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ソードアート・オンライン~黒の剣士と紅き死神~

作者:ULLR
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アリシゼーション編
序章•彼の世界で待つ者
  白亜の塔で待つ者達

 
前書き
長らくお待たせしました。序章はこな話で終了です。 

 
 


 夏至祭から3日後、アリスは再び師のもとを訪れるため、60階に来ていた。
 何時もの廊下をいつも通り足早に歩き、その部屋の前に立ち雑然とした部屋を思い浮かべながら扉を開ける。

「え……?」

 部屋の中は3日前のままだった。
 整頓された本棚に埃の無い床。羊皮紙は整頓されて机の上に置いてある。3日もすれば混沌極まりない部屋に変貌するのが常だけあってアリスは夢でも見ているのかと訝しんでいた。と、その時。

「あら……?」
「…………ッ!?」

 本棚の陰から人が出てきた。師ではないのはその背丈や高めの声から分かったが、まさか誰かがいるとは思っていなかったアリスはその場で小さく跳び上がった。
 出てきた人物は群青色の、見た事の無い不思議な装いをしている。艶のある豊かな黒髪が移動した時にふわっと跳ね、柔らかく流れる。町娘が前髪を上げる時に使う髪留めは藍色で黒い髪の中でアクセントとなっていた。

「レイに何か用ですか?」
「あの……3日に1度、掃除に来ていて……」

 女性は修道女見習いが何故こんな所にいるのかという疑問は持たず、率直に用事を尋ねてきた。アリスが用件を言うと、その女性は得心したように「ああ。貴女が」と呟いて笑みを浮かべた。

「レイは今出かけているんですよ。ごめんなさいね、わざわざ上まで昇って来てくれたのに」
「いえ……。あの……貴女は?」

 明らかに一般の事務員ではない。上級職の幹部にしては若すぎるし、何よりまとっている雰囲気が違う。もっと親しみやすい、そう、彼女の師のようなどこか一般人めいた暖かさが目の前の女性にはあった。

「そういえば、自己紹介していませんでした。……私は◼︎◼︎•トレーター•ソル。レイの補佐役です」
「え!?……あ、あの。ごめんなさい!!」

 公理教会、ひいては人界の最高位は言わずもがな《最高司祭》。次位に《元老長》、《整合騎士団団長》、そして《教会付き剣術指南役》。さらにその次に《整合騎士団副団長》等が来ることから、剣術指南役の補佐は少なくともそれくらいの地位があるという事。
 人界第二位の人物があまりにも近くにいるため忘れがちなのだが、彼らは本来雲の上の存在。そうそう容易く触れ合える存在ではないのだ。

「ふふ、別に謝ることなんかないですよ。アリスさんですよね?レイがいつも話しているのを聞いて会ってみたいと思ってたんです」
「……先生が、私の事を話すんですか?」
「ええ。それはもう楽しそうに話していますよ。昔から女の子に甘いんだから……まったく」

 指南役補佐という絶対階級を持つ目の前の女性が実に呆れたようにため息を吐く。それは、本当に普通の人間のようで自分と何一つ変わらない様に思えてくる。


 彼らは、何なのだろうか?


 セントラル•カセドラルに来てから1年。人界の中心に来てから知識は増えた、神聖術も益々上達した。それでもなお分からないのは、教会で働く人達は故郷の人々と比べてどうも何かが違うという事だ。
 感情の起伏が少なく、与えられた仕事を眈々とこなすだけの役目を果たすだけの存在。それに比べ、師であるレイや目の前の女性は故郷の人々と同じ位……いや、もしかしたらそれ以上に快活だ。

「そうだ、アリスさん。まだ時間はありますか?」
「え?……大丈夫、ですけど」

 師の部屋の掃除ーーー日によっては神聖術の出来を見てもらう事もあるーーーはいつ終わるか分からない。故にアリスは師の部屋に来る時はその日のやるべきことを終わらせてから来ることにしていた。今日のところは部屋に戻って大人しくしていようと思っていたのだが……。

「良かった!私も今時間が余ってるの。少し、私の部屋でお話ししましょう」
「……はい?」

 唐突かつ、脈絡のない発言に思わず気の抜けた返事をしてしまう。その返事を是と取ったのか、女性は本棚の一つにそっと触れると本を一冊奥へと押した。すると、

 ーゴゴゴ…‼︎

 本棚が宙へと浮かび、天井へ張り付く。そして、本棚の奥には茶こけた木製の扉があった。


















 明かりが点けられた扉の奥の部屋は手前の部屋の約2倍程の広さがあった。
 一番奥に大きな天蓋付きベット、手前には大きな丸テーブル、目の前には棚や本棚。その脇には何やら見たことの無い設備がある。たが、注意して見るとそれが何なのかが明らかになった。
 熱に強い鉄素材で作られたそれらは庶民の家庭でも見られる調理器具だ。
 カセドラルには大食堂という職員や修道士達が利用する施設があり、そこで出される料理は厨房と言われる施設で作られるらしい。噂などから推測するに、目の前の謎の設備はその類のものだろう。

「お茶を入れます。そこの椅子に座っていて下さい」

 言われるがままに椅子に腰掛け、調理場の方で湯気が立ち上り始めてからハタと気づく。

(何やってるのよ私は!?)

