打球は快音響かせて
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高校2年
第五十四話
第五十四話
見上げるような長身は、均整のとれた体格、というのとはまた違う。長ーい手足。浅黒い肌。
口羽高校のエース、伊東正志はまだ線の細い大きな体でマウンドにそびえ立つ。
「一体何センチとか?」
「198らしいっすよ」
ベンチ前で素振りする小柄な一、二番コンビが、その威容に目を丸くしていた。
ーーーーーーーーーーーー
バシッ!
「ストライク!」
小さなステップ幅。マウンドの高さをそのまま生かすような高いリリースポイント。「下半身を使え」と口うるさい指導者は言うだろうが、このフォームはこのフォームでバランスが取れている。
(たっか!こんな角度今まで見た事ないわ!)
打席の渡辺が面食らう。さすがに高校生で、これほどの大型投手はそうそうお目にかかれるものではない。
ブンッ!
「ストライクアウト!」
球速自体は130キロ後半。まだまだエンジン全開といった風では無いが、角度のついたボールは単純な球速よりも“速く見える”。ボールを正面から見ているのではなく、脇から見ている感覚に陥る。
「球が二階から落ちてきよるぞ。外がくっそ遠く見える。」
「マジっすか。ま、確かに見た感じヤバそうっすね。」
三振に倒れた渡辺に続いて打席に入る枡田。
冬を越えても相変わらず、大声を上げて相手を威嚇する。
(上から投げてきちゃあるって事は、逆にゴロは叩きやすいやろ。鋭く転がして間抜いたるで。)
バットを短く持った枡田。
果敢に振っていくが、二階から投げ降ろされる伊東の球が、手元でグン、と沈む。
ブンッ!
「ストライク!」
(角度あるだけやなくて、くっそ落ちるやんけ!)
伊東自慢の縦スライダー。この落ちる球があるおかげで、角度を生かした高低差の揺さぶりが生きる。
ブンッ!
「ストライクアウト!」
枡田は高めのストレートを振らされて三振。
ボールの高さの感覚が麻痺してしまった。
「ボール球振んなや〜」
「いや、あれは振ってまうって」
すれ違いざま、ニヤニヤしながら嫌味を言う鷹合に枡田は顔をしかめた。
(渡辺と枡田が三振してくるなんてそうそうないで。やっぱしええピッチャーなんやろか。)
のっしのっしと打席に向かいながら、鷹合の目が光る。好投手との対戦に昂る気持ち。もう完全に“野手”の鷹合がそこに居る。
<3番センター鷹合君>
三龍打線の中で一際大柄な鷹合の登場に、口羽ナインも表情を引き締める。二死という事もあり、外野手が大きく後ろに下がる。
(……こいつ、やっぱりウバメタイガースの鷹合だよなァ。中学じゃピッチャーじゃなかったか?それが今は、聞いた事もない学校で野手なんてしてるのか)
怪訝そうなのはマウンド上の伊東。伊東は関東州には珍しい、ボーイズリーグ出身の選手だ。勿論、鷹合の事も知っている。
(伸び悩むとか、ありがちな事だけどな。可哀想に。)
内心同情しながら、伊東は初球のストレートを投げ込んだ。
様子見の際どい球。ただ、あまり気持ちの入っていない棒球だった。
(いただきィーー!!)
鷹合はそのボールに初球からガッついていく。
その一球に伊東がどんな気持ちを込めていたかなんて、そんな事に遠慮など一切しない。
打てそうな球を打つ。それが今は鷹合にとって一番楽しい事だった。
カァーーーン!
背中を叩くような鷹合のフルスイング。
バットの真芯に弾き返された打球は一直線にセンターの頭上を襲う。
(おぉゥ!?)
あらかじめ深く守っていたはずのセンター東の、必死の背走が全く追いつかない。ジャンプした東のグラブの上を越えた弾丸ライナーは、センターフェンスに大きな音を立てて弾んだ。
「よっしゃー!」
鷹合は俊足を飛ばし、クッションボールの処理にもたついている間に悠々三塁へ。口羽高校のエース伊東から、物凄い打球の三塁打を放ってみせた。
「うぉー!ナイバッチー!」
「覚醒しとるなお前ー!」
「アホには野手が似合うとるわー!」
三龍のベンチも意気上がる。
チーム随一の“アホの子”の一打は、一二番の連続三振で沈んだ雰囲気を一瞬で変えた。
(……何が伸び悩みだ。あんな打球、今まで見た事もないよ。)
打たれた伊東は少し顔を引きつらせた。
あんな凄まじい打球を放つバッターに、多少の同情心を一瞬でも抱いた自分がとことんアホらしい。ベンチを見ると、笠部監督が怒っていた。不用意だと言いたいのだろう。全くその通りである。
(調子に乗らせるのはいけないな。4番か。ここはキッチリ、三振にとる。)
湧き上がる三龍ベンチをチラリと見ながら、伊東はセットポジションに入る。打席にはぽっちゃり体型、三龍の4番飾磨。
(喰らえ!)
