| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第百二十七話 国際協力都市




宇宙歴 796年 6月 16日  イゼルローン要塞  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



「自由惑星同盟が帝国の経済を支える優良企業の株をフェザーンより入手した事は分かっている。帝国はこの事に付いて深い懸念を抱いている」
ゲルラッハが俺を睨んでいる。感じ悪いな、そうか、こいつリヒテンラーデ侯と親しかったな。俺があのジジイを殺したとでも思ってるのかもしれん。

その通りだ、俺があのジジイを殺したよ。直接じゃないけど死地に追い込んだ。そしてエルウィン・ヨーゼフと一緒に捻り潰した。文句有るのか? 俺だって両親を殺された、俺自身も殺されかけた。お互い様だろう、嫌味の一つも言ってやるか。
「妙ですね、フェザーンが所持している時は帝国政府は懸念など持っていなかったようですが」

ゲルラッハが言葉に詰まった。そして俺の後ろからは失笑する音が聞こえた。ゲルラッハがジロリと音がした方を睨んだ。視線を俺に戻す。
「皮肉は止めて貰いたい。我々は帝国の安全保障に関わる重大な問題だと危惧しているのだ。ヴォンドラチェク重工業、キスク化学、コーネン、インゴルシュタットの金属ラジウム工場、第七辺境星域の農業開発計画……、まだ不足かね?」

凄いな、全部覚えているのか? 不足だと言って全部言わせてみるか? トリューニヒトとホアンに視線を向けた。どうする? トリューニヒトとホアンが顔を見合わせた。トリューニヒトが口を開いた。
「その件については同盟政府から提案が有ります。ヴァレンシュタイン諮問委員長」

また俺? たまにはそっちで説明してくれよ。ゲルラッハが俺を睨んでいるだろう。顔を顰めるとホアンが“ゲルラッハ子爵”と声をかけた。アレ? 説明してくれるのかな?
「ゲルラッハ子爵、ヴァレンシュタイン委員長を睨むのは止めて頂けませんかな」
あらら、説明じゃないの。

「私は睨んでなど……」
「子爵閣下のためになりません。ヴァレンシュタイン委員長は自身に向けられる敵意には極めて敏感なのですよ。おまけに一発殴られれば十発以上殴り返さないと納得しないという厄介な性格なのです。お分かりいただけますかな」
ゲルラッハがきまり悪そうな顔をしている。不本意だな、俺ってそんな風に思われてるの? いやホアンはゲルラッハをちょっとからかっただけさ、そうに違いない。ホアンが俺に話しをするようにと声をかけた。

「帝国側の懸念については同盟政府でも理解しています。幾つかの条件を帝国が飲んでくれるのなら株はそちらに返しても良い、同盟政府はそう考えています」
俺の言葉に“条件とは”とブラウンシュバイク公が喰い付いた。
「いささか心情的に受け入れ辛い事かもしれません。しかし実害は無いですし長期的な視野に立てば帝国にとっても利の有る事です」

まずイゼルローン回廊を全面開放する。そして回廊の両端にガイエスブルク要塞と同形の要塞を置く。これによってイゼルローン回廊を使用しての侵攻作戦がし辛い状況を作る。つまりイゼルローン回廊の中立化だ。ここまではフェザーンと変わる事は無い。

問題はイゼルローン要塞だ。このイゼルローン要塞を軍事要塞から国際協力都市へと変身させる。
「国際協力都市?」
ブラウンシュバイク公が訝しげに問い掛けてきた。その隣に居るシュタインホフは顔を顰めている。イゼルローン要塞を弄られるのが気に入らないのだろう。

「そうです。同盟と帝国は和平を結びますがその和平を持続させるためには両国の交流が必要です。物、金、人、その交流を図るためにイゼルローン要塞を軍事要塞から国際協力都市へ変えようと言っています」
「馬鹿な、イゼルローン要塞を何だと思っているのだ!」
シュタインホフが吐き捨てた。

「イゼルローン回廊の出入り口に要塞を置けば、帝国の安全保障においてそれほど問題は生じません。違いますか、シュタインホフ元帥」
「……」
「こちらは帝国に対してイゼルローン要塞を譲れと言っているわけではありません。要塞を帝国と同盟の交流のために役立てようと言っています。交流を密なるものに出来ればそれ自体が両国の安全保障に繋がるでしょう。国境を閉じるだけが国を守るという事では有りますまい」

