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英雄伝説 零の軌跡 壁に挑む者たち

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26話

炎の中に転がり込んだ瞬間、ヴァルドは炎の熱風を遮ろうと腕で顔を覆った。そのために僅かにきつく締め上げられた鎖が緩んだ。
ロイドにはそれで十分だった。
ヴァルドが上着がベスト一枚の半裸も同然であるのに対してロイドは上下長袖をしっかりと着ており火に対する耐性は圧倒的な差があった。
ロイドは首を締め付ける鎖を外そうと両腕を掲げていたことで、頭部を守ったまま炎に突入出来た。
このほんの数秒でも炎に触れるということは肉体に深刻な炎傷を負う事になり、酷くなれば一生モノの火傷もありえる。その恐怖から防御に転じるのが普通だからだ。
その一瞬が鎖を緩ませ、外すとそのまま炎から飛び出した。
炎を潜った二人が転がり出ると、いきなり水がぶっかけられた。

「大丈夫ですかヴァルドさん!」

びしょ濡れになった二人。ロイドはようやく冷たい空気を吸って反応が遅れたが、先に反応したのは外の扉から焦った調子で声を掛けて来た空のバケツを持っているディーノだと気付いたヴァルドだった。

「はえーんだよ、ディーノ!」

「でも火の中に入っちゃいましたし、前に叩き出した奴みたいに火傷するかと思って」

「馬鹿が!ちゃんと火傷対策はしてんだよ!この前言ったろうが!」

「す、すんません!」

「鶏冠まで濡れちまいやがって、ちっ、もうやめだやめだ!」

そう吐き捨てると、濡れたベストを肩に掛けて半裸でステージ上まで行ってしまいロイドを囲んでいたバイパーたちもヴァルドを追ってステージの周囲に集まっていく。
ディーノは怒鳴られて落ち込みながら一人でまたバケツに水を溜めてまだ燃えている火を消し始めており、戦闘はこうして終了した。
ロイドはというと水をぶっかけられてびしょ濡れになったおかげで服に燃え移った火も消えて多少の焦げはしたものの外見的には大したことはなかった。炎は一瞬のことで水も浴びたので火傷は軽傷で済み、むしろヴァルドに食らった肩のダメージの方が辛かったぐらいだ。

「無茶し過ぎよ」「ちょっと危なかったな」「ちょっとどころではないのでは?」

包囲が解けて近付いて来た仲間達の心配そうな顔を見てようやく息が落ち着ついて来ると素早く応急手当が行われた。
濡れた上着を消す前の焚き火に当てて乾かしつつティオが治療しますと言ってエニグマを取り出して回復アーツのティアを掛けてくれた。
青白い光を体に受けると食らったダメージやヒリヒリしていた火傷が治まるのがわかる。
ティアは水属性の回復アーツで水のエネルギーを送り込むことで、その人の体力を回復させ水の属性の力で火傷などを治癒させる。
火傷の場合は水のエネルギーを使えば治るが、もっと複雑な病気の場合は多くの属性を影響し合わせて新陳代謝を上昇させて治すことも可能である。
しかし多くの場合、これらのことは戦闘中の応急処置であり効果が薄いため多用しない。多用すれば体内の属性値の乱れが続き、長期的には体調不良になりやすく病気になりやすくなるためだ。だからそういった無理をせず何かを摂取したり医薬品を使い静かに休養し治療したほうが健康を維持できる。
戦闘を生業とするものはこの体調管理にも気に掛けなければならないのだ。

「でもあそこで火に飛び込むなんて、なかなか無茶だったのじゃないかしら」

「そうだぜ。お前さんの事だからあの土壇場でも鎖から抜けられれば逆転を決められるって勝算があったろうが、あのデカイヘッドを引っ張り込めなかったらやばかっただろ?」

エリィやランディの指摘は正しかったがロイドも考えなしに危険な行為をしたわけではなかった。

「持ち上げられるか投げ込めるかは一か八かだったけど、鎖から抜けられた時点で引き分けには持ち込めたと思う。鎖から抜けさえすれば、負けなかったよ。それに投げ込むのに失敗しても一緒に炎に突っ込もうとするような危ない相手に無駄な体力を消耗するほど目的を忘れているようには見えなかったからね。向こうから申し出なければこっちから十分耐えただろうって引き分けを提案してお互いに顔が立ったと思うから受け入れてくれたんじゃないかな?」
あくまでも試合だからね。
そう説明したが。

