ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜
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蒼き魔女の迷宮篇
22.蒼き魔女の迷宮
前書き
ついに出現した監獄結界。
それを止めるため雪菜と古城は優麻を追う。
友妃と彩斗は漆黒の獣を、紗矢華とラ・フォリアはアッシュダウンの魔女と激突する!!
キーストーンゲートの屋上を不気味な触手の群れと真紅の瞳を持つ獣が取り囲む。
監獄結界の解放を阻止するために古城と雪菜は、優麻を追って監獄結界へと向かった。
「ああもうっ! しつこいんだけど、こいつら──!」
紗矢華の怒声が響く。
強力な魔術に守られた触手たちを、紗矢華の“煌華麟”は容易く切り裂く。しかし数が多すぎる。
しかし、魔法陣から無尽蔵に湧き出るそれらに阻まれ、姉妹の魔女に近づけない。
「たしかに、これではキリがありませんね」
「全くその通りだね」
ラ・フォリアと友妃が、不機嫌そうな表情を浮かべる。
ラ・フォリアの呪式銃は、触手の防御魔術の影響で、本来の力を発揮できない。友妃の刀も同様に触手は切り裂けても召喚者に近づけない。
彩斗の黄金の梟が触手を貫けば、一撃である程度は吹き飛ばせるが漆黒の獣がそれを阻む。
「“守護者”の枝……と言いましたね」
彼女が、不意に思い出したように呟いた。
それは姉妹が何気なく口にした言葉だ。
「軟体動物ではなく、植物ですか……」
ふふっ、と愉快そうに王女が笑う。
「なるほど。メイヤー姉妹が引き起こした事件で、巨大な森が一夜にして消滅した出来事がありましたね」
「“アッシュダウンの惨劇”ですか」
紗矢華が呟く。
「“アッシュダウンの惨劇”?」
「今から十年前位前に欧州の西北、北海帝国の都市アッシュダウン近郊で、メイヤー姉妹が起こした都市周辺の森が消失した事件だよ」
友妃が淡々と事件の内容を口にする。
「まさか……じゃあ、この“守護者”の正体は……」
「ええ。失われた森の木々がすべてが、悪魔の眷属として怪物化した姿だと考えれば、この圧倒的な質量にも得心がいきます。いくら切り倒しても、無駄でしょう」
ラ・フォリアは肩をすぼめる。
「……ですね」
紗矢華は構えていた剣を降ろす。攻撃しても無駄だと悟ったのだ。
「あらあら。小娘どもが何か囀っているみたいですわ、お姉様」
「ええ、本当に。命乞いの相談でも始めたのかしら」
無駄なことを、と二人の魔女が耳障りな声で笑う。
勝ち誇る彼女たち。
「いいえ。思ったよりも、つまらない仕掛けでした、と申しているのです」
「そうですね。属性がわかってしまえば、打つ手はいくらでも」
「だね。おばさんたちの触手とあの獣を倒して早く雪菜たちを助けに行くよ、彩斗君」
挑発を軽くあしらわれてしまったことで、決定的にプライドが傷ついたのだろう。
彼女たちの怒りに反応して、“守護者”の攻撃が激しさを増す。
ラ・フォリアは優艶な微笑を浮かべたまま、黄金の拳銃を構えながら彩斗へと歩み寄る。
「それでは、彩斗。少しあなたの力を貸していただきます」
「え?」
ラ・フォリアは彩斗が意図を確認する前に自らの唇を彩斗の唇に押し当てた。
唇に柔らかな感触とともに口内に広がる鉄の味。犬歯の疼きと喉の渇き、視界が真紅に染まる。
彩斗はラ・フォリアを突き飛ばすようにして離れる。
「なにすんだよ、ラ・フォリア!?」
吸血衝動の昂るのを抑え込みながら告げる。
「いえ、魔力を補給させようと思いまして」
天使のような笑顔をこちらへ振りまく。
彩斗はやはり、ラ・フォリアが少しだけ苦手だ。底が掴めず、なにを考えているかがわからない。
「それでは、彩斗。任せましたよ」
「はぁー、了解しました」
