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絶望と人を喰らう者

作者:ルイス
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第三話 一

 激しい戦いが終わり、重傷者も出ているのでひとまず天羅達は近くにあるまだ完全には崩れていないボロボロになっている家屋に入り、そこで休息を取る事にした。
 天羅は動けない結月を抱いており、彼はベッドまで彼女を運ぶと優しく結月をベッドに寝かせる。
 結月は天羅に少し頬を染めながら彼に感謝した。

「あ、ありがとう」

 結月は彼に変異された箇所を撃たれた直後、激痛で一度気絶した。
 だが、天羅の仮説は当たっており、対デセスポワール弾の効果によって彼女は変異した箇所が人間の身体に戻っていき、やがて元通りになった。
 これにより、結月を殺さなくて済み、彼女を休ませる為にも安静に出来る場所を探してこの家屋を見つけた。
 そして今に至る。
 
「ゆづきがもとにもどってよかったぁ……」

 アリスは結月が人間の姿に戻り、胸を手で押さえて心の底から安堵する。
 結月はそんな彼女の少しオーバーな反応に口元に手を当てて、笑った。

「大げさだよアリスちゃん、言ったでしょ? 私は死なないって」

「一度諦めかけていたけどな」

「そ、それは言わないで!」

 アリスに格好付けようと強気な発言をしたものの、あっさりと天羅がしみじみとした口調で自分が弱音を吐いて諦めた事を口にしたので、結月は手をバタバタして顔を赤くし恥ずかしがる。
 アリスは結月のそんな反応に、今度は逆に笑った。
 天羅や生き残った兵士達も緊張状態が一切ない和やかな雰囲気に少しだけ微笑んだ。
 現在、天羅と結月、アリス、ナナシの他に女性兵士一人と傭兵三人ぐらいしか生き残っておらず、ほとんどの仲間はデセスポワール達によって戦死してしまっている。
 今まで仲間を沢山失った悲しみと全員生きて帰れるか分からない不安が募っていたが、この時だけ皆はその事がほんの少しだけ和らぎ、和やかな気持ちでいれた。
 
 傭兵の一人、新田は隣に居る女性兵士の藍川の肩を叩くと、こっそりと耳打ちをした。
 藍川は彼の行動に首を傾げるも耳を貸して話を聞いた。

「さっきから思うんだが、うちのボスがあんたんとこのリーダーに何やら惚れてるっぽくねぇか?」

「えぇ、確かにそう思いますね…… しかし、彼のどこに惚れてしまったのでしょうか?…… 不思議です」

「姉ちゃんは惚れてないのかい?」

「憧れてはいますが、惚れるとなると…… それに、恋愛事にうつつを抜かしている場合では無かったですしね……」

「今日も沢山仲間が死んだこんなクソッタレな時代だもんな、だからこそ、こういう恋愛イベントは稀で希少価値じゃね? 俺はうちのボスがあんたのリーダーを落とすに掛けるね」

「じゃあ、私は必然的に落ちないに掛けるしかないじゃないですか! あ、でも。彼は鈍感そうですし私の方が有利かな?」

 二人がコソコソと不謹慎な話をしていると、他の傭兵二人が彼らが何を話しているのか気になり、話に加わってきた。

「なになに、何の話?」

「俺達も混ぜてくれよ」

 興味津々に最初に会話に入ってきたのは結月よりほんの少し年上な小豆、次に声をかけたのは屈強な筋肉をしている村野という傭兵だ。
 新田はそんな二人にも先程話していた内容を彼らにも話した。
 
「へぇ、何それ面白そう」

「こうなったら二人をくっ付けるしか無いな」

「くっつけられたら私は掛けが負けてしまうじゃないですか、全力で阻止します!」

「ちっ下手に掛けなんてするんじゃなかった、じゃあ、今の掛け無しでお願いします、兵士殿」

「この任務が終わって何かを奢ってくれるのならいいですよ」

「よっしゃ! 取引成立だな。酒と飯が上手い店があるんだ、この任務が終わったら奢るよ」

 彼ら四人が集まって、そんな掛け合いをしていた数分後。
  
 家屋の入口にある扉が開き、彼らは会話を中断させて、すぐさま皆一様に持っていた銃を扉の開いた方向へ向けて構える。
 彼らの構える先には、虚ろな表情をしている少年が立っており、村野は冷や汗を流しながら震えるように質問した。
 
「お、お前…… 誰だ?」

「ナナシだ」

「あ、あの…… デセスポワールか…… 」

 全員ナナシという名前を覚えていたらしく、警戒心を解いてはいないながらも一応全員銃を下げた。
 ナナシが彼らの隣へ通る時、彼らは身体が恐怖で震え、藍川と小豆に至っては若干涙目になっていた。
 先程までの和やかな雰囲気から一転して、緊張して誰も喋れないような雰囲気になっている。
 彼はそんな四人に少し視線を向けるもすぐに無視して、アリス達が居る部屋へと入っていった。

