SAO ~冷厳なる槍使い~
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SAO編
第二章 曇天の霹靂
5.積み重ねた自信
仮想大規模オンラインゲーム《ソードアート・オンライン》がデスゲームとなり、約一万人のプレイヤーをその囚人と化してから、早八ヶ月程が経った。
プレイヤーが解放され現実世界に帰るためには全百層からなるSAOの舞台、浮遊城アインクラッドの完全攻略が唯一の方法だ。
しかし、解放した階層は現段階で未だ二十九層。百層の攻略などまだまだ先の話――だというのに最近は少し攻略のペースが落ちていた。
というのも、ひと月ほど前に行われた第二十五層の迷宮区攻略にて、そのボスに攻略組の中心の一翼を担っていた《アインクラッド解放軍》の精鋭たちが大被害を受けたからだ。
多くの死者を出したそのボス戦に、これからの攻略について二の足を踏むようになったプレイヤーは少なくない。
二十四層までの順調な勢いと《軍》の勢力拡大に、SAO攻略のペースが上がると考えていたプレイヤーたちも、この結果で攻略組の士気が落ちて逆にペースが下がってしまったことに意気消沈していた。
俺たちは幸いにも――という言い方をすると亡くなってしまったプレイヤーたちに失礼だが――二十五層ボス戦には参加していなかった。
攻略組の末席に名を連ねているが、俺たちも全てのボス戦に参加してきた訳ではない。
時にはレベルの問題で、時には装備の相性で、時には依頼の受注中で。
出来る限り参加したいとは考えているが、特に大きなギルドに所属しているわけでもない、いち四人パーティーでしかない俺たちに対処出来そうにもないボス戦には参戦してはいなかった。
これは何も俺たちだけに限った話ではない。
いくら他のプレイヤーからしてみれば高レベル揃いの攻略組とはいえ、十日と置かず、下手したら三日四日後にはすぐに次のボス戦ということもあるハードな日程に付いていけるプレイヤーは一握りだった。
誰だって死にたくは無い。
装備や道具の準備はもちろん、精神状態だって万全にしてからボスに挑もうと考えるのは罪ではないと俺は思う。
――俺とて、出来ることなら危険なことにあの三人を付き合わせるのは避けたい。
だが、《四人でSAOを攻略する》と、第一層でした決意に水を差すわけにもいかない。
矛盾はしているが、出来うる限り安全を心掛けての攻略をしていきたいと思う。
――《矛盾》という言葉が嫌いだった俺が、なんて変わり様か。
しかし、それほどまでに俺の中であの三人の存在が大きくなっている、そう考えると、不思議と今の自分に否はなかった。
「キリュウさんっ」
安全を心掛ける、という目標に対して出来ることは多くある。
現在、俺たちはそのうちのひとつ、SAOで――MMORPGで最も重要となる《レベル》を上げるために、最前線から三つ下の二十六層に在る狩場へと来ていた。
「おっはようございます!」
「お早うございます」
「おはようございますッス~」
二十六層のデザインテーマは《山岳地帯》。
起伏の激しい岩肌の山脈や、緑に覆われた緩やかな山脈などが縦横に巡っている。
この階層には、主街区と迷宮区最寄りの町以外の町村は存在しない。
岩山の麓や山間に、安全地帯である普通よりも大きめのログハウスが至る所にあり、プレイヤーたちの休憩所となっていた。
「……ああ。お早う」
俺たちが居るのは南部エリアの一角、女面の怪鳥《ハルピュイア》の巣の近くにある岩山の麓に設けられたログハウスだ。
このログハウスには共用スペースである居間と、個別スペースである寝室が備わっている。今居る場所には風呂が付いているが、場所に依っては無いところもあるという。
だいたい2~4パーティーが同時に泊まれる設計で、各スペースはそれに応じた広さと部屋数を備えている。
「……予定通り、今日は一日レベリングに費やす。各自準備は出来ているか?」
『はい(ッス)!』
1パーティ用に与えられた個別スペースの寝室といっても、一部屋に六人分のベッドがあるわけではない。一区画に二部屋、それぞれドアのところで一人から五人まで寝る人数が設定でき、ドアを開くと設定数分のベッドが設置されている。男女別にする最低限の配慮なのだろう。