迫り来る触手を睨みつけて彩斗は右腕を突き出した。
鮮血が迸り、膨大な魔力が出現する。
「──来い、“戦火の獅子”!」
“戦火の獅子”は、出現するとともに彩斗の身体へと激突し、爆発的な魔力を吹き出す。
爆発的な魔力は辺りの触手を吹き飛ばす。
いや、この場合は、消滅させたと言う方が妥当だ。
高次元にすら、干渉する鮮血の獅子の魔力は容易く触手をこの次元から消滅させたのだ。
そして出現したのは、“神意の暁”が従える眷獣を武器へと変える能力。
“戦火の獅子”はその姿を万物を狩りとる鮮血を思わせる鉤爪へと姿を変えた。
「お見事です、彩斗。あとは、わたしと紗矢華に任せて、彩斗は、彼女とあの獣を」
ラ・フォリアは黄金の拳銃を構えて前に出る。
「任せますよ、紗矢華。それまでは前衛をわたくしが」
「はい」
紗矢華が剣を下ろしたまま後退する。
「それじゃあ、こっちも行くか、友妃」
「うん……そうだね」
あからさまに不機嫌そうな顔をこちらに向ける友妃だった。
「なんでそんなに不機嫌なんだよ?」
友妃はそっぽを向いて不機嫌に答える。
「だって、彩斗君……王女様とキスしてた」
「い、いや、あれは俺がしたわけじゃねぇだろ! ラ・フォリアが勝手に……」
「それでも、してた」
友妃はこちらに向いて言ってくる。
「ボクは、彩斗君の監視役だからああいうことはボク以外の人にしちゃダメだからね!」
「は、はい……」
理不尽に友妃に怒られる彩斗。
「それなら、早くあの獣を倒して、雪菜たちを助けに行こ!」
銀の刃を空中に浮かぶ、漆黒の獣へと向ける。
「あ、ああ……」
今だに“真実を語る梟”と激しい戦いを繰り広げている漆黒の獣へと視線を向ける。
同時に二体の眷獣を操っている時点で彩斗の肉体への負担は、とてつもないものだ。
そもそも、“神意の暁”の眷獣は、一体でもとてつもない魔力を消費する。
今は、ラ・フォリアの血を少しでも吸血したおかげでギリギリ保てている。
それでも、あと数分しか持たないだろう。
早くあいつを止めなければいけない。
「彩斗君、早く決めるよ。もう時間がないんでしょ?」
心の中を読まれたようで、ドキッとする。
友妃は無邪気な笑みをこちらに向ける。
「ボクが隙を作るから、彩斗君はトドメをお願い」
友妃は一歩前へ出て、銀の刀を漆黒の獣へと向け、祝詞を唱える。
「──獅子の御門たる高神の剣帝が崇め奉る」
彩斗は黄金の梟を消滅させる。すると漆黒の獣はターゲットをこちらへと変え、疾駆してくる。
「虚栄の魔刀、夢幻の真龍、儚儚の真理を打破し、全なる者の偽心暗鬼を絶たせ給え──!」
爆発的な霊力が銀色の刀に注ぎ込まれる。
その時だった。友妃の身体を漆黒の獣の鋭く尖った爪が薙いだ。
その一瞬の出来事に彩斗は動くこともできなかった。
「……う、嘘……だっ……ろ」
声が洩れた。
「うん。これは嘘、幻だよ」
切り裂かれた友妃の肉体は、まるで霧のように姿を消した。
そして、漆黒の獣の背後から激しい閃光を放つ銀の刀を持った友妃が現れる。“夢幻龍”の一撃は、漆黒の獣を切り裂いた。
苦痛の声を上げる漆黒の獣。
「今だよ、彩斗君!」
思考が止まっていた彩斗に友妃の声が響く。固まっていた身体が地を蹴り上げ、一気に距離を縮める
動きが鈍っている漆黒の獣の身体を鉤爪が薙いだ。
万物を狩りとる、“戦火の獅子”の鉤爪は、物体、液体、気体、さらには空間でさえも破壊し尽くす破壊神の力を持つ。
漆黒の獣は、まるで鋭利な刃物で切断せれたように腹から真っ二つにぶった切れる。
漆黒の獣は空間から狩りとられ、とてつもない絶叫とともに姿を消滅させる。
「そちらも終わったようですね、彩斗」
魔女姉妹の触手を消滅させたラ・フォリアと紗矢華がこちらへ歩み寄る。
魔女姉妹は、特区警備隊が捕縛した。