「でもあの人たち、囲んで来て卑怯でした」

不満気なティオは回復アーツでの治癒を続けながら続けた。

「ああやって囲むのなら私たちもそれを妨害するとかしてロイドさんを手伝えました。あれは一対一じゃありませんでしたよ」

「まあ、そう言われたらタイマンじゃなかったわな」

「仕方ないわよ。ロイドが挑発して強引に練習試合に持ち込んだけれど、やってることは喧嘩と同じよ。こちらも対応して援護すべきだったけど、あの人たちも間接的な妨害はしたけど、命令を守って直接手は出して来なかったわ」

一対一に持ち込んだが、名目をつけて正当化したけれどやっていることは結局のところは私闘。
練習試合だと名分を立てたが、警察官として私闘はまずいことだと述べながらやってしまった。何をして良いのか悪いのかなんて決めていないのだからどうにもこのタイマン自体がグレーゾーンだったことは否めない。こちらから援護すれば向こうから難癖つけられるのもせっかく戦った意味がなくなるので抗議もできない。
報告書を出す時に民間人への暴行と取られるといろいろと面倒になるんじゃないか。
情報を引き出すために勢いに任せてしまったのはまずかったかなといろいろ考えてしまう。

「とりあえず、さっきのタイマンで話を聞かせてもらえるぐらいにはなれたかな」




ティオが治療を終えたのでようやくヴァルドとの交渉を再開した。

「ふん。本当なら本格的にやりあってるところだが、サツ相手に本気出すと、奴との決戦に障るからな。この辺で勘弁してやる」

「そりゃ、ありがたいことで」

濡れたベストを脱いで半裸になったヴァルドはステージ上でふんぞり返ってこちらを威圧してきた。
あくまでもさっきの戦いは多少てこずったが負けてはいない、引き分けでもなくやる気をなくしただけだと主張しており、バイパーの全員がディーノが余計なことをせずに戦いが続いていれば押していたヴァルドが勝っていたのにと主張していた。
バイパーたちが冷却スプレーを渡してヴァルドの火傷を治療しているが筋肉質の上半身には無数の傷跡があり実戦の豊富さを感じさせるが、ランディは俺には負けるなと思いつつベストのポケットから覗いている青いセピスのネックレスを見逃さなかった。

(そりゃこんだけ火遊びしてれば対処もしてるか)

ライヴハウス内の焦げ跡を見れば、似たようなことを何度かやっているとわかる。そのために準備もしていたということだった。
それはクールネックレスと呼ばれる水のセピスを散りばめた首飾りで、その属性を付加することで火の属性を緩和出来る代物だ。自作したような小さな青いセピスで作られたものだったので元々火傷しにくい程度の効力しかないネックレスの効果もほとんど望めないものだったが、これがあるかないかでは大幅に動きが違ってくる。
それでも自然反射が出てしまうから隙が出来てしまったわけだが。

「それで約束通り事件の話を聞かせてくれるんだろうな?」

「ふん。まあ、いいだろう」

対策なしで自ら火に飛び込んだロイドを多少は認めたということだろう。
ようやく事情聴取の開始である。

「事は五日前の夜だ。ウチのメンバーのコウキが、寝座に帰るところを青坊主共の闇討ちに遭った」

闇討ち!テスタメンツで聞いた話と同じだ。そう言えばワジが同じ日に救急車で鉢合わせしたと言っていた。
驚いているとヴァルドは馬鹿にしたように続けた。

「奴らも似たようなことを言ってたんだろうが、それこそ知性派気取りの奴らのやりそうなことだ。俺らをやって自分のところをやって難癖つけたのさ。俺たちサーベルバイパーは武闘派で鳴らしてる。闇討ちなんて汚ねえ真似するわけねえだろうが、なあお前ら?」

当たり前だ。俺達は正々堂々といつも戦っていると語気の荒いバイパーのメンバーは賛同の声を上げた。
その姿は粗暴だが酷く単純で、力を見せたロイドへの罵りや敵意こそまったく隠さないが、すぐに襲い掛かるような殺気はまったく感じなくなっていた。
戦闘に入ればさっきのような多少小細工を弄したりもするだろうが、そこに至る過程に対してヴァルドが全員で掛かれば圧勝出来たにも関わらず一騎打ちをしたように矜持は持ち合わせているようで、ましてや長く争って来た抗争相手をいきなり闇討ちするような陰湿な行動は取らないのではないか、そういう印象を受けた。

「被害者の様子を教えてくれないか?テスタメンツの被害者は意識不明なんだが、そっちの被害者の怪我はどのくらいなんだ?意識があれば話を聞きたいのだけど」

「全治一ヶ月の打撲骨折、意識はあるが怪我は青坊主よりは重いくらいだ」

「意識があるのか、ならちゃんとした目撃証言になるな」

「ああ、コウキが言うにはいきなり遠くから石が飛んで来てそれが当たって気絶した。気が付いた時にはタコ殴りにされていたと言っている」

「気絶した?それじゃテスタメンツを見てないのか?」

旧市街(ここ)の夜の暗さを知らねえみたいだな。近くならともかく離れたところでは誰かいたぐらいしかわからねえよ。だが、ここらで俺ら相手にスリングショットを使い気絶したところをタコ殴りに来る命知らずなやつは、ほかにはいねえよな?」