 人界第三位相当の人物の部屋に来た挙句、お茶会。しかも動いているのは当の教会付き剣術指南役補佐。今更手伝おうにも、もうポットに湯を入れている段階だ。

「お待たせしました。お口に合うか分かりませんが、どうぞ」
「あ、ありがとうございます……?」

 目の前に置かれたのはティーカップではなく、灰色のコップだった。
 故郷でコップと言えば、木から削り出した木製のもの。教会にも木製(無論、完成度が違うが)のコップはあるが、中にはガラス製のものある。しかし、目の前に出されたコップはそのどちらでもなかった。木製やガラス製コップより重厚で重たい。よく見れば灰色の表面には小さく黒い斑点が無数にあった。
 変わっていると言えば、中の液体も見たことの無いものだった。紅茶のような鮮やかな色ではなく落ち着いた緑色で、青葉のような独特の香りがした。

「それは『緑茶』って言うんです。紅茶の葉の乾燥させる前のものを使って入れるんですよ。少し苦いかと思いますが、ぜひ飲んでみて下さい」
「へぇ……」

 恐る恐るコップを持ち上げ、少し口に含んでみる。やや強い苦味が口の中に広がって驚くが、それが薄れていくにつれてなんとも言えない、渋い旨味が口の中に残った。

「……おいしいです」

 素直にそう言うと、彼女は嬉しそうに言った。

「ありがとうございます。……このお茶は私の故郷で飲まれているお茶なんです。レイもお気に入りなのよ」
「そうなんですか。……あの、先生とは……」
「同郷です。……もう、帰る事は無いだろうけど……懐かしいです」
「あ……」

 故郷に帰れない。それは自分と同じだった。……だとすれば、先生達は自分と同じように…………

「……ごめんなさい。暗い話になってしまいましたね」
「っ⁉︎い、いえ。私こそ、失礼な事を」
「いいんです。……貴女も、家族に会えなくなってしまったんですよね?」
「……はい。……っ、え⁉︎」

 ふわり、と暖かなものに包まれる。それが目の前にいた女性のものによるものだ、という事に気がついたのはしばらくしてからだった。

「……ごめんなさい。私達のせいで、貴女のような子が出てくるのは分かっていたのに……私達は、《彼女》を止められなかった」
「あああ、あの……」

 頭が混乱の極みに達し、呂律が回らなくなる。
 そんなアリスを他所に女性はなおも優しく彼女を撫で続けた。

「……少し、話を聞いてくれますか?」

 震えるような、細く綺麗な声をかけられ、アリスは正気を取り戻す。
 顔を離して見上げた相手の顔を見て、アリスは思わず息を飲んだ。



 そして、彼女の故郷の話を聞いた。




















 《ダークテリトリー》。それは人界の果て、飛竜を以ってしてようやく越えられる程の高さを持つ山脈を隔てて隣に位置する、近くて遠い場所。



「ああああぁぁぁぁっ……‼︎‼︎」

 悲鳴を上げ、地面を這い回る全身漆黒の鎧をまとった騎士。そばにはその騎士の愛騎だと思われる黒龍が全身を刻まれ倒れていた。

「…………」

 それをさほど興味を示さず一瞥した人物ーーー漆黒の騎士甲冑を身にまとい、くすんだ紅色のマントを翻したレイは左手に掴んでいた別の暗黒騎士を地に叩きつけた。

「ぐ……」
「……さて、お前はまだ喋れそうだな。お前達は、どれ程準備が出来た?」
「…………ッ!」
「なる程」

 ゴキン、と音がして騎士は力なく地に伏す。次にレイは悲鳴を上げている方の騎士に近寄ると、ソレを静かにさせた。
 人界最強の戦力である整合騎士と実力をほぼ互する暗黒騎士。その果てた姿が荒涼とした地に晒された。

「終わったみてぇだな。旦那」
「そちらも……って随分と派手にやられたな、ベルクーリ」
「あー、ほらアレだ。連続剣の、時間差で最後の一撃が来るヤツをな」
「油断するなよ……お前に逝かれると面倒だ」
「そうかい?」

