異邦人
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第一章
第一章
異邦人
インドにおいてガンジス河は聖なる河であるとされている。ヒンズー教徒達は一生に一度この河に参り身体を清めることを至上の喜びとしている。しかしこれはあくまで人のみのことであるらしい。
この河には鰐達もいる。当然ながら彼等にもその生活がある。河の中で魚を捕り獲物を待ち構えてそのうえで生きている。そうして晴れた日には丘にあがって日向ぼっこを楽しんだりしている。それが鰐の生活だ。
そうやってこの日も彼等なりに穏やかな生活を送っていた。しかし不意にここで。全く見たこともない不思議な魚がそこに来たのである。
「あれっ、こいつは何だ?」
「見たことがないな」
鰐達はその魚を見て言うのだった。魚はやけに大きく背は青く腹は白い。そうして尖った顔に小さな目、そうして下に大きな目を持っているのだった。
尾は大きく背鰭が特に大きい。泳いでいるとそれが河から出てやけに目立つ。鰐達はその魚を見ていぶかしみながら話をしていた。
「食べるにしても大きいしな」
「それにやけに人相が悪いな」
「いや、この場合は鰐相だろ?」
「魚だから魚相か?」
こんな呑気なことを話してるとだった。魚の方から言ってきたのだった。彼等に対して。
「あんた達は何だい?」
「何だいって」
「俺達のことを知らないのか」
「ここを上っているうちに何度か見たけれどな」
魚は河の中を泳ぎながら言う。河は広く岸と岸が見えない程だ。その河の中をひっきりなしに泳いでいる。決して止まることがない。
「何なんだ?本当に」
「わし等は鰐だ」
「鰐っていうんだよ」
彼等は丘と河の中からそれぞれ魚に答えた。
「何だ?本当に知らないのか?」
「あんたこそ見たこともない魚だが」
続いてこんなことも話す鰐達だった。
「何者なんだ?一体」
「河では見たことがないぞ」
「わしは鮫というのだ」
魚はこう語るのだった。
「鮫というんだ。海から来た」
「海!?」
「海というと」
鰐達は鮫と名乗ったその魚の言葉を聞いてまずは顔を見合わせた。そうしてそのうえで鰐達の中でひそひそと話をするのだった。
「確かあれだよな、河を下ればだったよな」
「ああ、何時か辿り着くっていうな」
「とてつもなく広い水の場所だよな」
「しかも水が塩辛いんだよな」
「確かな」
彼等が知っているのはこの程度のことだった。誰も海のことは知らない。彼等にとっては全くの別世界の話であったのだ。
「そんな場所から来たのは?本当に」
「あんたは」
「ああ、そうなんだ」
鮫はそこから来たと鰐達に答えるのだった。
「その海から来たんだよ」
「そういえば海にはかなり大きな魚がいるっていうけれどな」
「ああ、らしいな」
「そうみたいだな」
また彼等の中で話をする。やはり知らない話だった。
「それがあんたか」
「鮫っていうのか」
「わしの他にも大きな魚はいるんだよな」
ここで鮫はさらに言うのだった。
「鯨とかな」
「鯨!?」
「何だそりゃ」
「聞いたこともないな」
鯨は鰐達には聞いたこともない言葉だった。
「それが大きな魚だっていうのかい?」
「まさかとは思うけれどな」
「そうさ。あんた達より大きいな」
鮫はひっきりなしに泳ぎながらそのうえで答えるのだった。
「倍以上な」
「おい、わし等より大きいのか」
「まさか。そんなことはない」
「有り得ないぞ、そんなことは」
鰐達は彼のその言葉を信じようとしなかった。嘘だと言うのだ。
「わし等は象より大きいのだぞ」
「虎よりもだ」
「そのわし等より大きいものがいてたまるか」
こう言って否定するのだった。鮫のその言葉を。
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