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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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MR編
  百三十五話 母と娘

 
前書き
はい!どうもです!

今回はまた過程回となりますw
主にやはりアスナ関係の話題ですねw

では、どうぞ! 

 
その一時間と少し後、リョウは一人、アインクラッド第二十七層主街区の《ロンバール》に来ていた。
目的はずばり、新生アインクラッドとして生まれ変わったこの町の市場の調査だ。
常闇の国とこの層が呼ばれる所以である昼夜問わず暗闇の街の中を抜け、一方間違えると来た道を見失いそうなほど光量の少ない路地を通って、とりあえず昔目を付けていた幾つかの店を回って行く。
こういう作業には昔は情報屋を使ったりしていて、店情報を売ったり買ったりと忙しかったのだが、最近のALOには情報屋を名乗る人間はロールプレイのネタにするヤツらで無い限り基本的に居ない。
と言うのも、情報が欲しいならゲーム外でwikiなり適当なスレなりを見れば良いのだ。
スレには無秩序にあらゆる情報が飛び交っているし、wiki行けばゲームに関して大抵の情報は手に入る。特にALOは国内のVRMMOの中でもトップクラスにユーザー数の多いタイトルなので、尚更大量の情報が集まるのだ。詰まるところ、情報屋など必要ない。

『そう考えっと……』
アルゴのようなSAO内で情報屋をしていたような人間は大分貴重だったのだろうな、と、リョウは今更ながらに何となく理解する。
何しろ彼ら自身、そんなプレイングをするの事態初めてだったはずなのだ。手間も時間も……場合によっては危険も掛かる。何より、コツが居るだろうそんな立ち位置に、よくもまあ率先して立とうとしたものだ。

「まあアルゴの場合そうでもねーのかもだが」
苦笑しながら、歩いて行き、ようやくリョウは狭苦しい路地を抜ける。大通りを転移門の方へと歩き出すと、若干小腹が空いてきた。

「ふむ……」
此処でリョウはいったん思考の海へと潜り込む。此処でなにか美味い物を探すと言うのは小腹を満たす上では一つの手だ。
しかしALO内では物を食べれば満腹中枢が刺激されるのでちゃんとかりそめの満腹感が得られてしまう。もう間もなくで夕飯の為にログアウトする身としては余り良い事とは言えない筈だ。

「うん。ま、健康は大事だからな」
勝手に納得したように頷いて、リョウは薄暗い大通りを歩いて行く。

……
…………
………………

「ん、やっぱ大事だよな(精神的な)健康は」
もぐもぐと近くに有った売店で買った、《ミッドナイトベリージャムサンド》と言う少し長い名前のサンドウィッチを美味そうにほおばりながら、リョウは通りを歩いて居た。今日は後はコラルの家に飛んで、ログアウトするだけだ。
と、そんな事を考えながらリョウが歩いて居た……その時だった。

「お?」
不意に、通りの宿屋から見覚えの有る影が歩み出て来た。普段は栗色の髪を青くなびかせ、城を基調とした軽装のメイジ。
間違いなく、先程絶剣に連れ去られた筈の、アスナだった。

「何だ彼奴、此処に連れられて来てたのか」
苦笑しながら、あの後どうだったのかとからかい調子に聞いてやろうと、リョウが彼女に歩み寄ろうとした……その時である。

「……あ?」
不意に、彼女の身体がフリーズしたかのように硬直したかと思うと、ポリゴン片となって虚空に消えた。空中に即座に、《DISCONNECTION》の文字が躍る。

「…………」
スデンリィの時と良い、死銃の時と良い、VR空間における回線切断に余り良い思い出の無いリョウは一瞬その場で立ち止まるが、即座に恐らく何かのちょっとしたトラブルだろうと思いなおす。
少なくとも、今のアスナに命の危険の有るような回線切断をする理由は無いからだ。
しかしだとすると……

「ふむ……」
小さく、リョウは唸った。

────

「…………」
明日奈は今、自宅のすぐ近くの道をとぼとぼと行くあてもなく歩いて居た。
絶剣の異名を持つあの少女に連れ去られ(別段嫌な訳では無かったがこれ以外言いようもない)た後、アスナはとても不思議な体験をする事になって居た。
あの少女は、名をユウキと名乗り、アスナに自分達のギルドの助っ人をして欲しいと言いだしたのだ。
……ギルドの名は、《スリーピングナイツ》。その目的は、ALOに置いて現在攻略中の超大型ダンジョン《浮遊城アインクラッド》の第二十七層ボスの攻略だそうだ。ただし、レイドを組まない単一パーティで。という縛りの下でである。

