きょとんとした表情で俺を見つめ返す小望から顔を逸らし、がりがりと頭を掻き毟る。
「……入学おめでとう」
「ふふ、どういたしまして」
ざわざわとした学生達の喧噪と、その学生を誘導する教師達の声がひっきりなしに飛び込んで来る正門前。 俺と小望はちらと顔を見合わせ……そして何がおかしかったのか互いに小さく笑いながら『アナムネシス魔導学院』の門を潜った。
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