闘ひとは
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第三章
第三章
「皆ね」
「そうですよね。あの戦争は」
「誰だって支持していたんだ」
彼はまた言った。
「それこそ共産主義者だって共産主義を止めて戦ったんだ」
「転向してですね」
「そうさ。僕だってそうだった」
彼自身もそうだったというのである。
「誰もが支持して。それで戦場に行ったんだよ」
「戦場に行かなくても」
「日本でも皆それぞれ頑張ったんだ」
そうしていたと。静かであるが強い言葉で述べたのだ。
「皆がね」
「先生みたいな作家さん達もですよね」
「学者さんも」
「ですよね。皆同じで」
「皆が皆そうしてあの戦争を支持して」
「それぞれ戦ったんだ」
このことを確かに言うのだった。
「それで何だい、今は」
「今ですか」
「そうだよ。急にあの戦争は間違いだった、あの戦争には反対していた」
彼は言っていく。その事実を。
「事実を捻じ曲げることはできないんだよ。皆が皆ね」
「ええ、そうですよね」
「卑怯なんだよ。負けたのが何だっていうんだ」
彼が次に言う事実はこれだった。
「僕は今でも言えるよ。天皇万歳だよ」
「陛下にですか」
「正直に言えるよ。陛下は大切だよ」
「そうですよね。陛下は」
「そうなんだよ。革命!?あんなものはただ殺し合うだけだよ」
それだけだというのだ。革命というものはだ。
「そんなものは何にもならないんだよ」
「何にもですか」
「あれは嘘だよ。まやかしだよ」
彼はまた言った。ウイスキーを次々と飲みながら。粗末な煎り豆をかじりながら。そのうえでバーテンに対して話し続けるのだった。
「あんなものはね」
「今は皆そのまやかしに乗ってるんですか」
「そしてしたり顔で言ってるんだ。あの戦争がどうとか日本がどうとか」
「先生はそれには」
「反対だよ。日本は親だね」
「はい」
「親が負けるとわかっていてそれに乗らない子供がいるかい?いないだろう」
それを言うのである。日本を親に例えて。
「負けるってわかっていてもね」
「それで後でとやかく言うのは」
「そしてしたり顔で言うのは卑怯なんだよ」
彼の声がこれまでになく忌々しげなものになった。
「偽善なんだよ」
「偽善ですか」
「そうだよ、偽善の中でも一番醜いものだよ」
言いながらそのうえでさらに忌々しい顔になる。
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