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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百三十話  手荒い歓迎



宇宙歴 796年 8月 5日  最高評議会ビル ミハマ・シェイン



「シェイン、こちらはデロリアン委員。諮問委員会で一緒に仕事をしているの。国防委員会の方よ。デロリアン委員、弟のミハマ・シェイン少尉です」
「やあ、少尉。今日は会えて嬉しいよ」
「こちらこそ、会えて嬉しいです。デロリアン委員」
最高評議会ビルのホールで三人の男女が出会った。俺は顔が引き攣るのが分かった。姉さん、相変わらずの天然だ。とんでもない事をしてくれる。

お昼を一緒に食べようというのは良い。最高評議会ビルで食べようというのも我慢出来る。でもね、相伴者が最高評議会諮問委員で国防委員会からの出向者って何だよ。俺達軍人にとってはスーパー・ウルトラ・デラックスなお役人様じゃないか。この上って言ったらヴァレンシュタイン委員長ぐらいだ。あの人だったらゴージャスが追加されるな。

「じゃあお昼にしようか。このビルに入っているレストランは五軒有るんだが何れも美味しいと評判なんだよ」
「……あの小官は軍人なのですが最高評議会ビルの中で食事をしても宜しいのでしょうか?」
暗に遠慮したいと告げたのだがデロリアン委員は全く気にしなかった。この人も天然なのかもしれない。
「大丈夫だよ、我々と一緒だからね」
いや、それが困るんだが……。
「そうよ、シェイン。さあ行きましょう」
「……はい」

最高評議会諮問委員会、当初海の物とも山の物とも分からなかったこの委員会を現時点で侮る人間は同盟全土の何処を探しても居ないだろう。政府内の統合作戦本部と言われトリューニヒト議長のシンクタンクと評価されている。僅か十二人、いや外交委員会と通商委員会からも人が入ったから十四人の小さな組織だがその実力を疑う者は無い……。

「中華で良いかな?」
「はい」
もちろんです、こんな時に異議を唱えるほど俺は阿呆じゃありません。食い物の恨みは恐ろしいのだ。ホイコーローは嫌いだけれど中華料理は他にもある。例えホイコーローしかなくても俺は美味そうに食べるだろう。ペーペーの新米少尉に出来る事は耐える事だけだ。

軍内部にはヴァレンシュタイン委員長を諮問委員長にしたのはシトレ元帥の深謀遠慮だという噂が有る。和平が成立すれば軍は何かと不利益を被りかねない。そしてネグロポンティ国防委員長は新任のため最高評議会では十分に軍の意向を主張してくれるかどうか不安が有った。そこで腹心のヴァレンシュタイン大将を諮問委員長に送り込んだのだと。

本当かどうかは分からない。でもヴァレンシュタイン大将の説得にはシトレ元帥の力が大きかったと言われている。そして捕虜交換から首脳会談までの演出をしたのはヴァレンシュタイン委員長でその間、軍は殆ど不利益を被ってはいない。

特にイゼルローン回廊における帝国の防衛線が下がった事は大きく歓迎されている。同盟側が勝利した事の象徴だと言うのだ。軍のヴァレンシュタイン委員長に対する信頼は非常に大きい。軍はネグロポンティ国防委員長とヴァレンシュタイン諮問委員長という二人の代弁者を得たと言われている。

店の中は余り混んでいなかった。中央に有る四人掛けのテーブルにデロリアン委員が向かったので後に続く。席は姉さんとデロリアン委員が正対し俺が横に座る形になった。ウェイトレスが来てメニューと水を置いて行った。姉さんは麻婆豆腐定食、デロリアン委員はチャーハンと揚げ春巻き、俺は酢豚定食を頼んだ。

「少尉は所属は何処かな?」
「後方勤務本部基地運営部です」
「ほう、それでは忙しいだろう」
「はい、忙しいです」
俺が答えるとデロリアン委員と姉さんがウンウンと頷いた。

戦争が無くなった。軍人は暇になるのかと思ったがそうではなかった。補給基地の統廃合、新基地の建設、そして新たに建設する軍事要塞、周りの人に聞いたが以前はこんなに忙しくなかったそうだ。戦争が無くなったのに仕事が増えたと言って皆苦笑している。

