絶望と人を喰らう者
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第一話 三
ナナシとありす二人で放浪をしていた頃。
生き残った人間達が作った町「ティアティラ」の市民防衛隊本部。
まだ崩れていない強固で見上げても頂上が見えないような、一際大きなビルをそのまま人間の軍隊は基地として利用している。
更にこのビルは電気も使え、エレベーター等の機械も起動していた。
しかも、電気はまだ壊れていない発電機等により、常時供給されており、ここを発電所の代わりとしてティアティラの町の建物全域は電気を送られている。
そんな発電所兼基地である、防衛隊本部の遥か高い場所に存在する一室。
司令官室にて、天羅は今まで遭遇した出来事を司令官に報告をしていたところだった。
「任務中に二メートル大の敵デセスポワールと遭遇、仲間は二人死亡、一人も重傷を負いました…… そして、私の判断で生き残った仲間を撤退するように命令し、何とか被害を最小限に抑えました」
「そうか…… お前もつくづく運が無い男だな。我らが開発した『対デセスポワール弾』が効かない奴なんてとんでもないものに遭遇するとは」
「正直、私が生き残って帰れたのは自分で言うのも何ですが…… 神の奇跡と言っても過言では無いと言えますよ、なにせ、別のデセスポワールに命を助けられる羽目になるとは思いませんでしたから」
「ほう」
司令官というにはまだ若い男は、椅子に座っており、机に肘を乗せて両手の指を組み、興味津々に聞いた。
「その助けてくれたデセスポワールというのは一体なんだい?」
「はい、今から説明しようと思います」
天羅はそう言うや、すぐに語り出した。
「私が遭遇した四足のデセスポワールは少年を引き裂いた後、本来味方である筈の私達が戦っていたデセスポワールに襲い掛かり、そして、一瞬にして相手を屠るや、奴は倒した相手を食べ始めたのです」
「デセスポワールが共食い?」
「はい、にわかには信じられないと思いますが……」
「いや、信じよう。お前が生きている事が何よりの証拠だろうしな」
彼は司令官のその一言に、一礼して感謝を示す。
「ありがとうございます、そしてこの話には続きがあるのですが、逃げる私をそのデセスポワールは追いかける事をしなかったのです。結果、私は生き延びる事が出来ました。この先は私の推測ですが、もしかしたらあのデセスポワールは事件でのあった研究所の中にあったカプセルと繋がりがあると思うのです」
「カプセル…… そういえば、先程お前の部下が持ち帰った資料にもそのカプセルの件について書かれていたな。確か、何かの実験台だとか……」
彼は手を顎に当てて、考える。
それから、ものの数十秒後に彼に話しかけた。
「なるほど、報告ご苦労。この話はとても興味深かったよ、もし良ければ後日、すぐにでもその四足のデセスポワールを捕らえてくれないか?」
司令官が天羅に命じると、命じられた彼は待ってましたと言わんばかりに喜んで引き受けた。
「実は私もそう思っていました! もしかすると、人類が再び繁栄を取り戻す鍵になると思うからです!」
「果たして、君の言う通りになるかどうかはまあ研究してみないと分からない。だけど、試す価値は十分ある。では、明日に備えて準備を頼むぞ」
「了解!」
司令官は天羅へ「戻ってもいいぞ」っと命じ、天羅は会釈して、司令官室から出る。
そして、後日。
天羅率いる同族殺しのデセスポワール捕獲部隊が司令官の計らいにより、すぐに結成された。
捕獲部隊の面子達は広場に集まっており、皆一様に、天羅の方へ顔を向けていた。
「俺がこの部隊の隊長を務める天羅賢治だ、よろしく頼む」
天羅は新しく部隊に入った兵士と、本部が捕獲作戦の為に金で雇った傭兵達に挨拶をする。