情報屋《鼠のアルゴ》から適当なレベリングスポットである此処の情報を買った俺たちは近場のログハウスに一泊して、翌日の朝八時に出発準備を完了させた。
「……お? やあ、おはよー」
「おはよう!」
「おはよ~」
「おっはー♪」
「……」
割り当てられた部屋から出て居間に入ると、聞き覚えのある複数の声が聞こえてきた。
「いや~、朝から女の子を見ると『うおおお、頑張るぜ~!!』って気持ちになるぜ」
「ホントだよな~」
「うむうむ」
「おいこらちょっと。そこのふざけた男共、何か忘れてるんじゃありませんかねぇ?」
「あ。すまんすまん、忘れてた。――朝から《可愛い》女の子を見ると、だった」
「だったな~」
「うむうむ」
「よしコラ、全員オモテ出ろや」
『あ、すんませんっしたあああああああ!!』
「……」
朝から賑やかな声がログハウスに響く。
彼らは俺たちと同じく、ハルピュイアの巣でレベリングをするために来た五人パーティーのプレイヤーたちだ。
パーティーのリーダーで、明るい性格の盾剣士の男性ノリダーさん。
ふくよかな体付きをした両手用戦槌使いの男性コンペッドさん。
頭を坊主にしたマイペースな重装盾戦斧使いの男性パラリラさん。
姐御肌な短剣使いの女性ラピリアさん。
フード付外套を着た長身痩躯の無口な両手用長槍使いの男性ポーさん。
昨日、俺たちが夕食をとっていた時に、彼らもまたこのログハウスへと訪れた。
久しぶりの女性プレイヤーとの遭遇だと、まずラピリアさんがルネリーたちとすぐに仲良くなった。
その後、ラピリアさんの紹介もあり明るい性格な男性陣とも打ち解けた。
彼らは全員が大学生だという。
とはいえ大学は違うし、SAOを始めるまで接点は無かったのだが、何度かクエストやボス戦の臨時 パーティーで一緒になり、気の合った仲間が一人二人と増えていき、今の状態となった。
ただ、ポーさんだけは、知り合いから今回のレベリングに連れて行ってあげてほしいと頼まれて急遽参加したらしい。
パーティーの平均レベルは36。俺たちの平均レベルより三つ下だが、ギリギリ此処の安全マージンは取れている。
一週間以内には行われる今度の二十九層ボス戦へ参加するために、最低でも40レベルにはしたいと言っていた。
「これから行くのかい?」
居間の暖炉の前に置かれた揺り椅子にどっしりと腰掛けたノリダーさんが訊いてくる。
「はいっ。そうですよー」
両房の金髪をふわりと浮かしながら、にこやかにルネリーがそれに頷いた。
「今日はどっち行くの?」
「《巣》の西側ですよ。い~っぱい狩るつもりですっ」
「うへぇキツそー……でもそっかー、わたしたちは《巣》の北側に行こうかって話してたの。運が良ければ卵が手に入るかもだしね」
レベリングスポットである《ハルピュイアの巣》は、東西南北の小エリアに分かれている。
ルネリーが答えた《巣》の西側は山岳の谷底になっていて、上空から数多のハルピュイアが襲ってくるエリアだ。他のエリアと比べてモンスターが多く湧出も早いのでその分危険ではあるが、逆を言えば短時間で多くの経験値を得ることが出来る。俺たちの安全マージンは十分に取れているので、命の危険はないと踏んでいるし、実際アルゴにもそう言われた。
《可能な限りの安全を踏まえた効率の良いレベリングスポット》という矛盾を孕んだ俺の要望に出来る限り応えたと彼女は言っていた。
そしてラピリアさんたちが行くという《巣》の北側は、俺たちとは逆に山岳の頂上だ。辿り着く道すがらには一部ロッククライミングをしなければならない険しい場所があり、落ちれば死は免れない。しかし街の雑貨屋で買えるロープがあれば、それを命綱にすることで問題無く通り抜けることは可能だ。
山の頂上である此方は、実際に大きな鳥の巣のような枝葉の集まりが至る所にあり、その巣では確率は僅かだが稀に《ハルピュイア・エッグ》というA級食材アイテムが手に入る。
が、その卵を護るマザー・ハルピュイアは他よりも格段に強く、その分ドロップアイテムも良い物が出る。
《巣》で狩るならば、数なら西、質なら北と言われる所以だ。
「気を付けてくださいね!」
「うん、ありがとう。そっちもね」
お互いに武運を祈り合い、俺たちはログハウスを出た。
手を振って別れる間際、投げキッスをしてきたノリダーさんの頭をラピリアさんが叩いていたのを見てルネリーたちは苦笑していた。
「――ふっ……」
短い呼気と同時に踏む込む。
