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2部分:第二章
第二章
「生きていても」
「自殺をするからにはそれなりの理由があるのでしょう」
医者はそれはわかっているようであった。
「ですが」
「ですが?」
「早まらないことです」
このことをまた言ってきたのだった。
「くれぐれも」
「生きていてもし方ないのに」
「ですからそれは間違いです」
「誰も信じてくれないのに」
雪は本音を出した。出てしまったと言ってもいい。
「それでもですか」
「誰も信じてくれないというわけでもありません」
医者はそれを否定した。
「それも間違いです」
「けれど私は」
「今は静かに眠って下さい」
医者は優しい声をかけてきた。
「それだけです」
「そうですか」
「時間はありますので。ゆっくりと休んで下さい」
どちらにしろ今はそうするしかなかった。とても起き上がることはできなかった。雪は暫く暗鬱な心であったが静かに眠りに入った。どれだけ眠ったかわからないが起きてみると。そこにはまたあの女の医者がいて彼女にこう告げてきたのであった。
「お話は聞きました」
「私のことですか?」
「はい、告訴のことですが」
まずはそのことを話してきたのである。
「取り下げになりました」
「そうですか」
本来は嬉しい筈である。しかし今の彼女にはそれは喜べるものではなかった。
「お金が見つかったそうです」
医者はまた言ってきた。
「お店の隅に落ちていたそうです」
「それで告訴は取り下げになったんですね」
「店長がこのことで貴女に謝罪したいと言ってきています」
「謝罪ですか」
「そうしてまたお店に来てくれないかと言っていますが」
「いいです」
そのことははっきりと断った。完全にである。
「それは」
「いいのですか」
「もう行きません」
さらに断るのだった。
「それに」
「それに?」
「今は誰とも会いたくありません」
こうも言ったのである。
「誰かが来ても帰して下さい」
「それでいいんですか」
「御願いします」
それでいいというのである。
「本当に誰とも会いたくありません」
「御両親やお友達が来てもですね」
「それでもです。会いたくありません」
その言葉は偽りではなかった。どうしてもであった。
「誰にも。ですから帰して下さい」
「わかりました。それでは」
「御願いします」
こうして実際に面会に来た両親もかつて友人だった者達も近所の人達もバイト仲間もである。誰もが帰された。彼女は完全にその心を閉ざしてしまった。
そのまま入院生活を送った。ずっとベッドの中に寝たまま起きようともしない。そうして医者の話を聞くだけであった。
「もう起きれますよ」
「そうですか」
「それでもですか」
「いいです」
こう言うだけだった。顔を向けることもしない。ずっと天井を見上げたままである。
「このままでいいです」
「ですがそのままですとリハビリも」
「いいんです」
最早何もかもがどうでもよくなっていた。絶望は彼女の心を完全に捉えていた。
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