失われし記憶、追憶の日々【精霊使いの剣舞編】
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第二十三話「多色の侵入者」
前書き
なんだかんだ時間が掛かってしまいました。
学院の制服に着替えた俺はエストを携え、学院の校門の方へ向かった。
風を切りながら影から影へと縫うように走る。
月明かりを浴びた白銀の刀身が煌いた。
――さてはて、ここに潜り込むとはどんな強者かな?
多くの精霊使いを擁するこの学院に侵入するとなると、相手は手練れだろう。でなければ、ただのバカだ。
気配のする方角へ向けてひたすら疾走していると、見慣れた生徒の姿があった。
軽甲冑に身を包んだ長大な槍を振るっている少女。そして、蒼髪のポニーテールには見覚えがある、風王騎士団の団長であるエリスだ。
彼女の他には同じ騎士団の団員たちが地に伏している。
そして、そんな彼女たちと相対すのはフードつきの外套を被った小柄な人物。
その顔はフードに隠れて見えないが、地に伏した団員たちの中心に立っているのだから、奴がやったのだろう。
「なにが目的かは知らんが、捕まえてからじっくり聞き出してやる! 覚悟しろっ」
長大な槍――風翼の槍を構えたエリスが飛び出す。
「……顕現せよ、牙狼精霊」
フードの人物の眼前に光の紋様が現れ、一匹の狼型の精霊が召還された。
鋭い牙を持つ狼型の精霊は主の外敵であるエリスに向けて低い唸り声を上げている。
前傾姿勢で今にも飛び掛りそうだ。
「高位精霊か……! だが、私の契約精霊の敵では、ないっ!」
駆け出しながら槍を横薙ぎに振るう。
凍てついた風が鋭利な刃となって牙狼精霊に襲い掛かり、その隙に風を身に纏いながら一気に加速した。
足止めを食らっている牙狼精霊の横を難なく通過し、一筋の槍と化したエリスが渾身の突きを放つ。
契約精霊を呼び戻すには時間が足りない。そしてそんな隙を作るエリスでもない。
エリスの槍がフードの人物を貫こうとしたその時。
「……顕現せよ、破雷精霊!」
突き出した手から迸った青白い雷光がエリスを襲った。
まさか攻撃されると思っていなかったのだろう。
驚愕の声を漏らした彼女は直撃を受けて吹き飛ばされた。
すかさず牙狼精霊が襲い掛かる。鋭い牙をエリスの喉笛に突き立て――。
「破ァッ!」
間合いに入った俺は横合いから思いっきりその鼻面を叩いてやった。
体重と神威が乗った掌底は牙狼精霊を吹き飛ばすには十分な威力。
鈍い音を立てながら水平に吹き飛んだ精霊を横目に、地面に座り込んでいる学友に手を差し伸べた。
「立てるか?」
「あ、ああ……大丈夫だ。しかし何故ここに?」
「戦闘の気配を感じたものでな。しかし一体何者だ……?」
エリスを一蹴するほどの手練れ。尚且つ二重契約を交わしているとなると絞り出せる人物は限られてくるが、そのいずれも目の前のフードには合致しない。
――しかし二重契約とは、これまた厄介だな……。
二重契約はその名の通り、二柱の精霊と契約を交わすことを差す。
これの利点は複数の精霊を使役することで戦術の幅を広げることができるところにある。
しかし、欠点として契約精霊同士が干渉し合い、本来の力を発揮できないケースが多い。
最悪の場合、真逆の属性同士だと反発し合った反動が契約主へ返ることもある。
デメリットが非常に大きい二重契約者であり、異なる属性の精霊をこうも御すとは……只者ではない。
「まさかあんたが来るとはな、リシャルト・ファルファー」
フードの精霊使いが口を開いた。眉を潜める。
「俺に君のような怪しい知り合いはいないんだが」
「あんたが俺のことを知らなくても俺はあんたを知っている。あんたの名前は割かし有名なんだぜ? 俺と同じ男の精霊使い」
「俺と同じ、だと?」
俺と同じ……まさか――。
その言葉を聞いて戦慄する。俺以外に男の精霊使いがいるとしたら今は亡き魔王スライマンと、原作主人公のカゼハヤ・カミトの二人だけ。
本来カミトが契約するはずだったエストと契約を果たし、またレイブン教室に編入した俺は今までカミトの役目を担っていたと思っていた。
この世界は原作ではなく並行世界。すなわちカミトが存在しない世界だと、そう思っていたのだ。
しかし、まさか……ここに来てカミトが登場するだと!?
