dark of exorcist ~穢れた聖職者~
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第20話「パトリック・キリシマペア 慟哭」
「オオォォォォォォォオオオオォオオオアアァァァァアア!!!!」
激しく激昂し、天に向かって叫ぶ“風の悪魔”がそこにいた。
風の悪魔は、両手を大きく広げ、周囲の風の流れを操作し始める。
「おいおい………ありゃ、なんだ?」
パトリックが見たものは、彼らを絶望させるのに十分なものだった。
パトリックが見たのは、灰色と赤の小型ハリケーン。
「上位悪魔ってのは、本当に何でもありだな………」
パトリックの表情は青ざめていた。
対するキリシマは、冷静さを保っていた。居合の構えのまま、小型ハリケーンを観察している。
キリシマの動体視力は、ハリケーンがどうなっているのかを見通した。
灰色に見えるのは、激しい暴風によって巻き上げられた無数の瓦礫。
小石サイズのものから、人間の頭ほどある大きな瓦礫が、フォカロルの周りを凄まじい速さで回転している。
ハリケーンからは風の音だけでなく、瓦礫同士がぶつかり合い削れる音が鳴り響く。
無数の瓦礫は互いにぶつかり合い、火打石のように火花を散らし続ける。
火花を散らす瓦礫は高温に熱され、ハリケーンを赤く変色させていく。
無数の瓦礫と高温の瓦礫で形成されたハリケーンは、まるでフォカロルの狂気を具現化させたように見えた。
「人間ゴトきが、俺ヲ殺す? ハ、ハ、ハ………」
「……………………」
「笑ワせるナ屑共がアァァあぁァァァァ!!!」
フォカロルが叫ぶと同時に、ハリケーンが動き出した。
「嘘だろおい……!!」
2人の悪魔狩りの前にあるのは、小型の天災。
ましてやそれは、上位悪魔によって無理矢理力を増幅させられたものだ。
「………………………引き下がれるか」
キリシマが小さく呟く。
妖刀・厄雲を強く握り、ハリケーンを見据える。
「…………………必ず殺す……!」
フォカロルは怒りに飲まれながらも、ハリケーンの“微調整”をしていた。
ただの風をハリケーンまでに成長させるのは、たとえ風の悪魔でも難しい。
風力、風向、気圧を細かく操作している。少しでも操作を誤ればハリケーンが崩れる。
「………………?」
フォカロルはハリケーンの異変に気がついた。
わずかに風向きにズレが生じた。
風向きにズレが生じるとしたら、可能性は一つ。
「……………………ハリケーン内部に遮蔽物?」
あり得ない。
瓦礫を巻き上げ、地面を抉る威力を持ったハリケーンを邪魔できるものなどあるはずがない。
「………………!?」
ハリケーンの隙間から信じられないものが見えた。
人影が見えた。
その人影は、少しずつだが確実にハリケーンの中を進んでいる。
「馬鹿な……」
ハリケーンをかき分け、フォカロルに近づいてくるのは………
右手に日本刀を持つ悪魔狩り。
その人影は凄まじい速度で、ハリケーン内部の瓦礫を風ごと斬り裂く。
しかし、全ての瓦礫を斬り裂けるわけではない。
キリシマは身体中のあちこちを瓦礫に傷つけられながらも、一歩ずつフォカロルに近づいている。
ぶつかってくる瓦礫や、それによって傷つけられた自身の身体に一切の興味を示さない。
キリシマが睨むのはただ一点。
風の悪魔。
フォカロルの目の前に突然、日本刀の切っ先が向けられた。
その切っ先は、ハリケーンを突き破って真っ直ぐフォカロルの顔に向けられている。
次の瞬間、切っ先が横一文字に素早く動いた。
ゴウッという音を立てて、ハリケーンが崩れた。
澄んだ視界の前に立っていたのは、居合の構えでフォカロルを睨むキリシマ。
「(チッ……間に合うか分からんが………!)」
フォカロルは咄嗟に風を操作する。
突風を地面に当て、小石を巻き上げる。
「…………………ッ」
細かい小石や砂利がキリシマの視界を邪魔する。
「残念だったな」
キリシマが再びフォカロルを見た時………
フォカロルの右手には、風の槍が形成されていた。
ドスッ
フォカロルの風の槍は、悪魔狩りの腹を刺し貫いた。
「…………ごぁッ……貴様……ッ!!」
同時に、フォカロルの腹にも武器が突き刺さる。
長槍が。
「ゴフッ……ったく、目潰しなんて、セコい手にかかりやがって………」
キリシマに風の槍が突き刺さる直前に、パトリックはキリシマを払い除けた。
そして払い除けた瞬間、長槍をフォカロルに突き刺した。
しかし、フォカロルの風の槍は消滅せず、そのままパトリックの腹に深く突き刺さる。
「屑が……クソッ……離せ!!」
フォカロルが右手に力を込めると、風の槍が爆散した。
「ッあ!?」
パトリックの傷口は無理矢理広げられ、強風で大量の血とともに吹き飛ばされた。
「……クソッ………他の奴らに“人間に刺された”と知られたら、とんだ笑い者だ……」
フォカロルは腹に深く突き刺さった長槍を引き抜き、キリシマの足元に投げて寄越した。
腹を押さえながら、片手で風を操作し、周囲の土を巻き上げる。
土煙が晴れた時、そこにフォカロルの姿はなかった。
また逃げられた。
しかし、今のキリシマに逃げた上位悪魔などどうでもいい。
「………パトリック、しっかりしろ」
キリシマは急いでパトリックに駆け寄り、傷口を押さえる。
「ゴフッ、ゴフッ……ハァ、どうだよキリシマ………俺だってなぁ、やる時は、やる奴なんだよ……」
口から大量の血を吐き出している危険な状態にも関わらず、パトリックは笑顔でキリシマに自慢する。
「………………あぁ、お前の手柄だ。よくやった」
「そうか……ハハハッ、悪いな……キリシマ……お前の手柄、横取りしちまった……ハハッ」
顔色が明らかに悪い。血の気が引いている。会話をしている間にも、出血は続いている。
それでもパトリックは笑顔を崩さない。
「………………パトリック………死ぬなよ」
そう言うと、キリシマはパトリックの傷口を押さえながら、パトリックの上着から携帯電話を拝借した。
キリシマは携帯電話を持っていないため、パトリックの携帯電話を借りるしかない。
突然、パトリックに携帯電話を持つ手を掴まれた。
「無駄だ………救急車とか、仲間が来るのを……待ってられるほど、意識、保ってられねぇ……」
「…………黙れ。帰りを待ちわびている奴らがいるんだ」
「あぁ………そうだった」
「キリシマ………………」
「俺、死にたくねぇよ…………ッ」
今までの笑顔が一切消え、涙を流し悲痛な表情を浮かべた。
「………………死にたくないと思うなら、しっかり意識を保て。いいな?」
キリシマの焦りはより大きくなり、もう一度携帯電話を手に取る。
「ごめんな…………ありがとう………皆………」
涙を流すその眼から、光が消えた。
「……………………………………………………………………」
「………………っあああぁああぁああああああぁあああ!!!」
キリシマは空を向き、両手でパトリックを抱えて叫ぶ。
誰にも知られることのない涙を流して。
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