「あ、ナナシおかえりなさい!」

「ただいま」

 アリスはナナシが帰ってくると、振り向いて笑顔で出迎え、彼に飛びついた。その時に、スカートの裾がふわりと少しだけ舞う。
 
「ナナシ、さっきまでどこにいってたの?」

「死んだデセスポワールを喰らおうとあそこに戻っていた。しかし、死体が消えていた」

「消えた?」

 ナナシとアリスの話を聞いていた天羅は疑問に思い、首を傾げて彼に聞き返した。 

「あぁ、だけど理由は分からない」

「一体どういう事だ? ……まあ、最近分からない事だらけでこの疑問も今更だがな」

「誰かがデセスポワールの死体を利用してるのかな?」

 結月は少し考えてそう呟くと天羅は顎に手を当て唸りながら考える。
 そして、すると数秒もしないうちに一つの可能性が閃いた。
 
「俺達の任務はデセスポワール…… つまり、ナナシの捕獲だ。もしかしたら、それと同じようにデセスポワールの死体に興味がある連中が持ち去ったという事か?」

「興味があるのって、確か司令官さんだよね?」

「あぁ、しかし…… 俺達にデセスポワール関連の任務を与えてくださっているのに、他に死体回収の任務を他に命令するか? 普通は同時に任務として命令する筈なのだが…… まあ、まだ司令官がやったと決まったわけでは無いがな」

 彼は自分を納得させるようにそう語ると、唯一生き残った部下、藍川と他三人の傭兵にこれからティアティラに帰還する為の命令を伝える為席を離れる。
 そして、ゆっくりと部屋から出た。
 三人だけになると、結月は少しうずうずしながら暇を潰すがてらにナナシへ話しかけた。

「ねぇナナシ」

「なんだ?」

「君ってさ、私と同じ適合者なの? それにしてはなんていうかその…… よりあいつらに近いっというか、そのまんまよね。あ、でも。あいつらと違って君は人間を襲っていないし言葉も喋るし何よりアリスちゃんを守ったりするから違うよ!」

 結月は言葉を選びながら、一瞬だけ自分の思った事を口にし、いけないと思って慌てて手を振って訂正する。
 ナナシは自分の手を見ると、握って開いたりしてみて、それから彼女の質問に答えた。
 彼自身何か分かっているわけでは無いが、思い出した限りの記憶では人間であった事、それと、アリスに自分が関わっていた事だ。

「わたしがナナシ……と?」

「あくまで記憶の自分がアリスの事を口にしていたから確証は無いが」

「どういう事なのかしら? それに白衣を着た男っという事は何かの科学者か医者…… よね、でもあの研究所に貴方が居たという事はもしかしたら貴方はそこで何かの実験をされていた…… という事よね。ところでこんな重要な事はナナシに話した方が良かったんじゃ?」

「聞かれなかったし、する気も無かった」

「へ、へぇ…… まあいいわ、後で私が彼に言うから」

 淡々としたナナシの答えに、結月はたじろぎながらもめげずに一度咳払いしてから話を続ける。
 まだ傷が治っているわけでは無いから、全身の痛みに少し呻く。だが、色々気になる事があるし、何よりお喋りしたり行動するのが大好きな性格だったから、彼女はじっとしているのが暇だった。

「アリスちゃんの事を知っているのならもしかして、ナナシは彼女の親戚とかじゃない?」

 結月の問いに、ナナシでは無くアリスが答える。
 
「えっと…… わたしにはパパしかいないよー? えっと、たしか…… わたしにおにいちゃんがいたらしいけど、わたしがうまれてたときにはしんじゃったってパパからきいた」

「うあ…… そ、そうなの…… その、ごめんね」

「べつにだいじょうぶだよ! わたしがちっちゃいころにいなくなったんだもん。おにいちゃんってだれだかわたしもわからないし…… ね、ナナシ!」

 アリスは笑顔で答えると、同意を求めるようにナナシへ話を促した。
 彼女に話を振られた彼はこくりと頷き、それから口を開く。

「そうだな、アリスが分からないのならそうなのだろう」

「なんっていうか、ナナシって本当アリスが好きなのね」

「好きという感情は全く無い…… だが、何故かアリスを守らないといけない、そんな気がする」
 
 ナナシは小さなアリスの頭にそっと優しく手を置いてそう答える。
 アリスは満更でもなく、少し頬を染めて無表情なナナシの顔を見ながら「えへへ」っと笑った。
 結月はそんな二人のほのぼのとした感じの雰囲気に微笑むと、それから天羅が来るまでの間、他愛もない話をしていた。 
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