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僧正の弟子達

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第五章


第五章

「いや、成程」
「如何でしょうか」
「その御姿に生まれ僧正様に出会われ」
「はい」
「その通りです」
「そしてその僧正様にまた」
 慶次の言葉は続く。
「教えて頂き。悟りを開かれ」
「今の私達があるのです」
「全てが御導きだったのです」
「御仏のですな。それではそれがしも」
 自分に対して話を当てはめてきた。ここに至って。
「前田殿も」
「一体何が」
「今日ここに来たのも御導きだったのでしょうな」
 にこりと笑っていた。大柄なその身体の上に屈託のない無邪気な笑みを浮かべている。それが派手な格好ともやけに似合っていた。
「そうなると」
「おそらくは」
「そうなのでしょう」
 六人の僧達も彼のその言葉に頷く。これまでの話の流れではそうなるのが自然であった。
「わかりました。それではですな」
「ええ」
「まだ何か」
「いや、もうこれで充分」
 その屈託のない笑みで六人に応えるのであった。
「わかり申した。それではこれで」
「帰られるのですか」
「その通り。では」
 立ち上がった。それからの動きは早かった。
 忽ちのうちに六人の僧達に別れを告げ寺を後にする。馬に乗り帰路についている彼に対して供の者は問うのであった。
「もうおわかりになられたのですか」
「うむ」
 満面に笑みを浮かべて彼の言葉に頷いてみせる。
「存分にな」
「だといいんですがね」
「信じておらぬのか」
 慶次は彼が信じていない素振りを見せたのにすぐに気付いた。それで馬上から問うのであった。
「そりゃおわかりになられていればいいですが」
「まあ叔父御にはちゃんと申し上げる」
 話の発端のその利家である。
「それでよいな」
「だといいですけれどね」
「まあ柿でも買って帰ろうぞ」
 気楽に話を出してきた。ここが慶次らしかった。
「食いながらな。それでよいな」
「はい。まあおわかりなら」
「くどうのう、また」
 そうは言いながらも柿を買ってそれを食べながら買える。そうして利家の屋敷に着く。そこには派手な格好をした引き締まった身体つきに精悍な顔立ちをした長身の男が待っていた。この彼こそが槍の又左こと前田利家である。慶次の叔父にして喧嘩相手の男である。
「慶次」
 彼は太く大きな声で慶次に対して問うてきた。彼と対峙するようにして立っている。
「それで何かわかったか」
「無論でござる」 
 慶次は不敵に笑って利家に応えるのであった。
「しかと」
「しかとか」
「その通りでござる」
 自信に満ちた声であった。それで利家に応えるのであった。
「拙者は嘘は申しませぬ」
「言うたな。それではだ」
 利家も慶次のその言葉を受けて笑う。不敵な笑みで。
「見せてみよ。その証拠を」
「ここに」
 そう応えて出してきたのは。見れば。
「これでござる」
「むっ!?」
 慶次が出してきたのは一枚の紙であった。そこに書かれていたのは。
 黒い大きな文字であった。その豪快な筆から慶次の字であることがわかる。そこに書かれている文字とは。
『よくわかりました』
 その一文だけであった。利家は最初その文字を見て思わず目が点になった。
「何じゃ、これは」
「その証拠でござる」
 慶次は平然としたまま答えてみせる。文字を見せながら。
「拙者があの寺に行き何もわかった証拠でござる」
「これがか」
「左様」
 不敵な笑みはここでも変わりはしない。
「叔父御、これで宜しいでござるな」
「うむ」
 利家はその言葉を受けてまずは目を閉じた。それからまた言う。
「しかと見た」
「左様でござるか」
「慶次、貴様の言いたいこともな」
「ではこれで宜しいでござるな」
「目を閉じよ」
 利家はまた言う。
「よいな。今から」
「目をですか」
「何ならそのままでもよい」
 利家の言葉はまだ続く。
「何故ならのう」
「何故なら。褒美を与えて下さるのですな」
「ふざけるでないわ!」
 ここで遂に怒りを爆発させた。他ならぬその文字を見てのことである。
「本当に見て来たのか!何じゃその一文は!」
「だから。よくわかり申したと」
「そう見えると思うか!詳細を述べてみよ詳細を!」
「詳細は拙者の頭の中、いえ」
「いえ!?」
「心の中にちゃんとあり申す」
 悪びれずに出した言葉であった。
「しかと。この胸に」
「その胸にか」
「その通りでござる」
 己の左の親指で誇らしげに胸を指差す。それが何よりの証拠と言わんばかりである。
「ですから。御心配なくでござる」
「そうはいくか!やはりそこになおれ!」
「なおればどうされるのでござるか?」
「一発殴らせるがいい!許せぬ!」
「あいや叔父御、それはまた」
 慶次も慶次で悪びれるところは全くない。
「それはまた穏やかではありませんな」
「穏やかでなくともよいわ!覚悟するがいい!」
 二人はそこからまた喧嘩になるのであった。その間にまつや慶次の女房が間に入って大騒ぎになる。前田家は今日も大騒ぎであった。
「全く旦那も」
 それを遠くの自分の粗末な家で聞いて供の者は呆れて笑うのであった。
「傾くねえ。本当は誰よりも深くわかってるのに」
 あえてそれを言わない慶次であった。しかし僧正とその弟子達の心はわかっていた。傾奇者はただそれだけで傾奇男になっているわけではないのである。そこには様々な深いものがあるのである。ただそれを言わないだけであるのであった。前田慶次はそんな男であった。


僧正の弟子達   完



                  2008・2・5
 
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