帝国側の人間は皆、考え込んでいる。ブラウンシュバイク公が俺を見た。
「物、金、人か、それは分かるが」
「両国の中間にあるイゼルローン要塞を交流の基点とするのです。先ず両国の公的協力機関を設置します。警察、軍、経済、通商における各機関は絶対に必要です」
公が“ウーン”と唸った。シュタインホフとゲルラッハは今一つ不満そうな表情だ。いかんな、端折り過ぎたか。

「例えばですが両国の間で人的交流が進めば当然ですが両国間に跨った犯罪も起きるでしょう。良い例が地球教やサイオキシン麻薬です。そのような犯罪や薬物に対処するために合同の警察組織が必要ではありませんか? そういう協力機関をイゼルローン要塞、いや国際協力都市イゼルローンに作るべきだと思うのです」
「……なるほど」
ブラウンシュバイク公が頷いた。今度はシュタインホフ、ゲルラッハも頷いている。地球教が効いたかな。

「軍なら兵器管理、軍縮を話し合いましょう。戦争が無くなれば兵器が余る。特に大量破壊兵器は管理が必要です。それらが流出しテロにでも使用されればとんでもない事になる。さらにこれまでの戦争を互いに検証する事で戦史研究も進みます。そして捕虜の取り扱い、大量破壊兵器の取り扱いなど条約で定めなければならない事も有ります。そうではありませんか?」
シュタインホフがバツの悪そうな顔をしている。捕虜の待遇は帝国の泣き所だよな。

「他にも医療、科学、芸術、学問などの分野における研究機関、教育機関などを作り人的交流を図るのです。協力出来る分野は沢山有る筈です」
「……」
「それにイゼルローン回廊を全面開放すればこの回廊を使って貿易が行われます。当然ですがイゼルローン要塞は中継基地となる。このイゼルローン要塞を利用しての交易、商業活動も盛んになるでしょう。人が集まり物が動けば金も動きます。このイゼルローンを同盟と帝国の物流の中心、金融の中心にするのです」

ブラウンシュバイク公が“ウーム”と唸った。
「卿はこのイゼルローン要塞をもう一つのフェザーンにしようと考えているのか」
「そう言えるかもしれません。しかし公的協力機関はフェザーンには有りません。いずれフェザーンもイゼルローンにある公的協力機関に参加するでしょう。そうなれば本当の意味でイゼルローンは国際協力都市になります」

ブラウンシュバイク公がまた“ウーム”と唸った。いや公だけじゃない、シュタインホフ、ゲルラッハ、随行員の中からも唸り声が聞こえる。
「イゼルローン要塞を国際協力都市にか……」
「しかしイゼルローン要塞は……」
「うーむ」

ブラウンシュバイク公は天井を見、シュタインホフは首を振っている。ゲルラッハは唸るばかりだ。
「イゼルローン要塞を軍事要塞から人工都市にする事に抵抗が有るかもしれません。しかし国際協力都市にした方が帝国にとってもメリットが有ります。帝国は物流、交易、金融の中心都市を所持するのです。言ってみればフェザーンを所持するに等しい」

イゼルローン要塞は人口五百万が収容可能な人工都市だ。このうち百五十万程は駐留艦隊の乗組員だろう。そして要塞守備兵がほぼ同数ぐらいは居るに違いない。残り二百万が軍属、民間人だろう。人工都市へ変わるとなれば駐留艦隊は必要ない、周囲へ派遣する哨戒部隊だけで十分だ、五千隻も有れば足りるだろう。そして要塞守備兵も大幅に削減出来るはずだ。軍属も必要無くなる。国際協力都市として十分に使える。

いずれはイゼルローン要塞だけでは狭くなるだろう、その時は新たに要塞を造って増設すればいい。徐々に徐々にだがイゼルローン回廊は帝国と同盟を繋ぐ交易、物流の大動脈になる筈だ。そして国際協力都市イゼルローンは平和の象徴になる。イゼルローン回廊を使用しての戦争はし辛くなるのだ。同盟市民もイゼルローンが無力化されたとなれば大いに喜ぶだろう。