 ベルクーリと呼ばれた彼より頭一つ分大きな男は、砕かれた兜を小脇に抱えながら頭をバリバリとかいた。

 整合騎士団団長ベルクーリ•シンセシス•ワン。教会付き剣術指南役レイ•トレーター•ルナ。

 人界最強の名を欲しいままにする二巨頭が同じ任地に居ることはまずあり得ない。
 そもそも、レイが戦地に赴いたのが数年来だった。

「……それにしも、危なかったぜ。まさか暗黒騎士の連中が編隊を組んでやって来るたぁ……」
「元老院が捕捉したのは偵察騎の一騎みたいだな。何にせよ、大事に至らなくて良かった」

 ベルクーリの出征日数はまだあったが、1度帰還するように命令が出ていた。
 最低限の警戒をしつつ、彼らの飛竜が来るのを談笑しながら待つ。

「そういやお嬢は元気かい?」
「ああ。最近はファナティオ殿と仲良くしているらしい。料理を習ったらしく、ご機嫌だった」
「あん?ファナティオのヤツが料理を教えた?アイツ、料理なんて出来たのか」
「……知らなかったのか」

 コイツの鈍感さというか無神経さ……古い記憶の中に未だあり続ける『()()()』にそっくりだ。

(懐かしい……本当に)

 元気にしているだろうか。愛する彼女とは仲良くやっているだろうか。
 そんな事を思って、フッと苦笑いする。

 幻想に過ぎない分際で何を思っているのかと。
 そして、胸に去来する得体の知れない喪失感。誰か、大切な人を忘れているような……。

「……イ……おい、レイ‼︎」
「ん、何だ?」
「何だじゃねぇよ。ボーっとしやがって……心此処に在らずって感じだったぜ?」
「いや何。少し考え事をしていただけさ。……来たみたいだな」
「ったく、油断するな、つったのはお前さんだろうに」

 二頭の銀竜が、ゆっくりと降下してくる。
 何はともあれ、今日のところはこれで決着だ。





















 誰かの声がした。私を優しく呼ぶ、綺麗な声。

「目覚めなさい、天界より来たる騎士、アリス•シンセシス•サーティ」

 意識が急速に覚醒する。しかし、何も分からない。何も覚えていない。分かるのは自分の名を目の前の人に呼ばれたということだけ。

「貴女は……」
「私は最高司祭、アドミニストレータ。天界より貴女を人界に召喚したの。貴女は整合騎士として人界を守護する役目を負っているのよ」
「整合、騎士……」

 何故だろう……何かが引っかかる。だが、上手く思考がまとまらない。まるで、その事を考えることを脳が拒否しているかのように……。

「召喚の影響で記憶がまだ不安定なのね。大丈夫、貴女が使命を全うした時全て思い出せるわ。今までの事、大切なもの、愛する家族の事を」
「……分かりました。使命を、全うします」

 体が勝手に動いて目の前の……最高司祭様に首を垂れる。
 それを見たアドミニストレータは満足そうに微笑むと、そっとアリスの肩に触れて立つように促した。

「後は頼みました。ベルクーリ、レイ」

「承知しました」「ああ」

 後ろを振り返ると、人が2人立っている。アドミニストレータは自らの命に2人が応えたのを確認すると、何処かへ去って行った。鈍色の騎士甲冑をまとった大男と漆黒の騎士甲冑に紅マントを羽織った男。
 大男の方が近づいてくると、その厳つい手を差し出して来て言った。

「俺ぁ整合騎士団の団長やってるベルクーリ•シンセシス•ワンってんだ。よろしくな嬢ちゃん。んで、こっちが……」
「教会付き剣術指南役のレイ•トレーター•ルナだ。慣れるまで君の剣や神聖術を見ることになる。よろしく」

 差し出された2つの手を握り返してそれに応える。だが、

「…………?あ、あれ?」
「……おいおい、どうした嬢ちゃん?」

 頬を伝うのは暖かな液体。同時に何か形容し難い感情が湧き起こった。

「言ったろう、ベルクーリ。記憶が不安定な内はこんな事もある。それに、この子はまだ若いだろう」
「お、おう。そうか……あー、嬢ちゃん。大丈夫だ、おじさんは怖くないぞ?」
「そうじゃなくてだな……」

