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第五章
第五章
彼は今度は政治家のところに行った。俗に防衛族のドンと言われる人物だ。アポを取るのは難しいかと思われたが今回は上手くいったのだ。ところがここの話でも。
「ううん、それに関してはね」
「難しいですか」
「正直に言うと私も苦労しているんだよ」
老人と言ってもいい髪がすっかり銀色になってしまった男である。彼は苦い顔で首をしきりに左右に捻りながら椅子に座って向かい側にいる構成に対して述べていた。
「まずは兵器の値段だが」
「はい」
「これもねえ。集中的にやるとね。確かに安くなる」
「それではすぐに」
「けれどそれをやるとだ」
ここで彼が言う言葉はまた実に政治家らしいものだった。いい意味でも悪い意味でも。
「海外もそうだが国内世論がね」
「それはもうかなり弱まっていませんか?」
「いやいや、弱まってはいてもその力は強いものなんだよ」
政治家は話すのだ。
「マスコミや知識人や市民団体に大勢いるからな」
「それですか」
「彼等が騒いでね。何かと難しいんだよ」
「法整備もですね」
「結局それも同じなんだよ」
彼はそれについても語る。
「法整備を言うとその彼等が騒いでね。それで」
「できないんですか」
「彼等だけではないしね」
まだ問題はあるのだった。
「野党にもまだそうした考えの人達がいるし」
「そちらへの話の調整は?」
「全然だよ」
首を横に振っての言葉だった。
「話を聞かないからどうしようもないんだ」
「どうしようもないんですか」
「そうだよ。何を言っても聞かない」
またしても絶望的な言葉だった。構成がこれまで数多く味わっている絶望と同じものだった。それをまたしても味わうのだった。
「あれは信仰だからね」
「それについてもわかっているつもりですが」
「正直私も本や自分のサイトでも話をしているのだがね」
「効果があまりないですか」
「ないね」
絶望的な言葉がまた出される。
「どうしようもない」
「そうですか」
「だからこの話は賛同者を増やしていくしかないのだが」
「増えますか?」
「ええと。それに関しては」
構成の方に顔を向けてまた話す。
「君が一番わかっていると思うが」
「確かに」
ほぼ無意識のままに政治家の言葉に頷くのだった。
「全然反応がありません」
「これも重要な問題なのだがね」
その銀色の髪をたたえている顔を思い切り顰めさせている。国防関係を扱っている政治家としてはこれはかなり深刻な話なのだ。
「反応がないからな」
「ないですか、やっぱり」
「経済や財政も確かに重要だよ」
政治家ならばそれがわかっていない筈がないことである。
「しかし国防も同じだけ重要なのだがね」
「誰も反応しないというのは」
「興味がないからだよ」
答えはこれであった。
「誰もな。わかったな」
「わかりました。というよりは」
「というよりは」
「わかっていました」
それが答えだった。構成の。
「僕も」
「そうか。それでどうするんだね」
「とりあえず話は続けていきます」
自分の信念を捨てるつもりはないということだった。
「一人でも」
「頑張ってくれ」
今までで一番有り難い言葉だった。力になるものではないが。
「それではな。もうそろそろ行かなくては」
「お仕事ですか」
「そうだ。済まないな」
政治家は忙しい。これは既に決まっていたことでもあった。
「ではこれでな」
「はい、これで」
話が終わった。構成は一通り話をして回ってみてもどうにもならないことに絶望しやりきれない気持ちになっていたがその彼の携帯に。思わぬ電話が入って来た。
「えっ、兄さんが」
兄の英雄が帰国したというのだ。彼はそれを聞いて信じられなかった。
「そんな。どうして」
何かあったのかとも思い慌てて家に戻る。そこにいた彼は何と。構成は彼の姿を見て呆然とした。
「何で帰って来たんだよ」
「急に人事で決まったんだよ」
何と口髭を生やしていた。それに驚いたのだがそれだけだった。
「人事で!?」
「ああ。それも急にな」
こう弟に対して語るがその声は明るいものだった。
「決まったんだよ。大阪の地方連絡部に行くことになったんだ」
「地方連絡部っていったら」
「ああ、人材確保のな」
要するに自衛官を募集する仕事である。自衛隊は志願制なのでこの募集は非常に大きな意味を持っている。これをしないと人が集まらないのだ。
「それに行くことになったんだ」
「また急に決まったんだね、本当に」
「俺も驚いてるよ。髭も剃らないとな」
笑っての言葉だった。
「髭を生やしていると募集担当は出来ないからな」
「それはそうとさ」
「んっ、何だ?」
「兄さんはこれから自衛隊はどうあるべきだと思っているの?」
「何度も言うがそれは言えないな」
答えようとはしない英雄だった。
「それは前にも言っているな」
「うん」
「俺達が言ったらまずいんだよ」
「まずいんだね、やっぱり」
「そうだ。また俺達に変えることもできない」
表情が真剣なものになっている。その真剣な顔での言葉だった。
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