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河童

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第一章


第一章

                         河童
「あの池には河童がいるんだよ」
「だから近寄っちゃいけないよ」
 田舎のある池はよくこう言われていた。
「近寄ったらそれで」
「尻小玉を抜かれてしまうからね」
「絶対に近寄るんじゃないよ」
 村の老人達はよく彼女に言った。とにかく河童は怖いものだというのだ。
「何かあってからじゃ遅いから」
「死んだらそれで終わりなんだよ」
 邑子はよくその話を聞いた。父方の祖父母がいるその田舎に遊びに来た時にはいつもであった。
「胡瓜をお弁当に持って行ってもね」
「河童はやって来るよ」
 それは都会で生まれ育った彼女には新鮮な話だった。少なくとも実際に河童がいる池があるというのは彼女のいる街ではないことであった。
「河童がいるって」
「ああ、いるよ」
 父は真面目な顔で幼い彼女に話すのだった。
「それは間違いないよ」
「お父さんは河童を見たことがあるの?」
 いると言われればこう尋ねるのが自然であった。彼女も実際にそうした。
「それじゃあ」
「いや、ないよ」
 ところが父はこう言うのだ。
「一回もな」
「ないの」
「そうなんだ」
「ああ、けれどそれでもな」
 しかしここで。父はまた邑子に話した。
「いることは間違いない」
「そうなの」
「実はお父さんもな。子供の頃な」
 その時のことを話す。彼の子供の頃をだ。
「河童を探したことがあったんだ」
「その河童をなの」
「胡瓜を河童がいる池の側に置いたんだ」
「それでどうなったの?」
「ずっと見張っていたけれどここでな」
 苦笑いになった。そうしてそのうえで話すのだった。
「うんこがしたくなってそれで用足しに言っている間に」
「それで?」
「急いで戻って来たら胡瓜はなくなっていた」
「ってことは」
「そうだよ。河童はいるんだ」
 それは間違いないというのだ。
「池のほとりに置いていた胡瓜が一本もなくなったから。それに」
「それに」
「お池には何かが入った波紋があったんだよ」
「あのお池には河童がいる」
 父は娘にはっきりと告げた。
「間違いなくな」
「そうなの」
「ああ、邑子」
 父はここまで話してだ。言葉を強くさせた。そのうえでまた言うのだった。
「それでな」
「それで?」
「御前河童を見たいとかいうのか?」
 表情を咎めるものにして。それで再度言ってきたのだ。
「まさかとは思うが」
「それは」
「悪いことは言わないから止めておけ」
 それは注意するのだった。
「河童は尻小玉は取らないけれどな」
「それはないの」
「それはない。ただしな」
「ただし?」
「あれはかなりの悪戯好きだからな」
 河童のその習性を話すのだった。河童が悪戯好きな妖怪だということは民話によくある通りである。それはもうかなり知られていることなのだ。
「池の中に引き込んだりな」
「そんなことがあるの」
「あるんだよ、これが」
 父ははっきりと告げた。
「御前泳げないだろ」
「うん」
 邑子の答える声のトーンが低くなった。実は彼女はカナヅチであるのだ。
 
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