何故傭兵がこの捕獲作戦に参加しているのか、それは、今現在、軍隊はほとんど兵士が居ない為どうしても傭兵に頼らざる負えないからだ。
当然、戦って金を貰う傭兵を快く思っていない兵士は多いが、今の現状では文句言えない。
それゆえ、兵士達は嫌な表情しているが決して不平を唱えたりせず、いざこざも起こさない。
しかし、天羅は兵士達とは違い傭兵を嫌っていなかった。
しかも彼は気になる人物を見つけた為、興味本位でその人物へ近づいて話しかける。
「お前がかの有名な傭兵、結月聖奈か?」
彼は傭兵達の中で一際異彩を放っている若い少女に近づき、握手を求める為に手を差し出した。
すると、結月聖奈という名前の茶色い髪をポニーテールにしている赤い目の少女は手を差し出した天羅に不敵に笑い、彼女は天羅の手を握り、握手する。
「そうだよ、私の名前は結月聖奈。今回の作戦ではよろしくね」
天羅は傭兵にしては敬語を話さない以外は比較的礼儀の良い彼女に好感を抱き、彼も笑顔で返事をした。
「あぁ、よろしく頼む」
お互い挨拶を済ませると、天羅は早速、連携を取れやすくする為、傭兵のリーダーである彼女に今回の捕獲作戦の概要を説明した。
☆
ぐしゃっぐしゃっ…… っという何か肉をすり潰し、引きちぎるような音。
耳にそのような不快な音が聞こえ、ありすは意識が戻る。
「う、うぅん……?」
今でもまだ聞こえている。
耳に入るこの音にありすは身じろぎ、両手で両方の耳を塞いだ。
「な、なぁに……?」
とうとうたまりかねて、ありすは瞼をこすって、ゆっくりと起き上がる。
目を開けると、周りは真っ暗で、上へ視線を上げると満天の星空が視界いっぱいに広がっており、ありすは歓喜の声を上げた。
「わぁぁ、きれい」
本当はまだ見ていたかったが、先程からまだ、耳障りで不快な音がしており、ありすは渋々夜空から視線を外す。
雰囲気もへったくれもない。
そんな事を思いながら、音がした方へ顔を向けた。
「……」
暗がりで良くは見えないが、何かの生き物が、何かを食べている影を見る事が出来た。
ありすはその光景を見て、自分が前回気絶をした記憶を今更になって思い出した。
「ナ、ナナシがそういえば…… あ、じゃあいま……」
そこまで考えて、ありすは深く考える事をやめた。
今取り敢えず分かる事は、ナナシがお食事中だという事だ。
ありすはすぐにその光景から目を背けて彼に背中を向ける。
「ナ、ナナシ、なにをたべているの?」
ありすは彼が何を食べているか分かっては居る。
しかし、沈黙するのは嫌だったから、返事は無いだろうと分かっていてもナナシに問いかけた。
すると、今まで聴こえていた肉を喰はむ音がピタッと止まり、「グルル」っという、唸り声が聞こえた。
ありすはナナシが怒ったと思い、慌てて謝る。
「ご、ごめんなさい!」
しかし、ナナシはありすが突然謝った事に首を傾げて分からないっという表現をする。だが、ありすは背中を向けて見えていない。
彼は取り敢えず食事をやめて、自分が脱ぎ捨てた、少年の身体の下へ戻る。
そして、少年の皮の中に自分の身体を入れて、再び少年の姿に戻ってからありすに近づいた。
「ありす」
「あっ…… ナナシ?」
ありすは少年になっているナナシの声を聞き、すぐに振り返った。
彼女が振り向いた先には、すっかり人間の状態に戻っているナナシが居た。
その事にありすは安堵し、すぐに彼へ駆け寄って彼の胸へ飛びついた。
そして、泣きじゃくりながら、彼に懇願するように尋ねる。
「よかった、よかったぁ…… も、もう。あのひとたちをたべたりしないよね?」
ありすがそう言うも、ナナシは首を傾けるだけで何も答えない。
彼女はがくっと肩を落とすも、それでも、ナナシが普通のナナシで良かったっと心の中で思った。
でも、疑問も残った。
何故自分を襲って食べないのだろうか?