これがどれだけまともでは無い事であるかと言う事に付いて説明するには、先ず現在のアインクラッドのボス攻略戦に関しての事を話していかなくてはなるまい。
ALOの超大型ダンジョン。《浮遊城アインクラッド》のボスモンスターと言うのは、SAO時代のアインクラッドと比べると、「いや別ゲーだろwww」と言いたくなるような(実際元アインクラッド攻略組メンバーはそう思っている)トンデモない強化補正が掛けられている。
何しろSAO時代作戦さえきっちりしていれば一人の死者も出さずにクリア出来ていたボスモンスターが、此方の仕様では49人のフルレイドパーティでも全滅する危険性が往々にしてあるのだ。
当然、そうなると「死者を出す」と言う事自体がタブーだったSAO時代とは攻略のコンセプトが根本的に違う。前衛が死ぬのは前提で、ヒーラーを厚くして、全力で回復を行いながら何とか少しずつボスのHPを削って行くのを目標にする。
それでもしょっちゅう全滅の噂を聞くのだから、本当に相当だろう。

ちなみに、アスナはそれらの事を、件の「ナイツ」メンバーに丁寧に説明した。すると何と彼等、25層と26層のボスモンスターにも既に挑戦したのだと言うではないか。
ちなみに結果は敗北。まぁこれで勝利していたら、アスナはそもそもお呼ばれしないだろう。さて、しかしそれならば、実際に体験して尚、何故にわざわざそんな事をしようとするのか。当然、話は彼等の目的へと向かった。

簡単に言うと、彼等の目的は、自分達がこの世界に居た証を残す事らしい。

彼等……《スリーピングナイツ》はこの二年間程の間に、幾つものゲームを、コンバートし続けて旅をするギルドだったのだと言う。しかしそんな彼らが今年の春、其々の理由で別れ、ギルドが解散する事になったのだそうだ。
故に最期に、自分達が存在した証として何か一つを、彼等が回った世界の中でも最高と断言できる世界である、このALOの中に残したい。そう、彼等は語った。
その為に目指したのが、ALO内で唯一公的に、そしてALO自体が続く限り永久に個人の名前が刻まれるオブジェクトである、「剣士の碑」に、彼ら全員の名前を刻む事。そしてその条件が、彼等がレイドを組まないパーティでフロアボスを倒し切る事なのである。

そんなメンバーの挑戦に助太刀を頼まれて、其れを成功率やそのほか度外視にアスナが請け負ったのは、ある意味では彼女らしいとも言えるだろう。
結城 明日奈/アスナと言う人間は、根本的に、少々ロマンチストな所の有る少女である。勿論人格的な面に問題をきたすようなレベルではないが、それでもこう言ったおかしな出会いや、突拍子もない考えややり方を馬鹿にして笑い飛ばすで無く、すぐに前向きに楽しみ、其れを実行する為の手段をすぐに考え出す……(実際、其れがその突拍子もない考えを実行可能にしてしまう事も少なくない)程度の事はしょっちゅうだし、彼女自身そう言った事が好きなのだ。
そしてそれらの事から起きた経験を、現実(リアル)の自分にも置換させ、より自らの糧と出来る部分もまた、彼女の良き部分だろう。

しかし……そんな彼女で有ればこそ、自らの向き合わなければならない現実(リアル)へと引き戻された時、普段の彼女からは想像できないような弱さを垣間見せる事がある。

────

「う……」
もう何度目かも分からず、溢れそうになった涙をアスナは流れないように必死に抑え込む。
胸の中から溢れだしそうになるふつふつとした嗚咽を、喉の奥で押し殺す。一度流れ出したら、もう誰かが声を掛けて来るまで止まらなくなってしまう。そんな気がしたし、実際そうだろう。彼等との出会いと、新たに出来た目標によって盛り上がった気持ちは、もうすでに氷のように溶け去り、何処かへ消えてしまっていた。

