魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~
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Myth6聖王家の番犬~Meister des SchwerT~
ベルカ一の勢力を誇る大国イリュリア。その王都スコドラの中央にそびえ立つ王城。その王城の一画、イリュリア王家のテウタ王女に与えられている領域内にある一室にて、テウタ王女を次期イリュリア王へと据えようとする派閥の騎士団の将らが秘密会議を行っていた。
メンバーの顔触れや格好は先の会議と同じ。唯一の違いと言えば、先のアムル侵攻に出立し見事返り討ちにあった地駆けし疾狼騎士団フォーアライター・オルデンの団長ファルコ・アイブリンガー。彼の左腕はギブスで吊られ、右頬には大きな切り傷が刻まれている。その怪我には誰も触れようとしなかった。ファルコ率いる騎士団の3分の2が戦死・再起不能にされた事は周知だからだ。
「――で、此度のアムル侵攻・・・いや、シュトゥラの悪魔オーディンの討伐を目的とした盟友ファルコとフォーアライター・オルデンだが、御覧の通り失敗した」
彼らのリーダー格である初老の男・イリュリア騎士団総長グレゴールが無念そうに言う。ファルコは椅子から立ち上がり、「すまんかった。やられちまった」と頭を下げ、また椅子に座り直す。それを見計らって、1人の女性が「1つ質問」と挙手。
ファルコが「なんだよ、盟友ウルリケ」と応える。ウルリケと呼ばれた20歳前半ほどの女性。綺麗な白髪は両耳の後ろでおさげにし、瞳はルビーのような真紅色。
名をウルリケ・デュッセルドルフ・フォン・ブラッディア。
イリュリアの有する複数の上級騎士団の中でも異質な騎士団――いや、騎士の団と呼べるかどうかも怪しいが――狂いたる災禍騎士団プリュンダラー・オルデンの将だ。そして、遥かに古き時代の戦争・“大戦”に参加していた騎士の末裔と噂されている者の1人だ
「プロトタイプとはいえ融合騎を連れて行ったのでしょ? それに、個人個人の実力も高いし戦術的にも巧妙だし、そうそう遅れを取るようなあなた達ではないはず・・・」
「それに関しての報告が遅れたけどさ。騎士オーディンに新しい戦力が出来ていた。裏切りの融合騎ゼクスに続き、最悪な事に闇の書の守護騎士があの男の下に集った。俺と融合騎フュンフの融合に対し、守護騎士シグナムもゼクスと融合して、結果負けた」
ファルコの報告に、室内の空気が一気に重くなった。彼らのリーダー・グレゴールすらも驚愕に目を見開いている。それほどまでに“闇の書”と守護騎士ヴォルケンリッターは畏怖の対象として、ベルカにその名を轟かせていた。
「オーディンが闇の書の主になったって事かぁ。最悪な状況だよな、それ」
「そうですね。ただでさえ強力な単独戦力である悪魔に、さらに強力な守護騎士が付いたとなると厄介かと・・・」
「少々見直す必要があるんじゃないか? このまま本当にシュトゥラに感けていていいのかどうか・・・?」
「今はバルトとの戦争に意識を割いた方が良いかもしれないな」
思い思いに言っていく騎士団長ら。
「いやだね。なんとしても騎士オーディンも守護騎士も、そしてアムルも落としてやる。俺らは卑怯な戦術もとるし、騎士としての誇りなんてもう捨てちまったけどさ。それでもイリュリアの一員としての誇りだけは失ってないぜ」
しかしファルコは全員を順繰りに見、力説した。そして最後に「だから俺は逃げない。騎士オーディンだけは必ず討ちとる」と言い切り、メンバーの顔を順繰りに見る。
「しかしそうは言っても、真っ向からぶつかっても返り討ち、あなた達のようなから搦め手を使っても返り討ち。もう下手に敵に回すより放置して別の国家とぶつからせておいた方が良いのでは?」
「僕も盟友ウルリケと同じ意見です。これ以上弱小国に戦力を割いて、騎士団を失うわけにはいかない」
「俺も。テウタ王女の手足として今後のイリュリアを支える俺たちが、これ以上の敗戦記録を伸ばすわけにはいかないしな」
「盟友フレークと盟友ゲルトも同意見か。盟友ファルコ。気持ちは解るが、しばらくシュトゥラ――アムルと騎士オーディンの事は度外視しろ」
