打球は快音響かせて
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高校2年
第五十二話
第五十二話
真っ青な空。その青を映し出したような海。
湿気が少なく、カラッとした暑さ。
ヤシの木が風にそよいでいる。
これぞ南国。
「うわー、マジで暑いっちゃ!」
「木凪は初めてやわー」
「えぇねぇえぇねぇ、テンション上がるわー」
空港に降り立った三龍野球部は木凪の様子に声を上げる。自由行動の時間など、そうそうあるとは思えない部活のキャンプとはいえ、テレビでよく見るリゾートの光景に胸が躍るのは当たり前。
「はぁー」
一人だけため息をついたのは越戸。
それもそうだ。木凪本島出身の越戸にとってみれば、ただの里帰り。時間が拘束され、自由に部屋に篭ってアニメ見れない事の方が辛い。
「よーし、球場に行くぞー」
爽やかな半袖に、サングラスをかけた浅海が声をかける。それに従い、部員達はバスに乗り込んだ。
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「おらっ」
パシィ!
夏を先取りしたような暑さ。
キャッチボール一つをとっても、肩がよく回り、水面で練習していた時よりも投げるボールが走る。普段よりずっと早く、選手達同士の距離が開いていき、遠投が始まる。
「レフトー!」
カキン!
「ボール三つ三つ!」
「ノーカット!一人で!」
せっかく暖かい中で野球ができるとあって、練習内容は実践向けのものが増える。
ランナー付きの守備走塁練習や、シート打撃。
久々のこれらの練習に、三龍ナインは“野球”を思い出していく。
「……お前、ノック入らんで良いんか?」
球場のブルペンに入っていた美濃部が、隣の越戸に尋ねた。越戸は斜め下45°の視線でボソボソと答える。
「浅海先生が……次のチームの事もあるけ……ピッチャー……中心にしとけって……」
「ほー。次期エースやけん、外野ノックする暇も勿体なかってか。」
越戸の言葉を背中で聞いた美濃部は、ミットを構えるブルペン捕手にズバッと投げ込む。
糸を引くような球が良い音を立てて突き刺さる。
「ま、夏までは俺が居るけん、ゆっくりじっくり仕上げていけば良かよ。俺のおかげでそんな投げんでええけん、安心っちゃろ」
嫌味な美濃部の言い方に、越戸もムッとする。陰キャだが、負けん気は人並み以上にあるのが越戸である。
「まぁ、な、投げるしかのの能のない美濃部さんにマウンドは譲って、ぼぼ僕には打撃もありますし、ゆっくりやらしてもらいます」
どもりながら言い返した越戸に、美濃部は振り向き目を剥いた。
「何やとォ!?俺が秋にホームランカチこんだん、お前は忘れたんかぁ!」
「だ打率は一割台やなかですか!!」
「うるせぇ!エースはバッティングに浮気ばしとれんのや!」
「エースの割には、しししょっちゅう僕のリリーフば頼ったやなかですか!完投せんばエースやなかです!」
「何ィー!」
ガチで言い合いを始めた2人に、グランドの方から浅海の怒声が飛ぶ。
「美濃部!越戸!お前ら何をやってる!喧嘩しに木凪まで来たんじゃないぞ!お前ら2人、宿舎まで走って帰れ!」
「「」」
美濃部も越戸も、その声に我にかえって絶望する。その様子をクスクスと宮園が嘲笑っていた。
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「お前、中々やるな。さすが打っても投げてもイケてるだけあるわ。」
「みみ美濃部さんこそ、やややっぱ三龍のえエースですよ」
打ち解けた様子で、他の部員より随分と遅れた夕食をとる美濃部と越戸。その顔や腕にはところどころ生傷が見える。
「な、何であいつら急に仲良くなってんだ?」
「分からん。ピッチャーいうんは、どうも分からん」
手のひらを返したように仲睦まじい様子の2人に、先に夕食をとった他の部員は首を傾げるばかりだった。
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翌日も朝から練習。内外野のカットプレー、シート打撃や走塁練習など実践練習にも時間をかけながら、一方でフリー打撃や普通の内外野ノックもたっぷりと。朝から晩まで、球場をフルに使って思い切り野球をする。ここまで野球漬けになった事も珍しく、思い残す事のないほど練習した三龍ナインには、充実感とセットになった疲労感が漂っていた。
しかし。
そういう、「気持ちの良い疲れ」なんていうレベルで、この合宿は終わったりなどしないのだ。
「おー、イッツァビーチ!」
「海辺に来るとか、あれか?泳ぐのOKとか?」
ホテルの目の前の砂浜に球場から戻ってきた三龍ナインは集められる。夕暮れに赤く輝く海、風にそよぐヤシの木、白い砂、リゾートそのものの光景に三龍ナインの目は輝く。
「残念。トレーニングでした。」
浅海の目も輝いていた。
Sっ気たっぷりに。
砂浜でクイックスロー、ダッシュ。
足を持っていかれる砂場で、機敏な動きを要求されるのはかなりキツイ。それも、ほぼ1日練習が終わった夕方にこれがある。
リゾート地の光景に目を輝かせていた三龍ナインは一瞬にして苦悶の表情へと様変わり。
「せっかくの合宿だからなー。追い込んでなんぼだぞー。」
それを見て満足そうなのは浅海。
その顔を横目で見て、乙黒は若干引いていた。
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