ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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SAO
~絶望と悲哀の小夜曲~
とある夜の出会い
シリカは唇を噛んだ。
理由は単純、今現在絶賛迷子中の第三十五層北部【迷いの森】での最強クラスのモンスター『ドランクエイプ』三匹に囲まれているからだ。
しかも手持ちの回復結晶は切れている。
とは言え──。
レベル的には、それほどの危地というわけでもなかった。
シリカ達中層クラスのプレイヤーがフィールドに出る場合、出現モンスターに対して充分すぎるほどの安全マージンを取るのが通例である。
目安的には、ソロで五匹のモンスターに囲まれた場合でも、回復手段無しで勝てる程度以上、ということになる。
なぜなら、最前線でゲームクリア目指して戦うトップ剣士達とは違い、中層プレイヤーが冒険を行う理由は、一つには日々の生活に必要なお金 を得るため、二つ目は中層クラスに留まるための最低限の経験値稼ぎ、三つ目にぶっちゃけ退屈しのぎといったところだからだ。
どれも、現実の死を賭けるほどの目的とは到底言い難い。実際【始まりの街】には、死の可能性をわずかでも増やすことを忌避したプレイヤー達が千人以上も残っている。
しかしながら、そこそこの食事をし、宿屋のベッドで寝るためには定期的な収入が必要だし、何よりプレイヤーの平均レベル圏内におさまり続けていないと不安になってしまうのがMMOプレイヤーの宿痾ということもあって、ゲーム開始から一年半近くが経過した現在では、ボリュームゾーンを形成するプレイヤー達は充分以上のマージンを取った上でフィールドに出かけ、それなりに冒険を楽しむようになってきた。
それゆえ──。第三十五層最強クラスのドランクエイプ三匹といえども、竜使いシリカの敵ではない、はずだった。
疲労した精神に鞭を入れて、シリカは短剣を構えた。肩からピナがふわりと飛び上がり、こちらも臨戦態勢を取る。
木立の奥から現れたのは、全身を暗赤色の毛皮に包んだ大柄な猿人達だった。右手に粗末な棍棒を握り、左手には瓢箪にヒモをつけたような壺を下げている。
猿人が棍棒を振り上げ、犬歯をむき出して雄叫びを上げている最中に、先手必勝とばかりにシリカは先頭の一匹に向かって地を蹴った。
短剣スキル中級突進技《ラピッドバイト》を命中させて大きくHPを削り、そのまま短剣の身上である高速連続技に持ち込んで圧倒する。
ドランクエイプが使用するのは低レベルのメイススキルで、一撃の威力はそこそこ大きいものの攻撃スピードも連続技の段数も大したことはない。
シリカは連撃を的確に浴びせては素早く飛び退って敵の反撃をかわし、また踏み込むというヒットアンドアウェイを繰り返してたちまち一匹目のHPバーを減らしていった。
ピナも時折シャボン玉のようなブレスを吐き、猿の目を幻惑する。
四度目のアタックで連続技《ファッドエッジ》を放ち、最初の猿人にとどめを刺そうとした寸前──
一瞬の間をついて、目標の右後方から新たな敵が前面にスイッチしてきた。シリカはやむなく標的を変更し、二匹目のHPを削りにかかった。最初の猿は後方に退き、何やら左手の壺を煽っている。
──と、視界の端で一匹目のドランクエイプのHPバーをチェックしていたシリカを驚愕させる現象が起こった。バーがかなりの速度で回復していくのだ。
どうやら壺には、何らかの回復剤が入っているらしい。
ドランクエイプとは以前にもこの三十五層で戦闘したことがあり、その時は二匹を労せずに蹴散らした。スイッチさせる余裕すら与えなかったので、よもやこんな特殊能力を持っているとは気付かなかった。シリカは歯噛みをしつつ、二匹目を確実に仕留めることに全力を傾ける。
だが、猛攻の末に二匹目のバーをレッド領域にまで減少させ、とどめの強攻撃を見舞うべく距離を取った瞬間、またしても横合いから無理やり割り込まれた。
三匹目のドランクエイプだ。最初の猿はもうほとんどHPをフル回復させてしまっている。
これではキリがない。口の奥に、焦りの味がじわじわと広がっていく。
シリカは、そもそもソロでモンスターと戦った経験がほとんどなかった。
レベル的な安全マージンというのはあくまで数値の話であって、プレイヤー自身のスキルはまた別の問題だ。