グレゴールにそう言われ、ファルコは納得してなくとも「了解」と応えた。もちろんこの場に居る全員も、本音を言えばオーディンを墜としたいと思っている。しかしそれ以上に厄介な相手がベルカ統一という覇道の行く手に控えているため、残念ながら後回しにするしかなかった。
「とにかく。これからはウラル・リヴォニア・リトヴァの三連国との決戦を主軸にして調整していく。それともう1つ。他の上位騎士団もテウタ王女派へと参入させる事も念頭に入れておけ。
政治家連中には我が声を掛けておく。バルデュリス陛下ももう長くない。あとはゲンティウス殿下派との派閥争いを決着させるだけ。それでようやくベルカ統一戦争の真の始まりとなる。シュトゥラの件は後々の情勢次第で、ということをテウタ王女に進言しておく」
グレゴールがそう締めくくり、各騎はそれぞれ頷き応えた。
†††Sideエリーゼ†††
先のイリュリア上位騎士団との戦闘から一週間。
この一週間は平和なもので、オーディンさんもシグナムさん達ものんびり過ごす事が出来ていた。今もこうして屋敷前の大広場でシグナムさんとヴィータちゃんとザフィーラさんが、街の大人や子供たちに魔導や技術を教え込んでいるのをゆったり見学できている。
お三方がみんなに教えている技術や魔導は敵を斃すためのものじゃなくて、大切な何かを守るためのもの。オーディンさんの信念の下に戦う力を求めたみんな。そしてそれに応えて教えるシグナムさん達。
「アムルはきっと良い方向へ向かってるよね・・・・」
純粋に力だけじゃなくて心の在り方も強い街にしようと誓ってから半年弱。それが少しずつだけど叶おうとしてる。それが嬉しくて、そわそわしちゃう。そんな嬉しさいっぱいの中、「エリー? 仕事放って何してるの?」って今聴きたくない声が後ろから聞こえてきた。
後ろに振り向きつつ「ちょっと休憩を。アンナ」とわたしの親友であり、姉であり、仕事を補佐してくれる大切な人、アンナに答える。アンナは毎日ずっと使用人服型の騎士甲冑を着て、魔力の変換効率などを常に成長させていて、常に自身を鍛えている努力家。
「休憩って、もう20分も――」
「たった20分じゃないっ。もうちょっとくらい休ませてよぉ」
「20分も休めればもう十分でしょ? それとも投げ出す? シュテルンベルク男爵を」
「・・・・卑怯な言い方するよね、時折」
とんでもなく厳しいけど、それはわたしの為を思ってくれているからだというのは理解してる。だからちょっとだけ文句はあるけれど、でも反感は無い。アンナが何かを言おうと口を開いて、でもその前に「すぐ戻るよ。休憩をサボりにしたくないしね」って屋敷へと歩を進める。
「っと。シグナムさん達に何か飲み物を用意してあげて。他の皆さんのもね♪」
「はい。かしこまりました」
「またそんな堅苦しい口調。いい加減にしてよ、ホント。それ、結構傷つくんだよ?」
「・・・・いつも以上に深刻そうね。判ったから、もうやめるから、そんなに泣きそうな顔しないで」
涙を人差し指で拭う“フリ”をする。ふふん、やったのだ。涙を流す演技を練習した甲斐があったよ。アンナがようやく折れてくれた。わたしが男爵位を得てからの日々、その大半を堅苦しい口調と態度で接して来るようになった。
頼むたびに少しは直してくれるけど、でもまた元に戻る。それの繰り返し。でもこれでようやく完全に元通りになるはず。中庭でアンナと別れて、まずは医院に足を運ぶ。屋敷の庭の一画に新設した医院。そこで、オーディンさんとアギト、モニカにルファ、そしてシャマルさんが働いてる。時間帯的には休憩中なはず。仕事に戻る前にオーディンさんの顔を見ておこうっと❤
「・・・ぅく・・・ちょ・・・たい・・・」
休憩中っていう札が掛けられた医院の扉の向こう、院内からオーディンさんの声が漏れて来た。しかもなんかちょっと苦悶という感じで、思わず中に入るより扉にへばり付いて聞き耳を立ててしまう。まず「やっぱり、少し痛いな・・・」っていうオーディンさんの声。痛い事してるの? 次に「ごめんなさい。でもこればっかりは」って謝るシャマルさんの声。
(え? オーディンさんとシャマルさんの二人でやってるの?)
