漫画無頼
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2部分:第二章
第二章
腕を組んで瞑目している。その中で一人考えに耽っていた。
「漫画、か」
そのうえで一人呟く。
「果たしてそれは何なのかな」
どういったものがいいのか。わからなくなってきていた。彼は今答えを見出されず一人懊悩の迷路の中に迷い込んでしまったのであった。
それは家でも変わらない。家に帰り子供達が今読んでいる雑誌を見て思案していた。広間のテーブルの上にそれ等を置きソファーに座って見ていた。
「どうしたの、あなた」
そんな彼を見て妻の美恵子が声をかけてきた。声をかけながら缶ビールを差し出してきた。しかし彼はそれを断ったのであった。
「いや、今はいい」
「どうしたの?」
「真面目に考えたいんだ」
そう言ってビールを断る。
「他のを頼むよ。悪いけれど」
「そう。それじゃあ」
冷蔵庫からアイスティーを出してきた。それをテーブルの上、雑誌の置かれていない場所に置く。
「はい」
「有り難う」
妻に礼を述べる。しかし目は雑誌達にある。
「悩んでいるみたいね」
美恵子は彼の向かいのソファーに座った。そのうえで彼に声をかけてきた。
「どうしたらいいかってこと?」
「いや、どうしたらっていうことじゃないんだ」
彼の返事は美恵子の予想したものとは違っていた。
「実はな。漫画について考えているんだ」
「漫画に?」
「ああ。俺は子供の時からずっと漫画を読んできた」
雑誌達に目をやったままでの言葉だった。
「それこそ小学校に入る前からな。けれどな」
「何かあったの?」
「何もない。けれど思うんだ」
少し顔をあげて美恵子を見て述べる。
「漫画って何かってな。最近思うんだよ」
「漫画、ね」
「ああ」
妻の言葉に答える。
「何だと思う?それは」
「いきなりそう言われても」
美恵子は夫のその問いに困った顔になった。そのうえで首を傾げながら述べる。
「絵があって台詞があって」
「そうだな。そして」
「ストーリーがあるわよね。けれどそれで悩んでるんじゃないわよね」
「絵だけでも漫画になるんだ」
峰崎は言う。
「一コマだけでも。それだけでも漫画になる」
よく新聞にある風刺漫画がそうである。あれはあれで上手い人間が描けば吹き出してしまう程面白い。それだけインパクトがあるということである。
「そうだな」
「ええ、そうよね」
美恵子はその言葉にうんうんと頷く。
「四コマでもな」
所謂四コマ漫画だ。これも幾つも雑誌がある。今テーブルの上にあるものの中にもその四コマ漫画雑誌がある。見れば可愛い女の子が主人公の漫画もある。
「けれどその他にもある」
「他にもあるのね」
「そうだ。長いのもあれば短いのもあるよな」
彼は言う。
「ジャンルも様々だ。そしてそのどれでも多くの作品がある」
「あなたとしてはどうなの?」
美恵子はまた夫に問うた。
「どんなものが漫画だと思うのかしら」
「それがわからなくなってきているんだ」
腕を組んで首を回してきた。
「どういったものが漫画か。どんな漫画化一番いいのか」
「見えなくなってきたのかしら」
「いや、見えなくなったんじゃない」
妻のその言葉は否定した。
「見えなくなったんじゃなくてな」
「ええ」
「最初から見えてはいなかったんだ」
「見えていなかった」
「そうだった」
苦く沈んだ顔で頷いてきた。
「そのことに気付いた。今の俺はそんなところだな」
「それで悩んでいるのね。気付いて」
「そういうことだ。こうして見てみても」
また雑誌に目をやった。本当に色々ある。十冊はあるがそのどれもが違う。普通の週刊雑誌もあれば月刊もあるし四コマもある。怪奇もの専門もあれば子供向けもレディコミも少女漫画もある。どれもが全て違っているのだ。
中にある漫画一つ一つもだ。漫画というものはこんなにも色々あるものかとざっと並べた雑誌を見ただけでも思うのであった。
「あまりにも一杯あるな」
「そうね」
「だからなんだ。漫画って何なのかって思ってな」
「あなたの部下の人達はどうなの?」
美恵子は彼の下の編集員達のことを尋ねてきた。
「どう考えてどう思っているのかしら」
「皆が皆言っていることが違うな」
ありのままを述べてきた。
「あいつ等は自分の信じている漫画道を突き進んでいる。それだけだ」
「そうなの」
「だから余計に考えてしまうんだ」
そのうえでまた述べてきた。
「漫画って何かってな。ジャンルだけじゃなくて」
彼の部下達はまだジャンルに捉われている。しかし彼は他のものに気付いてそれを見ようとしているのである。だからこそ悩んでいるのだ。
「絵の上手さとかじゃないわよね。ストーリーとか」
「それもな」
違うと言う。
「どちらが光る漫画家さんもいれば両方の人だっている。アイディアが凄い人だっている」
「それもそれぞれなのね」
「百人いれば百人の漫画家さんと読者の人達がいるんだ」
真摯な言葉で語る。
「けれどそれでも漫画って何だおるかって思ってしまうんだ」
「面白くて売れるもの」
「それでもない」
商業主義も大事だがそれだけでもない、それが峰岸の考えだ。
「雑誌が成り立つ為には売れないと仕方ないさ、確かにな」
「ええ、それはね」
「面白くないと駄目だ。ニーズがある」
編集長としてそれはわかっている。しかし彼が見ているのはそれでもないのだ。
「それでも。まだ」
「それだけじゃないの?」
「面白いのは絶対条件だ」
まずはこう前提を置く。これは簡単に言っているが確かである。まず読んでみて面白くなければどうしようもないのだ。その前提がクリアーされているかどうかだ。
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