帝国暦 487年 6月 16日  イゼルローン要塞  アマーリエ・フォン・ゴールデンバウム



「陛下、ブラウンシュバイク公が御戻りです。ゲルラッハ財務尚書、シュタインホフ統帥本部総長、レムシャイド伯を伴っておいでです」
「分かりました。飲み物の用意を」
「はい」
侍女が私の前を下がった。エリザベートが嬉しそうな顔をしている。父親が戻ってきて嬉しいのだろう。財務尚書と統帥本部総長を伴ったという事は首脳会談は決して楽観出来る状況ではないという事なのに……。

夫達が現れた。表情は硬い、予想以上に状況は良くないのだろうか? 身体が強張るような感じがした。
「御苦労です、遠慮は要りません、こちらへ」
私がソファーを指し示すと夫達が“恐れ入りまする”と身を屈めた。全く、夫婦なのになんと馬鹿げた事をしているのか……。夫達がソファーに座り侍女達がコーヒーを出した。部屋にコーヒーの香りが漂う。夫達の顔に僅かにホッとしたような表情が見えた。

「大事な話が有ります。皆、下がりなさい」
私の言葉に十人連れてきた侍女達が頭を下げて下がった。エリザベートが不安そうな顔をしている。
「エリザベートはここに居なさい。但し、口を挟む事は許しません」
「はい」
ちょっと怯えたような顔をしたが娘は素直に頷いた。

「楽に行きましょう。どうなのです、貴方。思わしくないのですか?」
夫が“うむ”と頷いてコーヒーを一口飲んだ。後の三人もコーヒーを口に運ぶ。
「まあ簡単ではないな。なかなか手強い」
「……」
「思いがけない事を提案されたのだがどうすれば良いのか分からぬ。いや、利が有るのは理解出来る、踏ん切りが付かぬという事かな」
夫が嘆息すると他の三人がそれぞれの表情で同意した。

「フェザーンの独立の件はまあ問題は無いだろう。向こうもフェザーンには気を許していない。こちらと手を取り合ってやっていこうと考えているからな」
「では問題とは? 株ですか、それとも国債?」
私が問い掛けると夫が渋い表情で“両方だ”と言った。

「株はちと厄介だ、国債から話そう。返還を求めたのだがな、断られた。無理な償還は求めない、毎年一千億帝国マルク、百二十年かけて償還してもらえば良いと言いおった」
「一千億帝国マルク? 百二十年?」
私が訊き直すと夫が頷いた。ゲルラッハ、シュタインホフ、レムシャイドの顔を見たが皆渋い表情をしている。エリザベートは目が点だ。

十二兆帝国マルクの国債、使い様によっては帝国を崩壊させかねない危険極まりない爆弾だ。償還そのものを拒否するという案も検討されたが財務省は反対した。国債を持っているのは同盟だけではない、フェザーンにも帝国の中にもいる。償還を拒否すればそれらの人間は帝国に騙されたと恨むだろう。そして今後、帝国が発行する国債を購入する人間は居なくなる。長期的に見れば百害あって一利もない、というものだった。皆が納得せざるを得なかった。

同盟からの償還のみ拒否してはどうかという意見も出た。しかし同盟が国債を第三者に売った場合には意味が無くなるという点が指摘された。ただ徒に同盟の敵意を買うだけだろうと。結局のところ同盟から返還してもらうしかないのだが取引の材料が無い。八方塞に近かった。

「財務尚書は如何思うのです?」
私が問い掛けるとゲルラッハ子爵は“はっ”と畏まった。もっとも表情は苦しげだ。言葉を選ぶような口調で話し始めた。
「同盟からの申し出は償還の条件としては極めて帝国に有利としか言いようが有りません。今の一千億帝国マルクと百二十年後の一千億帝国マルクはまるで価値が違うはずです、目減りしているでしょう。もし、臣が国債の保有者ならそのような条件は到底認めません」

「償還を断ればどうなります。元々同盟の物ではない、強奪に近い形で奪った物、不当に取得した以上償還の義務は無いと言っては」
結局のところ帝国が償還を渋るのは同盟に対する反発と国債を得た手段が強奪と言って良い程に不当だった所為だ。何故償還しなければならないのか、帝国に返還するべきではないか、そういう感情が皆に有る。帝国人二百四十億の殆どが濃淡は有れ同じ思いを持っている筈だ。ゲルラッハが有利と言いながらも同盟からの提案を受け入れるべきだと言わないのもそこに理由が有る。