空間の歪みは消えた。魔女姉妹が消えたことで残る問題は、仙都木優麻。いや、優麻の母親ただ一人となった。
彩斗は、絃神島の北端部の海上に浮かぶ、小さな島を睨む。
「あそこに行くのですか、彩斗?」
こくりと頷く。
「あのバカはなにをしでかすかわからねぇからな。姫柊のことも心配だしな。それに優麻の目を覚まさせなきゃいけないからな」
「それでは、行ってしまう前に……」
ラ・フォリアは悪戯するような笑みを浮かべてこちらに近づいてくる。
彼女のこの次の行動が予測できた。
この笑みを浮かべるときは、ラ・フォリアは決まって彩斗に悪戯を迫ってくるときだ。
「いや、それはいいから!」
「そうですか、残念です」
悪戯っぽく笑いながら肩を落とす。
だが、正直なことを言えば、今の彩斗には魔力が極端に減っている。
だから吸血して魔力を少しでも回復したいところだ。
そもそも鮮血の獅子は他の眷獣たちに比べて魔力の消費量が異常だ。
正直な話、立っているのもやっとなのだ。
「やはりそうでしたか」
ラ・フォリアは、なにかを悟ったように彩斗の前まで歩み寄ってくる。
そして彩斗の頬を両手で挟み動かないように固定する。意外と強い力の彼女の手を振り払うことができない。
ラ・フォリアをそのまま唇を彩斗の唇に押し当てた。とても柔らかくほのかに温かい彼女の唇に理性が飛びかける。
再び、口内に鉄の味が広がる。
吸血衝動が昂る。今回は、抑え込むことが出来そうにない。
ラ・フォリアの儀礼服とその下のシャツの上のボタンを強引に引きちぎる。はだけた襟元からのぞく新雪のような白い肌がのぞく。
わずかにのぞくボリュームのある胸の谷間がさらに吸血衝動を昂らせる。露わになった首筋目掛けて、牙を尽きたてる。
伸びた牙がわずかにラ・フォリアの首を傷つけたところで我に返る。
「あぶねぇ……」
「我慢しなくていいんですよ」
「いや、流石に今回はいつもよりもまずいかな……」
その理由は、もともと吸血行為に彩斗が抵抗があるのとアルディギアの騎士たちがいる中で、王女の血を吸ったあかつきには、彩斗の死は間逃れない。
接吻をしたということが万が一ラ・フォリアの父親に知られればそのときはアルディギア王国騎士団対伝説の吸血鬼にもなりかねない。
「わたくしは、構いませんわ」
「俺が困るんだよ!」
「そうですか。それでは……」
ラ・フォリアは、両腕を彩斗の身体の後ろに回す。そのまま強く抱きしめて胸に顔をうずめさせる。
スベスベとした肌と柔らかな二つの感触が彩斗の顔を包み込む。彼女の甘い香りに再び吸血衝動に昂る。
体感として十数分くらい彼女に抱きつかれていた気がする。
「今回は、これで我慢しますわ」
ラ・フォリアは悪戯っぽく笑みを浮かべる。
やはり彩斗は、ラ・フォリアが少し苦手だ。彼女の表情からはどこまでが本気でどこまでが本気じゃないのかがわからないからだ。
別に彩斗は彼女が嫌いなわけではない。むしろ彼女のことは好きだ。
それは好意なのかは自分でもわからない。それでも彼女が彩斗のためにここまでやってくれているのだ。
「あとのことは、任せましたよ、彩斗」
さっきとは、打って変わって彼女は真剣な表情を浮かべる。
「ああ、任せとけ!」
監獄結界の方へと向き直り、右手を突き出した。
魔力は先ほどのラ・フォリアの血で若干だけ回復は出来た。
「──降臨しろ、“真実を語る梟”!」
神々しい翼を持つ梟が顕現する。
「行くぞ、逢崎!」
友妃は、先ほどのように不機嫌な表情を浮かべるがすぐにいつもの笑顔に戻る。
梟の背中に乗り、黄金の翼を羽ばたかせる。
「友妃、緒河彩斗! 雪菜と暁古城を頼むわよ」
「任せて、紗矢華! あとで紗矢華も来てよね!」
まだ事件は終わってない。
最後の事件を終わらせるために黄金の翼が闇夜を切り裂き、監獄結界へと目指す。
(──待ってろよ、姫柊、古城、優麻!)