胸騒ぎ。扉を開けて入ろうかと思った矢先、「マイスター。やっぱりエリーゼに話しておいた方が」ってアギトのちょっと困惑気味の声。踏み止まって、また聞き耳を立てる。オーディンさんとシャマルさんの2人っきりじゃないから少し安心。
「いや、エリーゼにはあとで話そう。今は知らせない方がいいかもしれない」
なんで、どうしてわたしは仲間外れにされちゃうの? グサリと来た。あぅ~、なんか事後に話されるとかってキッツイよぉ~(泣)
「そっか。というかさ、シャマル。マイスター、苦しそうだし、もう少し優しく出来ないの?」
「こればっかりは優しくするとかというのは・・・でも一応。・・・オーディンさん、私に体を預けてください」
ピク。シャマルさんがオーディンさんを誘ってる? ちょっとちょっと。一体何をやって・・・「すまん。少し預ける」・・・えええええっ!?
扉にガッツリ張り付いて、「何やってるの、何やってるの?」中から聞こえてくる声に一点集中。アギトが「あーっ、膝枕っ。あたしだって一度マイスターにやってみたいのにっ」って騒いでるんだけど・・・「ひ、ざ、ま、く、らぁ~?」わたしだってやってみたくても出来ないのに。
「あん❤・・・くすぐった・・・あ、オーディンさん。力を抜いてくださいね」
あーなんかこう、もうイライラ・・・モヤモヤする。もうダメ。開ける。邪魔する。怒っちゃう。わたしが仕事で忙しい時に一体何をやってるんですかっ?って。ドアノブに手を掛けたところで、「エリーゼっ。お客様が」ってわたしを呼ぶ声。振り向けば、モニカと・・・・誰?
「お初にお目に掛かります、エリーゼ・フォン・シュテルンベルク卿。私、クラウス・G・S・イングヴァルト殿下の使者、トーマス・ウェラーと申します。シュトゥラ王都ヴィレハイムの防衛を任されている近衛騎士団に所属しております」
そう名乗った男性、騎士トーマスが深々とお辞儀して来て、わたしも名乗りと挨拶を返した。騎士トーマスに「失礼ですが、騎士オーディンはいらっしゃいますか?」と尋ねられて、わたしは医院の扉を見た。
居る事は居るけれど、ちょぉーっとタイミングがまずいと言いますか・・・。
モニカが「オーディン先生は今、シャマル先生とアギトちゃんと休憩中ですよ」ってドアノブに手を掛けて、わたしが止める間もなく「失礼しま~す♪」ってノックもしないで開け放った。
「オーディン先生っ、クラウス殿下の使いの方が来てますよっ」
「クラウスから? 手紙を寄越してくれれば良いのにな」
オーディンさんが顔を覗かせて来た。あ、顔色が本当に悪い。アギトとシャマルさん(何か分厚い本を持ってる)もオーディンさんを支えるような立ち位置だし。
「お初にお目に掛かります、騎士オーディン。シュトゥラ近衛騎士団所属、トーマス・ウェラーと申します。クラウス殿下より書状を与っております故、お目を通して頂けますか」
騎士トーマスは近衛騎士団の制服の懐から一通の手紙を取り出して、オーディンさんは受け取って早速中身を読み始めた。それをじっと眺めるわたし達。オーディンさんは読み終えた後、「承知した。王都ヴィレハイムへ行こう」なんて耳を疑う事を言った。騎士トーマスが「来ていただけますかっ。感謝いたします、騎士オーディン」って歓喜の声を上げた。
「まっ、待って下さいっ!」「ちょっ、マイスターっ?」
話が読めずに慌ててアギトと一緒に止める。説明を求めたところ、オーディンさんは手紙の内容を話してくれた。大まかに言うと、なんとアノ聖王家のオリヴィエ王女の治療に、オーディンさんの力を借りたいとのお願いだった。
聖王家。ベルカに住まう者ならば誰もが知る名前。オリヴィエ王女は今シュトゥラに留学中で、王城にいらっしゃる。以前、男爵位の継承の儀に王都に赴いたけどもちろん会えず。そんなオリヴィエ王女は王位継承順位は低いけれど、武道と魔導ともに優れた御方だと聞き及んでいる。わたしが決めた、一目で良いからお会いしたい御方、という順位の第一位。それがオリヴィエ・ゼーゲブレヒト王女。
「ここ最近オリヴィエ王女の体調が優れないとの事だ。そこで、私の魔道を」
「確かにオーディンさんの魔導であれば、大半の怪我や病気は治せるかと思いますし、私に出来る事があればお手伝いもしますし」
「でもマイスター。アムルを空けてる間にイリュリアが攻めてきたらどうするの?」