即座、左手で押さえた槍の中腹を基点として石突を持つ右手を回し、穂先を跳ねさせる。
右回転、左回転と交互に穂先を回して三体の敵――《ハルピュイア・フェザーシューター》の放った複数の羽根を弾き落とした。
羽根は投剣スキルで放っているため、直後に相手は隙が出来る。
「ハイッ!」
それを見逃さずにレイアが鞭で攻撃する。二匹には通常攻撃を、一匹はソードスキルによって技後硬直の時間を延ばす。
攻撃力の代わりに妨害特性が高い鞭とはいえ、通常攻撃とソードスキルの特殊効果とでは相手に与える影響は雲泥の差だ。
しかし、通常攻撃を与えただけの二匹のハルピュイアには、すぐさま追撃が入る。ルネリーとチマだ。
「はああああああ!!」
籠手同化型の丸盾を前に掲げたルネリーの突進からの体当たり。盾による打撃の効果で敵が僅かに浮き上がり、その瞬間に力一杯の斬撃を食らわせた。
《軽盾防御スキル》と《片手用直剣スキル》の熟練度を上げたことで最近覚えた、複合ソードスキル《ブイチャージ・バスター》。
「てぇぇぇぇっ、ぃやあああああ!!」
踵を軸に二転三転と大剣ごと回転するチマは、その遠心力を乗せた大剣で斜め下からの強烈な振り上げ斬撃を見舞い、豪快に敵を斬り飛ばす。
吹き飛ばし効果を持つ重単発ソードスキル《ヒッター・スマッシャー》。
既にHPは半分近くまで減っていたハルピュイア二匹は断末魔と共に光の粒子となって空気に溶けた。
「……!」
対して俺は、鞭ソードスキルのスタン効果から抜けた一匹に接近し、その猛禽類の如き両足の鋭い爪による攻撃を紙一重で全て避けていた。
このSAOという世界は本当によく出来ている。
今まで見たモンスターはもちろん、猛禽類と人間の女性が融合したような姿をしているモンスターである眼前のハルピュイア。
全てのモンスターの行動には、それ相応の《手間》がかかっている。
現実の人間の場合で言えば、何かを殴ろうとする時、《手を握り締めて拳を作る》《拳を振り上げる》《腰を捻る》《視線で当てたい個所の確認》と、軽く思いつくだけでもこれだけの手間――《予備動作》を挙げられる。
対象が人間だったらそういったことも解り易いが、モンスターなどのような人間型ではないものの動作は条件の近しい実在する動物の観察、または想像でしか解らないと思う。
しかし、だというのにも関わらず、その体躯、その動作、その行動に対する体の動きは自然で、矛盾を感じることは一切なかった。
つまり、モンスターの動き一つ一つにちゃんとした意味があるということに他ならない。
このハルピュイアの場合なら――。
呼吸をするように上下する胸や肩。これは相手が攻撃を仕掛けてくるタイミングを計ることに利用できる。
目が在るモンスターはその視線の方向が露骨に攻撃箇所を教えてくれる。
両腕の翼を羽ばたかせていなければ宙に浮けない、そして鷹のように鋭く長すぎる爪は地面のような平坦な場所へは足を着けにくい。このことから、翼を振るって羽根を投剣スキルで放ってくる時は、その技後硬直で一瞬羽ばたくことができなくなるために十分に地面との距離を取ってから行う。それが逆に投剣スキルの合図と解る。
敵の体を知ることは、敵の行動を予測するうえでかなり重要な要素だ。
祖父との長きに渡る修行で、対人間戦には初見でその動きを見切ることも難しくない俺だが、流石に動物や動く植物が相手ではその見切りも難しかった。
――難し《かった》。それも過去形になりつつある。
今まで数多くのモンスターと戦った。
その敵の情報は俺の脳に、そして体に確実に蓄積されていっている。
動物型はそれほど見切ることは難しくない。人間と同じ、筋肉と骨格の動きでだいたいの行動は予測出来る。実際、今までの階層の敵で例えば四足歩行の獣型モンスターなどは、レベルによって攻撃の威力や速度、特殊効果などは違えど、その攻撃の《行動》や《予備動作》にはほとんど差異は無かった。
逆に全く行動の予想が出来ないのが植物型や幻獣型を始めとした現実の地球上にはあり得ない形状のモンスターだった。
海栗に大きな一つ目が付いた様なモンスターに遭遇したときは流石に言葉を失くした。
しかしそれも観察してみれば問題ないことが解る。一見するとその姿に戸惑いがちだが、特殊な姿だからこそ、そのモンスターの動作は限定的なのだ。
特殊攻撃を持つものが多いが、逆に言えばそれだけだ。