「だが、状況証拠だけだろう?」

「ここで俺らに逆らう馬鹿はテスタメンツだけなんだよ!ほかに誰がやるってんだ?」

脇に控えている幹部級の男、広場でバイパーのメンバーからルガノフと呼ばれていた男が断言した。
不審な状況証拠はあってもサーベルバイパーはテスタメンツがやったと信じている。そして違うという反論が出来る情報を持っていない支援課は不審がある、確実じゃないとしか言えなかった。

「じゃあなんでテスタメンツの怪我の重さを知ってるんだ?」

「怪我が酷いからさすがに病院に連れて行くべきだと俺が朝一番で救急車を呼んだんだよ。そうしたら青坊主共も乗ってきたからな。難癖付けてきやがって今思い出してもムカつく奴らだ」

言うべきことは言ったとヴァルドは話を打ち切ってきた。

「話は終わりだ。さっきも言ったが細かい事情はもうどうでも良い。今回のことは青坊主共と決着をつける良い切っ掛けになったんだ。邪魔するんなら良いぜ?まとめて叩き潰してやるからよ」

「挑発には乗らないよ。捜査協力に感謝する。何か分かったら連絡するよ」

「そうか?お前らの捜査とやらがどうなろうと関係なくこの辺りで血の雨を降らせるから、覚悟しとけよ」

「話は済んだろうが。さっさ失せろ、無能チワワ!」

ヴァルドはイグニスの奥に消えて、それに続いた幹部級の一人、ジェドと呼ばれていた男がこちらを罵って帰るように促された。
これ以上の情報収集は無理だと判断して乾かしていた上着を取ってイグニスから出ると出入り口ではディーノが火をつけるときに投げ込んで割れた瓶やらの片付けで忙しくしていた。
水を掛けてくれたお礼を言うと、

「オレが邪魔しなきゃお前なんかヴァルドさんにボコボコにやられたんだからな。良い勝負したとか勘違いすんなよ」

そう言い返されて、この少年もヴァルドを信奉しているのだなと思い、支援課はイグニスを後にした。





ようやく二つの不良グループから抗争勃発の原因となった事件当日のことを聞き出すことが出来た支援課の4人は二つのチームのメンバーが襲撃された場所で二つの不良グループから聞いた情報を話し合っていた。

「どちらのメンバーも同時に闇討ちに遭っているだなんて。どういうことだと思う?」

「どちらかが嘘を付いているはずなんですけど、そういう訳でもなさそうでしたし」

4人とも証言の矛盾と本当のことを言っているという印象にどういうことだと唸ってしまった。
実際に会った印象では、ワジが手を出すなと言えば敵意剥き出しだったのに従ったテスタメンツも一騎打ちだとヴァルドが言えば誰も手を出さなかったサーベルバイパーもリーダーの統制が行き届いていることがわかる。
ワジが疑っていたように一番ありそうだったのはメンバーの独断専行。その線がリーダーを本気で心服しているのであり得ないのではないか、その考えが強くなっている。
メンバーの独断専行を見抜けば、抗争を上手く交渉で収められると思ったのだが、両グループに証言を聞いてもお互いにやっていないと。
最悪、どちらのリーダーもが嘘を吐いていて、示し合わせて抗争しようとしているのかとも思ったのだが、そもそもそんなことをする必要がないと考えから外した。
事実は襲撃され怪我人が出たということだけ。
そのため、何か手掛かりを得ようと襲撃場所を調べてみたが、すでに5日も経過しており、現場はどこにでもある裏路地で特にここじゃなければ駄目だという要素はなかった。
襲撃の様子を聞いた通りに再現しようと、襲撃者側の行動もやってみたが、一人のところを待ち伏せしたり追いかけたりすれば、襲撃することは簡単だということがわかる。夜ならさらに襲撃者の方が有利で奇襲はしやすい。
そうして両方の襲撃状況を体験してみるとロイドは周囲を見渡して考え込んでしまった。

「どうした?」

「なんだか、妙だな、と思ってさ」

「妙?」

「実際やってみて、夜なら今よりも人がいないだろうから確実に、誰にも見られずに実行可能だろうというのはわかったけど、朝まで騒ぎがなかったんだよなと」

テスタメンツのアゼルは旧市街ではなく東通りに住んでいるので、トリニティから橋に向かう途中でやられている。サーベルバイパーのコウキも寝座があるのはイグニスの近くにある廃屋に向かって途中でやられている。
トリニティとイグニスが反対方向にあるように、二つの事件現場も正反対の方向だった。