その原因となったのは、アスナを縛り付けるこの世界(リアル)の象徴とも言うべき存在……アスナの母だ。母は昔から、彼女の生きる道を示してきた人物であり、同時に今となっては、その道を外れゆこうとするアスナを引き戻そうとする枷である。

厳格。
母ほどその言葉の似合う人も、現代の日本には珍しいだろうとアスナは思っていた。
大学で、経済学の教授に49歳と言う若さで付いた母。結城京子は、その冷厳で鋭い絶望。そして手腕を用いて、その地位付くまでに何人もの大学内のライバルを蹴落としてきた。自らが築いて来たそのキャリアに当然ながら一定の自負心を持つ彼女が、娘である明日奈に対してもまた積み上げられる最大限のキャリアを望んだのは、ある意味では当然の事だったと言えるだろう。何故なら彼女にとっての理想的な女性像は当然自らの目指す先に有る女性像で有り、其れは自らが築いた物かもしくはそれ以上のキャリアの上に立つ物意外に有りえないからだ。

実際の所、SAOに囚われるまでの結城明日奈は母が示すその道筋が間違った者であるとは微塵も思わなかったし、それらに反抗しようと考える事も無かった。世間一般的に人としての経ち位置を俯瞰した時、母の言う生き方が人として一つの価値を作りあげる物であることもまた、理解できない訳ではない。
しかし、SAOで自らの手によって自らの生きてゆく道を切り開く剣士としての自分を手に入れ、そうしてこの世界に戻って来た時、それまでの自分を振りかえって感じた物は、結城明日奈と言う外殻を持った中身の無い空虚な操り人形が歩んだ驚くほど虚しい人生の足跡だけで、其処に至ってようやく明日奈は、今の自分にとってその道がけして好ましい物ではない事を理解したのだ。

学校、生活、友人ですら、母に制御、管理されたそれまでの生活は、一種の管理世界(ディストピア)の縮図である。そんな世界を生きる事は、もう剣士としての自分を知った明日奈に出来る筈もない。故に、生まれて初めて明日奈は母と対立した。他でも無い、自らが自らの意思で選び、自らの手で歩む理想世界(ユートピア)を掴み取る為に。
しかし……その徹底的な自己管理世界を自らの意思によって生きて来た結城京子と言う女性の人生の重みは。明日奈のそんなささやかな決意の剣を容易くへし折ってしまいそうなほど、硬く、重い物だった。

母の言う事は、原則として全て論理的で正しい。実際、彼女の言う通り人生を過ごす事が出来れば、その安定性や社会的地位は間違いなく保障されている。対して、明日奈の目指したい未来は未だ不明瞭で、そもそも己を何者にしたいのかも定まっていない。唯不確定な理想像(ビジョン)があるだけで、現実的に母の言葉を返せるだけの重みも、強さも無かった。
そして強さが無いのは言葉だけでは無い。明日奈自身の心にも、母の言葉をきっぱりと拒否するだけの強さが無かった。そうして徐々に明日奈はその身を母の作りだした十字架に絡め取られ、今はもう、完全にその心の磔に囚われ掛けている。
今の学校を、強制的に転校させられる。と言う形で。

────

「……?」
不意に、アスナの持っていた携帯端末から、着信を知らせる音声が鳴り響いた。恐らく母だ。そう思った明日奈は、携帯端末の画面を見ることすら嫌になり、少しだけその画面を見るのをためらった。が、数秒してから微かに他の誰かである事を期待して、画面を見る。
結論を言うと、今回は明日奈のその微かな期待が、珍しく花開いた例だった。

「……サチ?」
画面に表示された名は、[麻野美幸]。SAOで出会い、今ではすっかり親友の一人となった一つ年上の少女の名だ。すぐに着信ボタンを押しこんで、明日奈は端末を耳に当てる。

「……もしもし?」
『あ、アスナ?えっと……ご、ごめんね?急に……』
耳元で流れた少し困ったような、けれど、彼女が無意識の内に紡ぎ出す優しく、穏やかな声を聞いただけで、思わず泣きだしてしまいそうなほどに胸の奥が温かくなるのを明日奈は自覚する。嗚咽が混じりそうになる声を必死に押さえて、明日奈は答えた。

