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真・恋姫†無双 劉ヨウ伝

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第127話 宴 後編

 正宗陣営の面々と鮮卑族の会場に賓客が揃ったところで宴は始まった。宴席の中央には沢山の料理が置かれた大食安が設けられていた。
 正宗は一番奥の高座の中央に正座し、彼の正面から右側一列に鮮卑族の来賓。左側一列には揚羽、冥凛、なんろうの妻達。星、朱里と正宗の配下が順に座り、その次に桂花を筆頭に麗羽の家臣が順に座った。鈴々と猪々子は大食案の上に山の様に並べられた料理に目を奪われていた。

「皆々、宴によく参加してくれた。麗羽と生き残った家臣達が無事に冀州にたどり着けたこと祝着。此度の件、鮮卑王の援軍には感謝する。麗羽の家臣達もよくぞ麗羽のために奮戦してくれた。そして、泉、瑛千、此度の任を滞りなく果たしたこと大義。死んだ者達については本当に残念だった。彼らの遺族には生活が立ち行くよう、私が責任を持って支援をしていくつもりだ」

 その後、正宗は宴の参加者の顔を一人ずつ順に見ながら労いの言葉をかけた。皆、正宗様に対して拱手をし返礼した。

「固苦しい挨拶はこれくらいにして、今宵は酒と食事を存分に楽しんでくれ!」

 正宗の言葉を皮切りに参加者は思い思いに食事を始めた。鈴々と猪々子は侍女に食事を取り分けてもらうのが待てなかったのか大食案に駆け寄り、豚の丸焼きに威勢良くかぶりついていた。

「鈴々、猪々子。恥じずかしい真似止めなさいよ」

 桂花が小さい声で鈴々と猪々子を嗜めた。

「ん? 桂花も要るのか?」

 鈴々はリスのように頬を大きく膨らませていた。彼女は豚の丸焼きに目線を戻し豚の左ももを引きちぎり無邪気な表情で桂花に肉を差し出す。

「桂花、あげるのだ!」
「いらないわよ。下品な真似は止めなさいって言っているのよ! 私まであんた達と同類と思われちゃうでしょ」

 桂花は声音を抑えて鈴々に文句を言った。鈴々は顔を傾げてよく分からない様子だった。その様子に桂花は眉根を抑えて俯く。

「そう固いこというなよ。やっと旨い飯が食えるんだぜ。おお! これ凄く旨いな。桂花も食えよ」

 猪々子は香ばしい旨そうな臭いを漂わせる骨つき牛肉の炭火焼を頬張りながら満足げな表情で言った。

「あんた達ね」

 桂花は鈴々と猪々子に何を言っても無駄と諦めたような表情で自分の席に戻る。

「お前が荀文若だな」

 正宗は桂花が鈴々と猪々子との会話が終わるのを見計らい彼女に声をかけた。すると桂花は驚いたように正宗の方を向いた。

「劉将軍、この度は宴にお招きいただき有り難き幸せにございます。私は荀文若。真名は『桂花』。どうぞ真名でお呼びください」
「よいのか?」
「劉将軍は麗羽様の夫であられます。また、華北でのご活躍は故郷の潁川にも鳴り響いております。その様な方と知己を通じることが出来ることは光栄の極み。陪臣の身でございますが、よろしければ真名をお受け取りください」

 桂花は正宗に対して拱手し恭しく顔を伏せ言った。

「桂花、ならば私の真名も受け取ってくれるか?」
「光栄でございます」

 荀文若は顔を伏せたまま弾んだ声で答えた。

「私の真名は『正宗』だ。受け取ってくれ」
「はは」
「桂花、そう肩を張るな」
「はい」

 桂花は顔を上げ正宗に向き直った。

「麗羽が宮廷を襲撃する前に文を出すように進言してくれたそうだな。お前のお陰で援軍の出立を迅速に行なうことができた。礼を言う」

 正宗は麗羽に頭を深々と下げた。

「いえ。正宗様、頭をお上げください。私は臣下として当然の勤めをしたまでです」

 桂花は正宗の態度に驚き恐縮していた。

「麗羽はのんびりしてそうに見えるが、ああ見えて激情家でな。こうと決めたたら突っ走るところがある。桂花、これからも麗羽のことよろしく頼む」
「正宗様、畏まりました」

「荀文若殿、ご挨拶が遅れました。私は司馬仲達、真名は『揚羽』にございます。以後、お見知り置きを」
「真名をお預けくださいますので?」
「ええ。私は荀文若殿を高く買っております。それに正宗様が真名を預けておられているのです。私が真名を預けない理由はありません」
「揚羽様、有り難く真名を預からせていただきます。私の真名は『桂花』でございます。それと『殿』はお止めください」
「潁川荀家の才人を呼び捨てにするは気が引けます」