伊東は今度こそ、相手をねじ伏せるように力をこめて投げ込んだ。
カァーーーン!
「あっ……」
その初球を、飾磨がジャストミート。伊東が思わず声を漏らしている間に、打球は右中間を割っていった。
「ナイバッチー!」
「デブの打球はよく飛ぶわー!」
「ええぞ、デブー!」
三塁ランナー鷹合が悠々帰ってくる。
口羽相手の先制点に、三龍ベンチはお祭り騒ぎ。3番4番の長打攻勢でまず一点をもぎとった。
飾磨はやっと辿り着いた二塁ベース上で、渾身のドヤ顔を見せた。
(伊東の悪い癖。ピンチになるとすぐ相手をねじ伏せようとして、高めに浮いた真っ直ぐを打ち返される。)
一塁のポジションで口羽高校の4番・阪濱が、不甲斐ない自軍エースに呆れ顔を作っていた。
(しかし、伊東の球に全く力負けしていないのは立派だな。このチームは強いぞ。)
阪濱は三龍ベンチを見る。
声を張り上げる選手たちに隠れるように、浅海が目を細めながら隅に立っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「お前らな、頭が悪いのか?」
「「いいえっ!」」
「どれだけ同じパターンで点を取られてるんだ?」
「「申し訳ありません!」」
「イケイケの相手に、こちらもイケイケで攻めていってどうするんだ?それで抑えても、それは相手が下手だっただけの事だ。お前らがしているのは相手の土俵で相撲をとる事だ。いい加減学習しろ。」
「「はいっ!」」
守備を終えて帰ってきた口羽バッテリーに、笠部監督の熱い指導が入る。バッテリーが、まるで合いの手のように揃った声を出しているのが傍目から見れば面白い。
「あーあ、おじいちゃん、今日はソッコー怒っちゃったじゃん」
5番の笠部が呆れた顔をしてベンチからネクストに出てくる。この笠部は、笠部監督の孫。監督をおじいちゃん呼ばわりしているのも、こいつだけである。
「取られた点は、すぐ返さないとな」
2回の先頭、4番の阪濱が顔を引き締めながら打席へと向かった。
<2回の表、口羽高校の攻撃は、4番ファースト阪濱君>
阪濱はどっしりと右打席にそびえ立った。鷹合にも匹敵するガタイ。4番の威圧感に溢れている。
(打ちそうだよなぁ。梶井よりも迫力があるわ。)
宮園は初球からスライダーを要求した。
様子見のストレートは打たれる気しかしない。
最初から一番の球で勝負。
キン!
(え?)
(はっ?)
打球はライト前に。見切ったように最初からライトを狙ったスイングで、美濃部のスライダーを鮮やかに流し打った。初見で美濃部のスライダーをこうも簡単に打ったバッターは阪濱以外には居ない。
(4番は、相手の決め球を正面から砕くもの)
阪濱は一塁ベース上で実に涼しい表情。
高校生だというのに、風格すら漂っている。
(阪濱はあんなガタイしときながら、実に優秀なアベレージヒッターだからな。高校通算打率.483は伊達じゃねぇぜ。)
阪濱に続いて打席に入るのは5番の笠部。
こちらも只者ではない雰囲気が漂う。
(で、阪濱がのんびりアヘ単やってられるのは、後ろのオレも同じくらい打つからだ!)
カーン!
鋭く振り抜いた打球は、右中間を真っ二つ。
一塁ランナーの阪濱は大きな体で、意外と機敏にダイヤモンドを回る。ライトの剣持からセカンド渡辺、そしてバックホーム。三龍の野手陣が懸命にボールを繋ぐが、一瞬速く阪濱が滑り込む。
(これが口羽打線の力だ!)
2塁ベース上で笠部はこれまた涼しい顔。
4番5番の連打。あっさり同点に追いついてみせた。
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