「その事についてはご安心を。手紙にも記されているかと思いますが、国境警備の騎士団には私を含めた王都の騎士隊が参加します。騎士オーディンがアムルを空けている間、我々が国境を死守いたしますので」
「だそうだ。世話になっている国の王子クラウス直々の頼みだ。断るわけにはいかない」
そう言われるともう止める事が出来ない。ううん、そもそも王都に呼ばれた理由からして止めるなんて選択肢は無かった。でもちょっと寂しいかも。オーディンさんがアムルに住むようになってから一日として逢わない日なんて無かったから。そこに「オーディン。どっか行くんか?」って休憩に入ったのかヴィータちゃんが会話に入って来た。後ろにはシグナムさんとザフィーラさん、アンナも居る。
「ヴィータ。・・・ああ、王都に出張だ」
「では我らも共に王都へ・・・?」
「う~ん、そうだな・・・・。一度遠くまで出掛けてみるか」
「我が主。我はアムルへ留まりたく思います。喧騒な場所はあまり好みではない故」
「そうか。ならシグナム、ヴィータ、シャマル。そしてアギト。王都まで一緒に来てもらっていいか?」
あれよこれよと話が進んで行っちゃった。で、そのままオーディンさんは王都ヴィレハイムへ向かう事に。あぅ、わたしも行きたいな。オリヴィエ王女とお会い出来るかも。ひょっとしたら少しお話も出来るかもしれない。
でも・・・「判ってるから、無言の圧力はやめてアンナ・・・」アンナの視線がすごく痛い。わたしの憧れの御方オリヴィエ王女に会いに行きたい――つまりオーディンさん達について行くっていう提案の予防。アムルの長としてちゃんと仕事しないといけないからね。無理は言わないよ。本当はすっっごく行きたいけどね。もう一度言うけど、行きたいけどねっ。
「では早速行って頂けますか? 街の外に馬と案内人を用意していますので、途中まで陸路、ラキシュ領半ばからは飛空船での空路となります」
国境近くであるアムル周辺には飛空船は入れない。飛空船でアムルに近づくと、イリュリア(だけじゃなくてどこの国境でもそうだけど)に攻め込まれると思われて、本格的な戦争に発展する可能性があるから。
すでにイリュリアとは何度も交戦しているから今さらなようだけど、今はまだ騎士団同士の軽いものだ。それが艦隊戦となるとまずい。アムルが最前線となって戦火に包まれることは必至、わたしたち住民は避難を余儀なくされる。
「判りました。用意が完了次第向かいましょう。エリーゼ、君の能力をお願いしたいんだけど、いいかな?」
「ほえ?・・・・は、はいっ。もちろんですよっ」
いつもはわたしからからなのに、オーディンさんから言ってくれるなんて。頼りにされた。お願いされた。嬉しい。だからすぐにオーディンさんに抱きつこうとして、「はしたない。抱き付く必要ないでしょ」ってアンナに襟首を掴まれて止められた。
項垂れながらオーディンさんの右手を取って、手の甲に唇をチュッ❤と付ける。それだけで発動するわたしの能力・乙女の祝福クス・デア・ヒルフェ。わたしを含めたシュテルンベルク血族の女性は、魔力の核を生まれつき2つ持ってる。片方は自身の魔導の為に。そしてもう片方は能力の為に在る。能力用の核は回復も早い上に扱える魔力の量も多い。
「はい、回復完了ですっ♪」
「ありがとう、エリーゼ。じゃあ少し出てくる」
「あ、はい。お気を付けて」
オーディンさんはアギトとモニカ、シャマルさんを連れて医院に戻って用意を始めた。わたしはアンナを見る事なく「見送りの時間くらいくれるよね?」って尋ねる。アンナは「一緒に見送ろう、エリー」と言ってくれた。それから3分とせずに用意を整えたオーディンさん達を見送るために北門にまで来た。街の全員とはもちろんいかないけど、それでも数十人と見送りに来てくれた。
「モニカ、ルファ。私とシャマルがアムルを空けている間、医院の事を任せるぞ」
「はい。お任せを」
「うんっ。安心して行って来て、オーディン先生、シャマル先生♪」
「ええ。行ってきます♪」
こうしてオーディンさん達はわたし達に見送られて、クラウス殿下とオリヴィエ王女の待つ王都ヴィレハイムへと旅立った。
†††Sideエリーゼ⇒オーディン†††
馬でがっつり2時間の陸の旅を経てラキシュ本都に着き、そこから飛空船でのんびり1時間の空の旅を経て、私たちはシュトゥラの王都ヴィレハイムに到着。城下町は活気に満ち、戦乱の世とは思えない。シュトゥラの王政が上手いからだろうな。
