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シルエットライフ

作者:赤人
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受け取った女の子の話

 
前書き
どうも、赤人です。
今回は、女の子の話になります。
旦那さん、学園ものですよ、学園もの。是非読んで行ってください。 

 
学校に到着してから、唐突にやるせなさに襲われる。
正門から入り、正面玄関から登校した生徒達で賑わう下駄箱のロッカーへと向かう、そのタイミングだ。
灰色のロッカーが縦に並べられた風景は、これからどこか危険な場所へと誘われるかのような、谷底へと続くレールへと乗せられているかのような、
そんな錯覚に捉われる。閉塞感があるからだろうか。溜息を吐いた。
何度目にしても、この場所に居心地の良さを感じることはない。
下校時間の時の下駄箱なら、嫌いではないのだが。籠に入っていく鳥と、籠から放たれる鳥、どちらの鳥が幸福かと問われれば、後者に決まっている。それと同じだ。

私は高校二年生だった。
つまり、この光景を見るのは数百回目ということになる。
だが、いくら季節が廻ろうと、憂鬱な気分になるのは抑えられない。

この高校は偏差値も高く、制服も洒落ていると評判だった。
私の最終目標は調理師なので、大学進学ではなかったのだが、良い高校に行くことに越したことはないというのと、
母から「家から近いんだし、ここで良いじゃない」と、快活な笑いと共に勧められたのが、この高校だった。

調理師になりたいと思ったのは、中学の二年の夏の時だ。
同性の友達の家に上がり込んだ時、その友達の姉が、恋人らしき男性と仲睦まじく食事をしていたのを目撃した。
友達は軽くその姉と男性に挨拶をしてから、私を引っ張って二階の自室へと連れて行こうとした。
一方の私は、その二人をじっと見つめていた。
友達の姉とは面識があったが、男性の方は初対面だったので、簡潔な自己紹介をした。
男性は日焼けしているのか、健康的な褐色の肌をしていた。体格もしっかりとしており、しなやかな筋肉を纏った腕が半袖シャツから出ていた。
堀が深い顔で、目鼻立ちが整っていたので、笑顔がとても魅力的だった。
その彼が言った言葉を、今でも覚えている。

美由紀(みゆき)ちゃん、君のお姉さんの料理、まじ最高だよ。超うめえのな」

美由紀というのは、中学時代の友達の名前だ。
その言葉を聞いて、羨ましいな、と思った。
何か突出した技術を持っていれば、それだけで誰かが近くにいてくれる。
何か突出した魅力を持っていれば、誰かが傍で笑いかけてくれるのだ。

そして私は、料理という技術を身に着けようと思った。
短絡的だが、何も決まっておらず、どこに進学するだの、将来はどんな職業に就くだの、そういったことも言わず、「ニートになる」と明るい声で堂々と宣言したりする他の生徒達に比べれば、私はまだ良い方だ。

自分に割り振られたロッカーの前に立つと、ブレザーのポケットから鍵を取り出した。
鍵を差し込みながら、屋内に逃げ込んだにもかかわらず、まだ息が白いことに驚く。
今の季節は冬、十一月の中旬だった。最近は異常な寒さにより、どれだけ厚着をしても寒かった。
まるで、猛暑によってどこかに行ってしまった涼しさを、目に見えない何者かが取り戻そうとしているかのようだ。

周囲には、十数人はいるであろう生徒が入り乱れていた。
けたたましい笑い声や、話し声、先程私が発した溜息、そういった様々な声が耳についた。
ロッカーを開け、少し黒ずんだ上履きを掴もうと手を突っ込む。
すると、ずるりと、生き物が舌を出すみたいに上履きの下から薄い青色の紙切れのような物が出てきた。

ラブレターかな、と期待して、すぐにその期待を掻き消す。
そんな古典的なこと、ある筈がない。口許を歪め、鼻で笑った。
くだらない期待をした自分への呆れと、諦めが混じった笑みだった。

今まで、そんな華やかな出来事とは縁があった試しがなかった。
あるとすれば、せいぜい、中学生の頃に、愛の告白を見た目の悪さを理由に、手酷く拒絶された程度だ。

後ろでうずくまるようにしながらロッカーの上履きを出そうとしていた男子生徒の顔が引きつる。
首を少し回し、その男子生徒をちらと見やるが、すぐに目を離す。あまりかっこよくなかった。
見た目も地味で、典型的ないじめられっ子、といった印象を受けた。
髪は中途半端な長さで、目は細い。顔の骨格も粗削りだ。
ああいった人間があることないことを吹聴したところで、結果は知れている。
警戒する必要も、すり寄る必要も、愛想よくする必要も、今はない。
ロッカーの中に取り残された紙切れに視線を戻した。

