| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

IS〜僕はあなたと天を翔ける〜

作者:風流人
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第1話 色づいた者



篠ノ之束には興味があるものが二つある。

一つは宇宙。

いつか自分の力で宇宙にいくのが夢だ。

だからそのためのものを創っている。

もう一つは8つ離れた今年で3歳になる弟のこと。

弟は一言で言うなら不気味だ。

この束さんに言わせるのだから相当だろう。

弟は喋らないのだ。

生まれてからずっと。

弟が声を出したのは10回もないだろう。

最後に声を聞いたのがいつだったのかもわからない。

起きる時間、寝る時間もいつも同じ時刻。

9時ちょっきりに布団に入り目を閉じる。

6時30分ちょっきりに目を開けて布団から出てくる。

流石にこれには束さんも引いた。

お父さんとお母さんも弟のことを不気味がっていて、その分束さんにとっての妹、弟にとっての姉である箒ちゃんを可愛がっていた。

だから、弟はひとり部屋に閉じこもって本を読んだり、昼寝をして過ごしたりしていた。

でも。

でもそんな弟に束さんは自分に近いものを感じた。

この束さんにだ。

だからいつも一緒にいた。

流石に小学校に連れていくことはできなかったけど、それ以外ではずっと一緒。

一緒の布団で寝て、一緒の布団で起きる。

一緒の時間に朝ごはんを食べて、一緒の時間に夜ご飯を食べる。

土日は朝から晩までずっと二人でごろごろ過ごす。

それが束さんと弟──結弦の日常だった。

でも、結弦の3歳の誕生日を機に結弦変わった。

そして、束さんは歓喜した。

ちーちゃん以外にもいたんだ!

束さんと同じ世界が見れる人が!

これでひとりぼっちじゃない。

束さんを見るすべての人から向けられる化け物を見るような目を向けない、同じ境遇に立つであろう存在。

その日、篠ノ之束はひとりの最愛を見つけた。

自分と同じ

天災と同じ

鬼才を。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


灰色だ。

また、灰色。

結局女神が言った色ずいた世界じゃなかったか……。

落胆はない。

わかっていたことだから。

心の何処かで思っていたことだから。

僕の世界は存在しないと。

また、はじまるのか。

つまらない日常。

いつもと変わらない日常。

若返ってしまった分、よけいに続く日常。

うんざりする。

顔には出さないが、心底うんざりする。

目だけを動かし、時計を見る。

針は6時30分を示していた。

とりあえず、起きるとしよう。

結弦は掛け布団をどかし、ベッドから降りる。そこでふと何かが目に映った。

白と黒じゃ無い色が。

いままで見たことがない色が。

それに思わず、目をいつもよりほんの少しだけ大きく開く。

ベッドの中にあったそれ(・・)を見るべく掛け布団をそこからどかす。

そこには美しい少女が眠っていた。

いままで見てきたすべてと比べルコとすらおこがましいくらいに。

美しい

そう思った。

でも、それは色があったから。

結弦が見たことのない色をしていたから。

そんなことに気づかない結弦はベッドに登り、少女の隣に座る。

その少女の見たことの無い色をした長い髪をそっと触る。

気持ちがいい。

とてもさらさらしていて、触り心地が良かった。

「う、うーん……ゆーくんおはよぅ」

髪を撫でていたら少女が目を覚ました。

結弦は自分にゆーくんと呼ばれ首を傾げる。

「ゆーくんとは、僕のことか?」

結弦の声に眠たそうに目をこすっていた少女は固まる。

「おい、大丈夫か?」

結弦はいきなり固まった少女が少し心配になり声をかける。

だが、少女にとってはそれどころではなかった。

「ゆ、ゆーくんがしゃべったー!!」

いったいいつぶりだろうか。

結弦が声を出したのは。

少女の中で思い出そうとしてもなかなか出てこない。

多分、もう半年以上は聞いていない。

そんな結弦がしゃべったのだ。

驚かずにいられようか。

いや、不可能だ。

それから少女はなんとか落ち着き、結弦を見る。

前と変わらない。

常闇のような美しいストレートな長い黒髪。

子どもそれも3歳児とは思えない鋭いまなざしをした少女の髪と同じ紫色の瞳。

雪のように白い肌。

外見にはなんら変化はない。

それなのに突然しゃべり出した。

だとすれば、脳に何かあったのだろうか。

しかし、そんなことは少女にはわからない。

「大丈夫そうだな。それで、ゆーくんとは僕のことか?」

「そうだよ。結弦だからゆーくん!それよりどうしたの突然しゃべり出して?いつもは全く喋らないどころか声すら出さないのに」

「さてね。僕のことだ。きっと意味があるんだろう」

「声を出さないことに?」

「そうだ」

少女はふーんと疑わしげに結弦を見る。

結弦も初めて白と黒ではない、灰色ではない色を持った少女を見つめる。

そこでふと、これまでの3年間が気になった。

おそらくまだ完全記憶能力は失われてないだろうから、記憶を探せばわかるはずだ。

結弦は目を閉じ、記憶の海に潜っていく。

だが、そんなことを知らない少女は突然しゃべり出したと思ったたら今度は目を閉じ、瞑想する結弦が心配になる。

本当に脳の中で何か起こってるんじゃ……。

「ゆーくん、大丈夫?」

「少し静かにして欲しい。いままでの記憶の閲覧をしている」

閲覧の言葉を聞いて少女は目を見開く。

閲覧なんて思い出すことに使う言葉じゃない。

でも、少しだけ結弦らしいと思う。

少女を含め結弦の家族は皆結弦のことを人形のようだと思っていた。

毎日毎日1分のズレなく本を読み、昼寝をして、ご飯を食べる。

決められたことをする人形、いやロボットのようだと。

いまも目をつぶってまったく身動きしない。

ほんと、人間らしくないなぁ

それから結弦15分ほどして目を開いた。

「閲覧終了。僕の名前は篠ノ之結弦。あなたの名前は篠ノ之束。僕の二人の姉の長女。もう一人は篠ノ之箒。僕の姉の次女。父親の名前は篠ノ之柳韻(りゅういん)。母親の名前は篠ノ之(みさき)。……あっているか?」

