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妻を見ること

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第二章


第二章

「よいことです」
「そうじゃな。さて」
 義隆は一同に対して上機嫌で述べる。
「国に帰ったら如何致す?」
「まずは歌を」
 中の一人が述べた。
「詠みたいと思います」
「この月をか」
「はい」
 義隆の言葉に応えて頷く。
「今詠んだ方がいいかも知れませんが」
「ふむ。紙と筆はあるが」
「いえ」
 だが彼はここで思わせぶりに笑ってきた。
「既に歌は心にあります。それは決して忘れはしません」
「左様か。それではのう」
 義隆は彼のその思わせぶりな笑みを見て言う。
「御主に任せる。よいな」
「畏まりました。それではその歌は御館様に」
「楽しみにしておるぞ」
 歌について楽しげな話が交あわされた。それが終わってから話は浜田に振られてきた。
「ところでじゃ」
 義隆は彼に話を振ってきた。
「御主は今どうじゃ?」
「それがしですか」
「うむ、ようやく周防に帰ってきた」
 彼は述べる。
「御主にとっては女房がいるな」
「ええ」
 浜田もそれに応える。二人は杯をそのままに話を続ける。自然と酒が進む。
「もうすぐ会えるな」
「はい」
 ここで浜田は笑顔になった。
「楽しみか?やはり」
「楽しみでないわけがありません」
 彼はにこやかな顔で言ってきた。
「そうでなければおかしいものです」
「ふむ、そこまで申すか」
「はい、いよいよといった感じです」
「よいものじゃ」
 義隆もそれを聞いて顔を綻ばせる。
「もうすぐじゃが」
「それでですね」
 ここでまた言おうとする。ところがふと横に気配を感じた。
「むっ!?」
 ふとそこに妻が目に入った。それを見て思わず声をあげてしまったのだ。
「どうしたのじゃ!?」
 義隆は彼が声をあげたのを見て声をかけてきた。いぶかしむ顔を彼に見せている。
「いえ、今ここに」
 浜田は驚きをそのままに義隆に述べる。
「今ここに?誰かおるのか?」
「いえ」
 ふと周りを見れば誰もが彼を見て驚いた顔を見せている。彼はそれを見て自分の他にはおたけが見えないことに気付いた。彼はそれを見て言うのを止めた。
「何でもない」
「何でもないのか」
「はい」
 そう義隆に述べる。
「何でもありませぬ」
「それならばよいがな」
 義隆はそれを聞いてまずは納得した。
 その間もおたけは彼の隣にいる。そこで彼の顔を見て笑っていた。
「では」
 そのうえで彼に声をかける。
「歌を謡ってくれんか」
「歌をですか」
「うむ、ここは御主の歌を聴きたくなった」
 笑顔でそう述べる。
「だからじゃ。頼む」
「わかりました。それでは」
 浜田も頷く。そのうえで謡おうとする。しかしここでおたけが口を開く。
 それは彼にか聴こえはしない。だが確かに聴こえた。

 きりぎりす 声もかれ野の 草むらに 月さへ暗し  殊更に鳴け

「詠んで下さい」
 おたけはそう語ったうえで浜田に顔を向けてきた。
「どうぞ」
「よいのか?」
「はい」
 小声で話す。そのうえで言葉を続ける。
「わかった」
 浜田はそれに頷いた。それを受けて妻の歌を詠んだ。
「それではな」
 そして妻の歌を詠んだ。するとその歌は義隆達をいたく喜ばせた。
「ほほう」
「これはまた」
「見事じゃ」
 義隆は会心の笑みを浮かべて彼に言う。
「流石じゃな」
「有り難き御言葉」
 義隆に頭を垂れて礼を述べる。
「そういえばの」
 ここで義隆は思い出したかのように話をはじめた。
「何でしょうか」
「駿河の主の。ほれ」
「今川義元でございますか」
「あの者はわしよりも都の文化に憧れておるようじゃな」
「そのようです」
 浜田はその言葉に答えて述べた。
「噂では眉を丸めて髷も公家風にしているとか」
「それだけではないようですぞ」
 浜田とは別の家臣も言ってきた。
「お歯黒もして言葉遣いも公家風だとか」
「何と」
「それはまた徹底しておるな」
「しかもじゃ」
 義隆はここで自分も述べてきた。

 
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