独り戦く俺を余所に目の前のカミト(仮)がフード付きの外套を脱ぐ。
予期せぬ原作主人公との邂逅に、心の準備が出来ていない俺は――。
「……誰だお前はッ!!」
思わず、そんな声を上げていた。
褐色の肌に全身に刻まれた刺青。爛々と輝く紅い瞳。
どこからどう見ても、カゼハヤ・カミトとは懸け離れた容姿をしていた。
「そんな……まさか、リシャルト以外に男の精霊使いが!?」
驚愕の声を漏らすエリス。
ふてぶてしい笑みを浮かべている男から濃厚な殺気が迸った。
「俺はジオ・インザーギ。俺が何者かは……その身で聞きなぁっ!」
蛇のように蛇行しながら迫り来る男。無駄を省いたその動きは足音一つ生み出さず、間合いをとる隙を与えない。
「殺ァァァッ!」
「ちぃっ」
下から掬い上げる剣撃をエストで受け止める。
間髪いれずに放たれた腹部への蹴り。咄嗟に後方へ跳び衝撃を受け流しつつ、左手で足首を掴み思いっきり捻った。
「なにっ!?」
体勢からして靭帯切断は免れない。しかし、驚くことに男は捻られた方向へ自身も跳びつつ、自由になったもう片方の足で回し蹴りを放ってきた。
上体を反らして脚撃をやり過ごしそのまま距離を置く。
「へえ……あれを避けるか。やるじゃねぇか、さすがは謎の精霊使い」
「……貴様、なにを知っている」
厳しい目で男を睥睨する。
【謎の精霊使い】の名は三年前の精霊剣舞祭で準優勝した俺を差す。
精霊魔装を使わず精霊魔術――厳密にはただの魔術だが――と体術だけを用いて対戦相手を地に沈めてきた。
その契約している精霊のことから素性の一切が不明の精霊使い。故に【謎の精霊使い】などと呼ばれている。
まあ、それが俺だというのはグレイワースの婆さんとオルデシア王国第二王女のフィアだけだが。
しかし、知るよしも無い情報を知っているこいつは一体……。
俺の問いかけに男は唇の端を吊り上げることで応えた。
鋭い踏み込み。
たったの四歩で間合いを殺してきた男。俺は男の動きに合わせるようにエストを振るい――。
「顕現せよ、剣精霊!」
「ぬっ!?」
闇に瞬く火花。
男の手に出現した大振りの剣が、横薙ぎに振るったエストを弾き返した。
返す刀で袈裟懸けに振り下ろされる。
その殺った、とでも言いたげな得意げな顔が無性に腹立たしい。
「舐めるな……っ」
俺の獲物はエストだけではない。この体そのものが凶器なのだ。
突き上げた右膝が柄頭を叩いた。相手が中途半端な姿勢で振り上げたからこそできた芸当だ。
そのまま膝を内側にねじりこみ、変則の突き蹴りへ。
直線を進む足刀は男の額へ直撃した。
「ぐぁっ」
体重が乗らなかったためか威力は小さい。衝撃が分散し、男を吹き飛ばす結果で終わった。
額から小さく血を流した男はギラギラした目を向ける。
「くっくっくっ、やっぱ一筋縄じゃいかねぇか。いいねぇ、ゾクゾクするぜ……! さあ、もっと殺し合おうぜ、リシャルト・ファルファー!」
右手に剣精霊を携えながら踏み込んでくる。
激しい剣撃を繰り出しながら、もう片方の手を俺に向けた。
「顕現せよ、風精霊!」
圧縮された風の塊が放たれる。
――凍結解放、<対魔障壁>展開!