王城まで続く大通りを、案内人を先頭に歩きながら街を観ていると、「・・・あの娘が目覚めるまであと60頁を切ったわ」とシャマルがシグナム達に話しているのが聞こえた。シグナムとヴィータがそれを聴いて驚きを見せた。
“夜天の書”の説明をシグナム達から受けて数日と経った今現在。フォーアライター・オルデンの騎士の大半から魔力を蒐集した事で、すでに160ページを埋めていた。そして今朝。私も蒐集してもらった。試したい事があったからだが、早く彼女を目覚めさせたいというのもある。
『はぁっ!? ちょっ、オーディン何やってんだよっ』
『いきなりどうした、ヴィータ。ビックリしたじゃないか』
本当に突然な思念通話による絶叫に近い問い掛け。耳で塞いで防ぐという手段が取れないため、ある種の音響攻撃だ。
『どうしたもこうしたもねぇッ。闇の書の主が闇の書に蒐集されるっておかしいだろっ』
『その事か。まぁいいじゃないか。管制人格が具現するのが早まったんだから』
『そりゃそうだけどさ』
『あたしやシャマルも止めたんだけど、マイスターがどうしてもって聞かなかったんだ』
『・・・・それはそうと凄まじい魔力ですね、オーディン。たったお独りで200頁も埋めたとは』
『保有魔力量だけなら自信があるんだよ。記憶障害に関わるから普段は使わないけどな』
今回の蒐集のおかげで判った事がある。Xランク以上の魔力を消費する魔術を使うと消失現象が起きるが、魔力解放だけなら問題無い、と。
『ん?・・・待ってください、それではまさか今回も記憶を・・・!?』
そう訊いてきたシグナムに、『大丈夫だ。魔力を持っていかれた事で疲れたが、記憶は無事だ』と答えた。消失が起きないようにちゃんと蒐集される量も決めていたし。それに、危険域に突っ込む前に魔力が蒐集される、という事で記憶消失は起こらなかった。
それを伝えてシグナムとヴィータを安心させたところで、王城に辿り着いた。アーチ状の正門を潜って歩いていると、「オーディンさんっ」と私を呼ぶクラウスが従者を引き連れて駆けて来た。
「クラウス。息災のようでなによりだ」
「あなたも、オーディンさん。・・・・ところで後ろに居るご婦人方は・・・?」
クラウスが私の背後に控えているシグナム達を見てそう訊いてきたから「ああ。私の家族だ」と答えると、クラウスは目を丸くして少し硬直。そして「ご結婚されていたのか、オーディンさん」と言った。言い方がまずかったな。「違う違う。家族のような大切な仲間、それがこの娘たちだ」と訂正。クラウスはとんでもない勘違いをした、と恥ずかしそうに謝った。一応こちらも謝る。あまりに直球過ぎたものな、家族、なんて。
「さて、クラウス。私を呼んだ本題だが・・・」
「その事については少し待ってもらっても構わないでしょうか・・・」
クラウスの話によると、オリヴィエは今、深い眠りについているとのこと。就寝中に勝手に診察するのはさすがにまずい、という話だ。それについては同意見。相手は他国の王女だ。そんな失礼があってはシュトゥラ・アウストラシアの国交に問題が発生するかもしれない。私とてオリヴィエの寝室に勝手に入ったという罪過の下に首チョンパエンドは勘弁したい。
「ならオリヴィエ王女が起きるまで待とう」
「本当にすみません。部屋を用意してあるので、そちらで休んでください」
という事で、オリヴィエの目覚めを待つ事になった。クラウスに城内をある程度案内され、最後に闘技場のような場所に案内された。ここで王都守護の近衛騎士団が日々腕を磨いているのだという。場内にまで降りて、所々に訓練によって出来た傷を見る。
シグナムを見ると、闘技場という言葉に興奮してしまっているのかウズウズしている。私はクラウスに「少し使わせてもらっても構わないか?」と尋ね、快諾を貰った事でシグナムとの軽い打ち合いをやろうとした時、
「あら、先客が居たんですね」
幼い少女の声が場内の入り口から聞こえてきた。一斉に振り返り、その少女の姿を視界に収めた。本物の戦闘者であれば、立ち居振る舞いだけで相手の実力が判るという。私とて1万8千年近くの存在年数の中で経験を積んで来た。だから判る。あの鞘に収まった刀を持つ少女は強い。それにアンナと同じようにすでに騎士甲冑姿。シグナムもそのようで、ジッとその少女を見て「強いですね」と呟いている。