「まあ仕方ないね。これからはイゼルローン回廊だけではなくフェザーン回廊も防衛の対象になる。フェザーン方面はこれまで殆ど手付かずだった、色々と整備しないと」
「そうですね、宇宙艦隊もそれに合わせて動いていますし」
デロリアン委員と姉さんの遣り取りに俺も頷いた。防衛線が一つ増えたんだ、忙しくなるのは已むを得ない。基地運営部だけではなく軍全体がそれによって大きな影響を受けている。

当然だが宇宙艦隊も例外ではない。シトレ元帥が統合作戦本部長に復帰した。そしてグリーンヒル本部長代理が外交委員長に就任。同盟市民の間では安全保障問題は軍が独占したともっぱらの評判だ。シトレ元帥の後任の司令長官はビュコック元帥、副司令長官にボロディン元帥が就任した。兵卒上がりの宇宙艦隊司令長官だ、皆が驚いている。

宇宙艦隊は方面軍のようなものを編成するらしい。イゼルローン方面軍、フェザーン方面軍だ。ビュコック元帥がイゼルローンを担当しボロディン元帥がフェザーンを担当する。全軍の統括はもちろんビュコック元帥が行うから完全に分離したわけではない。艦隊もきっちり二つに分けるという事ではないようだ。変な派閥や対抗意識が出ないように適当に入れ替えをするらしい。緊急時に対応し易くする、そんなところだと言われている。ヴァレンシュタイン委員長から提案があったようだ。

「委員会もお忙しいのでしょう?」
「他の委員会は忙しいね」
「帝国と協力する部署を作ったりイゼルローン要塞に行く人間を選抜したり、帝国と何が協力出来るかを検討したり……。予算編成も大詰めですし大変ですよね」
デロリアン委員と姉さんは顔を見合わせて苦笑を浮かべた。

「諮問委員会はそうでもないんですか?」
「まあウチはそれほど予算を使う事は無いからね、財政委員会も我々には無関心だよ。行政機関というよりシンクタンクのようなものだから帝国と協調する部署を作る必要もない。おそらく同盟で一番暇な委員会だろう」
「はあ」
何か意外だな、もっと忙しいのかと思っていたんだが。

「ヴァレンシュタイン委員長もフェザーンに行ってしまいましたし……」
「そうだね。……そうか、忙しくは無いだろうが大変な思いをしている委員はいるね、モンテイユ委員とか。ヴァレンシュタイン委員長と一緒だから緊張しているだろう」

姉さんが“そうですね”と言って笑った。デロリアン委員も笑っている。良いよな、笑えるんだから。俺には到底笑う事なんて出来ない。相手はヴァレンシュタイン委員長なんだから。今回は姉さんが一緒じゃなかったけど姉さんと委員長って如何なんだろう? ちょっと気になるけど訊くのは気が引けるな。

食事が運ばれてきた。目の前に皿が並べられた。なるほど、確かに美味しそうだ。チャーハンの香ばしい香りが……、しまったな、俺もチャーハンにすれば良かった。
「さあ、食べようか」
デロリアン委員の声に俺と姉さんが“いただきます”と唱和した。



宇宙歴 796年 8月 25日  フェザーン エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



マリネッティ少将率いる六百隻の艦隊はフェザーンに到着した。俺、モンテイユ、アブドーラ・ハルディーン、そしてヴィオラ准将を含むフェザーン駐在員を無事送り届けるのが少将の仕事だ。後は俺とヘンスローをハイネセンへ連れ帰るという仕事がまだ残っている。

当初一個艦隊を動かすという話が有った。何考えてるんだよと思ったが軍としては仕事をしていると周囲に印象付けたかったようだ。しかしフェザーンを独立させるんだから軍事力を誇示してフェザーンを威圧しているととられかねないような行動は避けるべきだ。そう言って断った。その結果マリネッティ少将が俺の移送役に抜擢されたわけだ。運が悪かったな、マリネッティ。

「御苦労様でした、マリネッティ少将」
「はっ、恐れ入ります」
マリネッティ少将はガチガチに緊張している。もう軍の上官じゃないんだからそんなに緊張しなくても良いんだけど……。