想定外の事態に際して、シリカの中に生まれた焦りは徐々にパニックの色彩を帯び始める。徐々にミスアタックが増加し、それは同時に敵の反撃も呼ぶ。
三匹目のドランクエイプのHPバーを、どうにか半分ほど減らした時──
連続技に連続技を繋げようと深追いしすぎたシリカの硬直時間を見逃さず、とうとう猿人の一撃がクリティカルで命中した。
棍棒は木を削っただけの粗末なものだったが、重量ゆえの基本ダメージとドランクエイプの筋力補正によって、シリカのHPは思いもよらぬ量、三割近くも減少した。
背中に冷たいものが走る。
回復ポーションの手持ちが尽きていることも、シリカの動揺を大きくした。
ピナが回復ブレスで回復させてくれるHPは一割程度、しかもそう頻繁に使えるものではない。
それを計算にいれても、あと三回同じダメージを受けると──
死ぬ。
死。その可能性が脳裏を横切った途端、シリカはすくんでしまった。
腕が上がらない。脚が動かない。
今まで、彼女にとって戦闘というのは、スリルはあってもリアルな危険とは遠いものだった。
その延長線上に、本当の《死》が待っているなんて思いもしなかった。
雄叫びを上げ、再び棍棒を高く振り上げるドランクエイプの前で目を見開いて硬直しながら、シリカは初めてSAOにおける対モンスター戦の何たるかを悟っていた。
ゲームであっても遊びではない。その矛盾した真実を。
低い唸りとともに降り下ろされた棍棒が、棒立ちになったシリカを襲った。強烈な衝撃に耐え切れず、地面に倒れてしまう。HPバーがぐいっと減少し、黄色い注意域へと突入する。
もう、何も考えられなかった。
走って逃げる。転移結晶を使う。
取り得る選択肢はまだあったのに、シリカは呆然と三たび振り上げられる棍棒を見つめることしかできなかった。
粗雑な武器が赤い光を放ち、反射的に眼を閉じようとした。
その寸前──
空中で、棍棒の前に飛び込んだ小さな影があった。
重苦しい衝撃音。エフェクト光とともに水色の羽毛がぱっと散り、同時にささやかなHPバーが左端まで減少した。
地面に叩きつけられたピナは、首を上げ、つぶらな青い瞳でシリカを見つめた。
一声、小さく「きゅる……」と鳴いて──直後、きらきらしたポリゴンの欠片を振りまきながら砕け散った。
長い尾羽が一枚ふわりと宙を舞い、地面に落ちた。
シリカの中で、音を立てて何かが切れた。
全身を縛っていた見えない糸が消滅した。
悲しみより先に、怒りを感じた。たかが一撃喰らっただけでパニックを起こし、動けなくなってしまった自分への怒り。
そしてそれ以前に、ささいなケンカでへそを曲げ、単独で森を突破できると思い上がった、愚かな自分への怒りを。
シリカは俊敏な動きで飛び退り、モンスターの追撃をかわすと、叫び声を上げながら敵に猛然と襲いかかった。右手の短剣を閃かせ、猿人の体に次々と叩き込む。
仲間の体力が減ったと見るや、再び割り込もうとしてきた最初のドランクエイプの棍棒を、シリカは避けずに左手で受けた。
直撃ほどではないがHPバーが減少する。しかしそれを無視し、あくまで三匹目、ピナを殺した敵を追う。
小さな体を活かして懐に飛び込み、全身の力を込めて短剣を猿人の胸に撃ち込んだ。
クリティカルヒットの派手なエフェクトと同時に、敵のHPが消滅した。
悲鳴。直後に破砕音。
爆散するオブジェクトの破片の中、シリカは振り返ると、無言で新たな目標へと突撃した。
ゲージはすでに赤い危険区に突入していたが、それすらもう意識しなかった。
狭窄した視界の中に、殺すべき敵の姿だけが大きく広がった。
死の恐怖すらも忘れ、降り下ろされる棍棒の真下に無謀な突撃を強行しようとした時──
シリカは、二匹並んだドランクエイプがどちらも硬直していることに気付いた。
直後、目の前で猿達の体が上下に分断され、次々と絶叫と破壊音を振りまきながら砕け散った。
呆然と立ち尽くしたシリカは、オブジェクト片が蒸発していくその後ろに、一人の男の子が立っているのを見た。
後書き
~今回の そーどあーとがき☆おんらいん は、作者が、最近出番がねぇぞこらぁ と理不尽な怒りを爆発させた主人公によって半殺しになったのでお休みしマス~
自作キャラ、感想を遠慮せずに送ってきてください
──To be continued──
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