「ううん。平気。それよりどうしたの?急に……」
『あ、えっとね……その、私にも良く分からなくて……』
「え?」
戸惑ったように言う美幸の言葉に、明日奈はより戸惑う。言わんとする事が良く分からないのだ。

『その……りょうがね?さっき急に電話をくれて……「もし暇なら明日奈にでも電話してやれ」って……どうしてなのかは、教えてくれなかったんだけど……』
「…………」
今自分の顔を見たらさぞかし間抜けな顔をしているのだろうなと、自分のことながら、明日奈はうっすらとそんな事を考えていた。
一体彼には、何処までの事が見えているのだろう?彼と初めてまともに向き合ったあの日から、時折明日奈は、リョウコウと言う男に自分の全てを見透かされているのではないかと思うような事が何度かあったが、今回の事は中々に強烈だ。

「ねぇ、サチ」
『え?』
「ちょっと遅くなっちゃうかもだけど……いまから、会えないかな?」
気が付くとアスナは、彼女にそんな提案をしていた。

────

「ごめんね?ホントに急で……」
「ううん。私から電話したんだもん。でも、ちょっと驚いたかな……アスナが夜に外で遊ぼうって言うの。珍しいよね?」
「うーん……やっぱりそうだよねぇ」
苦笑しながらそう言って、明日奈は乾いたような笑い声を洩らす。其処らじゅうに灯るLEDの電燈が彼女達の顔を四方から照らしていたが、今の彼女の笑顔は、何処となく濃い影が出ているように美幸には見えた。

「何かあった?」
「……うん、ちょっと、母さんとね……」
「そっか」
言いながら、美幸は少し辺りを見回すと、とあるカフェチェーンの指差した。

「ね、とりあえず、座ろっか」
「うん、そうだね……」
言いながら、彼女達は店の中へと入って行く。

────

「ん、美味しいねこれ」
「ホント……ちょっと高いけど……毎回違う味のが飲めるから、また来ようって思えるね」
注文した物をお互い飲みつつ、明日奈達はそんな事を言っていた。
ちなみにだが、美幸は明日奈と比べると、わりに値段を気にするタイプの人間であったりする。異常、と言うほどではないが、育った環境もあるせいか、明日奈より少し金銭的な感覚は厳しい。
勿論、そう言った点を明日奈は欠点として評価しているのではない。と言うより……

『寧ろ私もそう言う感覚は身につけた方が良いんだろうなぁ……』
何れ一人の男性の妻を目指している身としては。そんな事を考えてから、明日奈は内心で苦笑した。

『でも……それも……』
「アスナ?」
思考の海に沈みかけた意識を、柔らかな声が浮上させた。前を見ると、美幸は何処か心配そうな顔で自分を見ている。

「大丈夫?」
「あ、うん平気……でも、ないかな」
言いかけた言葉を呑みこんで、苦笑しながら明日奈は言った。

「ねぇ、サチ、もし私がみんなと一緒に居られなくなるって言ったら、どうする?」
「っ!!?」
ガタっ!と音を立てて、美幸が半身立ち上がり掛けた。普段基本的に落ち着いた表情を見せる事の方が多い彼女の、その余りにも珍しい反応に、明日奈は一瞬瞠目する。
そうこうしている一瞬の内に、美幸の顔は真っ青になって居て、潤んだ瞳が小さく揺れていた、今にも泣きだしそうにすら見える。

「…………!」
「あ……え、えっと……!ご、ごめんね変な事言って!すぐにって言う訳じゃないの!その、ちょっと学校を変えなくちゃいけ無くなりそうで……!」
「……あ」
慌てて明日奈がそう言うと、美幸はまるで気が抜けたようにストン。と椅子に腰を下ろす。

「ご、ごめん。いきなりこんな事言って……」
「…………」
「……サチ?」
焦りつつ謝ってしかし全く反応の無い美幸に、明日奈は一つ、名前を呼び、加えて彼女の顔を見る。

「……ッ!?」
そうして、彼女は戦慄した。目の前に居る彼女の瞳から、恐ろしく深く暗い何かが、無意識の内に感じ取れたからだ。慌てて彼女に触れようとして、しかしその前に、美幸の瞳はハッとしたようにもとの光を取り戻した。