恐らく、この紙切れはロッカーの扉の下にある隙間から差し込まれたのだろう、と考える。
誰かが、何か要件を伝える為に、ここに手紙を入れた、と考えるのが自然だ。

紙は二重になっているようだった。
表には「南郁子(みなみゆうこ)様」と書かれている。なによ、随分丁寧じゃない。これはもしかするとよ、郁子。

好奇心がむくむくと胸の中で膨れ上がるのを感じた。
一体、この手紙には何が書かれているのだろうか。

中の紙を破かないように、端っこから丁寧に破った。
白く味気ない紙が顔を出す。

その紙を引っ張り出してから、目を見開いた。
まさか、こんなことがあろうとは。

それからすぐに、差出人の名前を探す。
血眼になる、というが、今なら目から血でも何でも出そうな勢いだ。

紙の裏面に、名前が書かれている。
榊原有久(さかきばらありひさ)、とあった。







飛び跳ねるようにして、階段を駆け上がる。
手紙は、ブレザーの内ポケットに、大切にしまってある。
なんせ、相手はあの榊原君だ。いつも堂々としていて、高潔なイメージだったが、こんな奥手な一面もあったとは。
階段を上りながら、顔が綻ぶのを感じた。

階段を上がり、三階の廊下に出た。
右の方に少し進み、自分のクラスである、二年A組の教室の扉を開ける。
横に滑る扉が、転がるような音をたてながら、開く。

教室の中は、屋根に縦一列に貼りつけられた蛍光灯に照らされているものの、
雰囲気は明るいとは言えなかった。

男子生徒が教室の端っこで、円陣を組むように、縮こまりながら話し合っている。
その近辺の机が、水に投げ入れられた石の作る波紋さながらに円の邪魔にならないようにどけられている。
どけられた机に圧迫されるように、狭い空間にどうにか座っている男子生徒が、苦々しげな表情をしていた。

教室の中には、既にいくつかのグループが形成されていた。
明るい男子生徒達の塊、暗い男子生徒達の塊、派手な女子生徒達の塊、平凡な女子生徒達の塊。
自分の机の上に鞄を置き、その上にマフラーを外して被せるように置いてから、平凡な女子生徒達の塊の中へと混じっていった。

「おはよ、郁子。今日も可愛いよ」

(りん)こそ」

このグループは、四人の女子生徒で形成されていた。
ちょっとぽっちゃりとした、まあ、実際は肥満体型の(あん)と、それなりに可愛い、小柄な凛と、見た目は地味だがユーモアにあふれ、成績優秀な(らん)の三人と、私だ。
私以外は全員名前が二文字で、「ん」がつくため為、どこか親近感が湧いているのだろう。あん、りん、らん、だ。
グループとは言うが、私は心のどこかで、彼女らとの距離を感じていた。
彼女ら三人衆を鯨とするなら、私はコバンザメだろう。
実際、グループにはそういった意味もあった。学校生活を楽しくする為、助け合うため、身を護る為、だ。
今の時代、孤立している人間から、悪意の食い物にされてしまうものなのだ。
だから、皆身を寄せ合う。人の上に立っていないと不安になる。皆と同じじゃないと除け者にされる。村八分だ。

先に来ていた三人と挨拶をしてから、世間話と愚痴をべらべらと語り合う、普段なら、私はそうしただろう。

「ねえ、今更なんだけどさ」

「何を今更」

「まだ言ってないって。あのさ、榊原君ってどう思う?」

榊原君の名前を出した途端、三人の表情が凍りついた。
しまった、タイミングがまずかっただろうか?
高揚していたせいで、判断力が鈍ったのかもしれない。

「どうしたのよ、好きなの?」

この年頃の女の子の二言目には、好きな子いるの、だ。
全ての女の子がそうとは限らないが、少なくとも、目の前の三人はそうだった。瞳が爛々と輝いている。

「べつに、そんなんじゃないよ」

至って平凡な、どこにでもある会話、それを意識する。
気取られてはならない。敵に回してはならない。

「六番の、榊原君でしょ。かっこいいよね。男子の中のまとめ役って感じで」

杏が恍惚とした表情で、言った。顎の下の余った脂肪が小刻みに揺れる。
凛と藍がこくこくと首肯する。一緒に、私も首を縦に振った。

「いつもクールでさ、運動もできるし」

「ちょっと不良っぽいところも良いよね。私、夏休みの時に榊原君を見かけたんだけど、赤いメッシュが入ってたよ」

「嘘、どこで見かけたのよ」

それから、話の流れは世の中の男性の容姿と性格の関連性について、となっていった。
実用的な知識が得られないと分かり、頭の中で落胆する。

ごめんね、杏、凛、藍。
私、その榊原君から、告白の為の呼び出しをされたの。
何か、榊原君について教えて貰えたらよかったんだけれど。そう、言ってやりたかった。
けらけら笑いながら話し合う三人が、矮小な、人形のように思えてきた。
ごめんね、貴方達が欲しい欲しいって言ってる物を、私、持ってるの。
暗い満足感が全身を駆け巡る。
一週間後だ。一週間後に、彼女らは目を三角にしながら、怒ったり、羨んだりするだろう。

必死に、口の端が吊り上がるのを抑えた。



 
 

 
後書き
以上です。楽しんで頂けたでしょうか。
次回は七月になるかもしれません。できる限り、早めの更新を心がけていくつもりです。
では、今後とも赤人の小説をよろしくお願いします。 
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