無様な最期
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第一章
第一章
無様な最期
これが口癖だった。
「日本はだから駄目なんだよ」
「平和ボケだ平和ボケ」
「弱い者に強く強い者に弱い」
何かあると日本をけなしていた。それは批判ではなく罵倒であった。本人はそれを否定するが明らかに罵倒であった。罵っていたのである。
彼の名前は田中信彦。禿げ上がった頭にサングラスをしている。容姿はお世辞にもいいとは言えない。職業は一応はジャーナリストとなっている。
テレビに出ては常に日本を叩きそうして他の国を持ち上げる。とにかく何かというと日本を罵倒することで有名であった。そうした男であった。
しかし若者には人気があった。彼の書いた本はどれも売れた。
「そうだよな。だから駄目なんだよな」
「ああ、日本はな」
やはり祖国が気にならない者はいない。それで彼の言葉は問題提起となった。それで誰もがその言葉を聞くのであった。そして彼の文章や言葉には一つの魔力があった。
穏やかな言葉より過激な言葉の方が人の耳に入る。小声より大声の方が耳に入るのと同じである。だからこそ彼は若者に人気があるのだった。
「アメリカではね、こうなんだよ」
「中国なんか凄いよ」
「イギリスの高潔さときたら」
あれやこれやと外国を出して日本を貶めている。しかし若者達はそれを憂国の言葉だと感じ取っていた。そうして彼の本を買いその出演している番組を観る。そうして金を手に入れた田中が何処に行くかというと。それは銀座であった。
銀座の店に入ってそうして豪遊するのが常だった。トンベリをキープしてそのうえでホステス達を周りにはべらし大笑いするのであった。
「ははは、そうなんだよ」
豪奢な店の中でホステス達に対して言う。
「あいつ等馬鹿なんだよ」
「馬鹿なんですか」
「そうだよ、馬鹿だよ」
トンベリが入ったグラスを片手にホステス達を見回しながらの言葉であった。
「若い奴等はどいつもこいつも馬鹿なんだよ」
「そうなんですか」
「そうだよ。日本人全員馬鹿だよ」
明らかに日本人を愚弄している言葉であった。
「だからこの俺が啓蒙してやってるんだよ」
言いながらホステスの胸をまさぐっている。
「この俺がな」
「それで先生」
「おうよ」
傲慢かつ尊大にホステスの一人に応える。
「今度の新刊ですけれど」
「ああ、楽しみにしてろよ」
偉そうに応えるのだった。
「また書いてやるからよ。凄いのをな」
「期待していますね」
そんな話をしながら彼は銀座で豪遊していた。それはいつものことであった。そうして彼は今日も遊ぶ。そうして本やテレビでは日本を批判すると称して罵倒を続けていた。しかしその彼に対してある女性が不快感を持つのだった。
「この田中って人だけれど」
「はい」
もう初老と言ってもいいが気品のある顔立ちでとても美しい。穏やかな笑みだがそこには強さも見られる。白いスーツを端整に着こなしている。そのスーツは田中のドブネズミ色の下品な、値段だけは張っているそのスーツとは全く違うものであった。
「何なのかしらね」
「所謂ジャーナリストですが」
「そう。ジャーナリストなの」
彼女はそれを聞いてまずは頷くのだった。
「わかったわ。それはね」
「そうですか」
「ただしね」
ここでその目が光るのだった。
「納得はできないわね」
「といいますと?」
「この人の言っていることがよ」
そしてこう言うのであった。
「全く正しくはないわ」
「全くですか」
「そうよ。全くね」
見ればその目にはっきりとした怒りと敵意があった。
「自分の国をそこまで嫌って何になるのかしら」
「それが受けてるんですよ」
さっきから側にいる彼女のマネージャーがそれに答える。二人は今彼女の質素で簡潔な事務所において仕事をしているのである。その時にテレビを観ているのだ。
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