「騎士リサ。オリヴィエのところへは?」
「先程行って参りました。お休み中でしたのでお顔だけ窺っただけですが」
クラウスに、リサ、と呼ばれた少女はどうやらオリヴィエ付きの騎士らしい。クラウスとの話を終えた騎士リサは、その桃色の双眸を私たち――正確には私に向けた。
「貴方がオーディン・セインテスト・フォン・シュゼルヴァロード、さん。我が主オリヴィエ・ゼーゲブレヒト王女殿下を御救いして下さる医者様の方ですね。お初にお目に掛かります。わたくし、聖王家に仕えているオリヴィエ王女付きの騎士、リサ・ド・シャルロッテ・フライハイトと申します」
「っ・・・!」
耳を疑った。シャルロッテ・フライハイトの名をこの時代で聞くとは思ってもみなかった。しかし、シャルロッテがミドルネームで、フライハイトがファミリーネームということになるよな、今の名乗りで言えば。
それに、目の前に居る騎士リサは、間違いなく私の知るシャルじゃない。シャルと1万年近く共に居たんだ。だから判る。リサの魂はシャルの魂じゃない――つまりは転生体じゃない。だが魂がどこか似ている。そう言えば、シャルには確か姉が居たな。おそらくその姉の末裔だろう。
「はじめまして、騎士リサ。オーディン・セインテスト・フォン・シュゼルヴァロードだ。そしてこの娘らは私の家族で、右からアギト、シグナム、ヴィータ、シャマルだ。もう1人いるが、今回はアムルに留守番してもらっている」
アギト達も紹介し、リサの鍛錬を邪魔しないように闘技場を後にしようと考えたところで、彼女はシグナムに目を向け「よろしければ鍛錬の相手をしてもらってもよろしいですか?」と願い出た。シグナムが私を見る。断ったらシグナムの機嫌を悪くさせそうだし、それにリサの腕も見ておきたい。
「構わないぞ、シグナム。行って来い」
「感謝します、オーディン。騎士リサ、と申しましたね。改めて、私はシグナムと申します」
「騎士シグナム、ですね。一目見ただけで只者ではないと判りました。そちらのヴィータさんやシャマルさんも同様に。オーディンさんに限って言えば謎ですが」
微苦笑するリサ。シグナムとリサを残し、私たちは観客席へ移動。クラウスからの提案だ。巻き込まれては細切れにされる、と。場内の中央で対峙する2人の剣騎士。シグナムはすでに騎士甲冑と“レヴァンティン”の用意を終えている。
リサは静かに鞘から刀を抜いた。刀身が桜色の普通の長さの刀だ。神器・“断刀キルシュブリューテ”のようだが、デバイスだ。カートリッジシステムが搭載されている。
「では騎士シグナム。貴女がお強いのは判ります。ですので、ちょっとまずは軽く打ち合ってみたいのですが」
「はい。私からもお願いします」
「あの、敬語は結構ですよ。私より貴女の方が年上でしょうし」
「・・・判った。騎士リサ。グラオベン・オルデン、剣の騎士シグナム。そして我が魂レヴァンティン。いざ尋常に」
「聖王家直下・近衛騎士団・第四中隊ズィルバーン・ローゼ隊隊長、リサ・ド・シャルロッテ・フライハイト。そして我が心キルシュブリューテ。いざ勝負、といきましょう」
リサのデバイスも“キルシュブリューテ”という銘か。偶然じゃないだろうな。シャルの名と共に“キルシュブリューテ”の銘も語られ続けてきたか。
その短い会話の後、2人は互いのデバイスを構え、間で一度カチンと当て合った。それが戦闘開始の合図となった。互いに瞬時にデバイスを引き、間髪いれずにシグナムは打ち下ろしを、リサは薙ぎ払いを放った。衝突。そこからは嵐のような猛襲が繰り返される。互いに一歩も引かずに斬撃を放ち続け、周囲に激しい火花を散らし続けた。
「すげぇ。シグナム相手に互角だ、あのリサって奴」
「彼女、騎士リサは剣の姫――剣姫と謳われるほどの剣士です。数日前、アウストラシアに侵攻したネウストリアの二個騎士団を殲滅しました」
「それはすごいですね。二個騎士団を、剣士である彼女が単独で殲滅なんて」
「道理でシグナムと真っ向から打ち合えるわけだ」
私たちの視線の先で拮抗している戦闘を繰り広げている2人の剣騎士。しかし突如としてリサが大きく距離を取って仕切り直しを求めた。シグナムは追撃せず、息を整えるためにその仕切り直しを受け入れた。