「事件が起きたのは同じ日の夜だ。同じ時間かはわからないけど、一人のところを襲撃された。これが偶然、お互いを襲撃することになっても、一人を襲撃するのに何人かは必要だ。そうなるとお互いにそれなりの人数が動いたことになる。それなのにお互いが気付かないなんてことがあるのかなと思って」

「確かにそうだな。元戦闘のプロである警備隊の人間として言わしてもらうが、それは戦闘のプロ同士でなければ考えられないぜ。戦いには慣れっこでもあいつらは所詮アマチュアの不良だ。俺らに負けるぐらいなのにそこまで高い技術があるとは思えない」

先にやられたことへの報復もやったほうは報復を警戒するはずなのにやられており、あり得ない。

「ということは」

お互いがやったのではなく第三者。
4人の中でその可能性が生まれたが、推理はまったく見当がつかない闇の中に突入してしまった。
この旧市街にはどちらのグループにも属さない戦えそうな不良や住所不定者を何人か見かけたが、ほとんどが徒党も組まない単独で生活する者たちで、戦いに巻き込まれるのを恐れて無関係を決め込む者ばかりだった。
だから同士討ちを仕掛けて漁夫の利を得ようとするような勢力はいなかったし、同士討ちが成功しても両グループの代わりに旧市街を仕切れるような人物もいなかった。
ならば旧市街の外はと考えたが、こんなところの不良同士の抗争に関わって得するような勢力や個人も思い付かなかった。
まだ状況を把握し真実に至る情報が足りない。




その時、閃光が走った。

「これまた良い構図ね。おっと、良い顔よ。若き警察官が捜査中に思案する姿って。旧市街に巣食う不良たちの果て無き争い、果たして支援課は止められるのか、ってね」

写真に付ける文言を語りつつカメラのフラッシュを焚いて4人を撮っているのは、ジオフロントを出た時に会ったクロスベルタイムズの女性記者だった。
クロスベルタイムズは州政府に対して批判的な雑誌で、警察もその批判の対象に上げられている。
支援課もジオフロントに入り込んだ子供の保護に失敗し遊撃士に助けられたと写真付きの記事で面白おかしく書き立てて笑いものにされて良い感情を持っていない。

「肖像権侵害です」

「いやー、職業柄、良い画を見ると撮りたくなちゃって。記事の写真に使うかも知れないし、ケチケチしないで欲しいな。君たちの記事って案外評判良いのよ?」

いかにも調子良さそうな笑顔と言動で強引にティオが不快だと示したのに吹き飛ばしてしまった。

「それより面白いネタに絡んでるみたいね。ちょっとお姉さんの取材に協力してくれないかしら?この前の記事のお礼に奢ったげるからさ」

「捜査中の情報は部外者には簡単に洩らせません。それもマスコミなんかに」

「もうー、つれないんだから。せっかくおいしい東方料理をご馳走してあげようと思ったのに」

ロイドが厳しく答えたのでわざとおどけた口調で返す女性記者。

「デザートに“足りない情報”とかもね」

4人は一瞬顔を見合わせた。情報交換を持ちかけている?

「手詰まりなんでしょ。悪いようにはしないわ。そういえば食事に誘ったのにまだ名乗ってなかったわね。クロスベルタイムズのグレイス・リンよ。グレイスお姉さんって呼んでね」 
 

 
後書き
なんと半年振り。グダグダしていたらこの始末である。まだ序章も終わってないんだから。

閃の軌跡2が迫って来て、時系列表が出て来たのが大きかったな。
閃をプレイした時点でそれなりに計算もしたのでわかっていたけど、序章って2月だったのよね。結構寒いのにゲームでは本当に季節感なしだったよ。

この小説の時間では1204年の2月だけど、1205年の1月になったらクロスベルがないんだから急転直下だよね。まさに激動の時代。
書いていたら、思い出補正が入って零の時代って、それでも日常があって楽しかったかもって思ってしまった。
進駐軍が入って来てからの占領編とかあるわけよ。もしかしたらクロスベルを巡って共和国との戦争になるとか、帝国が共和国に攻め込むとか、あり得るのよ。
独立に至るまでの経緯がいろいろあるのよ。それが楽しみで。

ファンはキャラを好きになるからシリーズキャラが次回作に出続けることを望むので、リィンたちが進駐軍としてクロスベル来るかもとか妄想するのよね。
この時点ではそれがあるかもって思えるから楽しくて。 
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