 揚羽は何時になく桂花を褒めそやした。彼女は人を褒めてご機嫌取りを行なう性格でない。正宗も彼女のいつもと違う様子を不思議に思っている様子だった。

「私は麗羽様の臣下でございます。正宗様の妻であられる揚羽様に『殿』呼ばわりされるのは心苦しく思います。それに揚羽様のご出身である河内司馬家も代々高官を輩出した名家ではございませんか」
「困りましたね。正宗様、桂花殿を正宗様の直臣に取り立ててはいかがでしょう?」

 揚羽は困った表情で正宗を窺い意見を求めた。正宗は揚羽の振った言葉に一瞬疲れた表情をするが直ぐに何事も無かった様に揚羽と桂花を順に見た。桂花は揚羽の提案に驚いている様子だった。

「揚羽、桂花が困っているだろ。桂花、このことは忘れてくれ」
「いいえ! 光栄でございます。ただ、私は麗羽様の臣下でございます。これからも麗羽様をお支えしたいと考えております。揚羽様のご厚情は感謝いたします」

 桂花は丁寧に正宗と揚羽に頭を垂れ辞退した。

「残念です。桂花殿をあまり困らせてもいけませんね。今後は桂花と呼ばせていただきます」

 揚羽は言葉と裏腹に残念な素振りをせず桂花に言った。桂花は揚羽の言葉を聞き安心し正宗の顔を窺った後、おもむろに口を開いた。

「正宗様、一つお願いしたいことがございます」
「願いか? 内容によるが、この私に叶えられることであれば聞こう」

 正宗は桂花の願いを聞くことにした。

「ありがとうございます」

 桂花は一拍置き話しはじめた。

「私はご存知のことと思いますが潁川の出身でございます。潁川は洛陽に近く昨今の朝廷の状況からして今後戦火に見回れるものと思います。そこで荀家一族全てを冀州へ移住出来るようにお力添えをお願いできませんでしょうか?」
「何だそんなことか」

 正宗は桂花の願いを聞き安堵した表情を返す。

「では?」
「相分かった。この私に万事任せるといい。願いを聞くかわりといってはなんだが、移住した荀家の一族から文官候補となる人物を斡旋してもらえないだろうか?」

 正宗は少し申し訳なさそうな表情で桂花に頼んだ。

「我が一族の者達もただで助けていただいては心苦しくありましょう。喜んで人物を紹介させていただきます」

 桂花は正宗の申し出を喜色満面の笑みで答えた。桂花に対する正宗からの申し出は彼女の一族の生活基盤を確立させる助けになるため渡りに船だったのだろう。

「仕事の話はこのくらいにするか。桂花、後日に都の状況を聞きたいと思っている。その時はよろしく頼む」
「畏まりました」
「正宗様、私にも荀文若殿をご紹介願えませんか?」

 正宗と桂花が会話を終わらせようとすると冥琳が話をかけてきた。

「冥琳。桂花、この者は私の妻の周公瑾という。彼女は廬江の出身だ」
「お初にお目にかかります。私は荀文若。真名は『桂花』と申します。周公瑾様、私に敬称は不要にございます。周公瑾様は廬江のお生まれであるということは廬江周家のご出身であらせられますか?」
「いかにも。廬江周家の生まれだ。正宗様から紹介があったが私は周公瑾。真名は『冥琳』という。以後は真名で呼んでくれ。一族の者達の一部は冀州へ呼んで私の補佐をしてもらっている」
「一部にございますか?」
「ああ、そうだ。麗羽殿の従姉妹である袁公路殿が南陽郡大守を務めているので廬江周家が支援している。彼女が揚州を抑えてくれれば正宗様の助けとなるからな」

 冥琳は知的な笑みを浮かべた。

「美羽には三年前にあったきりだったな。どうしているだろうな。寂しがっていないだろうか」

 正宗は冥琳の話を聞きおもむろに呟いた。

「正宗様は心配性ですね。美羽殿も在野の才人を集めていると聞き及んでいますし、私の叔母が精強で名高い丹陽兵六千を彼女の元に送り込んでいます。何も問題はございません」

 冥琳は正宗を困った人を見るような表情をしていた。

「そうは言うがな。南陽郡は洛陽と距離が近い。董卓陣営がちょっかい出さないとも限らないぞ」
「はあ。正宗様、それでは美羽殿の元に一度足をお運びにならてはいかがでしょうか? おお、そうだ。桂花の一族は潁川郡に住んでいました。正宗様、南陽郡に行くついでに帰りは荀家の方々を伴って帰郷なさってください。桂花も一緒に付いていってくれるか?」