「あ、ご、ごめんね!急だったからびっくりしちゃって……でも……どうしたの?急に……」
「あ、う、うん……」
手のひらをパタパタと振りながら言う彼女に、明日奈は少し違和感を覚えつつも曖昧に頷く。
今、何か見るべきではなかったような、けれど重大な物を見たような気がしたが、同時に、それをこれ以上追求してはならないような気もした。

「……母さんがね?この前違う学校のパンフレット渡して、転入届書きなさい。って」
「そんな……どうして急に……?」
「元々、あの学校の事、あんまり良くは思ってなかったみたい。ほら、ウチの学校って帰還者用のカウンセリングプログラムとか、有るでしょう?ああ言うの見て、……収容施設だーって」
「あ……」
確かに、そう言った側面があの学校に有るのは否定はできない。それを知って居るため、美幸は思わず俯く。

「おかしな世界で殺し合いをしてた子も居るみたいだけど、あなたまでそんな子達と一緒に居る事無い。って言われちゃった……母さんは知らないんだよ。それ私の事なのに……」
「明日奈……」
机の上に置いた手に、美幸の手が柔らかく触れた。伝わってくる優しい暖かさに勇気をもらえるような気がして、微笑みながら明日奈は言った。

「大丈夫。剣士だった事は、絶対後悔してないから。あの世界でああやって生きてたから、キリト君や、リョウにサチ……みんなと会えたんだもん。後悔するはずないよ」
「…………」
何も言わずに、美幸もまた微笑んだ。その小さな笑顔が、スルスルと明日奈の内側から本音を引き出して行く。

「でも……私、まだ母さんには適わないんだ……母さんに、胸を張って私が歩きたい道を言いたい……今の私の言葉じゃ、母さんには届かなくて……ホント、どうしたらいいんだろ……」
「…………」
溜息交じりに、そんな事を言っていく、と、不意にアスナは「あ、」と声をあげて苦笑しながら言った。

「あ、えっと、ごめん私愚痴愚痴言って……」
「ううん。そう言う事、溜めこんでるより吐きだした方がいいと思うから、私は全然平気だよ?」
微笑みながら言う彼女に、何となく頬を掻いて小さく笑う。

「でも、私じゃあんまり良いアドバイスとか出来ないかも……ごめんね?」
「ううん。こっちこそ、聞いてもらってるだけでホントに楽になれるもん。……そういえば、サチはあんまりお母さんと揉めたりしないの?」
「え?私は……」
不意に問われた事でか、人差し指を顎に当てて美幸は少し考える仕草を見せる。しかしやがて首を横に振ると、小さく笑って言った。

「あんまりない……かな。時々どっちか怒る時もあるけど、SAOから帰って来てからは特に少ないよ」
「うぅ……良いなぁ」
私もそんな風に親とうまくやれたら……そんな風に思ってうなだれると、

「あはは……私の家は、お父さん居ないから。偶に喧嘩すると喧嘩相手と二人きりになっちゃって大変だよ?」
「ウチは何時も喧嘩してるような感じだもん……」
「あ、あはは……」
うなだれながら言う明日奈に、美幸は苦笑してもう一口飲み物を飲む。それに習うように明日奈も飲み物を口に含みながら、彼女はチラリと美幸の顔を見た。美幸と、涼人、詩乃の三人からなる東北出身組は、皆少し特殊な家庭環境を抱えている。

まず、三人とも父親が居ない家に住んでいる。詩乃は死別。美幸と涼人は両親が離婚しているからだ。ちなみに、美幸の父親や今は再婚して大阪に。涼人の父親に至っては、そもそも何処にいるのか涼人自身もよく知らないらしい。
教育費などの金銭類は美幸の親はきっちりと義務を果たしていて、彼女は親に特に遺恨は無いそうだ。だだ涼人の場合……父親が早くから居なくなった上に教育費などの支払いが不定期で、結果的に母親の労働量が増え、倒れた事もあり、お世辞にも父親に良い印象はないらしい。

そして母親だが、ご存知の通り美幸の母親……麻野真理は現在も超が付くバリバリの働くお母さんとして日々仕事をこなしている。
詩乃の母親である浅田紀乃は健在だが、彼女は精神的に重大な疾患を患って居て、とてもではないが働ける状態とは言い難い。
涼人の母親である桐ヶ谷遥は、前述の理由から、既にこの世にいない。