 仕方ないな、とレイがため息を吐き、おもむろにアリスの頭に手を置いた。

「さてと、それじゃあ行こうかアリスちゃん」
「あ……」

 訳もなく流れていた涙が止まる。胸の奥が絞られるような切なさと懐かしさ。
 何故かは分からないがこの人ならば信じられると、そう思った。









 自分の記憶はかなりちぐはぐだったが、いつしかそれは気にならなくなって行った。
 アリス•シンセシス•サーティはダークテリトリーの怪物達から人界を守るべく天より召喚された整合騎士。彼女より先に召喚された29人の騎士達も皆手練れだ。彼らに負けないように、無論人界の民を守るためにも鍛錬を重ねなければならない。

「……師匠、何度も申し上げていますが、少しは部屋を整頓なさって下さい。たった3日で前回より部屋の惨状が酷くなっているように思えますが?」
「気のせいだってば。ほら、整理なんかしなくていいから修練所行くぞ」
「い•い•え!今日という今日は片付けて貰います!何だかこの部屋が散らかっているのを見ると片付けたくなりますし」
「…………そうか。なら、早くやってしまおう」

 剣と神聖術の師は優秀だが、だらしがない。週に数回修練を共にするのだが、その日は決まってこの部屋の惨状に苛々していた。
 散っている本や羊皮紙を拾い集め、本は棚に、羊皮紙はまとめていく。
 自分はこんな綺麗好きだったろうか。だらしがないという事は無いが、ここまで……。

「さ、終わりだ」
「今度は散らかさないで下さいね」
「善処するよ。……ああ、そうだ。部屋に忘れ物をしてしまったな。済まないが先に行っていてくれ」
「分かりました。お待ちしています」






「……君は、変わらないな、アリス」

 今しがたアリスが出て行った扉に向かってボソ、と呟く。

「もう、いいぞ」
「…………」

 本棚の陰から出て来たのは彼の補佐役を務める女性。

「辛いだろう。会ったらどうだ?」
「……私は、レイみたいに器用じゃないから」
「俺だって慣れないさ。……特にアリスはお前も可愛がっていたしな。俺も本音を言えば辛いよ」
「うん……っ」

 肩を震わせる細い体を抱き寄せ、その背を優しく慈しみを込めて撫でる。
 レイにとって彼女はこの世界で最も大切な人。《向こう》で出会い、別れ、この世界でずっと昔にまた出会った人。

「ラン」
「うん、ごめんね、レイ。もう大丈夫。アリスの所に行ってあげて?」
「ああ。……それじゃあ、行って来ます」
「はい、行ってらっしゃい」

 互いに気恥ずかしそうにそんなやり取りを交わし、レイは部屋を出て行った。









「……ごめんね、ユウ」
















 カコン、と庭園の『ししおどし』が竹の音を響かせる。
 京都洛外某所に建つ『異様』な建築物。

 が、その建物の門前を行く人々はその建物に余り関心を示さない。ごく少数の者だけが門前で足を止め、観光ガイドと目の前の門を見比べて首を傾げながら去って行く。

 この建物は一応築数百年ではあるが、特段有名な建築物ではない。かなり大きいがただの民家として地元民には知られていたが、広大な寺院が建ち並ぶ京都という土地柄か、観光客にはマイナーな歴史的建造物に見えたりする。
 しかし、その認識と実態は随分とかけ離れている。
 戦国時代末期を起源とする『かぶき者』達の古来よりの根城であり、今なお仁義に生きる者達を取り仕切る『武侠』達の住まう場所だ。

 大安吉日のこの日、その由緒ある屋敷に集うもの達が居た。

「わぁ〜!おっきなお家だね」
「まあ、でかいな。普段は誰も住んでないからほぼ廃虚だが」
「噂では、コレが出るらしいぜ?木綿季ちゃん」
「蓮兄様、無意味に木綿季姉さんを脅さないように」
「おい、沙良。姉さんって……」
「おいおい、螢よ。まだそんな事を言ってるのか。甲斐性なし」
「チキンめ」
「そうか、死にたいみたいだなクソ親父。後、さりげなく罵倒するなババア」
「……相変わらずこのノリなのね。この家族は」
「こら貴様ら、静かにせんか。時間じゃぞ」
 


 2つの世界で事は流動する。対なる者達は巡り会う。


 1人は世界に抗い、幻想を否定する。拒絶を己の刃とする者。

 1人は世界を守護し、幻想を肯定する。受容を己の力とする者。



 巡り会う必然の運命。その先の未来に存在するのは、どちらか一方のみである。






序章•彼の世界で待つ者達ー完ー

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後書き
はい。という訳で(←どういう訳?)恐らく最後のフラグ撒き散らしが終わりました。
アンダーワールド勢のあの2人に関しては割と初期からの設定でようやくここまで来たかという思いであります。

感想、ご指摘待ってますm(_ _)m

2015/06/26 一部セリフを変更 
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