「条約の締結は九月一日になります。締結後、私は直ぐにハイネセンに戻りますので準備を宜しくお願いします」
「はっ、必ずそのように致します。閣下も御身辺にお気を付け下さい。良からぬ事を考える者が居ないとも限りません」
「分かりました、気を付けます」
マリネッティがチラっとヴィオラ准将を見るのが、そして准将が頷くのが分かった。どうも俺って信用が無いな。

マリネッティの艦隊は六百隻、小勢と言って良いが武力を持たないフェザーンにとっては十分な脅威だろう。フェザーンは独立するが軍事力は如何するのか、その辺りも気になるところだ。フェザーン回廊を警備する小艦隊を持つ事に留めるのか、それとも正規艦隊を保有するのか……。

旗艦ロスタムを降り空港内部に入ると一般客とは別なルートに案内された。入国審査も殆ど無し、まあ事前にこちらの事は伝えてあるからかもしれないがこれって一種の外交官特権なんだろうな。審査を終えてゲートを出るといきなりパシャパシャと写真を撮られた。一般人じゃない、報道関係者だ、大勢集まっている。俺に近付いてきたが直ぐに同行したヴィオラの部下達が俺の周囲を固めて阻んだ。

「遅くなりまして申し訳ありません」
ヨタヨタと近付いてきたのはヘンスロー高等弁務官だった。しきりに顔の汗をハンカチで拭っている。遅いし手際が悪い。本当ならマスコミなんか事前に排除しておくべきだろう。ヴィオラ准将が顔を顰めるのが見えた。仲悪いんだな、この二人。ヘンスローがぐだぐだと挨拶しようとしたが止めさせて歩き出した。

地上車十台で弁務官府に向かう。危険分散のため主だった者は別々に乗った。本当なら俺はヘンスローと一緒に地上車に乗って話をするべきなんだがヘンスローにはあまり期待は出来そうにない。という事で俺が同乗者に選んだのはモンテイユだ。

大らかな性格で気遣いせずに済むのが有り難い。モンテイユだけじゃなく諮問委員会の他の委員も結構良い人間が送られてきている。厄介者を押し付けられるかと思ったがそうでもなさそうだ。たまにはサアヤ以外の人間と一緒というのも悪くない。帰りにはお土産を買っていくか、皆の分が要るな、日持ちのする焼き菓子の類が良いだろう。

「繁栄していますね、貴族連合軍に酷い目にあったと聞いていたのですが……」
「そうですね、繁栄しています。何も無かったようです」
地上車から見えるフェザーンは十分に賑わっていた。数ヶ月前、貴族連合軍の前に怯えていたフェザーンの姿は何処にもない。まあ街を破壊されたわけでは無いからな、何も無かったように見えるのだろう。

もっとも人の心が受けた傷は目には見えない。このフェザーンには苦しんでいる人間達がいるはずだ。妻を、夫を、家族を失った者……。哀れだとは思わない、同情もしない。同盟にも帝国にも長い戦争の間に家族を失った者は大勢いる。その陰でフェザーンの自治領主府は陰謀を企みフェザーン市民は金儲けに勤しんでいたのだ。自業自得とは言わないが憐れみや同情はするべきではない。

高等弁務官府に着くと直ぐにヘンスローが傍に寄ってきた。相変らずヘンスローは頻りに汗を拭っている。見ているだけで暑苦しい。
「お疲れでは有りませんか、ヴァレンシュタイン委員長。少し休まれては如何でしょう?」
「いえ、少しお話したい事が有ります。話が出来る部屋を用意してください」
ヘンスローは鼻白んだが執務室へと俺を案内した。同行者はハルディーンとヴィオラだ。ヘンスローは面白く無いだろうな、俺みたいな若造にペコペコするのは。

ヘンスローには油断は出来ない。貴族連合軍がフェザーンを占拠した時、ヘンスローは連中に殺されてもおかしくは無かった。だがヘンスローは殺される事無く生きている。彼を守ったのはボルテックだろう、他には考えられない。つまりルビンスキー拉致後もヘンスローはフェザーン自治領主府と繋がりが有ったという事だ。そして今も有るのかもしれない。