脳内からリストアップした該当術式を発動させる。対魔術障壁は風の塊を難なく防いだ。
瞬動で距離を大きくとる。
「四体目の精霊だと……?」
世界を旅していた俺でも三重契約の精霊使いと手合わせしたことはある。が、四重契約者など見たことも聞いたことも無い。
驚きを禁じえない俺に男は唇の端を歪めて嗤った。
「そう驚くことでもないだろう? 魔王スライマンはかつて七十二柱の精霊を使役したっていうぜ?」
「詭弁だな」
「そうかい? まああんたがそう思うならそれでいいさ。俺が魔王の後継者ってのは変わらない事実なんだからなぁ!」
男の踏み込みに合わせて一呼吸早く動く。
初動に合わせた間合いの蹂躙。夕凪流活殺術枝技――、
「不退侵歩」
「……っ! チッ!」
出足を潰された男は外側に大きく踏み込んだ。否応無く隙が出来る。
「ふっ!」
無防備な横腹に左ストレートを放つ。
「風精霊!」
男の横腹の前に風の渦が出現する。
ぴたっと拳を止め、多連瞬動で背後に移動する。
「鉄山靠っ」
音も無く一瞬で立ち位置を変えた俺は状況把握が出来ていない男の背中に肩口から激突した。
内気功で内臓も鍛えているため、反動によるダメージは皆無。
ドゴン、ともズガンともつかない音を響かせて男は吹き飛んだ。
「ぐわぁぁぁ……っ!」
すぐさま受身を取って起き上がるが、受けたダメージが大きいのだろう。
荒い呼吸を繰り返しながら男は膝をついた。
「こ、ここまでとは、流石の俺も思っていなかったぜ……」
「ならばどうする? 大人しく降参するか?」
「ハッ! 馬鹿言え」
ペッ、と血を吐き捨てる男。
その目には未だ力が残っていた。
「よーく分かったぜ。あわよくばあんたの首を手土産にと思ったが、今の俺じゃあ到底無理だ。だがまあ、こいつは手に入ったんだしここは大人しく退くとするよ」
そう言って懐から取り出したのは小さな黒い石版だった。
「……あれが奴の狙いだ。学園の図書館から奪われた、封印指定の機密資料。特殊な精霊機関で解読でき、高密度の情報が書き込まれてると聞いている」
エリスが魔槍を構えながら呟いた。
「そ。いわゆる機密文書ってやつさ。俺の目的はこいつなんでな、無理してあんたと戦う必要は無いってわけだ」
「大人しく逃がすとでも思うか!」
凛とした声で一喝するエリスだが、男はニヤッと嗤って応える。
「アンタじゃ俺の相手になんねぇ。そして、リシャルト・ファルファーにはある弱点がある」
「弱点だと?」
聞き捨てならない一言に眉が寄る。
とても興味深い話だ。
「そうさ。あんたはその実力の割りに心が甘い。甘ちゃんだ。あんた程の実力ならいつだって俺を仕留めることができた」
男が右手をあらぬ方向に向ける。
どこを向けている?
男の手の先に視線を飛ばし――。
「……なっ」
思わず目を見開いた。
そこにいたのは一人の女生徒。騒ぎを聞きつけてやってきたのか、ラフな外着姿で佇んでいた。
両手を胸の前で合わせて、怯えた顔で小さく震えていた。
恐怖で身がすくんでいるのか、一向にその場を動こうとしない。
「だからこうなるのさ! 顕現せよ、魔光精霊!」
男の手に禍々しい光の槍が生まれ、投擲された。
女生徒は――だめだ、動けそうにない!
捕食者に睨まれた獲物のように恐怖で塗り固められた表情のまま凍りついていた。
瞬動で距離をつめつつ、術式を構築する。
――断壁よ魔を阻み……だめだ、時間が足りない! ……術式破棄! 耐性強化術式展開……!
身体の耐久性を向上させる術式を展開して、今にも串刺しにしようとしていた槍と女生徒の間に割り込む。
急増の術式では構築が甘かったのか、光の槍は俺の腹に突き刺さり、そのまま貫通した。
「あ……」
「リシャルトッ!」
「リシャルトくん……!」
呆然とした女生徒の声が背後から。
鋭いエリスの声が左手側から。
そして、俺の家に居るはずのフィアの声が右手側から聞こえた。
後書き
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