その見た目から相手の特殊能力を想像する、ひとえにこれに尽きる。
このSAOの世界に来てから、俺が一番鍛えたのはこの《想像力》だ。
人間型、亜人型は元より、もはや動物型や獣人型のモンスターもその行動を予測することは俺には容易となった。
「…………」
行動予測。
――眼前のハルピュイアは両翼を大きく開いた。
次の瞬間には叩きつけるように対の翼を振り下ろすだろう。
力強い羽ばたき。つまり浮力を得て上昇したいと考えている。
上空から行われる攻撃パターン。羽根による短剣スキル、もしくは足の爪による落下蹴りをする予備動作と思われる。
対処。
――上昇をさせない。前段階で阻止する。
上昇するには両翼での力強い羽ばたきが必要。
よって、片翼に攻撃を加えて羽ばたきを阻止。
片翼だけの羽ばたきは相手の体勢を崩すことになるだろう。
それは連撃を加える好機となる。
「セッ――」
槍の刺突でハルピュイアの右翼、その根元を穿つ。
既に翼の振り下ろしを始めていた女面の怪鳥は、その衝撃で右翼の動きが止まり左翼だけが強く振り下ろされる結果となった。
体の片側だけに発生した推進力にバランスを崩した敵は傾きながら落下しようとする。
「フッ! ……ヤッ! ……ハァッ!!」
その隙だらけの体に槍での連続攻撃を行った。
ソードスキルではないため威力は無いが、手数によって見る見るうちにハルピュイアのHPバーが削れていく。
――だいたい想像通りに戦闘がこなせるようになってきたな……。
現実とは違うこのゲームの世界で、最初は色々と戸惑うこともあったが、それも努力を積み重ねることで徐々に対応出来てきたと思う。
俺は強くなっている。
それを今、実感している。
いや、俺だけじゃない。ルネリー、レイア、チマも。
三人とも着実に力を上げてきている。
同レベル帯のモンスターに苦戦することは無くなったし、不意に貰う状態異常やフィールド上の罠などの対処も格段に上達した。
このまま進めば、全員無事でSAOをクリアすることも現実的な展望となってきている、と俺は考え始めていた。
「……ふぅ」
担当していたハルピュイアを倒し、周囲を確認。
目視、索敵スキルに反応無し。一帯のモンスターは全て狩り終えたようだ。
少しだけ気を緩めて息を吐く。
此処は敵の湧出が早いために、敵が居ないからといって油断は出来ない。
システムウインドウを開いて時刻を見る。
赤みがかった周囲に予想はついていたが、既に十七時を越えていた。
「……そろそろ今日は切り上げようか」
ログハウスまで三十分は掛らないが、危険度の増す暗い夜道を歩くこともないだろう。
「あ、はーい!」
「わかりました」
「うぃッスー。レベルもひとつ上がったッスしね!」
俺の提案に元気よく頷く三人。
次のポップが始まる前に、俺たちはその場を後にした。
時刻は夜の十八時。
無事ログハウスに戻ってきた俺たちは、広い居間にて各自思い思いの時を過ごしていた。
ドロップ、消耗品アイテムの整理、砥石や専用油での武器防具の手入れ、そして談笑。
SAOでの俺たち日常風景。
殺伐としたこの世界で、精神を平静に保つためのある種の儀式。
俺たちはこの時間を大切にしていた。
が、しかし。
次の瞬間、その儀式は打ち砕かれることになる。
「――あれ、ノリダーさんたち? おかえりなさい!」
ドアを開けて居間に入ってきた複数の人影に気付いたルネリーが声を上げる。
今朝別れたノリダーさんのPTメンバーだ。
レイア、チマ、そして俺も続けて挨拶した。
『…………』
だが、予想していた明るい返事が返ってくることはなかった。
ログハウスに入ってきた四人は皆一様に影を落とした表情で口を閉ざしている。
――ん、四人?
「……皆さん。パラリラさんは?」
長身の坊主頭という印象的な彼の姿の見えないことに疑問を持ち、俺はノリダーさんたちに問う。
『っ!!』
しかし、返ってきた反応は気まずげな動揺だった。
『???』
疑問符を浮かべるルネリーたち。
俺はその反応にある種の予想がついたが、それだけに口を挿めない。
沈黙が場を支配して数十秒。ノリダーさんが決意したように口を開いた。
「パラリラは……――――死んだ」
後書き
章題通り、シリアスな展開になってきました。
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