失敗だったかな、フェザーンを占領した時、ヘンスローを拘束するという手も有った。しかし後任者が居なかった。それにあの時点では主戦派の暴発と鎮圧が最優先事項だった。自然とヘンスローへの対応は後回しになってしまった……。ヘンスローの執務室で話を始めた。こいつ、この部屋で仕事をした事が有るんだろうか、妙に小奇麗な部屋だ。

「ヘンスロー弁務官、これから政府の決定を伝えます。貴方の弁務官としての任務は九月一日の条約調印式に参列する事を以て終了します。後任の弁務官はアブドーラ・ハルディーン氏です」
「……」
ハルディーンが挨拶したがヘンスローは眼が飛び出そうな表情をしている。まあいきなり聞けばそうなるよな。

「調印終了後、貴方は私と一緒にハイネセンに帰還する事になります。九月一日までに身辺整理とハルディーン氏との引継ぎを終了させて下さい」
「九月一日……、それは、いくらなんでも。もう少し時間を……」
眼が泳いでいる。愛人の事でも考えてるのかな。最後に思いっきり楽しみたいとか? 往生際が悪いよ、止めを刺すか。

「残念ですがそれは認められません。ヘンスロー弁務官、同盟政府は貴方がフェザーンの自治領主府と親しくなり過ぎたと認識しています。これ以上貴方を高等弁務官の地位に置くのは同盟の国益を損ずる事になると考えているのです。私が何を言っているか、お分かりですね?」
「わ、私は、国益を、損ずるなど」
また汗を拭いだした。

「否定しても無駄ですよ、同盟政府は全てを知っています。アドリアン・ルビンスキーが政府の保護下に有る事を忘れないでもらいましょう」
今度はガタガタ震えだした。忙しい奴だな、しかしパニックになられても厄介だ、馬鹿げた事を仕出かしかねない。

「安心してください、ヘンスロー弁務官。ハイネセンに戻っても貴方が処罰を受ける事は有りません」
露骨にホッとしている。
「但し、今後は貴方の行動は二十四時間、同盟政府の監視下に置かれます。貴方を利用しようとする勢力が接触を図るかもしれません。それを防ぐためです、理解してください」
ヘンスローの顔が引き攣った。散々楽しんだんだ、もう十分だろう。

「九月一日までの貴方の行動はヴィオラ准将の監視下に置かれます。准将の指示に従って下さい。それと外出は調印式まで禁止です」
ヘンスローは情けなさそうな表情で俺、ヴィオラ、ハルディーンを見た。ウンザリした、ヴィオラとハルディーンも不愉快そうな表情をしている。まあこれでハルディーンはフェザーンの誘惑に乗ることは無いだろう。

ヘンスローがヴィオラに付き添われて部屋を出て行く。俺とハルディーンが部屋に残った。
「今後は貴方がこの部屋に詰めてください。ヴィオラ准将に協力してもらって職務の把握を、不明点はヘンスロー弁務官に確認してください」
「分かりました」
まあヘンスローに確認するのは無駄かもしれん、ハルディーンも期待はしていないだろう。

ドアをノックする音が聞こえた。誰だ? ヴィオラにしては早すぎる。入室を許可するとモンテイユが入って来た。緊張しているな、何か有ったようだ。
「どうかしましたか?」
「ハイネセンから連絡が有りました。イゼルローン要塞で反乱が起こったそうです。トリューニヒト議長が至急ヴァレンシュタイン委員長と連絡を取りたいと」

ハルディーンが“馬鹿な”と呟いた。気持ちは分かる、フェザーン到着日にイゼルローン要塞で反乱か。手荒い歓迎だな、ハルディーンにとっては生涯忘れられない一日になるだろう。俺も忘れる事は無さそうだ。さて、イゼルローン要塞で反乱か。どの程度のものなのか……。

既にイゼルローン要塞を制圧したのか、それとも要塞内部で戦闘中なのか……。ハイネセンから連絡が有ったという事は反乱は大規模なのかもしれない。裏で糸を引いてる奴が居るかもしれん、地球教、そしてフェザーン。まさかとは思うが地球教とペイワードが手を組んだ? 取り敢えずトリューニヒトに連絡をするか……。

 
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