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スミレ伍長

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第六章

「だがそれでもだ」
「菫はですね」
「今の陛下のお花ですね」
「これからもな」
 まさにそうだというのだ。
「そうある、だからこそだ」
「この菫達もですね」
「お喜びになられていますね」
「その通りだ、私はこれまでも菫と共にある」
 この花と、だというのだ。
「何があろうともな」
「ではこれを」
 一人があるものを出してきた、それも菫の花束だった。
 その紫の花束を差し出してだ、彼はナポレオンに言うのだった。
「お受け取りになって下さい」
「済まないな、それでは」
「菫と共に」
 ナポレオンの栄光はと言うのだ、菫達もまたナポレオンの帰還を迎えていた。
 そしてナポレオンの死の時だ、彼は死の床で二つのものを手にしていた。医師がその彼に怪訝な顔で尋ねた。
「それ等は」
「私が愛したものだ」
 死相を浮かべながらだ、ナポレオンはベッドの中から医師に顔を向けて答えた。
「どちらもな」
「髪の毛は」
「ジョゼフィーヌのものだ」
 別れた筈の彼女のものだというのだ。
「それなのだ」
「皇后様のですか」
「別れたくはなかったが」
 それでもだというのだ。
「仕方がなかった」
「左様ですか、そしてですね」
 医師はナポレオンが手にしているもう一つのものを見た、それは紫色の小さな花だった。しなびてはいるが。
「そのお花は」
「菫だ」
 その花だとだ、ナポレオンは医師に答えた。
「私の花だ、そして」
「そして?」
「ジョゼフィーヌを救ってくれた花だ」
「そちらも皇后様でしたか」
「そうだ、この二つを手にしてな」
 そうして、というのだ。
「私は去ろう」
「左様ですか」
「うむ、ではな」
 ここまで話してだ、ナポレオンはゆっくりと目を閉じて呟いた。
「フランス」
 まずは彼が愛した国を。
「軍隊、戦争」
 そして彼がその中で生きた二つの世界を。
 最後にだ、彼は彼女の名前を出した。
「ジョゼフィーヌ・・・・・・」
 菫の花を手にしたまま呟いたのだった、そのうえで彼は世を去った。ナポレオン=ボナパルトは最後の最後まで菫を愛し菫と共にあった。


スミレ伍長   完


                                2014・4・18 
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