「正直驚きました。そして自惚れてました。私、剣の腕なら負け無しだって思ったんですけど・・・」
「いや、ここまでやれればそう自負してもおかしくは無い」
シグナムのオーバースカートがバッサリ斬られていた。リサのショートジャケットの脇腹と左袖とオーバースカートに一つずつの切断痕。魔導無しの剣技に於いてはシグナムの方が一枚上手だ、という事だ。
「あの、もしよかったらですが、このまま本格的な試合を申し込んでもよろしいですか?」
シグナムがまた目を向けて来た。ここまでやったんだ、最後まで付き合いたいんだろ? 下手に止めてストレスを溜めさせるのもどうかと思うしな。『好きにやってくれ』と思念通話を送ると、シグナムがお辞儀と共に『ありがとうございます、オーディン』と感謝を返した。
「オーディンさんからの御許しも出たようですし。本気で行きますよ、騎士シグナム」
「ああ。こちらも本気で行こう。が、互いに一線は超えないようにな騎士リサ」
「はいっ、判っています」
ニコッと笑ったリサが“キルシュブリューテ”を鞘に収めた。シグナムは正眼の構え。リサは小さく体を左右に揺らしながらシグナムへ少しずつ歩み寄って行く。あの得物を鞘に収めた上でのあの揺れる歩き方。おいおい、冗談だろ。嫌な予感がする。その嫌な予感が、予感ではなく現実として私の目の前で起きる事になった。
――閃駆――
リサの姿が一瞬かき消える。直後にガギンッと金属が衝突したような音が響いた。鞘から抜き放たれた“キルシュブリューテ”と、咄嗟に盾として構えられた“レヴァンティン”が衝突した音だ。鍔迫り合いはほぼ一瞬。またリサは姿をかき消した。次にリサが姿を見せたのはシグナムから4mと離れた場所で、ユラユラと体を揺らした後、また姿を消した。
(あれは間違いなく、シャルの歩法・閃駆。しかも古い方だ。まさか彼女の体技を使えるとは・・・・恐れ入った)
シグナムは待ちの構えではまずいと判断したようで、その場から動こうとした。だがその一歩と動いたその先に姿を見せたリサが“キルシュブリューテ”の一閃が放つ。シグナムはかろうじてその一撃の反応でき、“レヴァンティン”で防御に成功。
リサは鍔迫り合いに入る事なく閃駆で姿を消し、すぐにまた姿を見せた彼女は体勢をギリギリにまで低くした状態で“キルシュブリューテ”を横薙ぎに振るった。シグナムは回避の為に上に跳んだ。私は咄嗟に「ダメだシグナムっ!」と叫んでしまった。
リサもまた跳んで追撃。空中でぶつかり合う2人の相棒。リサの一撃によってさらに打ち上げられたシグナム。シグナムは飛行魔法で宙に留まり、リサは落下。そして、落下中のリサの足元に桃色のベルカ魔法陣が展開された。
――閃駆――
足場として展開された魔法陣に足を付けた瞬間、リサの姿が消えた。シグナムが目を見開き、だがすぐに体勢を変えて “レヴァンティン”を構え直した。違う、ダメだ、シグナム。シグナムの右上にベルカ魔法陣が展開された。リサはそこへ閃駆で移動し、シグナムに斬りかかった。
――パンツァーシルト――
ここで初めてシグナムが防御魔法を使った。盾と衝突する“キルシュブリューテ”。その拮抗の刹那にシグナムが“レヴァンティン”を振るった。障壁が消え、2人のデバイスが衝突。リサは衝撃に身を任せて弾き飛ばされ、その先にベルカ魔法陣を展開。また足をついた瞬間に閃駆。シグナムの周囲に桃色のベルカ魔法陣が幾つも展開される。それはシグナムを包囲する檻であり、リサにとっては足場となるものだ。
「止まるなッ、シグナムっ! 狙い撃ちにされるぞッ!」
リサが使っているのは遥か昔、次元世界が誕生する切っ掛けとなった“ラグナロク”が起こった大戦の最終決戦・ヴィーグリーズ決戦の際、アンスールを相手に使用したシャルのオリジナル戦術だ。空戦殺しの法陣結界。当時、空を飛べなかったシャルが“アンスール”を殺すためだけに創った戦術であり魔術だ。
それを、リサが使っている。これはいよいよあるかもしれない。シャルの剣技や体技、魔導が、この時代のフライハイト家に受け継がれている。シグナムは、全方位から目にも留まらぬ速さで連続で襲いかかってくるリサの“キルシュブリューテ”の一撃を捌いては防御。回避しようとしても、回避先を閃駆の軌道上となるようにリサが魔法陣を展開する所為で上手く行かない。