「あ、あってるけど、どうしたの今更?」

「いや、よくやく目覚めたのでな。記憶に間違いがないか確認しようと思ったのだ」

「目覚める?それってどういう意味?朝起きるって意味じゃないんだよね?」

「ん?そうか、知らないのも仕方ないか。ふむ、なんと言ったら良いか……この身体には自我が形成されていなかったのだ。それが今日、ようやく形成された。だから僕が目覚めたということだ」

自我が形成されてなかった。

それに少女──篠ノ之束は驚愕する。

自我とは月日が経つごとに形成され、1歳になる頃には形成するものだ。

生まれて3年もすれば性格など他人とは違うさまざまな変化がみられる。

しかし、自我が無いということは自分からは何もせず、ただ言われたことをこなすだけのロボットと同じ。

だが、結弦は自ら動いていた。

本を読み、昼寝をする。

自我がなければできないことだ。

何も命令されていないならその場から動かないはずだから。

そこで、ふと疑問が浮かぶ。

「ねぇゆーくん。なんで文字が読めるの?」

当然の疑問だった。

結弦はいつも束と行動していた。

たが、束は結弦に文字を教えたことがないのだ。

結弦のことを気味悪がっている父さんと母さんも教えるはずが無い。

結弦の1歳上の姉である箒なら教えるかもしれないが、そもそも箒自信が文字を覚えているかといえば、まだ覚えていないだろう。

よって、結弦が本当に読めているとするならばそれは独学ということになる。

だが、果たしてひとつも文字を知らない者が文字を覚えることは可能なのだろうか。

日本語でなくとも英語でも覚えているのならば可能性はあるだろう。

しかし、結弦は何ひとつ文字を知らないのだ。

よって不可能に限りなく近いはずだ。

しかし結弦は束が見ていて理解しているように思える。

それによって束はより結弦は私と同類なのでは無いか、という思いが大きくなっていく。

「それは……うん。なぜか読めたのだ」

束の質問に答えようと口を開くが、いざ言うとなると言葉につまる。

どう説明しようかと。

結弦は束はが考えているような天才では無い。

いや、確かに天才──鬼才ではあるのだが、それはこれには関係が無い。

ただ単に記憶がなくとも魂が覚えていた。

それだけなのだから。

結弦は確かに記憶を封じられていた。

しかし、魂は浄化されずそのままこの世界に転生したのだ。

魂が浄化されなければ魂に蓄積した前世の『篠ノ之結弦』の経験が刻まれたままとなる。

人間、意識しなくとも文字を読むことができるのは魂に刻まれているから。

結弦は意識すれば記憶には残っていないため読むことができなかったであろうが、無意識の行動によってこれまで過ごして来たのだ。

それも自我が確立していないため意識することなく読めてしまう。

まぁ、自我がなければ意識のしようがないのだか。

束に説明するとなると転生のことも話さなければならなくなる。

それは果たしていって良いのだろうか。

結弦は少し考える。

女神からは話して良いともいけないとも言われていない。

ならばいってしまおうか?

そんな考えが浮かぶが口にしたのは、

なんの説明にもなっていない「なぜか読めたのだ」

という言葉だけ。

束の顔を見ると、やはり怪しんでいる。

言い直そうか。

そう思っていると、

「そっか!なぜか読めたんだ!ゆーくんもやっぱり束さんと同じで天才なんだね!」

嬉しそうな声をあげて笑顔になる。

それに結弦は首を傾げる。

なぜ喜ぶ、と。

いまのどこに喜ぶ要素があった。

結弦は束を観察する。

優しそうなおっとりとした顔を笑顔にさせて喜ぶ束。

前の世界と変わらない灰色の世界で灰色では無い初めて見た色のついた人間。

そこにふと、結弦の頭のなかに記憶が再生される。

それはこの世界に転生する前のとき。

女神が言っていた言葉。

──あなたと同じように世界をたったひとりで生きている人が。

──あなたと同じように世界に色を求めている人が。

そうか。

彼女が。

結弦は悟った。

きっと彼女は結弦と同じなのだと。

だから、あれほど喜んでいるのだと。

世界にたったひとり、自分を理解できる人間を見つけたから。

気づけば結弦はほんのわずかながら笑みを浮かべていた。

生まれて始めての笑み。

結弦は自分の口元に手を当て、確認する。

これが笑みか。

だとするならば、

これが、嬉しいという感情なのか──

結弦はひとつ理解する。

嬉しいという感情を。

同類が。

いる嬉しさを。

──これが、あなたが教えたがっていたことか、女神よ

だとするならば、感謝しよう。

この感情を教えてくれて。

この世界に転生させてくれて。

そして、篠ノ之束に出逢わせてくれて。

──はじめまして篠ノ之束。

僕はあなたの同類だ。

だから、もうひとりにはしない。

だからあなたも僕をひとりにしないでくれ──












 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