 冥琳は正宗に頼み事を言うと、桂花の方を見た。

「いいえ、それはなりません。正宗様に一族の護衛をしていただくなど恐れ多いことです」

 桂花は冥琳にあたふたとしながら断ろうとした。

「心配するな。正宗様は美羽殿の元を訪ねるだけだ。その通り道に調度良く潁川郡があるのだ。旅の序でなのだから遠慮することはない。うん、一石二鳥だ。ああ、護衛の兵はしっかりつけるから何も心配することはないぞ」
「そのようなことを心配しているのではございません。正宗様に護衛していただいては一族の者達が恐縮いたします」

 桂花はなおも断ろうとした。彼女の言い分最もだろう。桂花の主君の夫であり、車騎将軍の地位にある者が桂花と一緒にいきなり一族の者達の元を訪ねたら何事かと思うはず。最悪、妙な憶測を彼らに持たれかねない。

「私が冀州に戻る時に同行するだけではないか。桂花、お前が気にしていることは何となくわかるが前もって知らせておけば問題ないと思うぞ。お前が一族を呼び寄せる時も一度彼らを迎えに潁川郡に向うつもりであったのだろう。董卓軍の動向もある、私と一緒に潁川に向ったほうがいい」

 正宗は桂花の懸念を察したのか冥琳をフォローした。董卓軍が麗羽を確保するために二千の追手を放ってきたことは報告を受け知っていた。そのため、洛陽にほど近い潁川に桂花が少人数で向うことは避けたいと考えたのだろう。

「私が董卓であればまず司隷校尉の地位につく」

 正宗の言葉に桂花は真剣な表情になった。

「司隷校尉は慣例的に若い者がなる。都とその周辺の治安維持を行なうため、朝廷の高官や大豪族を取り締まることもしばしばある。そのため官職につく者は保身的なことをつい考えてしまう歳を経た者より血気盛んな有能な若者が調度よい。辺境で腕を鳴らした董卓であれば武威に任せて要求すれば容易に手に入る官職だ。董卓は都を支配するため必ず司隷校尉をつくだろう。他の官職と兼任する可能性も捨てきれないが。今のところ董卓は私と事を構えるつもりはないだろうが、秘密裏にお前を拉致する位はやりかねない。お前が麗羽の側近であることはもう既にばれているであろうからな」

 桂花は正宗が何を言わんとしているか理解した表情をした。正宗は「お前が捕まれば麗羽の気質が災いして彼女に被害が及ぶ」と言っているのだ。

「桂花。お前が潁川に行く時は私が同行するかは別にして一軍を護衛につけるつもりでいた。お前は麗羽にとって『大切な家臣』なのだからな」

 正宗は桂花に対して「大切な家臣」の部分を強調して言った。

「わかりました。私の勝手で麗羽様をお困らせしては家臣として立つ瀬がありません」

 桂花は暫し黙考した後、正宗に言った。

「なら決まりだな。冥琳、麗羽の容態を見て南陽郡に向う。準備をしておいてくれ。冀州朝歌郡経由で潁川郡、南陽郡へと向おう。桂花、南陽郡に向う日取りが決まり次第、お前の一族への連絡を頼めるか」
「正宗様、骨を折っていただき申し訳ございます。ありがたくご厚情を受けさせていただきます」

 桂花は申し訳なさそうに了承の返事をした。

「気にするな。あくまで美羽へ会いに行くついでだ。気を使うことはない」

 正宗は照れながら桂花を爽やかな笑みを浮かべ言った。



 正宗は美羽に会いにいく算段の話を終えると、揚羽と冥琳、桂花ととりとめもない話を交わしていた。桂花も当初は緊張をしていたが徐々に正宗達と打ち解けていることが傍目からわかった。

「正宗、お兄ちゃん! これのおかわりが欲しいのだ」

 鈴々が正宗を元気な声で呼ぶ。彼が振り向くと鈴々はスープ鍋を上げ両手で持っていた。

「それは牛肉の(スープ)か。旨かったか?」
「美味しかったのだ!」

 鈴々が元気一杯な声で返事した。

「そうか、そうか。給仕、かわりを持て」

 正宗は愉快そうに鈴々を見ると侍女に声をかけた。侍女は正宗の呼びかけを受け、牛肉のスープを取りに会場を後にした。

「アニキ、アタイも!」

 鈴々に釣られ猪々子も言った。

「では私も」

 鮮卑族の部将の面々も鈴々と猪々子に倣って言った。先程まで正宗陣営と鮮卑族の間には堅苦しい空気であった。二人の大食漢のお陰で、場の空気が少し和やかな雰囲気に変わった。

 宴は深夜遅くまで続いた。宴の終盤には酒に酔った鮮卑族の部将達が歌を披露し、それに負けじと星が槍の演舞を披露した。朱里と雛里が恥ずかしそうにしながらも歌を披露し喝采を受けると他の者達も我先に歌を披露しはじめた。宴の会場の外、鮮卑族の兵達のために用意された宴の会場がある方角からも楽しげな歌声が風にのって聞こえてきた。 
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