青騎士を背にする吸血鬼の身体を奪った優麻と青いドレスを着た少女、雪菜が銀の槍を構えていた。
古城の頭は、もうパンク寸前だ。
那月が監獄結界の鍵だとか、今までいた那月は偽物だったとか、もうわけがわからない。
「──暁先輩の肉体、回収させてもらいます!」
「甘いな……」
優麻が失笑しながら、立ち尽くす古城へと一瞬、視線を向ける。
「その槍の力なら、ボクの本来の身体を攻撃すれば、簡単にケリをつけられるのに……それをしないのは、古城に感化されたのか。やっぱりきみも古城にたぶらかされた口かな?」
「違います!」
雪菜が妙にムキになって言い返す。
「げ、現状では最善だと判断しただけです! それに──」
「っ!?」
言い終える前に、聖堂の床を蹴って雪菜が跳んだ。彼女の槍が、優麻の胸元へと突きこまれる。
「──どちらも難易度は大差ありませんし」
「“蒼”!」
優麻が”守護者”に防御を命じた。しかし青騎士の分厚い装甲を、雪菜の槍は斬り裂いた。
優麻は舌打ちして空間を歪めた。
「無駄です!」
雪菜は、優麻の行動を予知していたように出現地点を斬った。剣巫の未来視だ。
「その肉体を操っている限り、あなたの“守護者”は、魔力の大半を空間接続に使わなければなりません。戦闘力はほとんど残されていないはず」
「たしかに……今の状況で獅子王機関の剣巫を倒すのは難しいだろうね」
優麻は自分の不利を認めた。
「だけど、忘れていないか。ボクはキミと馬鹿正直にやり合う必要なんてないってこと──!」
「しまっ──!?」
優麻の狙いに気づいて、雪菜が表情を凍らせる。
青騎士が攻撃魔術を起動する。優麻の狙いは、雪菜でも那月でもなかった。眠り続ける那月の頭上。石造りの天井だ。
“雪霞狼”は魔力は無効化できても、質量は無効化できない。
だが、古城はその場所へと走り込んだ。
「だあああっ──!」
那月の小柄な身体を担ぎ上げ、そのまま床へと転がる古城。一瞬遅れて落下してきた石塊が、那月が先ほどまで座っていた椅子に降り注ぐ。
「先輩……!?」
雪菜が驚愕に目を瞬いた。
「悪いな、ユウマ。おまえがスリーポイントを狙っているときの顔は、よく覚えてるぜ」
埃まみれの顔を上げて、古城は不敵に笑ってみせた。懐かしい幼なじみの得意技を、古城はまだ忘れていない。
「古城……っ!」
「どうしてまだそんなふうに笑うんだ!? ボクはキミを騙していたのに! 犯罪者に創られた、生まれながらの魔女なのに! キミの住んでいる街を破壊して、キミの友だちを傷つけようとしているのに────!」
「ユウマ……」
悲痛な叫びを洩らす旧友を、古城は呆然と見返す。その視界が突然、赤く染る。
自分自身の額から血が流れていたのが、目に入ったのだ。
「なんだ……これは……!?」
血まみれの自分の身体に、古城は驚愕する。
これは普通の傷ではない。優麻の身体はもはや限界を迎えていたのだ。
優麻の身体は崩壊しかけている。
「“蒼!”」
青騎士が再び、天井を貫く。
天井が再び、崩れ、古城と那月に降り注ぐ。
優麻は自分の肉体ごと那月を消すつもりだ。
雪菜が走ってこちらにくるが間に合わない。
そのときだった。聖堂の壁が音もなく壊れ、そこから二つの人影が姿を現した。
黒のタキシードを翻す少年と純白の着物に手には、銀色の刀を持った少女だ。
「彩斗君!」
「わかってるっつうの!」
少年は右腕で空を斬り裂いた。すると落下する石塊が一瞬にして姿を消した。それは空間ごと斬り裂いたようだった。
「彩斗!」
「──友妃さん!?」
ギリギリで古城と那月を救うことに間に合ったが、状況が理解できずにいる。
なぜ、ここに那月がいるのかもわかっていない。
だが、今の彩斗と友妃は来ても戦力になるわけではない。
あとは、わからないが雪菜と古城に託すしかない。
優麻の身体はもはやボロボロだ。
それを見て雪菜が動いた。