いくら考えても分からない。そういえば、あの時もそうだった。
ありすはナナシがあの昆虫型の化物を倒している場面を見ており、そして、男が逃げていったのも見ている。
ナナシなら、すぐに彼を追いかけて食べる事が出来たはずだ。
だけど、それをしなかった。
「ねぇ、ナナシ」
「うん?」
「なんでナナシはわたしをたべないの?」
「……」
決して彼は分からないとは言わなかった。首も傾げなかった。
ただ、ありすをじっと見つめる。
ありすを見つめる彼の、その目はどこか悲しげに見えた。
夜が明けて、次の日。
ありすはナナシと一緒に、沢山の車が積み上げられている道路を歩いていた。
車の中には白骨化している人間の死体が乗っていたり、違う車には小動物が巣を作っていたりしている。
ありすはナナシと手を繋ぎながら一つの車に注目して、ナナシから手を離してその注目していた車へ近づいた。
彼女が近づいた窓ガラスから見える車の中には、人間の干からびたスーツを着ている男性の死体の隣にボロボロになっている小さなうさぎの人形が置かれており、ありすはそれを嬉しそうにナナシへ指を刺して言う。
「みてみて、ナナシ! うさぎさんのおにんぎょうだよー! すごくかわいい!」
ナナシはありすが何に喜んでいるかさっぱり分からない。
だけど、彼は自分が呼ばれているので彼女の下へと歩いた。
そして、彼女に促されるまま、窓ガラスをじっと見た。
その時……
突然、車の扉が開き、死体が倒れこむ。
「きゃっ!」
ありすは悲鳴を上げると、すぐにナナシの後ろへ隠れた。
ナナシは倒れた死体をボーッとした目で観察し、死体がピクリっと動いたのを確認した。
死体はゆっくりと身じろぎをし、それから両手をついて、立ち上がろうとする。
だが、こけた。
ありすは最初、いきなり倒れ込んだ事に驚いたが、死体が起き上がろうと必死に格闘する姿を見て安堵する。
「びっくりしたぁ…… いきなりおどろかさないでよぞんびさん!」
ようやく、死体のぞんびさんは立ち上がると、蛆が出入りしている窪んだ眼窩で一瞬ありすを見る。
そして、彼女から目を離すと、そのままのんびりとした速度でどこかへと向かって歩きだした。
「パパにきいたおはなしだと、ぞんびさんってむかしえいがっていうのでひとをおそってたんだって! ちょっとこわいけど、こんなにのんびりやさんでなにもしないのに…… ねぇ、しんじられる?」
ありすはきゃっきゃ笑いながらナナシに語りかける。彼は取り敢えず頷いた。
この世界のゾンビと呼ばれる歩く死体。この現象は、デセスポワールに殺された者のみが起こる、人間の成れの果てだ。
ただ、何を求める事もなく、何かをする事もなく歩き続ける。
何故ただの死体が歩けるようになったのか? それは、未だに人間の研究では解明されていない。
「あ、そういえばうさぎさんどうしよう? あのぞんびさんがいなくなっちゃったし、さびしいよね? いっしょにつれていっていいかな?」
彼女はゾンビの居た車からうさぎの人形を取ると、それを抱き抱えて彼の下へ戻った。
若干、血がこびり付いている人形に、ありすは少し眉を寄せるが、それでも離そうとはしなかった。
「きっとわたしたちがきたから、うさぎさんはもうさびしくないっておもってぞんびさんはいなくなったんだね!」
ありすはそう言い、人形をひしっと抱いて、にこやかに笑う。
ナナシは彼女の表情を見て、彼女の真似をしてみようと口角を上げようとするも…… 目が笑っていないので微妙に不気味な顔になった。
でも、ありすは彼の無表情では無い違う表情を見れて、嬉しそうに声を上げた。
「わぁ! ナナシがわらった! でも、ちょっとこわいかも!」
ありすはもう一度にこっと笑い、笑顔を作る。
「にこって! こうやるんだよー!」
ナナシは再びありすと同じ笑顔の表情に挑戦する。
しかし、なかなか口角が上がらず、変顔っぽくなっていった。
彼女はそんな彼を見て、お腹を抱えて笑った。
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