「その場合は元の持ち主に返却するとのことです」
「元の持ち主? フェザーンですか?」
私が問い掛けるとゲルラッハが頷いた。
「はい、そうなると償還条件はかなり厳しくなるでしょう。現状でも償還期限を過ぎている国債が三千億帝国マルク程有ります。フェザーンは直ぐに償還を求める筈です。帝国は十二兆帝国マルクをきっちりとフェザーンに償還する事になります。あまり喜ばしい状況では有りません」
夫が顔を顰めた。フェザーンは例の貴族連合軍の一件で帝国を酷く恨んでいる。十分に有り得る。

「借りた以上返すのは当たり前、であれば有利な条件で返すのが賢明だと言われました」
ゲルラッハが太い息を吐いた。面白くなさそうな顔をしている。シュタインホフが“他にもございます”と後を続けた。
「門閥貴族が没落した事によって帝国の財政は一気に改善した。政府の力も強まり改革も支障なく進む筈。自らの手を汚す事無く代償も支払わぬのはいささか虫が良過ぎはせぬかと……」

皆が渋い表情をしている。私も顔を顰めてしまった。相手の言う事は事実だ。こちらの状況を見透かされている。何ともやり辛い。聞いていてもやり辛いと思うのだ、実際に交渉をした夫達の苦労はどれほどだったか……。溜息が出そうになった。

「同盟はこの件では譲りますまい。現状では同盟が有利に戦争を進めています。何らかの形で戦争に勝ったという事を市民に証明しなければ暴動が起きるでしょう。とてもではありませんが和平など結べません」
「それで国債の償還が必要だというのですか? レムシャイド伯」
レムシャイド伯が頷いた。

「帝国には借りたものを返すだけと要求し、同盟市民には賠償金のようなものと説明出来ます。極めて都合が良い。こちらとしても国債を発行したのは事実である以上償還しないとは言えません。となればヴァレンシュタインの言うようにどれだけ有利な条件で償還するか、という事になります。そして同盟からの条件は財務尚書が申し上げましたが帝国にとって非常に有利です。彼らにとっては帝国が金を払ったという事実が大事なのだと思います。目減りなどどうでも良い事でしょうな」
溜息が出た。“強かですね”と言うと皆が頷く。

同盟からの提案を受け入れるべきだろう。だが誰も口に出せずにいる。十二兆帝国マルク、大き過ぎる金額だ。そして他でもない同盟に払うという事、帝国臣民の感情、それらが皆の口を重くしている。
「……已むを得ませんね。同盟からの提案を受け入れましょう」
「しかし……」
「これは皇帝としての決断です」
皆が私を見た。非難する視線ではない。謝罪が半分、安堵が半分だろうか。

「……すまぬな、お前に辛い決断をさせてしまった」
夫が頭を下げた、他の三人もそれに倣う。
「そんな事は有りません。皆が苦労しているのです。私もそれを分かち合おうと思っただけです。頭を上げてください」
決断して良かったと思った。皇帝になった以上、飾りであってはならない。エリザベートを見た、目を丸くしている。いずれはこの娘も皇帝になるだろう、飾りにしてはならない……。

夫が大きく息を吐いた。
「ならばもう少し粘ってみるか。十二兆はいささかきつい、なんとか一桁、九兆か八兆に出来ぬかとな。周囲に与える印象は随分と違うはずだ」
「なるほど、同盟が金額ではなく帝国が国債を償還したという事実に重きを置くのであれば可能かもしれませんな」
「八兆まで減額出来れば、目減り分を入れれば実質償還するのは約半分と皆に言えましょう。交渉に勝ったとは言えなくても負けてはいないと言えます」

夫の言葉にレムシャイド、ゲルラッハが続いた。シュタインホフが“戦争と同じですな、勝ってなくても負けていないと抗弁する。良くやったものです”と言って嘆息した。皆が笑い出した、シュタインホフも笑った。大丈夫だ、私達は未だ笑う事が出来るのだから。


 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