「──獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る」
雪菜が祝詞を紡ぎ出す。
「破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて我に悪神百鬼を討たせ給え!」
銀色の槍が閃光を放った。閃光をまとって雪菜が疾った。
“雪霞狼”の刃が古城の肉体の心臓を刺し貫く。
そう思われたが、雪菜が止まった。銀色の槍は古城の胸の前で止まった。
優麻がその隙に動いた。
青騎士の巨大な拳が、横殴りで雪菜を襲う。かろうじてそれを槍で受け止める。
彼女はそのまま数メートル吹き飛ばされる。
「「姫柊!」」
「雪菜!」
「……大丈夫、です……これくらい……」
駆け寄ろうとする古城たちを制止して、雪菜が身体を起こす。
「優しい子だな、キミは」
優麻が膝立ちの雪菜を眺めていった。
「あらゆる魔力を無効化する獅子王機関の秘奥兵器──いくら吸血鬼が不老不死でも、“七式降魔突撃機槍”に貫かれて、本当に復活できるかどうかはわからない。だからキミは攻撃を止めた」
槍を杖代わりにして、雪菜が立ち上がる。
「何度やっても同じことだよ。それは自分でもわかっているんじゃないのか?」
傷ついた雪菜を哀れむように、優麻が言う。たとえ何度立ち上がっても、古城の身体を傷つけられな以上、雪菜に勝ち目はない。
「……んなことねぇよ」
勝利を確信した優麻を彩斗は睨む。
「まだ勝ったと思わない方がいいぞ」
「どうしてだい? それとも魔力がほとんど残っていないキミがボクと戦うのかい?」
「そうだな……」
彩斗は不敵な笑みを浮かべる。
「確かに俺には、魔力はもうほぼ残ってねぇよ。それでも……」
彩斗は床を踏みしめ、駆けた。
魔力を使えない彩斗はただの他より再生能力がある人間と変わらない。
それでもその行動は、優麻にとっては予想外だった。
拳を振り上げる。優麻の顔面めがけて固めた拳を振り下ろす。
反応が遅れた優麻は、それを受けるしかなかった。
「戦えねぇわけじゃねぇからな」
魔力がほとんどない身体には自分の拳の衝撃でさえ、骨を軋ませ、筋肉を震わす。
「彩斗! 人の身体になにしてんだ!」
「いや、一発本気で殴りたかったからよ」
ふらつきながらも彩斗は笑う。
「あとは、任せたぞ、古城」
古城は、雪菜に寄り添い、彼女の背後から支えた。
銀の槍を二人一緒に構える。
「古城……どうして……?」
「悪いな、ユウマ。おまえをぶっ飛ばして、俺は俺の身体に戻る。今の身体のままじゃ、いつもみたいに姫柊の血も吸えないしな」
古城の言葉に、雪菜がムッと唇を曲げる。
「行くぜ、ユウマ──ここから先は、暁古城の戦争だ」
雪菜の手から槍を奪い取り、古城が優麻に向かって突進する。
「古城──っ!」
優麻は苦悩の声で叫び、空間転移する。
優麻は、自身の身体を攻撃できない。捨て身覚悟の攻撃も那月がいたからできたことだ。
優麻の目的は那月の抹殺だ。
だが、那月のそばには友妃がいる。それなら考えられる転移先は、友妃と那月を同時に始末できる攻撃ができる場所だ。
それは先ほどから行っている天井からの攻撃だ。
空間転移した優麻が姿を現わすとともに天井を破壊する。
「無駄だよ、それは幻影」
冷たい少女の声に優麻は身を震わせる。
先ほどまでいたはずの那月と友妃が姿を消している。
それは、友妃の“夢幻龍”の力だ。
再び、空間転移した優麻。
だが、その先に向けて、渾身の力を込めた、銀の槍が飛来する。
「う……! “蒼”──っ!」
避けきれないと悟った優麻が、自分の“守護者”に防御を命じる。分厚い甲冑の騎士が、交差させた両腕でガード。
「駄目かっ!?」
古城が投げた“雪霞狼”は本来の力を発揮できない。
「──いいえ、先輩。わたしたちの勝ちですよ」
華やかな笑みを浮かべて、雪菜が強烈な回し蹴りを槍へと叩き込む。