「やばいんじゃないのか、これ。あんなんどうやって捉えろって言うんだよ・・・!?」
「ええ。まさかこんな風にシグナムを追い詰めるなんて・・・」
ヴィータとシャマルが焦りを見せ始める。アギトも「マイスター。シグナム、負けないよね?」と訊いてきた。当のシグナムは焦りを見せず、そして諦めてもいないようだ。リサの動きを捉えようと、先の先を見据えるかのように鋭く綺麗な両目を動かし続けている。
だから私は「ああ、もちろんだ」と答えてやる。その時、リサがシグナムの背後を取った。これでシグナムの反応が少しでも遅れれば敗北だ。しかしシグナムとてこれまでに多くの実戦を積んできているはずだ。これで終わり、なんてことはないだろう。
「見切った・・・!」
――パンツァーガイスト――
シグナムは大してリサの姿も見る事が出来なかったのに、“キルシュブリューテ”の剣先が僅かに見えた程度で片手で白刃取りを成功させた。高魔力で手を守っている事と、白刃取りのタイミングを見極る動体視力、そしてそれを成せる身体能力があって、初めて出来る芸当だ。
リサが驚愕に目を見開き、一切の動きを止めた。それはほんの僅かな時間での隙。シグナムは“キルシュブリューテ”の刀身を掴んでいる左手をグッと引っ張りリサの体を引き寄せ、“レヴァンティン”の柄尻で彼女の腹部に打った。
手加減はもちろんしているようだが、それでも激しく咽るリサ。それで終わりだ。咽ている間は完全に無防備。実戦であれば、すでに殺されているような大きな隙だ。だからこそ、「けほっけほっ、参りました」とリサは自分の敗北を負けた。そしてシグナムは空を飛べないリサを抱えて地上に降り立ち、「ありがとうございました」と礼を言った。
「オーディンさん。貴方のご家族はお強いですね」
「もちろん。私の自慢の家族だからな」
ヴィータの頭を撫で、シャマルの肩にポンと手を置き、アギトに微笑みかける。ヴィータは私の頭を撫でるという行為に慣れてしまっているが、それでも気持ち良さそうに目を細めてくれて、シャマルも肩に乗った私の手に自分の手を重ね微笑み、アギトは私の肩に降り立って頬擦りしてきた。
「騎士シグナム。よろしければもうしばらくお付き合いしてもらってもいいですか? こんな貴重な時間、そうそう無いので、アムルへお帰りになるまでに少しでも剣を交えたいのですが」
『良い機会だから一緒に鍛錬を積めばいい、シグナム。君に用事が出来た時、思念通話で呼び出す。それまでは・・・』
「『そうですか・・・ではお言葉に甘えて』いいだろう。私とてお前ほどの腕を持つ騎士と剣が交えることはないからな」
というわけで、シグナムはここでパーティから一時離脱。そして私たちはオリヴィエが目覚めるまでの間、城下町の見学という事になった。
後に聖王女オリヴィエと謳われる彼女。遥か未来に生まれる高町ヴィヴィオのオリジナル。武術と魔導ともに最強クラスという。しかし詳細は知らないが身体の方に何かしらの障害があるとかないとか。
とりあえず今は王都の見学を楽しもうか。いつまた来る事が出来るか判らない――いや、もう二度と来る事が出来ないかもしれないしな。
「よし。エリーゼ達への土産でも観ようか」
後書き
アロハ・カカヒアカ、アロハ、アロハ・アヒアヒ。
さ~てさて。今は失き第一章『大戦編』では主人公ルシリオンらアンスールを苦しめ、第三章『界律の守護神編』ではルシリオンを差し置いて主人公となったシャルロッテの末裔――厳密にはフライハイト家――であるリサ・ド・シャルロッテ・フライハイト。
そんな彼女とシグナムの軽い模擬戦シーンを読んで、読者の皆様方の中には、「ん? どっかで見たことあるような・・・?」という感想を抱いた方がいらっしゃるかもしれません。
まぁ何と言いますか。はい、『るろうに剣心』であります。京都編の宗次郎戦シーンです。
確かまだこの『小説家になろう』では語った事がありませんでしたか。
シャルロッテ・フライハイトの戦術のモデルは『るろ剣』です。緋村剣心からは剣技を、瀬田宗次郎からは縮地を、真田幸村からは技名を。そして『FFⅦ』のセフィロスからは長刀や翼を。
そういうわけで、重なる部分が『るろ剣』である、という事を言ってみたかっただけのあとがきでした。
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