そんな彼ら三人(四人)が集まり共に育ったのが、福島にある詩乃の祖父母の家だったわけだ。福島でも端の方にあるその小さな田舎街に、明日奈も一度だけ行ったことが有るが、今もなお木造建築と塀によって成る少しばかりレトロチックな迷路のような住宅街が連なっていて、とても安らぎのある街並みだった事を良く覚えている。

「……やっぱり、私って甘えてるのかな……?」
「え?」
少し沈んだ声で、明日奈は言った。

「私、リョウとかサチ……母さんみたいに、世の中の厳しさとか、大変さとかに、うと過ぎるのかな……?」
明日奈は生まれてこの方、少なくとも金銭的、物質的にどうしようも無い不自由と言うのを体験した経験に乏しい。
そう言う点から見れば、明日奈が生まれた家は絶対的に恵まれていて、普通に暮らしていれば、苦労する理由自体がそもそも存在しなかったからだ。
親に守られて育った、温室育ちの箱入り娘。言ってしまえば、其れが自分だ。そんな自分が今更何の根拠も無く親の思想に逆らった言葉で彼等を納得させようとした所で……

「だから、母さんにとっての私の言葉は取るに足らなくなっちゃうのかな……?」
「……うーん」
少し考え込むように美幸は押し黙る。しかしやがて、首を横に振りながら顔を上げた。

「取るに足らない……なんてこと、お母さんは思って無いんじゃないかな……?」
「そうかな……でも……」
実際、明日奈の言葉に、母が耳を傾けようとしてくれた事は、その気配すら明日奈には感じ取れた事が無い。

「お母さんが折れてくれないのはきっと、明日奈の幸せの為にはまだ、明日奈の言葉じゃ、お母さんの言葉以上の成果が出せないって確信しちゃってるからなんだと思うよ?」
「……私の、幸せ……」
其れは、母が自分と議論する時、口癖のように口にする言葉だった。ただ明日奈はその言葉を、言葉通りの意味として受け取った事は、SAOから帰還して以来殆ど無い。なぜなら……
何故なら彼女が明日奈の為だと言って押しつけて来る方針は、その全てがどうしても最終的に母自身のキャリアの為の者であると思えて仕方が無かったからだ。

「そうかな……?母さんは、私の事、自分の経歴の一部にしたいだけだと思うけど……」
「え?」
「兄さんも、父さんとの結婚だって……きっと母さんにとっては、自分のキャリアの一部にする為の物で、他の誰かでもきっと「……明日奈」……っ!」
気が付くと、明日奈は普段の自分ならば絶対に言わないような……ひねくれた言葉を、思わず口に出していた。。そしてそれを遮るように、美幸の声が彼女の言葉の間にはさみこまれる。ただ、其れは……

「……自分のお父さんやお母さんの事、あんまりそう言う風に言ったらダメだよ?そう言いたくなる事も有るのは、きっと仕方ないと思う。でも、自分を育ててくれた人の事、そんな風に言っちゃ駄目」
「ご、ごめん……」
まるで姉に叱られる妹のように、明日奈は少し俯いて美幸の言葉に頷いた。ただ美幸の言葉が正論であったからだけでは無い。
其れを言う彼女の言葉が、何時に無く真剣で、少しだけ……怒っているようにも感られたからだ。

「無責任かもしれないけど……本当に一番良いのは、明日奈とお母さん、両方がちゃんと相手の事を理解する事だと思うから……だから、そんな事言ったりしないで、頑張って、ね?」
「うん……」
そう言って問うように首を傾げる彼女に、明日奈は曖昧に頷いた。
きっと、彼女の言う事は一番理想的で明日奈自身も、そうであればいいと願っている事であるとは思う。
ただ実際に其れが自分と母の間で可能な事なのかどうかは、未だ彼女には分からなかった。
 
 

 
後書き
はい!いかがでしたか!?

実を言うと、今回は結構難産な回でしたw
というのもアスナの心情がどうにもうまくつかめず、彼女と母との確執を、どのように描いていくのが一番面白いのか、自分でもよくわからなかったからです。
結果として、サチにお助けいただきました。ありがとうサチw

さて、次回か二回先くらいに、ちょっと戦闘を入れるかもしれませんw

ではっ! 
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