青騎士の腕を貫き、甲冑に包まれた胴を貫き、暁古城の胸元を抉った。
「馬鹿な……どうして、古城……」
ガラスが砕けるような甲高い衝撃波とともに古城の肉体はゆっくりと崩れ落ちる。
その身体を雪菜が抱きとめた。
「痛ェ……」
その言葉は間違いなく第四真祖のバカの言葉だった。
「おかえりなさい、先輩──」
「失敗……したのか、ボクは……」
平坦な口調で、優麻がぼそりと呟いた。
「そうみてぇだな」
優麻の隣で起きるのを待っていた彩斗が眠そうに呟いた。
「まぁ、でもよかったじゃねぇか、優麻」
「え?」
優麻は驚いた表情を浮かべて目を瞬いた。
「おまえはこれで自由だろ。あとは、優麻の好きなようにすればいい」
優麻はその言葉に微笑を浮かべる。
その笑顔はとても美しく、ラ・フォリアや友妃とは違って形で目を奪われてしまう。
「立てるか、優麻」
彩斗は立ち上がり、優麻に手を伸ばす。
「ありがとう、彩斗」
優麻が彩斗の手を掴み立ち上がる。
その柔らかな手に若干照れるのを隠しながらも古城たちの元へと近づく。
「……まったく、これだけの騒ぎを起こしておいて平和なものだな、おまえたちは」
古城の背後から、懐かしの声がした。
振り返るとそこには眠り続けていた南宮那月が立っていた。
「南宮先生、やっぱり起きてたんですね」
雪菜が安堵したように言う。
「まさか……寝たふりしてたのかよ……汚ェ」
古城が不満たらたらの目つきで、那月を見上げる。
「力を温存していたのは事実だがな。第四真祖の眷獣の力をまともにくらったんだ。いくら私でも無傷で済むわけがないだろう……まったく恩師に手を上げるとはいい度胸だな。どれ、ご褒美でもくれたやろう」
そう言って、古城にデコピンを喰らわせた。
「痛ってェェェェ! それのどこがご褒美だ。ていうか、あれは俺がやったんじゃねぇ!」
「まぁ、ドMの古城にはご褒美だな」
「おまえも随分、派手な登場をしてくれたな」
そう言って、今度は腹を殴った。
「ちょ、今は結構洒落にならないんだが……」
倒れる彩斗に近くにいた優麻と友妃が駆け寄ってくる。
「……仙都木阿夜の娘。どうする、まだ続けるか?」
優麻は彩斗を起こしながら、首を振る。
「やめておくよ。ボクにはもう、監獄結界をどうこうする理由はないみたいだ……」
「そうか」
彼女は母の呪いから解放されたのだ。
この事件は、ようやく終わりを告げる。
……はずだった。
「……“蒼”?」
“守護者”が実体化する。優麻が、不安げに声を震わせた。
顔のない青騎士が、全身の甲冑を震わす。
「やめろ、“蒼”!」
優麻が悲鳴のように命令するが、青騎士の動きは止まらない。
腰に提げていた剣に手をかけ、鋭く研ぎ澄まされた刀身を抜き放つ。
古城と雪菜、友妃が那月を庇うように立つ。
だが、次の青騎士の行動は予想を裏切ったのだ。
「優麻、あぶねぇ!」
優麻の身体を庇うように立った彩斗の身体もろとも巨大な剣は、優麻の胸へと突き立てたのだ。
「……ユウ……マ!?」
古城の途切れる声が聞こえる。
「……お母様……あなたは、そこまで……」
彩斗は自分と優麻の身体に突き刺さる剣を魔力を使って粉砕する。
「わりぃ……な……ユウ……マ……」
彩斗は力を使い果たし、その場に倒れこんだ。
「彩斗君!」
少女の声が聞こえたがそれに応えることすらできずに彩斗は意識を失った。
後書き
蒼き魔女の迷宮篇完結
次回、監獄結界から脱出を果たした、仙都木阿夜と七人の魔導犯罪者たち。彼らの目的は”空隙に魔女”南宮那月の抹殺だった。
一方で重傷を負った優麻を救うため、彩斗たちは巨大企業MARの研究所を訪れた。
仙都木阿夜の計画により狙われる那月は浅葱に保護されることになる。
観測者たちの宴篇始動!!
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