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赤とんぼとステーキ

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第五章


第五章

「ちょっとな」
「独立?」
「ああ、今働いている店から独立しようと思ってるんだ」
 そうするというのである。
「まだ先の話だけれどな」
「そうか、独立か」
「今レストランで働いてるだろ」
「あの洋食のか」
「ステーキを焼きたいんだよ」
 彼は言った。
「ステーキをな。それで皆がその俺が焼いたステーキを食うのを見たいんだよ」
「御前はどうなんだ?」
「当然俺もさ」
 彼自身もだという。
「ガキの頃から思ってたさ、ステーキを腹一杯食いたいってな」
「今は食うものが足りるようになってきたけれどな」
 あの何も食べるものがなく釣りをしてまでしてそれを手に入れる時代ではなくなっていた。あの時のことはもう遠い昔になっていた。
「それでもな。やっぱりステーキなんだよ」
「ステーキを贅沢に腹一杯か」
「皆俺のそのステーキを腹一杯食って俺も食ってな」
「そうしたいのか」
「どうだろうな」
 ここまで話してだ。あらためて周吉に話を問うのだった。
「独立は」
「いいんじゃないのか?」
 彼はそれをいいとした。
「御前がそう思うんならな」
「そうか」
「俺はいいと思うな」
 そしてこうも言うのだった。
「それで」
「そうか。じゃあその時が来たらな」
「ステーキハウス。はじめるんだな」
「皆に俺のステーキを食ってもらうんだ」
 彼は夢を語っていた。彼のその夢をだ。
「絶対にな」
「応援するからな」
 周吉はその勇作に告げた。
「絶対に。成功させろよ」
「ああ、絶対にな」
 こんな話をしているとだった。また赤とんぼ達が見えてきた。それに気付いて彼はここでまた勇作に対して声をかけるのであった。
「なあ」
「今度は何だ?」
「御前ともよくここを歩くよな」
 そのことを彼に話すのだった。
「子供の頃からな」
「ああ、そうだったな」
「そうだな。ずっとな」
「そのステーキの話も昔したな」
 そしてまた言う彼だった。
「子供の頃もな」
「そうだったな。今も昔もな」
「赤とんぼはステーキにはできないからな」
「ははは、これだけ牛がいればな」
 勇作はその話を受けて笑った。
「ステーキも安くなるよな」
「ステーキが安くか」
「そんな時代来る訳ないよな」
 勇作は笑ってそれは有り得ないとした。
「やっぱりな。それはな」
「ないだろうな」
 周吉もそう考えていた。
「肉って高いものだからな」
「滅多に食えるものじゃないからな」
「そうだな。鯨とか魚ばかりでな」
 この時代は皆そういうものばかり食べていた。とにかく鯨を食べていたのである。
「肉なんてな。とてもな」
「だからそれを腹一杯な」
「食えるようになりたいんだな」
「ああ、なってやる」
 勇作の言葉が強いものになった。
「そして焼いてやるからな」
「それが御前の夢なんだな」
「ああ、そうだ」
 まさにその通りだというのだ。
 
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