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絶対の正義

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第十五章


第十五章

「知ってますか?実はですね」
「あの新入社員の小笠原君ですが」
 噂を流していったのである。ただしこれは人に直接話してではない。某巨大掲示板に書き込んだり隠れて独り言をわざと他人に聞こえる様に言ったり人に見える場所に落書きとして置いていたりして流したのである。このやり方は実に手馴れたものであった。
 その噂は次第に小笠原を包んでいった。社内の多くの者が小笠原を不穏な目で見つつそのうえでひそひそと話を囁くのであった。
「あの新入社員がなのね」
「そうらしいわ」
「あの昔の事件でね」
「そんなことをしていたの」
「最低ね」
 まずはOL達からであった。そうした情報に長けている彼女達から話は広まっていった。それはまさに戸口は立てられず光より速いものであった。
 彼女達はすぐに彼を怪訝な目で見るようになった。そうしてそれは態度にもはっきりと出ていた。
「まさかあの噂は」
「本当なのか?」
「だとしたらこいつは」
 次は男子社員達であった。同期も含めて彼を見つつ不穏な顔になって囁き合うのだった。
「あの事件で」
「そんなことをしていたのか」
「何て奴だ」
 まずはそこからだった。彼は外堀を埋められた。そして岩清水はそれを見ながら。ある日誰よりも早く出社して総務部に入って。あることをしたのであった。
 小笠原がそれを見て唖然となった。何と出社した彼の机の上に花瓶があったのだ。しかもその花瓶には一輪の白い椿があった。
「な、何なんだこれは」
「あれっ、椿って」
 驚く彼のところに岩清水が来た。そうして何気ない顔でこう言うのであった。
「あれなんだよね。花がそのままぽとりって落ちるからすぐに死ぬとかそういう意味でお見舞いとかには不吉だって嫌われているんだよね。そう、不吉だってね」
「そういう問題じゃないよ」
 小笠原は焦りきった面持ちで彼に顔を向けて言った。
「何で僕の机に」
「花瓶があるかってことかい?」
「そうだよ、誰の悪戯なんだよこれは」
 周囲を見回す。だが誰もがその彼を無視して仕事の準備を進めていた。既に外堀が埋められていることが効果を出してきていた。
「誰が一体」
「さあ。ただ」
「ただ?」
「どうしてそんなに焦ってるのかな」
 何も知らない顔を作って小笠原に問うてみせたのだった。
「君、凄く焦ってるよ」
「焦ってるって?」
「そうだよ。昔こうしたことを見たみたいにね」
 今の岩清水の言葉に。総務部の全ての者が耳を立てた。
「そんな感じだけれど」
「いや、それは」
「僕の気のせいかな」
 ここで首を傾げてみせたのだった。
「それは」
「そうだね。そうだと思うよ」
 こう言いはしたがその声は誰が聞いても上ずっているものだった。言葉にその動揺がはっきりと出てしまっていた。どうしようもないまでに。
「それはね」
「そうだよね。だったら」
「だったら?」
「これはなおさないといけないね」
 そうは言うが自分では動こうとしない岩清水だった。
「ゴミ箱にね」
「うん、すぐに」
「ああ、そうそう」
 またふと思い出した様に言葉を出してみせる岩清水だった。そうしながらもちらりと小笠原を見る。その反応を見逃そうとはしていない。
 そしてその鋭い目を隠しながら。彼は言った。
「ゴミ箱に何かあったらいけないよね」
「何か?」
「教科書?」
 教科書を聞いた瞬間だった。また小笠原の顔が強張った。まるでメデューサの顔を見たかの様に。
 
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